第4章 その1〜その10
●第4章〜道は自分で〜
その1:任された使命のもとに
「どうしても話さなければならないことがあって。。」俺は懸命に訴えていた。
「この野郎!なにをふざけたことを!」
俺は胸ぐらを捕まえられて強烈に締め上げられた。
「す・・すいません。。怒ってるのはごもっともです。でも話をさせてもらわないと。。」
「やかましぃ!」間髪をいれず次はそのまま投げられた。どうやら彼は柔道ができるらしい。
俺は今、再び雪乃と島暮らしをしている世界に来ていた。
意識異動があったのは2日前、5月12日のこと。とりあえず病院生活からは逃れたということになる。
俺のかわりに『今までこっちの世界にいた義竜』は、今頃病室に閉じ込められてさぞかし気がめいっていることだろう。
でもきっと、初夏から事情も聞いていることだろうし、お互いが自分の世界で生きられるように協力体制は作れるに違いない。
まぁそれはそれでいいのだが、今俺を投げ飛ばした男は熊野元秋と言って、名前の通り熊野楓さんの夫。更に言うと初夏の弟。こちらの世界では本社取締役専務であった。
その彼になぜ俺がなが飛ばされたかと言うと、その原因は『もうひとりの俺』にあった。
俺が向こうの世界に行っている間、この義竜は自由奔放に暮らしていやがった。
雪乃の話によると、仕事も途中で放棄して釣りに行ったりフェリーで本土に渡って遊びに行ったり、かなりの乱行が目立ったそうだ。
そしてそれを包み隠さず平気で雪乃に報告するのだ。
更にあげくの果てにはなんと、熊野楓さんと不倫までしていたのだ。恐らく、俺が残した行動手帳の日記から、彼女と面識があるのを知り、故意に接触を図ったに違いない。
手帳には楓さんとの性描写が生々しく書かれており、これが同じ遺伝子を持つ自分のすることかと絶句するほどだった。
雪乃もこの1ヶ月間、かなり心労が重なったようで、見るからにやつれていた。そんな中、意識異動でこの俺が舞い戻ったときには、『アタシのヨシ君よね?アタシと結婚したヨシ君よね?間違いないよね?』と何度も念を押された。
そんなわけで今、こうして俺は『奴』の替わりに熊野元秋に激怒されているのだ。ウソのつけない楓さんは、旦那に怪しまれて相当問い詰められたらしい。当然のごとく、彼女は不倫の事実を認めざるを得なくなったのである。
場所は本土の総合病院の路地裏。ここの病院に通院している楓さんと接触するために俺は来た。
だがもちろんこの俺は不倫が目的ではない。使命を帯びて来たのだ。こっちの初夏に会うために、楓さんを足掛かりにしなければならいからだ。
それなのによりによって『別な俺』が余計なことをしてくれたもんだ。
行動手帳を読むと、奴と俺の考え方が次第にズレてきているのがわかった。
俺自身は、この異次元世界の事実をふまえ、なんとかより良い方向へ進む手立てがないものかと試行錯誤しているのに対して、『別な俺』はこの事実を確認するや否や、この島の生活で努力することを全て放棄した。
その一部分は下記の通り。
☆行動手帳より
また島に戻ってしまった。でも考えようによってはこれは俺にとって休暇と同じだ。
どうせ、またしばらくすれば元の世界に戻れるだろう。そしてまたこっちへ。。
それが繰り返されるのであれば、向こうの世界で専務としてバリバリ功績を上げ、こっちではゆっくりバカンスを楽しめばいい。
おい、もうひとりの俺よ。これを読んでいたらよく聞け。そんなに深く考えるな。人生もっと楽に生きろ。どんな環境にも耐えるんじゃなくて、楽しく順応することを考えろ。
これが俺だとは。。。人間、環境が変わるとこんなに性格も変わってしまうもんなのか。。。
だがそんなことは言っていられない。俺には俺なりの役目がある。そのためにここに来たんだ。
「頼みます。事情を説明させて下さい。」俺は熊野元秋にすがりついていた。
「言い訳なんてしても無駄だぞ!」
「きっと、初夏さんに聞いてもらえばわかります。」
「なんだと?姉に?なんで俺の姉を知ってるんだ?お前は何かのゆすりたかりか?」
「全然違います。1度、初夏さんの前で説明させてくれたら、そのあとで気の済むまで俺をボコボコにしてもいいですから。」
「(・。・) ほー。いい度胸だな。じゃあどうするか。。。」
そばで楓さんが泣いていた。かわいそうに。。。この人はどっちの世界にいても我々に翻弄されている。
「牛来・・とか言ったな君は。姉に確認するから少し待て。」
俺はしめた!と思った。やっぱり行動あるのみだ。殴られてもいい覚悟で来たのが功を奏したようだ。
なんとか初夏に会わなければ。。。
向こうの世界で雪乃の父親に言われた手ががり。。。
『全ては時がいじられていない世界の中で修正するしかない。しかもそれを実行するには更なるパワーが必要だ。』
つまりは雪乃よりパワーがあって、時を動かせる能力を持つ人物。。。
それは姉である初夏しかいないのだ。
●その2:初夏と会うために
「ダメだ・・留守電だ。」と熊野元秋が自分の携帯を切った。
「忙しいようならすぐにとは言いませんから、何とか初夏さんに会えるようにしていただけませんか?」
今の俺にはひたすら頼み込むしか方法はない。
「うちの姉にまでおかしなことするんじゃないだろうな?」
「とんでもないです!」
「そもそもうちの嫁と浮気しておきながら、よくもシャアシャアと今度は姉に会わせろだの言えるもんだな。」
「いや浮気なんて身に覚えもないし。。」
「じゃあうちの楓がウソついてるって言うのか?お前は!」
「いやその・・複雑な事情があって。。」
「複雑な事情があると浮気するものなのか?おい!」
一体この場をどう凌げばいいのかわからなかった。楓さんは今にも泣きそうな顔で俺を見ている。
路地裏とは言え、通行人が数人、チラ見しながら通り過ぎる。
「人目もあるからこのくらいにしとくか。まだまだ言い足りないが。。いいか牛来!お前を絶対許したわけじゃないからな!今後一切、楓に近寄るなよ!」
「はい。それは約束します。」と俺が即答すると、楓さんの目が大きく見開いて大粒の涙が溢れ出た。
どうやら『別な俺』は彼女と相当な恋仲になっていたらしい。
奴め!こんなバカなことをしでかしやがって。俺だってこいつを許せないぜ!
「で、姉とはどういう知り合いなんだ?」元秋が怪訝そうな顔つきで俺に問う。
その問いかけに俺は、楓さんと病院の待合で出会って、帰り道がわからなくなった彼女を本社まで送ったことなど、大まかな経緯を話した。
「(・。・) ほー。そこで姉と会ったわけか。なるほどね。」
「ですから是非、初夏さんにアポイントをとって下さい。」
「ふん。図々しい奴め。もし俺が気が向いたらそうしてやる。一応携帯メールアドレス教えとけ。」
「番号じゃなくていいんですか?」
「お前の声なんて聞きたくもないんだよ!」
「ご・・ごもっともで。。( ̄ー ̄; ヒヤリ」
わずかな望みでも、少しの期待感を持って元秋にメルアドを教えたが、結果的には無駄に終わった。
翌朝、島の自宅にいきなり届いた元秋のメールには、『姉はお前に会う気はないそうだ。』と簡潔に結論を結んでいた。
俺は雪乃に伝え、ふたりでこれからの策を検討した。当然ではあるが、この次元の雪乃にも向こうの世界での出来事を全て報告してある。
「ヨシ君の役目ってとても重要ね。でも初夏さんと会えなくちゃ何も始まらないよね。」
「そう・・それなのに俺の病気は始まってから着実に進行してるようだ。今朝もめまいや息切れや倦怠感がひどい。」
「Σ('◇'*エェッ!?そんなに?でもまさかヨシ君がそんな病気だったなんて。。」
俺の病気のことはこっちの次元の雪乃には話すかどうか迷ったが、症状がひどく目立ってくればとても隠し通せない。
であるならば、最初に教えておいた方が行動も迅速にできるかもしれないと思い、告白に踏み切ったわけだ。
「病院に行ってる暇なんてないし・・・チクショウ!」
「やっぱりアタシのせいでヨシ君をこんな目に遭わせちゃったのよね・・(・T_T)」
「違う。向こうのパラレルにいる雪乃がしたことだ。でもそのおかげで命拾いしたこともある。誰が悪いなんて一概に言えないんだ。」
「でも考えてみれば不思議。向こうにも別なアタシがいるのよね?いい人?生意気な人?」
「うーん。。ちょっと気が強そうかなぁ・・でも今のお前とそんなに変わらないよ。独身だけどな。」
「それなら良かった。でもヨシ君はどうして二人とも全然性格も違ったのかしらね?アタシしんどかった。この1ヶ月間。」
「悪かったな・・ごめんよ。でもそれが俺にもさっぱりわからんのさ。」
雪乃が急に頭をひねった。
「どうした?雪乃。」
「あのね。疑問がいくつもあるんだけど。。」
「そりゃありすぎるだろうな。」
「うん。向こうのアタシはすでに『時間の逆走』を2回もしてしまったようだけど、このアタシはまだ1回もその能力は使ってないのよ。」
「あぁ・・そういうことになるな。」
「だったら初夏さんに無理に頼まなくてもアタシにできないかしら?」
「できないってお前の異次元の父親が言ってたよ。雪乃じゃパワーが足りないってさ。」
「ならこっちのお父さんがやればいいのに。話してみようか?」
「それも聞いてきたよ。お父さんは1度、雪乃の前でパワーを使ってるだろ?」
「うん。アタシにこの遺伝的な能力を理解させて証明するためにね。」
「そう。だから次にそのパワーを使えば2回目ということになる。2度目というのは1度目と比べて数段パワーが劣るらしい。」
「そうなんだ。。。」
「だから初夏が必要なんだよ。まだ彼女は自分の能力の存在を知らない。」
「その初夏さんて人がアタシの姉だなんてホントにびっくりしたわ。まるでお昼の連ドラみたいなお話じゃない?」
「昼のドラマなんて俺見ないからわからん。」
「なんか作りごとのような話だけど事実なのよね・・」
「そうだな。」
「もしこの計画がうまくいったとしたら・・・」
「うん?」
「向こうの世界が消滅するわけよね?それがわかっていながらパラレルワールドの人たちはこの計画を納得したわけ?」
「それがさ・・向こうの初夏がいまいち納得してなくてさ。」
「それが当然だと思うわ。自分がしてきたこと全てがなくなるんだもの。もしアタシが向こうの世界にいたら荒れまくるわ。」
「(^_^;)ハハ・・雪乃が荒れるなんて想像できないよ。」
そのとき俺の携帯メールの着信音がした。すぐにフォルダを開く俺。
「誰から?」
「あ・・・熊野楓さんからだ。」
「見せて見せて。」
☆熊野楓さんからのメールより
主人からメールがあったと思います。でもそれはウソです。初夏姉さんには何も知らされていません。
もし義竜さんがお望みなら、私が主人に内緒で初夏姉さんに会えるよう手配しますがよろしいでしょうか?
