14 泥棒の不満と欲
「全然悪い人じゃないと思うぞ。あの店長より悪い奴なんて大量にいるからな。その中でもずば抜けて悪いのがフレグランスだな」
自分とシンクを比べられるとは思わなかった。
だが、シンクは今まで人間を何度も殺している。
自分は、人間は一度も殺していない。
この国で悪魔を殺すことは犯罪ではない。
むしろ祓魔師を生み出すくらいだから促進していると言える。
現時点では、シンクの方が悪だ。
これは自信を持ってそう言える。
「最近女子たちの間であの店長かっこいいって人気あるんだってよ。確かに何でもはっきり言うし、クレーマーに負けて金を払ったこともない。そういうのって憧れるよな」
シンクに憧れる。
今まで考えたこともなかった。
だが、自分が逃げるだけではなく戦おうと決めたのは、彼が前の館長であるソディアに勝ったところを見てからだ。
無意識のうちに自分も彼に影響を受けていたらしい。
きっと、ロザリアやレンもその圧倒的な強さに憧れたことだろう。
その圧倒的な強さは、やはりあの『悪魔』の柄が描かれたタロットカードにあるのだろうか。
だが、『悪魔』のタロットカードはあくまでグランフェザーに聞いた話だ。
「何かターレさんが店に入ったら狙い目だって女子が言ってたぞ。クレーマーとの勝負が一番よく見れるんだってよ。ターレさん文句ばっかり言ってるのに何度も来るって、やっぱりあの店の味が気に入ってるんだよ」
ハミルは笑っている。
そんなことより早くネタ切れしろとセヴィスは思う。
「そういえばさ、食堂であれが十個限定で発売するんだってよ」
「あれって?」
「エルクロスハンバーガー。ほら、一年前に取り合って乱闘が起こったから一日で発売中止になっただろ?」
「……あれか」
ネタが尽きそうにないな、とセヴィスは諦めた。
もう面倒だから戦闘訓練で聞こう。
「危険だから止めろって学園長が言ったのに、ジャック教官は戦闘能力が鍛えられるからって勧めてて、一日限定で復活ってわけだ。
セヴィスは乱闘が起こるまであれの存在知らなかったよな? おれ友達がゲットしたから分けてもらったんだけどさ、すっげえ旨かったんだぜ! 特にあのハンバーグ!」
階段を降りながらハミルは嬉しそうな顔をした。
全くクロエもシェイムもハミルも、何を隠してるんだ。
でも何か隠してるのはお互い様か。
それよりも、乱闘が起こる程のハンバーグって何だ。
気になる。
「……いつ発売だ」
「トーナメントの次の日じゃなかったか?」
「その日の四限目は移動教室か?」
「確か四限目は二年の戦闘訓練だろ。つまり二年生は一年や三年に負けるわけだ」
何でも無理だと決め付けるのはどうだろう。
セヴィスが無理だとはっきり言えるのは勉強だけだ。
「場所は第一ジム。てことは、食堂から一番遠いな。あーあ、また食べたいな」
「俺が買いに行く」
「ええっ?」
ハミルは大声を上げて階段の踊り場で立ち止まる。
「お、お前が買うのか?」
「悪いか?」
「いや嬉しいんだけどさ……」
と言ってハミルは再び歩き始める。
「何が嬉しいんだ? 別にお前の為に買うんじゃなくて、俺が食べたいだけだ」
「あっそうなのか……じゃなくて! 食堂って三階だろ? 階段はジムから遠いから。さすがにお前でも無理だって」
ハミルに言われてセヴィスはエルクロス学園の構造を考える。
第一ジムから階段を降りて渡り廊下を通れば、西館一階に出る。
食堂があるのはその対角線上、東館の三階である。
そして階段は遠い。
もたもたしていると三階に教室がある三年に先を越される。
だが不可能な程、燃える。
それが本能だ。
ハンバーグの為にここまで考える自分の本能もどうかと思うが、好きなものの為に本能を働かせるのはシンクも同じだ。
シンクが生きる為に必要な『宝石』と、セヴィスが好きなひき肉の塊ではかなりの差があるのは分かっているのだが。
「まず階段は飛び降りる。で、西館に来たら屋上に飛ぶ」
「飛ぶって……ジャンプであんなところ、行けるわけないだろ!」
ハミルの声が、今度は第一ジムに続く渡り廊下に響いた。
