第3章 その1〜その10
●第3章〜行く末〜
その1:意外なメール
俺は風呂の中でのぼせていた。
さっきまでは雪乃と話し合っていたのに、まさか場面が変わると風呂に浸かっているとは思わなかった。
初夏の声にハッとした俺は急いで風呂から上がる。
「ヨッシー、また考え事?」
「いやまぁ・・その。。」
どうやらさっきまでこっちの世界にいた『もうひとりの俺』も随分考え込んでいたようだ。
今頃『奴』は雪乃と何を話しているんだろう?
雪乃は泣き叫んでいたな。。。かわいそうに。。
別な俺がなんとか慰めてくれてたらいいけどな。。
「ヨッシー、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だよ。」
「ならいいけど。せっかくここ最近は元に戻ったように明るくなったのに。」
「俺は今まで暗かったのか?」
「だって、ヨッシーっていつも突然おかしくなるんだもん。」
「そ・・そうか。。(^_^;)」
「1ヶ月くらい前は自分の部屋の専務室まで忘れてたじゃないの!もう痴呆症かと思ったわよ!」
「あはは・・健忘症かもしれないなw」
「もう、ふざけないで。心配してるんだから!」
「ごめんごめん。」
そう言えばそうだよな。『もうひとりの俺』にしてみれば、いきなり島から本社勤務の真っ最中に意識異動したんだからな。悩むのも無理はない。
「ちょうど明日は人間ドックに予約してた日だからちゃんと診てもらえるわね。」
「Σ('◇'*エェッ!? 明日ってまた急な・・」
「1週間前から言ってたじゃないのよ!!」
「(-д-;)はい・・すいません。。」
この1ヶ月近くは島にいたからな。こっちの事情がわからねぇじゃんか。何か経過がわかるといいのに・・
ハッ!!(゜〇゜;)そうだ!きっと『別な俺』ならどこかに日記をつけてるはずだ!
俺も奴に見習ってあの手帳を更新してきた。きっとこっちにも似たようなものがあるはずだ!
「初夏、ちょっと書斎に探しものあるから行ってくる。晩メシはあとで食べる。」
「あのね・・人間ドックに行く人はもう明日の昼までごはん食べちゃいけないのよ!」
「ガ━━ΣΣ(゜Д゜;)━━ン!!マジかよ!それ聞くとよけい腹減ってきたじゃんか。」
「ヨッシー夕方、何か食べておけば良かったのに。」
「(;´Д`)ハァ・・・」
俺は自分の書斎で日記なるものを探した。意外と手こずることもなく、目当ての品はあっさり見つかった。
不用意に、他の書籍と一緒にただ本棚に並べてあるだけだった。
まぁ、わざと見つけやすい場所に置いてくれたんだろうが、初夏に見られたらすごくマズイはずなのに。。」
どれどれ読んでみるか。。。
数分間、ここ1ヶ月の流れを読んでみると、『別な俺』は何とかソツなく仕事も家庭もこなしているようだった。
最初、目覚めたときには目の前に後輩の吉沢がいてびっくりしたが、冷静に状況を見極めてから本社へ帰ったと記してある。
そして明日は人間ドックだということも。。。( ̄ー ̄;
とりあえず、こっちの世界にいれば現状の仕事をしていればいいだけだ。心配も何もない。
ただ雪乃が気になるだけだ。彼女は事情を知っているだけに、歯がゆい思いをしてるだろう。
次の次元異動はいつなのか?今までの経過を見てもちょっきり1ヶ月とも限らない。若干誤差があって不定期だ。
今、島にいる『別な俺』は何か打開策を見つけられるんだろうか?
