29 仕組まれた因果関係
「随分遅かったね」
時計塔の階段を上がって展望台に戻ると、モルディオが腕を組んで待っていた。
「シェイムが望遠鏡を落としたせいで、監視できなかったんだ。館長はどうだった?」
後ろでシェイムが俯いている。
少し不満そうな表情だった。
「タイミングが悪かった。クロエは準備をすると言って部屋を出て行った」
「僕たちを送るだけの人が、何の準備だよ。やっぱり館長は町を滅ぼすつもりなんだね。根は真面目だから、結構分かりやすいね。それで?」
ハミルのことを話すべきか。
今確実に分かっているのは、クロエとハミルは敵で、ここにいる二人はルキアビッツ抹消計画を阻止しようとしている。
信頼するべきなのはモルディオとシェイムだ。
だが、ハミルのことを言う気にはなれない。
ハミルを変えてしまった原因には、自分も含まれているからだ。
「……館長室に、悪魔がいたんだ。それを追いかけてたら、遅くなった」
セヴィスは嘘をついた。
いつもと違ってぎこちない嘘になった、と自分でも思った。
「シェイムが、さっき館長の味方に悪魔がいるって言ったよね。一応それは当たっていたって考えていいのかな?」
「ああ」
モルディオは自分のことを信じたのだろうか。
それとも、彼もまた別のことを考えているのか。
誰が正しくて、誰が嘘をついているのか。
今のセヴィスに、その区別はできなかった。
「とにかく、シェイムの友達を助け出す時間は短いんだ。助けたら、最悪教会から逃げることも考えよう」
「その悪魔を現地の祓魔師に任せて大丈夫でしょうか?」
「祓魔師は悪魔を倒す為にあるんだ。こんな時に活動できなかったら、何が正義の祓魔師だって感じじゃん」
正義の祓魔師なんているのだろうか。
少なくとも、ルキアビッツ抹消計画に携わっている人間には一人もいないだろう。
その前に、一つ疑問が浮かんだ。
「モルディオ、何でアンタは俺達に協力するんだ?」
と、セヴィスが尋ねるとモルディオは眉を顰めた。
「アンタの目的は館長の悪事を暴くことであって、シェイムの友達や街を救うことじゃないだろ」
モルディオは低い声で言った。
どうやら自分の真似をしているらしいが、似ていない。
「君が言いたいのはこういうことだよね。勘違いしないでほしいな。僕にだって考えがある。まずシェイムの友達なんだけど、館長が人質に取るなら普通両親とか兄弟じゃん。なのに友達って変じゃない? つまり、その友達はシェイムかセヴィスと何らかの因果関係があるってこと。助けないといけない程のね」
「何で俺が出てくるんだ?」
「君と無関係の人間を置いたって、何のメリットもないからだよ。館長にとってシェイムが裏切るのは想定内。戦闘訓練の時、シェイムに自由行動を許してしまったのは、わざとだったのかもしれない。それにシェイムが祓魔師になった理由を考えてみて。君が自由行動を許されたシェイムだったら、憧れで館長に疑いを持っている自称S級と館長、どっちを頼る?」
シェイムが隣で息を呑んだ。
「話を聞いたけど、館長がシェイムに『連絡手段が無線しかない』なんて普通伝える? やっぱり館長は、シェイムが寝返ることを前提でこの計画を立てたんだ。もしかして、今まで館長があっさり騙されたと思ってた?」
シェイムは俯いている。
セヴィスは、クロエの計画性よりもモルディオの洞察力に驚いていた。
「その友達は館長の悪事を暴くのに重要な存在だ。死なれたら困るんだ。あとルキアビッツのことだけど、僕はこんな近くにいた人たちを見殺しにする程無慈悲じゃない」
モルディオは下を指差して言った。
このクレアラッツの地下の下水道には、ルキアビッツがある。
「ルキアビッツができた理由は、犯罪者たちの逃げ場を作る為だ。その点ではちゃんと罪を償わないといけない。死んだら罪は償えないからね。あと……分かってると思うけど、あの街が出来てから生まれた、セヴィスの様な人間に罪はないんだ」
確かにルキアビッツの子供は無罪だ。
だがセヴィスが無罪なのか、と言ったら決してそうではない。
「セヴィスやウィンズ様を始めとするルキアビッツの住人たちと、シェイムの友達。これだけでも十分館長の悪事を暴ける。これが僕の協力する理由だよ」
納得したのか、シェイムは黙って顔を上げた。
「あと僕は館長の悪事を暴いたら、城に行く」
「城って」
セヴィスは驚いてモルディオを見る。
モルディオの意図が読めない。
「このジェノマニア王国の、クインティプル・マリアンヌ城だよ」
「そんなところに行ってどうするんだ。第一、王室の許可がないと入れないだろ」
「確かに君は一回入ったけど、僕は入ったこともない。イヤーフックがあれば、すぐに入れるんだけどね。でもあれは名前が彫ってあるから僕のやつじゃないって一発でばれるよ。
とにかく、何もかも悪魔を倒してからだ。館長は強い悪魔を用意してると思うし、下手をしたら僕たちが死ぬ」
意味が分からない。
シェイムも首を傾げている。
「館長は正義の祓魔師なんかじゃない。僕がそれを証明するよ」
「そうですね。館長をこのまま放っておくわけにはいきません」
セヴィスは何も言わなかった。
人のことを言える立場ではないからだ。
実際、セヴィスが貫いているのは偽物の正義である。
中途半端な正義は、一番の悪だ。
今まで何度も祓魔師や警察を欺き、何度も悪魔を虐げた。
しかし、それを承知した上でレンとロザリアが願いを託したのも事実である。
それから先教会に着くまで、時間は颯爽と過ぎていった。
その間セヴィスは城に招待された時のことを思い出していた。