「オォォーー!w(;゜ロ゜)wオォォーー!!やったぜ雪乃!」
「でもそんなに上手くすんなりいくかしら?」
「でもやるっきゃないだろ?きっと大丈夫さ。彼女だってバレたら大変なことになるんだし。」
「アタシが心配してるのはそんなんじゃなくて・・」
「(・ ̄・)...ン?」
「楓さんは『もうひとりのヨシ君』を愛していたのよ。たぶん今だって。。だからこんなメールもして来るんだと思うの。」
「うん。確かにそうかもしれないけど・・だから何なんだ?」
雪乃はきっぱり言い放った。
「楓さんが誘惑して来ても絶対にそんな誘いにはのらないでね!」
「アハハ。バカだな。当たり前じゃないか。俺は『奴』とは違う!愛情のない人と体は重ねない。安心しろ。」
「・・・・・・」
そう自分で言った瞬間、俺の心にも引っかかるものがあった。
『愛情のない人とは体は重ねない』・・・パラレルでは初夏と結婚式後、ベッドを共にしてしまった。
また新婚旅行においても、夜の営みは新婚夫婦にとってせざるを得ないことだった。俺は少し後ろめたい気持ちに襲われた。
でももうしない!自分の気持ちに反することは!相手にも失礼なことなんだ!
だが、女の勘というべきなのだろう。雪乃の直感は的中した。
● その3:最後の情事
「うっ・・!!(#  ̄)(^ *)チュゥゥゥゥ♪」
俺はいきなり飛び掛ってきた熊野楓さんに唇を奪われた。
まさにラブホの部屋に入るなり、電光石火の早業だった。
「ちょっ、ちょっと・・」俺は彼女の両肩をつかんでそっと引き離した。
彼女が『もうひとりの俺』と深い仲になっているのはわかっていたから、無理矢理拒否するわけにもいかなかった。
彼女の後ろ盾がないと、初夏に会うチャンスも逃してしまうのだ。
そんな俺の思いをよそに、楓さんは再び強引に俺に体を密着させてきてベッドに押し倒し、強引に何度も俺と唇を重ねながら吸っては離しを繰り返した。
さすがに彼女の勢いに圧倒されて、抵抗するのも悪い気がした。
それでも俺はほんの一瞬、唇が離れた瞬間を狙って彼女に話しかけようと試みるが、すぐまたキスで唇をふさがれる。
「楓さん、あの・・話を・・うっ!んぐっ・・もっとじっくり話をするはずじゃ・・うっ!」
彼女の行動をここまで萌え上がらせた『別な俺』とは、とんでもないプレイボーイなんだろうか?
俺はわずかな隙をついて楓さんの唇と体を交わし、ベッドから起きて立ち上がった。
ε- (^、^; ふぅ・・と短いため息が出たのもつかの間、彼女はすぐさま俺の前で姿勢を低くして、俺のズボンのチャックを強引に下ろし始めた。
「うわっ!!ちょっとそこまでは・・待った待った!!ね、ね、ね、楓さん!楓さんてばっ!落ち着いて下さいよ。」
必死で抵抗して彼女の手を抑える俺。大の男がこんなふうにこらえているのもなぜかしら情けなくもあった。
「義竜さん、もう私を今までのように抱いてくれないんですか?」
まるでさかりのついた1匹のメス犬のようだった熊野楓さんがやっと言葉を発した。
「いや、あまりに突然でびっくりして。。」
彼女は不思議そうに俺を見た。そしてやっとチャックを下ろすのは諦めたようだ。
「義竜さんが私に教えてくれたことじゃないですか!あなたが私をこんな淫らな女にしたのに!!」
Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lええっ?『別な俺』は彼女を調教でもしてたのかよ?世界が違うぞ、おい。。。(^_^;)
「いやその・・今日は話すことが先決だから。。」
俺は半分以上おろされたズボンのチャックを戻しながら言った。
風さんは急におとなしくなった。よく見ると彼女の瞳はすでに涙目になっている。
「・・・それはわかってます。私だってバカじゃありません。主人にバレてまで義竜さんと関係を続けようとは思いません。」
「そ・・そうですよね。。」それを聞いて内心ホッとしている俺。
「だからこそ、今日は最後だと思って・・本当の最後だと思って・・義竜さんのぬくもりを忘れないようにと。。」
「・・・・・・」
「ダメですか?もう私を抱いてはくれないのですか?そのためにここにお連れしたのに。。」
「しかしそれにしても本社の真裏のラブホとは大胆ですね。(^_^;)」
「今日は主人は出張でいません。だからこのあとすぐに初夏姉さんと会えるように手筈を整えています。」
「申し訳ありません。助かります。僕ひとりの力ではどうすることもできませんから。」
「・・・あの、まるでこの間までの義竜さんとは別人のような話し方なんですけど・・どうしてですか?もうこの関係は終わりだからって、私と赤の他人になり切ろうと思ってるんでしょうか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど・・」
中国人の彼女にこの奇妙な現実を説明しても理解するとは思えなかった。確かに楓さんはとても頭がいい。日本語だって丁寧語も話せるし字も書ける。そして携帯メールも打てる。ほぼ完璧に近い。
だが、非現実的なことを俺の口から日本語で聞いた場合、彼女の頭の中でどのように中国語で変換されて理解に至るのか想像もできない。
いやきっと、正しく変換されるはずがない。そして理解には程遠いと俺は判断した。
「詳しい説明はとても難しい。でもこのままでは僕にとっても楓さんにとってもプラスにはならない。わかりますよね?」
彼女は小さく頷いた。
「わかってます。よくわかってます。でも・・私も悪い女ですが、義竜さんだってあんなに激しく私を求めてくれなかったらこんなことには。。。」
(゜゜;)ギク!・・・( ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄;)あのバカが。。
「だからこそお願い。今日が最後だと思って・・最後の思い出にさせて下さい。どうかこれっきりだから。。」
女性から抱いてくれなんて言われること事態、実際に信じられないことだ。
正直悪い気はしない。でも雪乃の直感した忠告が耳に残っている。
『楓さんが誘惑して来ても絶対にそんな誘いにはのらないでね!』
さすが雪乃だ。でも・・でも・・こっちの方が悪いんだ。楓さんはある意味被害者だ。それにこれが本当に最後なんだ・・・そしてこのあと初夏に会えるわけだし。
俺は熊野楓さんと静かにベッドに沈んだ。。。。
雪乃ごめん。。。本当にごめん。。。
俺は楓さんと体を重ね、揺れあいながらも頭の中の図は雪乃ばかりをずっと想像していた。
そして事が終わった後、俺は心に誓った。
『別な俺』はこれからもいろんな人を平気で傷つけていくに違いない。この先、意識の異動が続く限り被害者は増え続けるだろう。
なんとしても奴を阻止するしかない!阻止せねば!そして奴を抹殺するのだ!