頭脳は同じだろうから、俺がひらめかないのに奴がひらめくはずもないと思うが。。。
ちょうどそのとき、デスクの上に置いてある俺の携帯にバイブでメール着信があった。
「ん?誰だろう・・・」すぐに相手先を確認する。
「( ̄□ ̄;)!!ゆ・・雪乃からだっ!」
☆雪乃からのメールより
ヨシ君、お元気ですか?あなたが自宅に訪問してくれた日から約1ヶ月間、私は悩んでいました。
ヨシ君のあのときのお話を聞いて、どうしても気になることがあったのにも関わらず、
言い出せなかったことがあります。ごめんなさい。
時間の取れるときでいいから、会って話す機会を作ってくれませんか?
by yukino
こりゃ会わないわけにはいかんだろうが。。。
俺はすぐさま独身の瀬尾雪乃に返信した。
●その2:雪乃が言いたいことって?
「呼び出してごめんね。ヨシ君。」
雪乃は何か思い詰めたような表情で、約束の時間より早く俺を待っていた。
「いやそれは構わないんだけど、なんでカラオケBOXで待ち合わせなんだ?」
「だって喫茶店とかだったら誰が見てるかわからないじゃない。」
「ホテルでもいいだろ?」
「ヨシ君て警戒心ないね。入ること見られたら不倫だと思われるじゃない!」
「そっか・・カラオケならまだ言い訳もできるってことか。」
「そんなんじゃ部下から寝首かかれるよ!」
「(゜゜;)/ギク!怖いこと言うな雪乃・・^_^;」
「アタシからの忠告ね。もっと慎重になった方がいいわよ。」
「あぁ、肝に銘じておくよ。それにしても雪乃のメール内容には驚いたよ。何か重要なことでもあるのか?」
雪乃の返事には少し間があった。
「うん。。随分迷ったんだけどね。ヨシ君に言わない方がいいかもしれないとも思ったし・・」
「ん?・・よくわかんないけど、俺が雪乃んちで話したことに関係あるんだな?」
「そうなの。。あの不思議なお話のこと・・」
「信じてないのかと思ってた。こっちの雪乃には。」
「こっちのアタシ?」
「いや、なんでもない。俺の話でまた頭が混乱するかもしれないから、雪乃の話を聞きたい。」
「うん。。あのね・・話そうとを決めたのはね・・きっとヨシ君も信じてくれると思ったからなの。」
「そりゃ信じるよ。雪乃がふざけてしゃべる女じゃないことくらいわかってるさ。」
「ありがとう。ヨシ君も不思議な体験をしてるんだからきっと大丈夫よね。」
「安心して話なよ。」
「うん。実はね・・ヨシ君がアタシと結婚してたって話、本当かもしれないの。」
「俺はそう思ってるよ。もう夢だなんて全然考えてないし。」
「ヨシ君もあれから確信に変わったのね?」
「てかね、昨日まで『君とは違う雪乃』と一緒にいたんだ。」
「Σ('◇'*エェッ!? っていうことは・・ヨシ君は。。」
「なんだかわからんけど、俺は別な次元で同時に進行している並行世界を行ったり来たりしてるみたいなんだ。」
「それは・・想像もつかなかったわ。。ヨシ君が異次元で入れ替わったままになってるとばかり・・」
「雪乃・・お前、そこまでは想像できたのか?」
「うん。。」
「じゃなんであのときすぐに言ってくれなかった?」
「すぐにはピンと来なかったのよ。もうヨシ君のことは忘れようとしてたしね。」
「でもどうしてそこまでわかったんだ?」
「だって・・こんな原因を作ったのは多分アタシ・・いえ、アタシが原因に違いないもの。。」
( ̄□ ̄;)!!な、なんだってぇぇぇ〜〜??( ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄;)
「ねぇ、飲み物か食べ物頼みましょうよ。何も頼まないと変に思われるよ。歌も歌ってないし。」
「雪乃、大事なところで話切るなよ(⌒-⌒;」
「でもエッチしてると思われちゃうよ。」
「誰に?」
「店員さんたちによ。男女二人っきりで部屋に入ると結構注目されてるもんよ。」
「そういうもんなのか?」
「だから何か注文すればいいのよ。」
そう言うと雪乃はメニューを眺め始めた。
ちょっと島にいる雪乃とはタイプが違うような女に思えた。これが主婦と独身の違いなんだろうか?
