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INNOCENT STEAL -After HEAVEN-  作者: 豹牙
三章 対想の地下
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21 自由と安寧

 意味が分からない。

この街に悪魔なんかいない。


「何でここがばれたんだろうね。でも仕方ないよ」


 ルナは諦めているのか、苦笑した。


「仕方ないって……ここは悪魔の町じゃないだろ? 何でそんなこと」

「あんたの言う通り悪魔はいないさ。でも、あたしたちだって無罪を主張できる人間じゃない。それを忘れちゃいけないよ」


 確かに、この街は犯罪者だらけだ。

ニュースになる程の犯罪を犯したのはセヴィスを含むほんの数人だが、無罪の人間はほとんどいない。


「じゃあ逃げればいい。今からでも間に合う」

「逃げたい奴は逃げろって祓魔師も言ったさ。でも誰も逃げないんだ」


 聞かなくても理由は分かった。

だが、口に出したくもなかった。

それが虚しかった。

この現実を絶対に認めたくない。

素直にそう思った。


「この街のみんなは生きる為に犯罪を犯してきた。でもね、あんな条件を出されちゃ、理不尽な現状を押し付けられたみたいで、さすがに生きるのに疲れたんだ。何の為に生きてきたんだろうってね」


 視線を下に落とす。

自分の右腕は怒りに震えていた。


「みんな死ぬ覚悟はできてる。そりゃ多少の未練もあるけど」

「ふざけんな、祓魔師に滅ぼされるなんておかしいだろ!」


 耐えられなくて、思わず大声をあげた。


「あんた……」


 ルナは驚いた様子で自分を見つめる。


「祓魔師って誰だ。答えろ」


 誰かも分からない祓魔師への怒りが、自然にルナを睨みつけていた。


「あんた、それを知ってどうする気だい?」

「殺す」


 腹を立てるあまり、とんでもないことを口走ってしまった。

人を殺したことはないというのに。

だが、不思議と罪悪感はなかった。


「何を言ってるんだい。S級が人殺しになっていいのかい」

 と、ルナは厳しい口調で言う。


「じゃあ誰なんだ。それだけでも教えてくれ」

「……クロエ館長だ」

「なっ」

「多分、ナインがこの場所を教えたんだ」


 そうだ、クロエの味方にはナインがいる。

シェイムのことを考えていたせいか、彼の存在を忘れていた。


「これ以上は話せない。口止めされてるんだ。でも、あの女は相当の悪党だ」

「口止めって、後に殺すのに口止めするのか?」

「言っただろ。あたしたちは無理難題な条件を押し付けられた。これは、あたしたちが死んだ後でも、困ることなんだ」


 クロエは何を考えているのだろう。

これは自分が今この街に来ることを前提とした、仲間に引き込む為の脅迫なのかもしれない。


「何でこの街が滅ぼされないといけないんだ」

「セビ、あんたはもう、この街のことに関わるな」


 そう言って、ルナは立ち上がる。

昔に比べたら、随分小さく見える。


「あんたがウィンズと二人でクレアラッツに行くって聞いた時は、そりゃ驚いたさ。あんたがいなくなるのが信じられなくてね。ウィンズのせいで残酷な子になったのかと思ってたけど、あんたがこうやって心配してくれるだけであたしは幸せさ」


 ルナはゆっくりと歩み寄ると、自分の肩を優しく叩いた。


「あんたの活躍はこの街でも聞いてるよ。あんたはこの街の誇りだ。だから生き急ぐんじゃないよ」


 まるで母親の様な一言だ。

一瞬自分が祓魔師であることすら忘れてしまった程、温かい言葉だった。


「あんたは母親も父親もいなかったから、あたしにとって息子みたいな存在だった」


 ルナはどこか悲しそうに笑いかけた。


「一度甘えることを知った方がいいよ。これで、あんたと会うのは最後なんだから」


 何故、平然とこんなことが言えるのだろうか。

生きたいだけなのに、悪魔の様に虐げられるなんて。

クロエはこの街そのものを消すつもりだ。


 この街が悪魔の街だったとクロエが公に発表すれば、市民は偽の事実を疑いもせずに受け入れるだろう。

そうなると、ここが人間の街だったことは自分とナインしか知らないことになる。

そしてこの街に生きた人間たちは、生きたことすら忘れられてしまう。

悪魔の様に『宝石』に生存地のタグを付けられることなく、屍すらも残らない。


『この世界に生きる、全ての者に自由を! 安寧を!』


 頭に、ジェノマニア王の世界宣言が過ぎった。

何十年も前に世界規模の戦争が起こった時、ジェノマニア王国は勝利を掴み、この世界宣言をした。

これを実現する為に世界中が金を注いだ街が、ジェノマニア王国首都『クレアラッツ』だ。


 今やクレアラッツは世界最大の経済都市となっている。

二十年前に悪魔を倒す為に結成された祓魔師も、この街が率先して作った。

自由と安寧の象徴であるはずのクレアラッツは、いつの間にか祓魔師と経済の象徴となってしまった。

そしてクレアラッツは、ルキアビッツに生きる人間から自由と安寧を奪おうとしている。


 何が自由と安寧の街クレアラッツだ、と改めて思った。


「そんなの……悪魔より酷いだろ」

「もういいんだよ。所詮あたしたちはならず者だったってわけさ」

「この街の全員が諦めたって、俺は諦めない」

「あんたは祓魔師でしょ。そんなことをしたらあんたも殺される」

「俺がクロエの悪事を全部暴いてやる。この街に、一歩も踏み入れさせない」

 と言って、ルナに背を向けてその場を後にする。


「止めな。もうあんたは、クレアラッツの人間なんだ」


 後ろからルナの声が聞こえたが、ほとんど耳に入ってこなかった。


 この街は、滅ぼさせない。

例え相手が祓魔師の最高指導者だとしても。

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