そのためには絶対、このパラレルワールド(並行世界)の存在を消すことだ。
必ず消し去ってやる!!(`⌒´)
●その4:頼むよ初夏。。。
「ん〜〜〜。そんなお話を信じろと言われてもねぇ。」
「そう思うのもと当然でしょう。でもごまかして説明しても先に進まないと思ってですね。」
「ドラマか映画の世界ならわかるけどねぇ。アタシもけっこう『世にも奇妙な物語』とか好きだから。」
案の定、予想通り初夏は俺の話を信じる様子は全くなかった。
楓さんに連れられて、本社の裏口から初夏のいる副社長室まで案内された俺は、
なんとか彼女に理解してもらえるような説明はしたつもりであった。
初夏も快く俺を部屋に通してはくれたものの、順調だったのはそこまでだった。
楓さんは俺を部屋まで案内してくれたあとは、悲しそうな目線を残してその場から去って行った。
「よくできた話だと思うけど・・本当とはどうしても思えないわね。」初夏が単刀直入に言う。
「では、僕が全て辻褄を合わせたウソをでっちあげていると思っているんですね?」
「うーん、そうも思えないけど・・あなた牛来さんでしたっけ?夢と現実をごっちゃにしてることってないかしら?」
「ないです。」俺はきっぱりと即答した。
そんな初夏と会話のやり取りをしていると、内容とは別に、不思議な違和感を感じた。
パラレルでは彼女は俺と夫婦なのだ。俺はタメグチで彼女としゃべっている。
それが所変われば同じ相手に丁寧語ときたもんだ。それこそ、どっちかの世界が夢であった方がこんなに嬉しいことはない。
「義妹の楓ちゃんが以前お世話になったことには感謝してますけど、この話を事実だと証明できない以上は信じられないわ。悪いけど。」
「初夏がウチの雪乃と異母姉妹だってことも疑問がありますか?」
「初夏って・・アタシを呼び捨て?」彼女はびっくりして目を丸くした。
「あ!す、すいません初夏さん・・向こうではあなたと結婚してるもんでつい・・。( ̄ー ̄; ヒヤリ」
ハッとして気づいた俺もすかざず彼女に陳謝して訂正を入れる。
「まぁ・・そんなことは調べればすぐわかりますから。姉妹関係については多分真実なんでしょうけどね。」
「じゃあ1番信じられないことって何ですか?」
「それ以外はほとんどよ。別な世界に同じ自分が存在してるとか、アタシとあなたが夫婦だとか、超能力みたいなので時間を戻すことができるとか・・」
「まぁそうでしょうけど。。」
「三流作家が書きそうなお話じゃなくて? (o^-^o) ウフッ」
「それもごもっとも。(^_^;)・・じゃあどうすれば初夏さんに信じてもらえるんでしょうね?」
「そうねぇ・・牛来さんは、アタシと夫婦ってことなんだからぁ。。」
「む、向こうの世界での話ですけど・・(⌒-⌒;」
「じゃあ、アタシと一緒に暮らしていないとわからないことって何か言える?」
「そう急に言われても・・家具の配置とかですか?」
「そんなんなら、あらかじめ部屋を盗撮してればわかるじゃない。そうじゃなくて、アタシのクセとかそういうのよ。」
「あ、なるほど。クセねぇ・・それは気づかなかったなぁ・・」
「じゃ全然ダメじゃない。」
俺は少し焦りを覚えた。このままだと信用どころの話ではない。何かないかと必死で考えた。
要はクセじゃなくても、彼女との生活の中から特徴がありそうなことをピックアップしてみればいいんだ。
「あの・・いいですか?初夏さん。」
「どうぞ。何かひらめいた?」
「えとですね、僕と初夏さんは朝食は決まってトーストでした。」
「そうよ。うちは昔から朝はパン食よ。でもそれだけじゃパンかごはんの2択がたまたま当たっただけじゃない?」
「ええ、そうなんですけど・・それと卵料理も必ず出てました。それも日替わりでメニューのローテーションも決まってました。」
「(・_・)エッ......?」
ここで初夏の顔が真剣な表情に変わった。
「ベーコンエッグ→オムレツ→スクランブル→厚焼きたまご→半熟ゆでたまごの順に変わります。」
「・・・・そ、そうよ。。ええ、そうだわ。確かにね。でもそれだけじゃ信用までには行かないわ。その他は?」
「あとは・・初夏さんは納豆が大嫌いなことですかね。というか、僕と結婚するまで食べたことがなかった。」
「アタシ、まだ結婚してないから今でも納豆なんて食べてません。」
「すいません。。。」
「食べ物のことばかり?それだけじゃ実家にいる家政婦さんにでも聞けばわかることよ。」
「そうですか・・」
俺はあらためて彼女との暮らしを思いなおしてみた。平日は仕事で会わないから次は夜の生活のことを考えた。
すると俺はあることに気づいた。
「あのー・・言ってもいいかどうか・・」
「いいわよ別に。楓ちゃんもいないし、二人だけなんだから遠慮しないで言ってみて。」
「はぁ・・じゃ遠慮なく。すみません。初夏さんて・・・エッチのとき、耳の愛撫に弱いですよね?」
「Σ(゜∇゜|||)はうっ!!ど、どうしてそれを!!」
「新婚夫婦だったもんで・・いつもあなたを抱いていました。」
「Σ|ll( ̄▽ ̄;)||l・・・・そ、そうよね。。夫婦なら自然なことよね。。(^□^;A」
「はい。あなたは耳をいじられるとくすぐったくて笑い転げてしまいます。」
「そうよっ!笑っちゃうのよ!でもアタシじゃなくて、『別なアタシ』でしょ?一緒にしないでね!」
「失礼しました。そうです。その通りです。」
「まったくもう・・アタシ今すっごい恥ずかしい。(//・_・//)カァァァ。」
「これで信じてくれますか?」
「ん〜〜〜。微妙ねぇ・・」
なかなか初夏は容易に納得しない。当然の話といえばそうなのだが。
「じゃあプーケットに新婚旅行したときの話でもしま・・・あ、関係ないですね。この話は。」
「Σ('◇'*エェッ!?タイに?そ、それって、本当に行ったの?」
「はい。行きましたよ。1週間ほど。」
「で、どこ見てきたの?」
初夏がこんなにタイ旅行に食いついてくるとは思わなかった。なぜだろう?