「アタシちょっと小腹すいてるから、はちみつトーストのバニラアイス添え食べるね。ヨシ君は?」
「俺はカルアミルクでいい。」
「( ̄m ̄o)プ ヨシ君、相変わらず甘党ね。それに昼間からお酒?」
「1杯なら平気さ。運転するわけでもないし、経費でタクシーに乗るだけだよ。」
「ふぅ〜ん。。やっぱりヨシ君は今の方が幸せなんだね。。」
「金銭面ではそうだけど・・俺はずっと雪乃と暮らすことしか頭になかったんだぞ。」
「え・・・・」
「ま、とりあえず注文するか。インターホンはどこだ?」
「違うよヨシ君。今は曲のリクも食べ物も全部この機械でするんだよ。知らないの?」
「・・・・しばらくカラオケ来てないもんで。。( ̄Д ̄;;」
いったん話は途切れたが、一体雪乃は何を言おうとしてるんだろう?
雪乃に一体どんな原因があるというのか?
●その3:すべては雪乃のせい?
「おいしいよ。このはちみつトースト。ヨシ君に少しあげようか?」
「いらないよ。それよりもさ・・」
「じゃ歌う?せっかくカラオケに来てるんだし。」
「雪乃、もったいぶってんのか?それとも言いづらいのか?」
「・・・あは。やっぱりわかっちゃた?」
「すぐわかるよ。でも俺に言うために来たんだろ。話してもらわなきゃ。」
「そうだよね。。バカだよねアタシって。ごめんねヨシ君。」
と、そのとき、俺の腹がいきなりグ〜っと鳴り響いた。
「( ̄Д ̄;;しまった・・」
「ヨシ君だってお腹減ってんじゃない。トーストホントにいらないの?」
「あ・・じゃ少しもらおうかな(^_^;)実は今日の午前中は人間ドックだったんだ。」
「どこか悪いの?」
「いや、本社の人間全員義務づけられてるらしい。」
「へぇ。でも健康管理はバッチリね。あ、バニラアイスも少しあげるね。」
「あ、ありがと^_^;」
「このトーストの上で溶けるアイスと一緒に食べるのが大好きなのアタシ。」
俺はやはり相当腹が減っていたようだ。食べ始めると雪乃にもらった一口では満足できなくなってきた。
「あのさ、雪乃悪いけどミックスピザ頼んでくれる?」
「いいよ。アタシにもちょうだいね。」
「あ、あぁ。」
雪乃ってこんなに気さくな女だったろうか?2年間付き合ってたころの彼女とはひと皮むけたように明朗だ。この次元では、俺から身を引いたことで何かが吹っ切れたのだろうか?
「なぁ雪乃。そろそろさっきの話の続きしようか?」
「うん。。。そうね。」
彼女の顔に一瞬緊張感が走ったように見えた。
「雪乃が原因で俺がこうなったって・・全然意味がわかんないんだけど?」
「うん・・ヨシ君、アタシを信じてくれるよね?これから話すことは不思議なことだから。」
「もう充分俺は不思議な世界に迷い込んでるよ。雪乃も俺の言うこと信じてくれてるじゃんか。」
「じゃ言うね。アタシね・・アタシには・・というかアタシの家系には不思議な能力があるの。」
「ん?超能力みたいなもんか?」
「そういうんじゃなくて・・ずっとアタシの先祖代々の直系にだけ潜在的に備わってる能力なんだって。」
「エスパー伊東みたいに?w」
「もう、茶化さないでよ。」
「悪い悪いw で何?続けて。」
「信じられないかもしれないけど、短時間だけ時を戻すことができるの。」
「(゜ヘ゜)へ?」
「ほら、そんな変な顔する。」
「いや、あまりに突拍子な話だったから(^_^;)SF小説みたいだし。」
「でしょ。だから言うの迷ったのよ。」
「じゃまぁ、それができると仮定したとして、いつでも好きなときにそんなことができるのか?」
「いいえ、生きてるうちに2回だけなんだって。」
「なんでそんなことわかるんだ?」
「知らないわよ。そう聞いてるだけだもん。」
「じゃその2回だけってのも、自分の判断でできるのか?」
