27 かつての友人
「そんなとこから入ってきたってことは、悪魔討伐じゃないよな。ったく、窓から侵入とか泥棒かよ。こりゃ、フレグランスだって疑われるわけだ」
ハミルの予想外の言葉にセヴィスは驚く。
だがここで焦って否定したら余計怪しまれる。
「何言ってるんだ」
と、セヴィスは表情を変えずに言う。
「冗談だって。おれはお前みたいな奴にフレグランスができるなんて、微塵も思ってねえし。お前とフレグランスの共通点は体術だけだろ」
そう思っているならしばらくは安泰だ。
セヴィスは心の中で安堵した。
だが、警戒はまだ解いていない。
ハミルの手には武器がある。
それはいつも使っているグローブではなく、鋭い棘が付いたナックルに変わっていた。
それに比べてセヴィスは戦闘訓練で青ナイフのワイヤーを切ってしまったので、総攻撃前と同じ赤ナイフを片手に四本ずつという状態だ。
しかも今手に持っているのはガラスを割った時の一本だけで、それ以外は腰のナイフケースに入ったままだ。
試作品だった青ナイフを壊してしまったので、ウィンズは新しい武器を作り直している。
つまりセヴィスは普段より弱いのだが、ハミルも戦闘訓練で怪我をしたはずだ。
最もそれはセヴィスが負わせた怪我なのだが、それでもハミルはいつもより強く見える。
武器を見ただけでこんなことを考えてしまっているのは、ハミルが友人とは思えない程の殺気を放っているからだ。
ハミルがどう思っているのかは知らないが、少なくともセヴィスにはそう思えた。
「ハミル、その格好はどうした」
と、セヴィスは尋ねる。
最初はナイフを突きつけようかと思ったが、ハミルが武器を装着している以上迂闊に近づくことはできない。
この場所は狭すぎて、セヴィスにとってはどうしても不利だ。
「決まってんだろ、戦いに行くんだよ」
ハミルは両手のナックルをぶつけて、鈍い金属音を鳴らした。
戦闘前に両手をぶつけるのは彼の癖だ。
「誰と戦うんだ」
「おれの邪魔をする全員とな」
ナックルが天井の明かりを反射して、ハミルの目に光が差し込む。
先程まではハミルが柱の影になる場所にいた為気づかなかったが、その目はいつも以上に透き通っていた。
その目を見た時、ハミルがハミルではない別人に見えた。
セヴィスはすぐに気づいた。
目の色が違う。
セヴィスの知るハミルの目は、明るい茶色だ。
だが、今のハミルの目は金色だった。
「どんな相手かは知らないけどな、止めた方がいい」
と言いながら、セヴィスは目を擦る。
そしてもう一度ハミルを見てみるが、目の色は変わらない。
「何でだよ」
ハミルは右手で左の腕を握って、獲物を捕らえた肉食獣の様にセヴィスを睨みつける。
「俺のせいで、怪我しただろ」
「っ」
ハミルの方から、歯軋りの音が聞こえた。
この部屋に漂う冷たい静寂の中で、ハミルだけが熱く熱を帯びた。
「なあ、セヴィス」
目を細めたまま、ハミルはいつもの口調で両手を広げる。
それが何を考えているのか、さっぱり分からなくさせた。
「お前も入ってるんだぜ?」
「何に」
「おれの邪魔をする全員の中にさ」
再び息を呑みそうになって、堪える。
ここで動じたら、それでこそハミルの思うつぼだ。
「言っとくけどな、おれは最初からお為ごかしをしてきたわけじゃねえんだ。お前が今まで色々隠してたからだろ。スラム街にいたこともな」
「何でお前がそれを知ってるんだ」
「お前が変わったように、おれも変わった。ただそれだけのことだぜ」
「何が変わったんだ? 目の色か?」
「はっそれだけしか気づけねえのか! これじゃ、次のS級はクロエさんで決定だな」
今のハミルの言葉に、セヴィスは違和感を感じた。
昔からハミルはクロエのことを『クロエ館長』と呼んでいた。
この場面で変える必要がどこにあったのだろう。
「人間の目の色が変わるなんて、俺は聞いたことがない。何をしたんだ。教えろ」
「お前がそれを知ってどうすんだ?」
「質問を質問で返すな」
「やなこった。おれは敵に教えてやる程お人よしじゃねえ」
ハミルは元々こんな人間だったのだろうか。
違う。
頭に過ぎった疑問を、セヴィスは無理矢理消した。
俺を敵だと思っていたなら、俺を殺す機会はいくらでもあった。
ハミルが俺を敵だと思い始めたのは昨日だ。
俺がハミルを殴ったからだ。
「お前ってさ、ほんと自己中だよな。おれの行動に何の得もなかったら無視、都合が良ければ一人ででしゃばって、自分に都合が悪ければおれに文句か」
自分が悪いと思っているのに、ハミルに謝る気がしない。
それはハミルの言葉にも問題があったからだ。
そしてセヴィスは今もそれを許していない。
できれば戦いたくない。
そんな理由で、セヴィスは慣れない説得を試みていた。
ハミルの何に説得すればいいのかは分からない。
だがハミルは間違った道を進んでいる。
それだけは阻止しないといけない。
「アンタは何に怒ってるんだ」
「はははっ!」
ハミルは突然腹を抱えて笑い出した。
それはシンクの昔の笑い声と同じ、嘲笑そのものだった。