「どこって・・ビーチではもちろん遊んで来ましたし。。」
「うんうん。それで?」彼女か俺を促すように言葉をふる。
「二人で象にも乗りに行きました。初夏さんが絶対乗りたかったらしくて。そのあとにも虎と一緒に記念撮影しましたよ。」
ここまで話すと彼女はものすごい度肝を抜かれた表情に変わっていた。
「アタシ・・結婚したら新婚旅行は絶対プーケットだって決めてるの。そして象にも乗りたいと思ってるし。。」
「パラレルではもう実現しちゃいました。申し訳ないですけど。」
しばらく沈黙が流れた。初夏は自分のデスクに頬杖をつきながらじっと考えていた。
一体、彼女の口から次はどのような言葉が発せられるのか、俺も非常に気がかりだった。
だがこのまま結果も出ないまま、追い出されるわけにはいかなかった。
初夏がため息をひとつついて、ゆっくりした口調で話し始めた。
「牛来さん・・・とりあえずあなたを信用してみます。とりあえずね。」
「ありがとうございます。初夏さんなら信じてくれると思ってました。」
「ひとつお願いしたいことがあるんだけど、いいかしら?」
「ええ、なんなりと。」
「アタシの実の父と話がしたいの。その遺伝的な不思議な力についてね。それと雪乃にも会いたい。妹になるわけでしょ?」
「それはなんとか実現するようにします。本当は連れて来たかったんですが、楓さんとのこじれた問題もありまして・・
「不倫のことね。でも今までの話の流れだと、楓ちゃんと関係してたのは『別な牛来さん』なのよね?まぁ信じればの話だけど。」
「はい・・でも細かいことを言うようですが、向こうの世界での僕は養子なので、苗字は熊野なんですけどね(^_^;)」
「あ、そうね。ホントよくできた話ね。」
いまいち初夏にどこまで信用されてるのかわからなかったが、ともかく雪乃と父親には会わせてやろう。
初夏に承諾の返事をして俺は本社をあとにした。
●その5:義父・瀬尾哲五郎
初夏と面会した数日後の夜、俺は雪乃の実家を訪れた。むろん雪乃も一緒だ。
俺は義父・瀬尾哲五郎とはそこそこ仲が良く、話も結構ウマが合った。
以前、雪乃と結婚するための報告に訪れたときも、義父は心から喜んで祝福してくれた。
そのおかげで俺たちはすんなり結婚までこぎつけたというのに現在はこのザマだ。
一方、義母(雪乃の実母)は数年前に病気で他界しており、義父が一人暮らしをしていた。
さぞかし不便な生活をしてるのかと思いきや、彼は超きれい好きで、掃除や洗濯が大好き。まるで趣味のように楽しくこなす。町内のカラオケ大会で準優勝した自慢の声で調子よく歌いながら洗濯物を干し、取り込んだものは完璧なまでにきれいに折りたたんで片付ける。
ただ、食事の用意だけは苦手なようで、近所に住んでいる実の妹が夕食を作りに来ていた。
義父にはそれだけで充分だった。朝は出勤時に駅の立ち食いそば屋を利用するのが通例だし、昼は社員食堂があったからだ。
俺は初夏に説明したように、義父にも今までのいきさつを長々と話した。ところどころは、雪乃にも説明を補足してもらったりした。
「ねぇお父ちゃん、アタシたちの言ったこと理解できたみたい?」
雪乃は今の時代には珍しく、父親のことを『お父ちゃん』と呼ぶ。
「あ、雪乃はお父ちゃんをバカにしたな!まだまだ俺はもうろくしとらんぞ!」
「ごめんね、お父ちゃん(^_^;)」
「だいいち、お前にこの力を教えてやったのはお父ちゃんなんだからな!話を聞けばそもそもお前が悪いんだろが!」
「うん・・間接的にはそうなっちゃうんだよね。」と雪乃がつぶやく。
「あれほど、あの力を使うときにはお父ちゃんに相談しろって言ったのに、このバカ娘が!」
義父は口が少々荒くて悪いが、怖さは全く感じない。
「ちょっと待ってお父ちゃん、アタシはまだ1回も使ってないよ。使ったのは別な次元にいるアタシだよ!」
「あ、そうか・・次元が分かれた方か。じゃあこっちの世界が本流でまともじゃないか。別に向こうの世界はほっとけばいいだろ?」
「ヽ(`⌒´)ノダメェ!!ヨシ君が入れ替わっちゃうのを防がないと絶対ダメ!さっきも説明したじゃない!」
「おぉ、そうだったそうだった。お父ちゃん最近もうろく始まってなぁ。」
「今さっき、まだまだもうろくしてないって言ったばっかりじゃない。」
「そうだっけ?」
「((ノ_ω_)ノバタ・・・お父ちゃん。。」
この父娘の会話はいつ聞いてても面白い。今そんなこと思ってる場合ではないが。
義父がひとつため息をして話し始めた。
「世界が二つに分かれるという現象は昔にもあったそうだ。」
「Σ('◇'*エェッ!?昔っていつ?」すかざず雪乃が突っ込む。
「お父ちゃんのおじいちゃんから聞いたことがある。でも理由は単純なんじゃよ。」
「単純なんじゃって・・・(^_^;)お父ちゃん何で急にじいちゃんみたいな口調になるの?」
「じいちゃんから聞いたセリフをそのまま言ってみただけだ。リアルっぽいだろが?」
「(ノ _ _)ノコケッ!!もうお父ちゃんふざけないでよぉ!ヽ(`⌒´)ノ」
「まぁまぁ怒るな雪乃。そもそも例の力を使うときはな、時空をいったん開くんだから、使ったあとは当然閉じなきゃならん。わかるだろ?」
「え?閉じなきゃならないの?そんなの初めて聞いたよ?」
「お父ちゃん、前に言わなかったっけ?」
「聞いてたら覚えてるよ。そんな大事なこと。」
「ありゃりゃ、じゃお父ちゃんが言うの忘れてただけか。(≧∇≦)ぶぁっはっはっ!!」
「あのーーー・・・・( ̄ー ̄; 」
義父の性格は楽観的でかなりのお調子者だった。
今回、俺の使命も向こうの世界の義父から指令されたことだが、アドバイスを受けている最中でもつまみを食べながら『なんとかなるもんさ』ってな具合に平然と送り出されたようなものだった。
「あの・・時空を閉じなきゃどうなるんですか?」俺は不安げに聞いてみた。
「今の義竜君みたいになるようだよ。別次元を行ったり来たりね。昔聞いた話でも、例の力を使うために、対象となる人がそうなったらしい。」
「お父ちゃん、そのこともっと早く言ってよね!」
「言ったつもりだったんだけどなぁ。まぁ終わったことはしょうがないだろ。アハハハ(⌒▽⌒)」
「お父ちゃん・・・。゜(゜´Д`゜)゜。」
義父はこんな調子だが、一通りの納得できる説明はしてくれた。
そこで俺は、ずっと前から疑問だったことについて尋ねてみた。
「お義父さん、時空が閉じてないから意識異動が起こるってことはわかりました。でもどうしてそれが不規則に起こるんでしょう?」
「(・ ̄・)...ン?不規則なのか?義竜君。」
「まぁ、約1ヶ月ごとなんですけど・・ちょっきりではありません。」
「今までその現象が起こった日付を全部言ってみなさい。」
こっちの世界の義父も、つまみを食べ始めながらの会話が始まった。
「雪乃と結婚式を挙げたのが2月12日で、その日に次元が異動しました。その次が3月14日。次が4月12日。そして今回が5月12日です。まぁ3月を除けば不規則とも言えないんですが・・」
「いやいや、全然不規則なんかじゃないよ。きちんとした規則正しいパターンでこの現象は起きているよ。」
「は?よくわかりませんが・・。」
「ワシには次の義竜君の異動日もわかるよ。」
そう言うと、義父は壁に掛かっている日めくりカレンダーの方向へ立ち上がって行き、パラパラをめくり出した。
「6月は10日だ。そして・・・」
義父は更にカレンダーをめくる。
「7月も10日。あとは8月8日。9月7日。10月6日。11月5日。12月5日。。」
「ちょっとちょっとお父ちゃん、それって随分不規則じゃないの。」雪乃が怪訝そうに言う。
「バカだねお前は。太陽暦で考えるからダメなんだ。義竜君が意識異動する日は、決まって毎月、満月のときなんだよ。」
「満月って・・・狼男じゃあるまいし・・(^_^;)」と俺は口がすべってしまった。
「(アハハハ⌒▽⌒)ノ彡彡☆ぱんぱん。義竜君。面白いことを言うね。そうだね。まさに狼男だ!」
「お父ちゃん、もう笑うのいいから(⌒-⌒;」
「あぁ、ごめんごめん。つまりだな。旧暦(太陰暦)で考えてごらん。日めくりのはじっこに必ず書いてるだろ?」
俺と雪乃も立ち上がって日めくりを確かめる。
「義竜君は毎月必ず、旧暦の15日に意識異動するんだよ。」
・・・( ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄;)本当だ。。。規則正しく旧暦の15日だ。。。
俺も雪乃も衝撃を受けた。この義父さんはこんなに楽天的だが、教えてくれる知識はかなり豊富だ。
もっと早く彼に聞いておけば良かったと反省した。
「まぁ、これも先代のじいちゃんから聞いた話だけどな。今思い出したばっかりだw」
よし!お義父さんの協力があれば、きっとこの世界の初夏も納得するに違いない。
そして・・・パラレルワールドを消滅させるんだ。。。
●その6:迫り来る病魔の中で
すぐにでも義父と雪乃を連れて初夏と面会したい気持ちだが、お互い日程の調整がどうしても合わなかった。
俺はいつでもOKなのだが、初夏は副社長としての仕事が忙しい。彼女は現在、3日間中国支店に出張で不在だった。
そして帰国後の週末となると、今度は義父が会社の慰安旅行で不在になる。
雪乃の説得でキャンセルしてもらおうとしたが、1年に1回の旅行を楽しみにしている義父にとって、それは無謀な要求だった。
「バカ言うな。ずっと積み立ててんだぞ!お父ちゃんの唯一の楽しみを取る気か!」
「唯一って・・(^_^;)お父ちゃんには他にもカラオケもゴルフもガーデニングもあるでしょ!」
「旅行に関してはそれが唯一だ!」
「(ノ _ _)ノコケッ!!」
「雪乃、そんなに焦らなくても時は逃げないぞ。落ち着け!」
「・・・・」
義父はそう言うが、俺たちは急いでいた。
原因は俺の白血病の進行が問題だった。昨日も鼻血がなかなか止まらなかったし、微熱も下がらない。
少し走っただけで息切れもするし、倦怠感が襲ってくる。
だが、病気のことは義父にはまだ報告していなかった。余計な気遣いをしてもらいたくなかったからだ。
とにかくパラレル(並行世界)との繋がりを断ち切ることが先決なのだ。
数日後、夜になると軽いめまいと頭痛に襲われた。一瞬意識異動が始まったのかと思ったが、そうではないはずだ。義父の解釈では次の意識異動は6月10日だとわかっている。まだ日数に余裕がある。
おそらく病気のせいなのだろう。症状が似てるからだんだん区別さえつかなくなってきてるんだ。
ソファで横になっているうちに頭痛がおさまってくると、楽になったせいかどうやら寝入ったようだ。俺は夢の中にいた。自分自身でこれが夢だとわかるとは、なんて不思議なんだろう。
その理由として俺の見ている光景は、ドラマの想像シーンのように視界にフェイドがかかっていた。
そこは俺が向こうの世界で白血病の治療のために入院した病室の中。
そしてそこで俺は部屋内に備え付けてある内線の電話で、部屋の外にいる初夏と話をしているのだ。彼女も壁掛け式電話の受話器を持ち、ガラス越しに俺の方を見ながらしゃべっている。
どうやら俺は無菌室に入ったらしい。そこまで見えているのに視界の中心部のまわりは白くてまばゆかった。
「ヨッシー、アタシこの世界がなくなるなんてヤダなぁ。ここまでやって来たのが全部無駄になるじゃない?」
「え・・・?」
「アタシにちょっと思いつきがあるんだけど・・あの力をアタシがこっちで使ったらどうかしら?」
「なんだって?( ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄;)」俺は仰天した。
「なんでびっくりしてるの?・・え?まさか意識異動なんてしてないよね?雪乃ちゃんと結婚してるヨッシーはまだ向こうの世界に行ってるはずだけど・・」
初夏の声はそこで途切れ、俺は再びめまいに襲われ意識朦朧となった。
数分経っただろうか・・・目が覚めると、雪乃と暮らしている島の自宅のソファに横になっていた。最初のままだ。
やっぱり夢だったのか。。。それとも・・・
そういえば以前にも似たようなことがあった。一瞬ではあるが、意識異動する日とは関係なく確かに入れ替わったことがある。
まさか今のも夢ではなく、実際に起きたことだとしたら・・・
今、初夏が言ったことが向こうで実行されたとしたら・・
Σ( ̄□ ̄; た、大変なことになる!!本流であるはずのこっちの世界が潰される!!