「俺のナイフを使えばなんとかなる」
「泥棒かよ!」
その通り、セヴィスは泥棒である。
思いつくのはこんな案しかない。
「あと一番食堂に近い三年生が邪魔だから、東館と西館の間の非常口を授業前に予め閉めておく。あの扉は重いから足止めになる」
「いやいやお前何考えてんだよ」
「で、一年は多分あれの存在を知らないから迷う。もし五人以上に先回りされたら倒す」
「倒すって、お前格闘やってないだろ。ナイフ使う気かよ」
「兄貴の傷薬を投げつける」
「あれは危険だろ! てか傷薬って、フレグランスじゃあるまいし」
完全に策がフレグランス化している。
駄目だ。
これ以上こんなことを言ったら怪しまれる。
そう思っても、
「それか階段の非常口も閉めるか」
やはりこんな策しか思いつかない。
ハミルは格闘術を幼い頃から習っていたが、セヴィスは違う。
シンクはナイフの戦法を提案し、殺す方法だけを教えた。
武器のないセヴィスができるのは、ファイトクラブ仕込みの喧嘩と電気攻撃だけだとウィンズにも言われている。
「お前やりすぎたらまた『誇り高いS級の面汚し』とか『最凶祓魔師』とか言われるぞ」
「教官が推薦してるなら何してもいいんだろ」
「まあそうだけどさ。ったく、お前と鬼ごっことかしたら勝てる気がしねえよ」
と言ってハミルは第一ジムの扉を開く。
中では、既に一年生が座って待機している。
「あ、来たわね」
一年生の悪魔防衛の女教官、ケイト=メルビムが振り返る。
「何をすればいいんですか?」
と、ハミルが尋ねる。
「練習用悪魔を大量に用意したから、模範戦闘をお願いするわ」
「おれはともかくセヴィスが模範になるとは思わねえけどな」
「彼というよりS級の戦い方を見るのが重要なのよ。一年生はギャラリーで見学だからよろしくね」
練習用悪魔は姿は悪魔だが中に人工知能と機械が入っている、いわゆるロボットだ。
それぞれに致命傷が設定されていて、服についた痛みを表すメーターが一定以上に達すると倒れる。
その後は傷も自動修復するが、去年セヴィスは戦闘訓練でこれを破壊した。
そのせいで発明家たちがより頑丈なものを作ったと聞いた。
「おいおい、五十体もいるぞ」
ハミルがステージ側にある巨大な檻を見て呆れている。
その中には同じ顔、同じ服、違う武器を持った練習用悪魔が収容されている。
「ああそれと、あなたはあのラインから前に出ないで」
ケイトはセヴィスの方を見て、ステージの反対側にあるラインを指差した。
「あなたは攻撃を避けるときに速すぎて見えないと定評があるの」
「あのラインと悪魔の間に距離が開きすぎだ。これじゃ走れない」
「投げると振るだけで、あくまで遠距離の模範よ。避けるのは最低限でお願いするわ。分かったら準備して」
教官って腹の立つ人間の集まりなのか、とセヴィスは思ったが口には出さなかった。
それよりも、ハミルが魔力権を使うか見てみることにした。
あの授業の後では到底使わないだろう、というのが頭の九分九厘占めているが、今のハミルの様子は焦っているので何か起こるか分からない。
一年生は上のギャラリーで着席している。
上から見られる感じがどことなく嫌な気分だ。
「セヴィス、おまえは何もしなくていいぜ。おれが全部やっつけるから」
ハミルはまた見栄を張っている。
正直、セヴィスはハミルの見栄をよく思っていない。
「何でそこまで気張るんだ」
「分かるだろ。もうおれのせいでお前が怪我するなんて、そんな情けない様晒したくない」
どうやら、ハミルが自分の身を案じてくれているらしい。
だが、セヴィスはこれに納得がいかない。
「まだ総攻撃のことを考えてるのか」
「当たり前だろ。おれのせいで停電が起きたんだ」
ハミルは目を逸らす。
あれから一ヶ月、ずっと自分を責め続けていたのだろうか。
それは良くない。
まして怪我をした自分なら何か言うのが当然だ。
「あの時発電所にいた悪魔の数は俺も聞いた。お前じゃなくても停電は」
「うそだ!」
と、ハミルは大声でセヴィスの言葉を遮った。
話していた一年生たちが、一斉に静まった。