16 退廃した自信
ハミルは狭い入り口から出てくる悪魔を拳で攻撃する。
メーターが少し減った。
あのメーターが0になる程の傷みを受ければ、その悪魔は死んだということになる。
だがセヴィスの場所からでは、メーターはうっすらとしか見えない。
最初ハミルが攻撃している悪魔のメーターが減った頃に、止めを自分が刺すということを考えていたが、ハミルが悪魔と直線上にいるのでそれはできない。
ハミルが相手できるのは多くて三体。
そして残りは必ず自分に流れてくる。
まずその残りを倒してからハミルの邪魔をする。
それが一番妥当だ。
あんな口を叩いておきながら、邪魔をする。
だが、セヴィスの戦法は精々堂々の真逆の位置にある、卑怯なものだ。
「一体!」
何人もの一年生が声を上げた。
前では悪魔が一人倒れている。
そして、ハミルが攻撃しなかった四体全てが自分の方に向かってきた。
四体も来るとは、当てが外れた。
でも相手は全部近距離型だ。
ならば、ウィンズが考案したあの技を使う時がきた。
その技を使う為、セヴィスはナイフを投げようとする。
だが、何かが自分の腕を止めた。
この違和感は何だろう。
その隙に悪魔の一人が槍を突き出す。
「っ!」
とっさに後ろに飛んで避けると、前から走ってきたハミルがその悪魔の背中を殴る。
衝撃に耐え切れなかった悪魔が地面に倒れる。
「お前それでもS級かよっ!」
そう言って、ハミルは別の悪魔に攻撃を始める。
「情けねえな! これがクレアラッツのS級か!」
セヴィスが呆然としているうちに、ハミルは五体の悪魔を倒してしまった。
次の悪魔が起動し始めるまでまだ少し時間がある。
『お前それでもS級かよ!』
ハミルの言葉が、何度も頭の中で繰り返し響く。
その頭に、ハミルは追い討ちをかける。
「この国のS級ってこんな弱かったのかよ。そうだよな。普通に考えてお前がクレアラッツのS級なんてありえねえよ。お前さ、昔からおれとの喧嘩に勝ったことなかったよな! じゃあ今までのトーナメントは何だったんだ? お前と同じ顔したドッペルゲンガーだったのか?」
「違う」
「お前が否定したって、お前が今おれに負けてるのは事実だ。はっ何でも一人でやろうとするからおれに負けるんだ。自業自得だろ」
「違う!」
ハミルの後ろで新たな悪魔が起動する。
その五体のうち二体が弓を持ち、三人が拳銃を持っている。
遠距離型の悪魔だ。
すぐにハミルが前に走って行く。
悪魔たちが一斉攻撃を開始する。
その標的は、無謀に突っ込んでくるハミルではなく自分だった。
練習用悪魔は、その場にいる人間の中で弱い人間から狙っていく。
先程四体来た時は考えもしなかったが、違和感の原因はここにもあった。
自分はコンピュータにもハミルより弱いと見なされていたのだ。
B級のハミルよりもS級の自分が弱いという認めたくない現実を、コンピュータにまで突きつけられた。
そのことに、無性に腹が立った。
四本のナイフをほとんどやけくそになって投げる。
そのうち、一本だけが銃を持つ悪魔に命中した。
それ以外はワイヤーが最大限まで伸びると地面に落ちた。
その後すぐに、外した三本のナイフが戻る。
「あの人でも外すことってあるんだー」
聞こえてくる一年の黄色い声が、耳障りだった。
「……くそったれ!」
戻ってきた三本のナイフを、既に捕らえた一人の悪魔に向けて同時に投げる。
ほとんど動けない悪魔に、蜘蛛の足の様な攻撃が襲う。
他の悪魔の攻撃を、地面に片手をついて軽業の様に避ける。
やっと本調子に戻ってきたのか、ただ自分がやけになっているだけなのか。
着地すると、悪魔と繋がった赤いナイフのワイヤーをがむしゃらに頭上で振り回す。
これがウィンズ考案の技だ。
セヴィスを中心に凄まじい勢いで回転する悪魔の身体が、他の三体に直撃した。
倒れる前に、悪魔たちを再び打撃が襲う。
そして倒れた悪魔たちに向けて電撃を帯びた青ナイフをぶつけた。
彼らのメーターはかなり減った。
その後赤いナイフを抜いて、青いナイフを最後の一体に向け投げる。
それを他の三体に向けて振り回す。
全員のメーターが0になった。
これで勝負は五分五分だ。
そう思った時、セヴィスは青いナイフから聞こえる変な音に気がついた。
気になって振り回すのを止める。
しかし、それが後に悪い展開に繋がるとは思いもしなかった。
「っ!」
ブチっ、と鈍い音を立てて、ワイヤーが切れた。
六十キログラム以上ある悪魔を振り回し続けていた為、先端には多大な遠心力が働いていたのだ。
そして、その悪魔の身体は一直線上にいるハミルに向かっていく。
「……ぅっ!」
あまりの衝撃に、ハミルからはほとんど声が出なかった。
衝突した悪魔の下敷きになって、ハミルが倒れる。
「おまえ……」
幸い、大きな怪我はしていないようだ。
だが、覚悟はしていた。
今のハミルが自分を許すわけがない、と。
「何だよ今の。お前が考えたんじゃないんだろ? どっちにしても……おれに対する、嫌がらせなんだろ?」
ハミルの言葉を聞いて、違和感の正体が判明した。
自分は戦法をウィンズの頭に頼っている。
そうだ、自分はいつも一人で戦っているわけではない。
だからいくら恨んでも、ウィンズを殺すことなんかできるわけがなかった。
そして、この技を使うことは、一人で戦っていないことを示したものだったのだ。
「中止よ!」
ケイトは甲高い声をあげて練習用悪魔の電源を落とす。
「教官、おれはまだ、戦えます!」
両手両足を地面につけたまま、ハミルが嗄れた声で叫ぶ。
それに対し、ケイトは呆れた表情で首を横に振る。
「セヴィス、ハミルを医務室に連れて行きなさい。あなたたちの戦闘は、『戦闘中に感情に呑まれてしまった』悪い例として使わせてもらうわ」
「おれは大丈夫です! まだ戦えるんです!」
「見苦しいわ。正直、あなたは期待外れだった」
ケイトの冷たい瞳が、ハミルだけではなく自分の方にも突き刺さった。
「一年生、降りてきなさい! 訓練をするわよ!」
もう彼女の視界には、自分たちは入っていない。
程なくして、ハミルから嗚咽が聞こえてきた。
「すまなかった。大丈夫か?」
と言って、セヴィスはハミルの肩を支える。
だが、ハミルはその腕を振り払った。
「ちがう」
「何が違うんだ?」
「おれの友達のセヴィスは、謝らなかった。本気にならなかった。おれを殴らなかった。おれを気にかけなかった。なあ、誰なんだよお前」
「誰って」
「お前がセヴィスなら、何がお前を変えたんだよ。ロザリアちゃんか?」
地面に涙の粒を残して、ハミルは立ち上がる。
「おれは、今のお前……嫌いだ」
そう言って、ハミルは先にジムを出て行った。
身体は痛むはずなのに、それすらも感じさせなかった。