これはのんびり待ってはいられない。急がなければ・・・初夏に先手をうたれたら最期だ!
「雪乃!雪乃!」
キッチンで夕食の準備をしていた雪乃が慌てて走って来た。
「どうしたのヨシ君?顔色悪いよ。体調悪い?」
「そんなのは我慢できるさ。それよりも俺さ、今一瞬、向こうの世界に行ってたようなんだ。」
「Σ('◇'*エェッ!?・・・でも待って!ということは逆に言えばあの邪悪なヨシ君も一瞬こっちに来てたってわけ?」
「確かに奴は邪悪だけど・・俺としては複雑な心境だよ(^_^;)」
「でもヨシ君はずっとおとなしかったよ。じゃあさっき冷蔵庫からビール取って行ったのは『今のヨシ君』じゃなかったの?」
「俺はそんなことしてない。だいいち病気してるのに酒なんて飲めるもんか。」
「じゃやっぱり・・・」
ソファの前のテーブルには、なにげに飲みかけの缶ビールが置かれていた。
それを確認したあと、俺と雪乃は顔を見合わせる。
「ホント無茶苦茶する人ね。向こうのヨシ君て。」呆れた口調で話す雪乃。
「その、向こうの世界のことだけど、どうやら初夏が例の力を使って邪魔するらしいんだ。」
「( ̄□ ̄;)!!まさか!それが本当だったら一大事じゃないの!」
「うん。もう躊躇してられなくなったよ。お義父さんには悪いけど・・」
「わかったわ。アタシがなんとかする。ヨシ君の体も心配だもの。急ぎましょ!」
「ありがとう。頼む・・」
よし!あとは、こっちの初夏が帰国次第、説得して行動あるのみ!
絶対パラレルの奴らに先手を許してはいけないんだ!
●その7:異母姉妹と親子会談1
初夏が中国出張から戻ったのを確認して、俺と雪乃、そして説得に渋々応じた義父と面会に向かった。
前回、初夏と会ったときに携帯アドレスを交換していたので、もう間に楓さんを挟まなくても良くなっていた。
面会場所は大胆にも初夏の自宅。つまり社長の家。
初夏が言うには、本社だと逆に社長もいるし、弟の元秋や義妹の楓さんもいる。
昼間誰もいない自宅が1番だということだった。
いつも陽気で楽天的な義父はかなり緊張していたようだった。
それもそうだろう。実の娘に二十数年ぶりに会うのだ。まだ物心もつかない小さな初夏を離婚した母側に預けて以来のことらしい。
社長宅に着くと、俺たちはお手伝いさんらしき女性に応接間に通された。
「お父ちゃん、すごい固まってるよ?大丈夫?」
「いやいやいや・・こんな緊張するのはカラオケ大会で決勝を戦ったとき以来だ。」
「それ変な例えね。(⌒-⌒;」
「初夏に恨まれてるんじゃないかって心配でなぁ。ちょっとしょんべん行ってくるわ。」
その時、初夏が部屋に入って来た。
「恨んでなんか全然ないですよ。」
「Σ( ̄□ ̄;聞かれてた・・」
初夏は俺たちと対面するようにゆったりとした椅子に腰掛けた。
「アタシの実のお父さんなんですよね?それが本当なら太ももの内側に大きなホクロがあるはずなんですが。と、前回義竜さんに言っておいたんだけどどうかしら?」
「あぁ、そうでしたよね。」俺は毅然として言い返した。
「何のことだ?ワシはそんなところにホクロなんてないぞ?何なら見せようか?」
義父はいきなりズボンのベルトを緩めた。
「ちょっとお父ちゃん待ってよ。(⌒-⌒;」雪乃が慌てて止めに入る。
「お義父さん、そんなことしなくていいですよ。僕は最初からそんなこと伝える気はありませんでしたから。」
初夏は俺の方をマジマジと見たあとニヤっと微笑んだ。
「さすが義竜さん。見破ってたのね?」
「はい。初夏さんがカマをかけてることくらい明らかでしたしね。それでもし、義父が付けボクロでもして来たら親子関係はおろか、すべての話がでっち上げになりますからね。」
「( ・ー・)むふふ♪ごめんなさいね。でもこんな話、普通誰も信じないと思うの。だから念には念を入れてね。」
それを聞いた義父が言った。
「ふむ・・そういう念入りなところはさすがワシに似ている。間違いないな。」
俺と雪乃は苦笑いしながら顔を見合わせた。
「お父さん、お久しぶりです。初夏です。この名前はお父さんがつけてくれたそうですね。」
「おぉ!知ってるのか?それは嬉しい。初夏に生まれたからそう名づけたんだよ。」
「まんまですからすぐわかります。(⌒-⌒;」
俺は初夏に尋ねた。
「じゃあ、俺たちの繋がりを全部信用してくれたわけだね?」
「ええ。実はもう戸籍も調べさせてもらったし、全く問題はないわ。奥さんの雪乃ちゃんもアタシの妹なのね。」
「人が悪いな。初夏さん。最初からそう言ってくれたらいいのに。」
「そういうところもお父さん似かしら? (o^-^o) ウフッ」
「いやそれは母さん似だ!」と義父はすかさず反論した。
「面白いお父さんね。なんか嬉しい。雪乃ちゃんもよろしくね!」
「はい!初夏お姉さん。」
こうして朗らかに対面を済ませたわけだがその数分後、この難題に全員が真剣になっていた。
「このままでは向こうの次元の僕と初夏に・・いや初夏さんに時をいじられ、時空は二転三転してしまいます。」
俺は予想できる結論的見解を述べた。
「そして次元も二つだけではなく、下手をするといくつにも枝分かれしてしまうと思います。」
「ヨシ君、それ怖ーい。でも・・あり得るんだよね?」
「向こうの世界の初夏が時空をファイナライズ(閉じる)ことを学んでいなければ、おそらくそうなる可能性もある。」
「そうなったら、この世はめちゃくちゃね。人の人生もおかしくなっちゃう。」
雪乃がそう言うと、次に初夏がため息まじりに話した。
「今までの聞いてると、原因はすべて枝分かれした向こうの次元の人みたいね。きっかけは雪乃ちゃん。義竜さんと自分の結婚を諦めるためにこの力を使った。」
「ごめんなさい・・そういうことになるんですよね。。」
「別に雪乃ちゃんが謝らなくてもいいのよ。向こうの次元のアタシの方が、反旗を翻すようなマネをしてとんでもない女じゃないの!」
「自分で自分のこと、そう言えるのってすごいですね(^_^;)」
「で、つまりアタシにどうしろと?アタシが次元に関わってもいいの?」
「それがそうなんです。初夏さんの持つ力じゃないと阻止できないみたいなんです。」
「それってどういうこと?アタシやり方だって全然知識ないのよ?」
初夏がそう言い終わると、俺たちは全員で一斉に義父の方を見やった。
(u _ u) クゥゥゥ。o ◯
「お父ちゃんっ!寝ないでっ!!(^□^;A」
「(゜〇゜;)ハッ!・・・悪い悪い。ちょっと疲れが出てな。」
「ヽ(`⌒´)ノ全くもう!今ね、初夏さんが、時間の戻し方なんて知識ないって言ってたところなのよ!」
「あぁ、そんなの雪乃が教えてやればいいだろう?」
「でもアタシ、ファイナライズすること知らないもん。」
「あそっか、お前に教えなかったもんなぁ。」
「よく考えれば、原因は時空の閉じ方教えてくれなかったお父ちゃんにあるのかもね(^_^;)」
「(゜゜;)/ギク!そ、そうかもしれん・・」
「でもちょっと待って!」初夏が口を挟む。
「時を戻すって言ったって、5分程度でしょ?そんなことしたって何も変わらないんじゃない?」
「そうよ。どうするの?お父ちゃん。」
義父は軽く笑いながら言う。
「それはな、あの力を利用するときに使う例の絵図の中に、戻りたい年号と日付をちゃんと入れておけばいいだけなんだよ。」
「((ノ_ω_)ノバタ・・・そんなの今まで教えてくれなかったじゃない!」
「そうだっけ?あぁ、そう言えばそうかもしれんなぁ・・」
「お父ちゃん・・・引っ叩いていい?( ̄ー ̄; 」
「まぁまぁ、雪乃落ち着いて・・」と俺は彼女をなだめる。
「まぁ聞け。そして時空を閉じるときは、その書いた日付を1分以内に塗りつぶせばいいんだ。」
「なるほどね・・それをしないと、5分程度しか時間が戻らないのね。」と初夏が納得する。
「5分だけって言ったって、それだけあれば決断を変えることもできるし、事故から人を間一髪で救うこともできるかもしれない。」
「うん。確かにそうよね。」
こうしてみんなで話しているうちに、なぜこのような事態になったのかがはっきりと浮き彫りになった。
つまり、この世界をも揺るがす能力を遺伝的に持っていながら、曖昧に受け継がれて来た瀬尾家一族のせいだ。
しかしながら俺の考えすぎかもしれないが、曖昧にされて来た理由として、あまりにもこの能力は危険すぎるので、ご先祖さんたちは子孫に言いたくなかったのではないのだろうか?
