13 純粋な幼馴染
セヴィスも、ハミルの魔力権を今初めて知った。
一年生の時に何度か聞いたが、話題を逸らされた気がする。
「土はこの国ではかなり珍しく、他の属性よりも強力な魔力権が揃っている。ハミルが使わない理由が解せんな。で、補助系は『未来予知』だがこの力を持っていた祓魔師は既に亡くなり、今はいないそうだ。
無属性の攻撃系は『催眠術』。これもクレアラッツにはいないな。防御系は『無効化』。まあ皆も知ってると思うが、あの陰険眼鏡……じゃなかったウィンズの魔力権だ。そして補助系は『意思伝達』。無属性は祓魔師には少ないが、悪魔で持っている奴は多いそうだな」
と言って、ジャックは手を叩く。
「ざっと説明したが、どうだ?」
どうやらジャックは全ての魔力権を言ったらしいのだが、最初から最後までグランフェザーの魔力権『千里眼』が出てこなかった。
人間の研究不足かと思ったが、世界中にあれだけの祓魔師がいて知らない魔力権があるというのも変な話だ。
そもそも、『千里眼』なんていう便利すぎるものは本当に存在したのだろうか。
そう仮定しても、グランフェザーがセヴィスやシンクの行動を知っていたことは事実だ。
あのグランフェザーには何らかの謎があると踏める。
グランフェザーの謎といえば、あのタロットカードだ。
ロザリアの『宝石』を欲しがったクロエが自身を悪に染めてまで手に入れた代物。
そして、それを一番欲しがっていたのはナインだ。
クロエもそうだが、ナインはどうしてタロットカードを欲しがったのか。
一ヶ月考えてみたが、手がかりがないと分かるわけもなかった。
クロエの前で迂闊な行動を取れば、自分は敗北してクロエに利用される可能性もあったので自由に動けなかったのだ。
ナインにもう一度会うのはどうだろうと考えた。
ナインと直接話をするにはクロエが邪魔だ。
そうなるとナインと話をする方法は、彼の拠点ルキアビッツで待ち伏せするしかない。
だがナインが拠点に帰って来なかった場合、ナインやクロエには何の影響もなく、セヴィスだけが時間を無駄にする。
だから今まで何かが起こるまでは何もしなかった。
その何かは、教会での虐殺という極秘任務と大きな関係がありそうだ。
しかし、シェイムとモルディオを連れて行くことに何の意味があるのだろう。
分からないことが多すぎる。
そう考えるといつも眠気がする。
分からないことは考えないと昔から決めている。
自慢できることではないが。
***
「じゃあ今日はここまでだ。トーナメントでは今回の授業の内容を生かして、魔力権を有効に使うんだぞ」
辺りが騒がしい。
どうやらジャックの授業が終わったらしい。
セヴィスが顔を上げると、俯いているハミルとそれに話しかける男子たちの姿が目に入った。
男子たちはハミルに何か問い詰めているが、ハミルは黙って首を振った。
おそらく魔力権のことを言っていたのだろう。
ハミルが落ち込むことなど、ほとんどないからだ。
しばらくして、男子たちの一人が肩をすくめて自分の方に向かって来た。
「なー、セビ」
男子――ランド=パズノンが少し怒り気味に言う。
彼はセヴィスより身長が高い大男である為、微妙に威圧感がある。
それだけ厳つい生徒だが、治癒の魔力権を持つ補助系だ。
「おめーハミルに魔力権のことで何か言ったんだな?」
「何かあったか」
「自覚ねーな。じゃー何でハミルは落ち込んでんだろーな」
と言ってランドは腕を組む。
「落ち込む?」
「そーだ。嘘だと思うなら話しかけてみるんだな」
「分かった」
セヴィスは席を立ってランドを押し退ける。
「おーい、おめーはおっかない奴だから暴力とかするんじゃないんだなー」
「余計なお世話だ」
とランドに言って、セヴィスはハミルの席に向かう。
「お前から来るって珍しいな」
先程の会話が聞こえていたらしく、ハミルは顔をこちらに向けて言った。
いつもの元気さはあまり見られない。
朝は特に何も感じなかった。
ハミルが落ち込んだのは、おそらく魔力権のことだろう。
「どうして魔力権を使わないんだ?」
ハミルは答えない。
この様子に驚いたのか、隣でランドが別の男子と顔を見合わせている。
「おれのこと気にかけるなんて。セヴィスさ、変わったよな?」
また話題を逸らそうとしているのか、ハミルはランドに話しかける。
「確かに、総攻撃から変わったんだな。ロザリアに痛いところでも突かれたんだな?」
そして案の定、それにあっさり乗ってしまうランド。
それを見てハミルの表情がわずかに綻んだ。
「……何が変わったんだ」
「あれー、ロザリアのこと否定しないんだな」
「どうでもいいだろ、そんなこと」
「ほら、こういうところとかだな」
ランドは笑いを堪えながら言う。
隣のハミルも一緒になって笑っている。
「今そういう問題じゃ」
「あっ、次一年生の戦闘訓練だなぁー。早く第一ジムに行くんだなぁー」
ハミルはランドの喋り方の真似をして、立ち上がる。
そして当のランドは何をしているのかと思えば、
「あっはっは、ハミル、似てるんだなぁ」
と、腹を抱えて笑っていた。
「そうだろ?」
セヴィスはこの時間に聞くのを諦めた。
ハミルと話す時間なら、後にいくらでもある。
その時にでも聞けばいい。
「行こうぜ、セヴィス」
ハミルは自分のグローブが入った袋を持って、先に廊下に出て行く。
「セビ、ハミルに聞くの忘れるんじゃないんだな」
ランドが小声で言う。
どうやら、忘れていなかった様だ。
駄目なのはランドではなく、ハミルだけだったらしい。
「あー腹減った!」
セヴィスが廊下に出ると、ハミルは背伸びをして言った。
彼の声が廊下に響いた。
「四限目の前に食べただろ」
「こういう時こそ、クリムゾン・スターの飯が食べたいなぁ。あの店も弁当サービスとかしてくれればおれ毎日買うのに。えっと、何だったっけ。クレンザーじゃなくて、コンロじゃなくて……キッチン関係の名前だったような」
「何言ってるんだ?」
歩きながらハミルは完全に話題を逸らそうとしている。
だが、いつかはその話題も費える。
その頃合を見て尋ねよう、とセヴィスは思った。
「ほら、あれだよ、店長の名前!」
「シンクか」
「そうそう、それそれ!」
明らかに焦っている。
シンクの名前を忘れる程とは、分かりやすい。
嘘がつくのが下手、というより純粋の方が近いのだろうか。
純粋とほぼ対極の存在であるセヴィスには、その気持ちは理解できない。
「あの人さ、料理は旨いのに何か怖いんだよなぁ」
確かに初めて見た時は、ウィンズなんかよりも恐怖感を覚えた。
おそらく、今の自分の実力ではまだ彼に追いつけていない。
そしてその彼に傷を負わせたレンも、あの暗闇では自分の敵う相手ではなかっただろう。
そう思っておきながら何も言わないのは、ハミルのネタ切れを待っているからだ。