Ⅰ・うつくしい森の妖精についての文章
楽しんでいただけると嬉しいです
罪人でも、傷があっても、仕事は出来る。
わたしにとってそれは、一年半前から、恐ろしく美しい少女の世話をすることだった。
彼女はわたしを「シマ」と呼ぶ。
それも小鳥が囀るような、ちいさな金色の鈴を振るうような、高く柔い声で。
わたしは彼女を「カトー」と呼ぶ。
アクセントはシャドーと同じ。花を踏むと書いて花踏。
ゆれる、黄金色の恐ろしく長い髪。夕方に一瞬すべてを照らす、金色の太陽のような、艶やかさ。
ほっそりとして新鮮なミルクの色をした、ちいさな身体を花束のような豪奢なドレスで包むと、カトーという少女自体が一つの芸術作品のようだ。
この美しい人しかいない(わたしを除く)屋敷の中でも、カトーがいっとう美しい。
カトーはこの屋敷の中のお姫様で、美しくも脆弱で、それに准ずるように、この屋敷はどこか歪だ。
カトーは素晴らしい美少女で、そのうつくしさは何処か非現実的だ。
そして美しい少女をヴェールのように包むのは、哀しい予感を秘めた静かな不幸の匂いだった。
洋画の森の奥にひっそりと棲む幻の妖精のようだと、いつかわたしが言った際、カトーはその表現をいたく気に入り「そです」とはにかむ様に微笑んだ。
「わたしは森から出て来たです。それは孤独だったので、一人で対処する準備が・・・あれ?」
彼女は日本語が少しばかり不自由である。
しかし彼女は息を呑むほど美しい。まるで罪の一つも知らないみたいに、綺麗だ。
わたしはカトーの保護者に雇われているわけなのだが、いつ気まぐれに解雇されるのか知れたものではないので(何せわたしは「気まぐれで」「何となく」「いた方が便利かなと思って」雇われたのである)、リクさん(その保護者の名前だ)に黙って小説を書いている。
とは言っても、半年前、仕事の合間や終りに少しずつ書きためて来た小説を、とある新人賞に応募したところ偶々佳作に引っかかった小さな出版社から出版した小説の印税はまさに雀の涙ほどなので、はっきり言って生活費の足しにもならない。
ほとんど、趣味のようなものである。
しかし趣味の割には……いや、やめよう。これについては、きっと、いつか語ることになる。
カトーはわたしが小説を書くのを知っているし、当のそれを嬉々とした様子で読んでいる。
が、日本語の不自由なカトーはおそらく半分も理解していないだろうとわたしは推測する。
そしてそれはかなり高い確率で当たっている。
「そんなもの、読んで楽しいですか?」
と自嘲的な溜息交じりで尋ねると、カトーは必ず「ウィ」と答える。
「シマの書く、カワイおなのこ、全てわたしに似ている。シマの中のわたしのイメージわかて、嬉しですね、くふ」
びっくりした。
その拍子に頬杖をついていた手から頭から滑り落ちる。
わたしは現実の人をモデルにして書いたりなんかしない。
故に、わたしの書く女の子は現実には居ない、わたしの脳内だけでひっそりと息づく架空の存在であるはずだった。
カトーの指摘に、わたしは、驚き、微笑んだ。
つよい自意識に、可愛らしい思考。
わたしは、美しい人の考えることは分からない。何故なら、わたしは美しくないからだ。
「わたしも一度でいいからあなたくらい……」
「エッ?」
「なんでも。紅茶でも飲みますか? それとも中庭でお散歩でも?」
カトーは数秒迷った素振りを見せた後、上目遣いのすがるような目つきで「東屋でアフタヌーンティ」と答えた。
ここで、またですか、という類のことは決して口にしてはならない。
せっかくここ最近、足の壊れたコーヒーテーブルのような情緒が安定しているというのに、それを自ら壊すような真似はするべきでない。
「わかりました」
とわたしが軽く頭を下げ、万年筆を置いて立ち上がると、うつくしい森の妖精は心底嬉しそうに、くふふ、とまたあの悪戯っ子が見せる類の笑みを真珠のような小振りの歯の間から漏らした。
カトーが微笑むだけで、春が訪れるようだ。
奇跡のように美しい少女がわたしの耳元で、囁く。
「Olet söpö」