『このまま封印したかった』というのが本音なのかもしれないと。
「で、また元に戻るけど、たぶんアタシが過去に行くとして・・」
「んー・・この場合、過去に行くんじゃくて、そこからやり直しに行くんだよ。」と義父が言う。
「Σ('◇'*エェッ!?この記憶を持ったままで、そこからやり直しなの?」
「うむ。悪いがそういうことになる。」
「じゃお父さんたちはどうなるの?」
「初夏がやり直すおかげで、我々は何も知らない。」
「(ノ _ _)ノコケッ!!損な役割はアタシだけってことね。」
「いや、今回は義竜君にも行ってもらおうと思うんだ。」
「( ̄□ ̄;)!!俺も?義父さん。」
「どういうことかちゃんと説明してくれません?お父さん。アタシがどの時期に戻って、そこで何をすればいいのか。」
「そうだな。解決は・・これしかないだろうし、ちゃんと教えてあげよう。」
俺たちは義父の話に真剣に耳を傾けた。初夏が過去へ戻ってやり直す話は、向こうの次元の義父からも使命を受けて来たことだから俺も理解済みだったが、まさか初夏と一緒に俺まで過去に戻れと言われるとは予想もしてなかった。
一体、義父の考えている解決策とはどんなことなんだろうか。。。
●その8:異母姉妹と親子会談2
「まずは初夏に戻ってもらう時期だが・・」
義父はゆっくりした口調で考えながら話し出した。
「つまり向こうの次元にいる雪乃が、いったんは義竜君からのプロポーズを受け入れたにも関わらず・・」
俺たちは全員、かたずを呑んで義父の話に耳を傾けている。
「受け入れたにも関わらず・・・」義父は繰り返して言った。
「お父ちゃん、もったいぶってないで早く言ってよ。」と雪乃がせかす。
「まぁ待て。ここがワシの見せ場じゃないか。」
「この場に及んで見せ場がどうのこうのと言ってる場合じゃないでしょ!ヽ(`⌒´)ノ」
「お父さんてみんなから注目を浴びたいタイプなのね。アタシに似てるわ。」と初夏が言う。
「全く雪乃はせっかちだな。初夏姉さんを見習いなさい。」
「お父ちゃん、いいから早く先続けてよっ!」
「わかったよ。じゃその前にしょんべん行ってくる。」
「(ノ _ _)ノコケッ!!(((ノ_ω_)ノバタ」
みんな同時にズッコケてしまった。
「じ、じゃあアタシがお父さんをトイレまで案内するわね。」
「さっきの家政婦さんはいないんですか?」と俺が聞くと、
「ええ。さっき皆さんを部屋に案内させたあと、デパ地下に買い物に行かせたの。家政婦ってこっそり盗み聴きしてるかもしれないでしょ?」
「別に市原悦子じゃないんですから・・(^_^;)」
「念には念を入れてね。お父さん譲りのね。 (o^-^o) ウフッ。さ、お父さん、トイレはこちらです。」
「すまんな。でもいちいちトイレごときに案内してもらわんでもなぁ。」
「トイレに行くまでに10の部屋があって、しかもドアがみんな同じなの。たぶんわからないと思うわ。」
「設計士はどんなセンスしとんのじゃい!」
義父はブツブツ言いながらも、初夏に連れて行かれるのがなんとなく嬉しそうだった。
「家政婦はデパ地下で有名な弁当は買ってくるのか?」
などと、初夏のあとを追いながら質問していた。
数分後、義父が戻って再び仕切りなおしになった。
「お父ちゃん、早く早く。」
「ちょっとお茶の1杯も飲みたいんだけどなぁ。」
「あ!ごめんなさい。家政婦さんがいないもんだから気がつかなくて。。」
「いいのいいの。お姉さん。お茶なんていらないから。お父ちゃん!わがまま言い過ぎ!!」
「でもなぁ、のどが潤わないとしゃべれんしなぁ。」
「い、今すぐ入れて来ますっ!(~_~;)」初夏が急いで部屋から出て行った。」
「お父ちゃん!初夏姉さんに嫌われたら何にもしてくれなくなっちゃうよ!」
「時は急がんよ。それにどうせ過去に戻ってそこから出直すんだから。」
「・・・・・」
初夏が全員にお茶を持ってきてくれた。元々性格が大雑把な彼女は、テーブルの1箇所ににお茶をドンとまとめて置いて「あとはご自由にどうぞ!」と言って自分の椅子に座りなおした。
そして義父がお茶をひとくちすすると、やっと本題をしゃべり出した。
「つまり雪乃がいったん受け入れた義竜君からのプロポーズを断るために、時を戻す力を使ったわけだ。」
「はい。向こうのパラレルでそう聞きました。」と俺が言う。
「それなら初夏に戻ってもらう過去の時期はみんなも予測できるだろう?」
「僕が・・雪乃にプロポーズする前ってことですか?」
「その通り!その頃の日付を正確に思い出して義竜君がきちんと意識異動すれば、初夏との縁談に心が揺らぐこともないだろう。今の記憶があるんだからね。」
「お父ちゃん、そんなことするより、アタシが初夏姉さんと過去に戻ってヨシ君のプロポーズを断わったりしななければいいんじゃない?」
「(!o!)オオ! そうか!その手があったか!!」
「((ノ_ω_)ノバタ・・(ノ _ _)ノコケッ!!・・・( ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄;)お父ちゃん・・」
みんなコケまくりだった。
「で、結局アタシにはどんな役割があるの?」と初夏が問いかける。
義父がその言葉を拾ってすぐに反応した。
「あぁ、それは何よりも誰よりもそれだけ数ヶ月も遠い過去に行くパワーがあるのは初夏しかいないからなんだよ。先祖代々から伝わるこの秘伝の力について書かれてある文献にも、第一子が一番能力に長けているとある。」
「じゃあ、アタシは義竜君にしろ、雪乃ちゃんにしろ、連れて行くだけの役割ってこと?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。今急に気がかりなことが浮かんだ。文献を読んでみる。」
義父はそう言うと、持参の集金カバンのようなものから古びたコ汚い誇りの出そうな本を取り出してページをめくっていた。
「お義父さん、それすごい年代ものですね。」
「うむ。かれこれ数百年前のらしいからな。こんな秘密さえ書いてなければ、お宝鑑定に出して金に換えるのに。」
「お父さんて、ちゃっかりしてるのねw」初夏が微笑んだ。
数分後・・・
「あーーーーっ!!これはまずい!」
「どうしたんですか?お義父さん。」
「うーん・・・どうやらワシが間違っていたようだ。」
「Σ('◇'*エェッ!?どういうことですか?」
「義竜君も雪乃も過去へは行けないようだ。行けるのはやはり初夏だけだな。」
「どうしてですか?本人に触れていれば、一緒に異動できるはずじゃなかったんですか?」
「そうよ。アタシだってお父ちゃんに触れていたから5分前に異動できたことあったじゃない。」
「それは時間の逆走が5分程度だったからさ。今回の場合は戻る月日が長すぎる。」
「その文献には何か過去の例でも載ってるんですか?」
「うむ。一緒に戻った相方が消滅してしまったらしい。存在自体がなくなったってことだ。」
「ガ━━ΣΣ(゜Д゜;)━━ン!!そりゃいくらなんでも困りますよー!」
「だろ?」
「あまり良いことって書いてないんじゃないですか?その文献。」
「いや・・そうでもない。このページに・・病気が治ったとか書いてある。」
「(・_・)エッ..?病気?」
「うむ。昔にも時空を閉じずにこの力を利用したご先祖さんがいたらしい。まるで義竜君と同じパターンだな。」
「で、どうなったんです?」俺は知らずのうちに興奮してきていた。
「その対象になった人は・・頭痛・めまい・息切れ・出血・・こりゃひどいな。。」
「でも治ったのはなぜですか?」
「慌てるでない。義竜君。ええとだな・・・ふむ・・なるほど。。おう!やはりな。。」
「わかりましたか?」
「わかったよ。結局、病気の原因は時空をファイナライズしていないために起こったことだから、やはり世界が枝分かれする前に戻って、時空を閉じてしまえば病気の発症すらなくなるようだ。」
「(ノ゜ο゜)ノオオオオォォォォォォ!良かったぁぁぁ!」俺は雪乃と抱き合った。
「ヨシ君良かったね!これでモヤモヤもすっきりしたよね!」
