24 嘘つきたちと正直者
「あのな、ここはお悩み相談所じゃねえんだよ」
と、シンクは呆れた表情で言った。
その向かい側にはハミルが座っている。
あの後、ハミルはクロエに考える時間を貰った。
今セヴィスと顔を合わせるのは嫌だったので、ハミルは授業をさぼった。
だが家に帰ると親に叱られるので、クリムゾン・スターに来て時間を潰していた。
同時刻にセヴィスもさぼっていたのは知る由もない。
この時間帯の店は空いている。
アルジオは掃除していて、客はハミル以外誰もいない。
今日はマリが来ていない様だ。
「セビの過去って言われてもよ、あいつが今まで話さなかったってことは、知られたくなかったんだろ? じゃあ放っておけばいいじゃねえか」
確かにそうだ。
クロエの言う様に、誰だって知られたくないことはある。
それでも、どこか気に食わない。
「あいつ、おれのことうるさいって殴ったんです」
「へぇー、セビがキレたのか! お前何て言ったんだよ?」
シンクは楽しそうに聞いてきた。
この人はいつも笑っているが、今回は本当に何が面白いのだろう、と疑問に思った。
「クレアラッツは不公平だって言ったら、あいつは不公平じゃないって……」
「何だお前、そんなこと言ったのか」
シンクの顔から笑みが消えた。
その表情は少し怒っている様に見える。
それだけ自分は言ってはいけないことを言ってしまったのだと、ハミルは痛感した。
「そりゃセビが怒るわけだ。クレアラッツは、人間には優しい街だって俺も思うぜ」
ここでシンクが『人間には』という言葉を強調したのを、ハミルは不思議に思った。
後ろを振り返ると、アルジオは分かっているかの様に笑って頷いた。
「逆に聞くけどよ、お前はどうして不公平だと思うんだ?」
首を傾げるハミルに、シンクは真顔で聞いてきた。
「おれの親父も言ってるんです。『セヴィスやモルディオは生まれつき天才だっただけで、チェルシーも魔力権がよかっただけだ』って。おれはあいつより努力してるのに」
「お前セビが何もしないでS級になったとでも思ってんのか?」
「違うんですか」
「確かにモルディオやチェルシーは天才かもしれねえが、お前が知らないだけで奴らも努力したかもしれねえぞ。でもな、俺が見てきた限りセビは努力した。と言うより、自然に努力させられてたのかもな」
シンクの言っていることがハミルにはよく分からない。
努力はするものだ。
させられるものではない。
「お前だって、見たことあるだろ。セビの右肩」
「え?」
何かおかしい箇所でもあっただろうか、と思い返す。
だが、今思えば見たことのないものだった。
どんな暑い夏でも、彼は常に半袖。
ハミルがよく着ていたタンクトップなど、肩を出すようなものは着ていなかった。
プールの授業は、と考えてみてもセヴィスと同じ学校に来たのはエルクロス学園が初めてだ。
水中戦に備えて練習用悪魔とプールで戦う訓練はあったが、セヴィスは右手だけを入れて電気で仕留めていた。
「知らねえのか? まあ、お前が知っても仕方ねえか」
シンクはハミルに背を向けて、煮込んでいるソースの様子を見る。
どうしてシンクが知っていて自分が知らないのだろう。
この人は一体何者なのだろう。
そう疑ううちに、ハミルは身を乗り出してシンクに拳を突き出していた。
「おっ」
ハミルの拳が背中に当たる直前、シンクはしゃがんだ。
拳は空しく空気を切った。
「危ねえぞ、こんなことしたのはマリだな」
シンクが拾ったのは皿の破片だった。
これを拾って偶然攻撃を避けるとは、なんて運のいい人なのだろう。
「店長が拾うなんて珍しいですね。皿の破片はいつも私が片づけていたのですが」
と、アルジオの声がした。
まさか、この店長は自分の攻撃に気づいて避けたのか。
ハミルは呆然として拳を下す。
「ハミル、てめえも気をつけろよ」
シンクは後ろを振り返ると、少し歯を見せて笑った。
不自然な笑顔だ。
目は笑っていない。
それでもシンクは笑っていた。
今の言葉は、自分の攻撃に対して言ったのだろうか。
もしそうだとしたら、自分は恐ろしい人に攻撃してしまったことになる。
何故そう思えるのだろうか。
自分も一応B級の称号を持つ祓魔師なのに。
「……はい」
その表情に不思議と恐怖感を覚えたハミルは、飲んだジュースの代金をシンクではなくアルジオに支払って、早々に立ち去った。
館長やセヴィスだけではない。
この人も何かを隠している。
みんなが、みんなを騙している。
誰が正しくて、誰が悪いのか。
そんなことを考えるうちに、一番信じられるのは館長だという結論に辿り着いた。
クレアラッツの館長だから、普通に考えて悪事を働くことはできないはず。
そんな偏見で、ハミルはクロエを信じた。
そして、その足は館長室に向かっていた。




