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INNOCENT STEAL -After HEAVEN-  作者: 豹牙
二章 勇人の激昂
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17 忍び寄る偽善者の手

 ハミルは拳を握り締めて一人で学園の廊下を歩く。


「……くそっ!」


 セヴィスに殴られた頬が未だに痛い。

あいつがおれを殴るなんて。

嘘ではないのは自分が一番よく知っているのに、信じられない。


 あいつに何があったんだ。

あいつが「くそったれ!」と零したのは不自然だった。

そもそもあいつが戦闘中に焦れたり、攻撃の好機を見逃すなど、今まで一度もなかった。


「何なんだよ、あいつ」

「喧嘩でもしたか?」


 ふと廊下の曲がり角からクロエの声が聞こえた。

ハミルが首を横に向けると、いつの間に現れたのかクロエが腕を組んで立っている。


「喧嘩をしたのか、と聞いている」

「はい」


 ハミルはクロエから視線を逸らして答えた。


「何故?」

「おれは悪くありません。セヴィスが、おれを殴ったんです」

「ほう? 奴が貴様を殴ったと?」


 逸らしていた視線を元に戻すと、クロエの口元が笑みの形に歪んでいた。


「……何がおかしいんですか」

「いや、こちらの問題だ。ところで、貴様が初めて奴と出会ったのはいつだ?」


 クロエは明らかに、自分から何かを聞きだそうとしている。

そして彼女が探っているのは自分のことではなく、セヴィスのことだろうとすぐに悟った。


「おれが六歳の時、十年前です」

「奴とはどうやって会っていた?」

「普通に、河川敷で待ち合わせしてました」


 つい先程まで、ハミルはそう思っていた。

だが、それはあいつの『俺はクレアラッツ出身じゃない』の一言で崩れた。

あいつは何かを隠している。

そして、今ここにいるクロエも何かを隠している気がする。


「クレアラッツの河川敷か?」

「そうです。でも……」

「でも?」

「あいつ、『俺はクレアラッツ出身じゃない』って言ったんです。そんなこと今まで聞いたことなかったし、あいつの出身地も今までクレアラッツで登録されてました。だから、今まであいつはおれたちを騙してたんです」


 二人目の怪しい人間にこんなことを言っていいのだろうか、と迷った。

しかしハミルにとってのクロエとは怪しい人間や悪ではなく、正義の館長であった。

現在では、セヴィスよりも信じられる存在だ。


「その通りだ。奴はクレアラッツ出身ではない」

 と、クロエは平然とした表情で言う。


「知ってたんですか!」

「貴様が今までそう信じ込んでいただけだ。まあ、出身地に関して騙していたのは奴の故意ではないだろうがな」

「じゃあ何であいつは黙ってたんですか」

「誰だって、話したくない過去ぐらいあるだろう。奴も、自分が元極貧だと知られるのが嫌だったに違いない」


 あいつが極貧だったなんて。

そんなこと、一度も聞いたことがない。

やっぱりあいつはおかしい。


「セヴィスの出身地は、スラム街ルキアビッツ。クレアラッツではない」

「ルキアビッツ? 初耳です」

「当然だ。普通に探していては見つからない場所にある」

「あの、それ、本当なんですか?」


 これだけ言われてもまだ、信じたくない。

あいつがおれを騙す様な人間だったなんて、絶対に信じたくない。

そんな思いが、自然と憧れであったクロエを疑っていた。


「セヴィスが、自分から話したことなのだ」

「……そんな」

「もう一つ、いいことを教えてやろう」


 いいことが、悪いことの気がしてならない。

それなのに気になる。


「奴は、貴様にたくさんのことを隠している。貴様と普段会っているセヴィスは、仮面だと思った方がいい。だが奴は故意で仮面を被っているわけではない。奴の本性は、おそらく奴自身も理解できていない。奴には宿命と似た、何か完遂すべきことがあるらしいのだ。悪魔の全滅もその一環だろう。それも奴自身が理解していない可能性が高いが……」

「それも、あいつが言ったんですか」

「あくまで私の推測だ。今の私は、奴の目的を探っている。そしてそれにはハミル、お前の協力が必要不可欠だ」


 昔から信じてきた正義の館長、クロエ=グレイン。

国民のことを第一に考え、不要なものには一切手を出さない。

そんな人間だと思っていた。

それなのに、その館長が、たった一人の男子候補生をここまで探っている。


 ハミルはこの違和感の原因が全てセヴィスにあると考えた。

そして、彼の過去を知ることへの義務感を同時に感じた。


「分かりました。協力します」

「お前はすばらしい選択をした」


 クロエは笑う。

これでよかったのだろうか。

あいつのことを隠れて探るという罪悪感が、まだ頭に残っている。

それでも、一生騙される幼馴染なんて嫌だ。


「それで、何をすればいいんですか?」

「明日の夜十時、奴の家に行け」

「明日の十時って……」


 ミストが言っていたフレグランスの予告時刻。

まさか、クロエはセヴィスがフレグランスだと疑っているのだろうか。


「そこで、セヴィスにルキアビッツのことを聞き出せ」

「館長、フレグランスがあいつだと思ってるんですか」

「そうだ。だが、奴が悪魔討伐に行っている時間帯にもフレグランスは活動しているし、フレグランスは五年前から活動している。だから、まだ完全には疑いきれない」

「五年前って、十一歳ですよ」

「貴様に考える時間をやろう。私に協力したければ、館長室に一人で来い」


 そう言って、クロエは去って行った。


 フレグランスの犯行時刻は毎回夜中だ。

そして、その時間にセヴィスが悪魔討伐に行くのは何度か見たことがある。

だがセヴィスが悪魔を討伐するのは至って普通のことである。


 ミストはフレグランスが女に違いないと言い張っていた。

何を根拠に言っているのかは知らないが、父がそう言うのだから女なのだろう。


 そもそもフレグランスは変装を得意とする。

しかも警察の証言によればフレグランスはその時に応じて、明るい人間や生真面目な人間など様々な性格で現れる。

つまり、フレグランスは簡単に人を騙し通す演技力を持っているということになる。


 セヴィスにその演技力があるだろうか。

ない。

そう断言できる程、彼の芸術的関心は皆無だった。


 そうだ、あいつがフレグランスになれるわけがない。

クロエ館長に乗せられたら駄目だ。

あの人はおれをからかっている。


 でも、やっぱりあいつの過去には何かがあるはずなんだ。

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