「おう!これで白血病ともお別れだ!」
「(・ ̄・)...ン?お前たちはワシにそんなことを隠してたのか?」
「すいません。あまり心配かけたくなかったもんで。でも今のを聞いて一安心しましたよ。」
初夏が少し緊張した面持ちで話しだした。
「ということは・・アタシが1番重要な役割になったってことね。。」
「そういうことになるな。初夏。」
「具体的にはアタシ、一体過去に戻って何をすればいいの?」
「そうだな・・義竜君があてにならないわけだし、初夏が過去の雪乃と会って、義竜君のプロポーズを断らないように説得することだな。」
「なるほどね。。。わかりました。」
「絶対タイミングを間違わないように!ミスをしたら向こうの次元の連中に隙をつかれる可能性がある。」
「隙って?」
「いくら時空を閉じてもプロポーズが成立しなかったら、本流の世界が消滅して、パラレルワールドが本流に取って代わるってことだ。」
「。。。。。。。。怖い・・」
「その他にも気がかりなことは、先手を打たれて義竜君が雪乃にプロポーズさえできなくなるように妨害される可能性もあるということだ。」
「いくら次元が違うからって、アタシって、そんなに卑劣な女かしら?ちょっとショック。。」初夏が凹んでいた。
「まぁ、口でこれ以上言っても始まらない。すぐにでも行動あるのみだ。急ぐぞお前たち!」
まるでさっきまとは人が違ったように、リーダーシップを発揮している義父であった。
ホント、よくわからない人なんだよな。(⌒-⌒;
そしてついに計画の実行の準備が整ったのである。
●その9:とまどいと不安
その日の夜、俺と雪乃と初夏は義父の自宅へ移動した。時を戻すのに必要不可欠な極秘絵図があるからだ。
先祖代々使って来たと思われる古びた図面は、巻物になって保管されていた。
「僕も見ていいんですか?」
「構わんよ。どうせ記憶から消えるんだから。」とあっさり言う義父。
「お父ちゃん、そういう言い方は良くないよ。今のこの現状が存在しなくなるんだから、記憶なんて最初からなかったことになるんでしょ!」
「うむ。初夏を除いてはな。」
「あ、そっか・・初夏姉さんはキーマンだもんね。」
それを聞いた初夏がぎくっとした。
「アタシの責任ってホント重大よね。だんだん不安になってきたわ。本当にうまくいくのかしら?」
「簡単だよ。さっきも話したように、過去の雪乃にプロポーズを素直に受けるように説得すればいいだけだ。」
「お父ちゃん、それ余計にプレッシャーかけてるよ。(⌒-⌒;」と雪乃が言う。
「そのときって、アタシと雪乃ちゃんが初対面になるのよね?説明してわかってくれるかしら?」
「初夏が義竜君と結婚する気がない意志をはっきり告げればうまくいくはずだ。」
「そうだけど・・自分の縁談話を破談させに行くのって、あまりいい気分じゃないわ。」
「まぁそういうことになるんだが、それをしないと時の本流に逆らうことになるんだよ。初夏には将来エリートサラリーマンや青年実業家との出会いが数限りなく待ってるだろうから、悪いがここは我慢してくれないか?」
「別にアタシは義竜さんでもいいんだけど・・(*^.^*)エヘッ」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
一同、唖然として凍りついてしまった。
その空気をすぐに察した初夏が慌てて取り繕う。
「あーー、ウソよウソ。ごめんなさい。変なマネは絶対しないから安心して。ちゃんと任務はこなすから。」
雪乃が不安そうに初夏を見つめる。
「初夏姉さん、お願い。頼りにしてるの。ヨシ君と結婚させて。」
「まぁ、ワシとしてはどっちも娘だから時空さえ閉じればどうでもいいんだが。」
「お父ちゃんっ!!ヽ(`⌒´)ノムキィ」
相変わらず失言の多い義父である。
初夏はやはり心なしか緊張しているようだった。表情にもはっきり表れている。それも当然だ。
こんな空想的な話を聞かされたあげくに、俺たちの運命を担う役目が降りかかってきたのだ。当然、言葉にも余裕がない。
「これって、大掛かりなドッキリカメラだったら笑っちゃうよね?アハw」
でも誰も笑わなかった。
「悪いがそんなオチはない。カメラなんてまわってないし。」義父が淡々と言う。
「そう・・ですよね。でも今更だけどこんなの普通、小説の世界だけなのにね。あり得ないもん。」
「確かにあり得ない。あってはならないことだ。」
「え?」
「初夏、悪いが、過去の雪乃に言ってやってくれ。この能力はもう受け継いでいかなくていいと。封印するように伝えてくれんか?」
「はい。うまくいったら必ず言います。」
「ん?うまくいかないはずはない。」
「だってアタシ、何も知識もないし、練習なしの本番だけなんでしょ?」
「ハハハ。練習なんていらないんだ。別に気孔をするわけじゃない。集中力を高める必要もない。この絵図と遺伝力が噛みあえばできることなんだ。」
「アタシ、本当に遺伝してるのかしら?そんな不思議な力。」
「初夏は性格もワシに似てるようだから、特に高いレベルの能力があるだろうな。」
「嬉しいような嬉しくないようなお言葉で。。(^_^;)」
ここまで俺が口を挟む余地はほとんどなかったが、この場の空気があまりにも重くなってきているのに気づき、ひとつ提言をしてみた。
「あのー、ここは成功を祝って、計画を実行する前にみんなで乾杯しませんか?」
「おう!それはいいことだ。じゃあ義竜君が音頭を取ってくれ。」
「え?僕でいいんですか?」
「構わんとも。今回の1番の被害者は君じゃないか。」
「まぁそうなんですけど・・」
「でもお父ちゃん、乾杯するお酒ある?ワインかシャンパンか・・」
「そんなシャレたもんあるはずないだろうが!」
「そ、そうよね(^_^;)じゃもしかしてあれだけ?」
「うむ。芋焼酎だけじゃ!」
「Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lええっ?」と初夏が反応した。
「ん?どうした?匂いが苦手か?」
「いいえ、大好きなんです 。芋の香りがたまんないです(o^-^o) ウフッ」
「(!o!)オオ! 芋焼酎の良さをわかってくれる奴がおったわ。さすが長女!」
「悪かったわね、お父ちゃん。アタシは焼酎苦手よ。どうせ次女だし。」
「でもそれしかないんなら仕方ないだろ?お義父さん、お願いします。」と俺が話に決着をつける。
「雪乃ちゃん、ロックで飲んだら匂いなんて気にならないわよ。ウーロン茶でもあれば割って飲むとおいしいわよ。」
「ないぞ。ウチにはそんなもの。」
「ないんだってw じゃみんなロックで乾杯ね。」
「いや、ワシはお湯割りだ。氷は体が冷える。」
「この期に及んでわがまま言わないの。お父ちゃん!」
「自分でお湯沸かして来るからいいだろうが。」
そう言って義父は足早に台所に消えていった。
初夏がつぶやく。
「これまでしてきたことが何にもならなくなっちゃうのね。。」
「またやればいいことです。」
「せっかく中国出張で大きな契約してきたのに・・もう1度同じことしなきゃなんないのね。。」
「ごめんね。初夏お姉さん。」
「いいのよ。気にしないで雪乃ちゃん。それよりもひとつ気になることがあるんだけど。」
「何ですか?」俺は初夏の疑問を問いただした。
「アタシが過去に戻ったら、その世界で生きている別なアタシがいるんじゃないの?」
「あ、お姉さん。それはないと思うわ。」
「バッタリ会いそうな気がするんだけど?」
「過去といってもね、その世界が現代に切り替わるんだから、お姉さんは『その世界のお姉さん』に意識異動するだけなの。」
「なるほどね。じゃああの当時の少し痩せてたアタシに戻れるのねw」
「そう考えると楽しみになりますよね。」と俺は初夏の気持ちの高ぶりを良い方向へ導こうといていた。
●その10:3つ目のパラレルワールド
初夏は義父に自分の持つ特殊な能力について説明を受けていた。
次元を動かすのは能力だけではない。大昔から瀬尾家に受け継がれて来た図面のような絵巻物も必要とする。
「いいか忘れるな。最後に必ず記入した年号や数字全てを塗り潰すんだ。」
「時空を閉じるためにですよね?」初夏がおさらいするように確認する。
「そうだ。でないとまた、義竜君が異次元を何度も意識異動することになるからな。」
「だからこの絵図はあちこち塗り潰されて汚くなってるのね。」
「かなりの年代物だからな。それだけご先祖さんたちもこれを利用したってことだ。」
「でもお父さん、アタシが異動しちゃってからだと、ここにある図面を塗り潰せないですよ?」
「大丈夫だ。呪文を唱えてから意識異動するまでには最低1分はかかる。その間に素早くすればいい。」
「(・_・)エッ? 呪文なんてあるの?」意表をつかれた言葉に戸惑う初夏。
「うむ。チチンプイプイのパーーーッ!!って叫ぶんだ。大声でな。」
「Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lエェッ!?ウソでしょう?そんなのアタシ言えなぁぁぁい!!」
「お父ちゃん、それマジ?そんなこと言わなきゃ過去に行けないの?」雪乃も同調する。
「いや行けるさ。今のウソだし。あははは(⌒○⌒)ノ彡彡☆ぱんぱん」
ひとりウケして笑いまくっている義父。自分だけ浮いていることにも気づかずに。
「お父ちゃんヽ(`⌒´)ノムキィ!みんな真剣なんだから冗談はヤメテ!」
「わはは。お前たちみんなピリピリしてるからだよ。ちょっと場を和ませようと思ってな。」
義父には、この場が余計にしらけたことがわからないようだった。
まぁ、世代が違う年輩の言うことだ。オヤジギャグも仕方ない。
俺にまた例のめまいと頭痛が襲ってきた。まだ意識異動の日は来ていない。
病気による症状なのか、それとも2度経験した瞬間的異動なのか。。。
目の前が真っ暗になり、徐々に気が遠くなるような感覚に陥った。
おそらく数分後・・・再び意識が戻って来た。といってもまだ朦朧としている状態だ。
目も見えない。でも今の感覚でわかっていることは、俺は明らかに横になって寝ていることだ。
それと同時に俺の体全身に痛みを覚えた。それは徐々に激痛になり耐え切れないほどになった。
なのに俺は声も出せず、うめくことすらできないでいた。口には何かパイプのようなものを押し込まれてるようだ。体も完全に固定されていて、動くこともきない。
・・・・誰か。。助けてくれ!!死ぬほど苦しいとはこのことなのか。。我慢できない。。
そんなとき、耳元で声がした。
「ヨッシー、ヨッシー!・・・・・やっぱりダメね。聞こえてないようだわ。」
初夏だ。初夏が俺に話しかけているんだ。
「そうか・・植物状態だからな。反応がないのも当然だろう。」
この声は・・・社長だ。一体何がどうなってるんだ?
「パパ、アタシこれからどうしたらいいの?」
「我々にはどうすることもできんだろう。義竜君はこの装置がなければ生きていれないわけだし、そろそろ仕事でも再開したらどうだ?」
「うん。。せめて話し返してくれたらいいのに。。まさかこんなことになるなんて・・」
「交通事故は誰にでも起こることだ。初夏も気をつけなさい。」
「でもヨッシーはあの子を救おうとして事故に遭ったんだよ。気をつけようがないじゃない。」
「人助けも良し悪しだな。自分の人生を狂わせては何の意味もない。」
「・・・・・」
「まだあの娘は何も言わないのか?今日もロビーで見かけたが。」
「うん。雪乃って子ね。さっきまでここにいたの。毎日来てるんだけど、泣くばっかりで未だに何も言ってくれないの。」
「義竜君と面識があるのか?」
「そうみたい・・ひょっとして浮気相手かも。。」
「なんだと?!本当か?」
「アタシの推測だからわからないけど・・調べてみようかな。」
「よしなさい。何か隠れた事実がわかったとしてもお前に得なことは何一つない。知らない方がいい場合もあるんだ。」
「そうよね・・そうかもしれないよね。。」
「で、義竜君にはちゃんと保険はかけてあるんだろうな?」
「うん。。1億円。」
「たったそれだけか。お前はまだこれからなんだぞ!」
「でも・・額が大きいほど人が死ぬのを期待してるような気がして。。」
「バカ!だからお前は甘いんだ!現実を考えなさい。こんな目に遭って、残された者はどうなるんだ?」
「そうだけど。。」
「悪いが義竜君はもう長くはない。初夏にはパパがまた新しいやり手の男を紹介してやる。今度はもっと高い保険金をかけなさい。」
「はい。。。」
まさかこんな会話を間近で聞かされるとは思わなかった。
激痛と共に身動きひとつできないでいる俺は更に愕然となった。
と、そこでまた俺の意識がふわっとなって頭の中がグルグル回り始め、真っ暗な視界から真っ白に変わり、徐々にそれも溶けてまわりが見えるようになって来た。
「ヨシ君?ヨシ君?」雪乃の顔が正面に見えた。
「あ・・あぁ、大丈夫だ。何でもない。また一瞬、意識異動があったようだ。」
「一瞬じゃなかったよ。5分くらい反応なかったもん。」
「何があった?義竜君。」義父・瀬尾哲五郎も心配そうに俺を覗き込んでいる。
「また向こうの次元だな?何か変わったことはなかったのか?」
「それが・・違うんです。病院の中だったのは確かなんですが・・どうやら僕が交通事故で死ぬ寸前に意識異動したみたいで。。」
「ええええええ!?(◎0◎)」雪乃が絶叫した。
「そんなに驚くなよ雪乃。前にも一通り説明しただろ。俺は向こうで確かに事故に遭った。そこでパラレルの雪乃が時間を5分戻して事故の存在を消したんだ。」
それを聞いた雪乃は頭の中で整理をするのに少し時間がかかっているようだった。
「でもそれなのに・・ヨシ君が今行った世界って・・」
「そう。事故に遭ってしまったその後の世界のようだ。」
「なんでそんなことが・・あ!!」
「気づいたか雪乃。お前は少しトロいから頭の回転が早くなるように鍛えなさい。」と義父がそっけなく言う。
「つまり、向こうのアタシが時空のファイナライズ(閉じる)の方法を知らないから、また別な世界が出来たってわけ?」
「そういうことだ。このままだと義竜君は3つの世界を行き来することになる。」
「ちょっと勘弁して下さいよ。もうあんな激痛に襲われる世界なんて行きたくもないですよ。」
「事故に遭った義竜君がそのまま死んだらもうそこへは行かないと思うが。」
「お父ちゃん!簡単に『死んだら』なんて言わないでよ!ヽ(`⌒´)ノ」
初夏が俺に不安げに聞いてきた。
「義竜さん。今行った世界にアタシはいた?どんなアタシだった?」
「ええとですね・・僕に1億円の保険をかけてたみたいなんですけど、社長に少なすぎるって怒られてました。ハハ(^_^;)」
「ひどいパパね。本人の前でそんなことを?」
「どうやら僕は植物人間だったようで。。聞こえてないと思っていたんでしょう。」
「きっとパパのことだから、アタシに次のお婿さんでも考えてるんだと思うわ。」
「さすがですね。図星です。( ̄ー ̄; ヒヤリ」
いよいよ事は緊急を要して来た。義父が全員に言う。
「義竜君の意識異動が活発になってきたし、どうやら本当に急がないと本流の世界が崩れるかもしれない。今すぐにでも実行するが、みんな心の準備はいいか?」
「僕はいつでも平気です。」
「うん。アタシも大丈夫。お父ちゃん。」
「怖いけど・・アタシもOKです。お父さん。」
大きな巻物が床に広げられ、細かな図面のような、ナスカの地上絵にも見て取れるような模様の中に、過去に戻る日付と年号が書き添えられた。
あらかじめ雪乃が正確に思い出していたのだ。
俺は最後に雪乃に言っておきたいことを告げた。
「雪乃、今までごめんな。この世界はもう終わりだけど、島の不便な生活では随分苦労かけたな。」
「ううん。島も楽しかったよ。お金にはちょっと困ったけどね。」
「この記憶も、もうなくなるけど、過去からやり直したお前との記憶は一生忘れないかならな。」
「でも今言った記憶もなくなるんだよヨシ君。 (o^-^o) ウフッ」
「たしかにそうだった(⌒-⌒;」
「あ〜うらやましい。アタシには将来どんな旦那様が来るんだろう。。」
初夏がポツリと呟いた。
第5章へ続く