「できるみたい・・でも失敗したら時空の狭間から出て来られなくなって存在そのものが消えてしまうの。」
「ふむ。。よほどのことがない限り使えないってわけか。」
「だから子供のうちに使うと危ないし、アタシが二十歳過ぎてから父がその秘密を教えてくれたの。」
「そんな話いきなり聞いたら、父親が頭おかしくなったと思っただろうな?」
「正直そう思ったわ。でもね、父がアタシに教えるために、自分の1回分をアタシの目の前でやってみせたの。」
「(・。・) ほー。で、どうなった?」
「5分だけ時間が戻ったの。アタシは父親に触れていたから時間逆走の影響は受けなかったけど。」
「・・・うーん。。すぐには納得できないが・・仮にそうだとして、俺とどう関係してるんだ?」
「それは・・アタシがその能力を・・1回使ったからよ。。」
「でもさ・・例えそれを使ったとしてもだよ、雪乃自身が時間の逆走を感じても、俺自身がわかるはずないじゃないか?」
「普通はそうなのよ。」
「じゃなんで俺だけ違うんだ?もうひとりの俺がいる並行世界が存在するのはなぜだ?」
「あたしね・・ヨシ君のプロポーズ、最初はOKしたよね?」
「最初も何も・・OKしてくれたから結婚したんじゃないか!」
「あ・・そうだったよね。。今のヨシ君はこの別な次元から来たヨシ君だったわね。。」
「そういうことになるのかな。」
「アタシは父から、人生を歩む上で、ターニングポイントになる1番大事な場面でこの持っている能力を使うように念を押されてたの。」
「うん。それはわかる。」
「で、ヨシ君のプロポーズを受けるか断るかの場面で時を戻す能力を使っちゃったの。」
「どういうこと?」
「さっきも言ったように最初はプロポーズをOKしたわ。でも・・ヨシ君、ちょうどその時期、社長令嬢との縁談話もあったじゃない。アタシがヨシ君の出世のさまたげになっても迷惑かなって思ったから。。」
「バカなことを。」
「だからそのあとすぐにプロポーズをOKする少し前の時間に戻したの。そして・・断った。。」
「・・・・いや、そんなこと言ったってさぁ・・現に俺はプロポーズを受け入れてくれた雪乃と結婚したんだぞ。それなのに今はこんな逆の世界にいるのはなぜだ?」
「それは・・・アタシもこうなるとは思わなかったけど。。ひとつだけ言えることは。。」
「なんだ?それは。」
「失敗したの。」
「(・_・)エッ?失敗。。?何を?」
「時を戻すことによって、アタシとヨシ君の人生の筋道を変えるはずだったんだけど、戻し方が完璧じゃなかったから時空がズレたみたいなの。」
「というとつまり・・・?」
「5分間くらいの時差が分岐点になって、時間を戻す前の世界が打ち消されずに、やり直した世界と並行して進むことになった。。こう考えるのが自然のような気がしない?」
「理屈はそうだろうが・・しかし。。なんで失敗したの?」
「アタシの心の迷いかも。。ヨシ君にとんでもない迷惑かけちゃってるよね。。」
「それが本当ならそうかもな。。。( ̄Д ̄;; でも何で意識が入れ替わるんだ?その理由もわからん。」
「時間の逆走に失敗した副作用みたいなもんなのかもね。」
「副作用って、そんな薬みたいなこと言うなよ、おい。」
「ごめんね。。。」
●その4:悲しみに打ちひしがれて
雪乃とカラオケに来て2時間ほど経った。
疑問な点はまだまだあるが、おおまかなことは納得できた。もちろん、これが事実である場合の話だが。
それはともかくとして、雪乃はかなり酔っていた。
リキュールやカクテル、チューハイに至るまで立て続けに注文してはすごいペースで飲んでいるのだ。
「どうしたんだよ雪乃。お前らしくないぞ。さっき俺に昼間っから酒ばっかりって言ってたくせにさ。」
「アタシらしいってどんなことよ?」
「だって、お前そんなに酒なんて飲まなかったじゃないか。」
「それはヨシ君と付き合ってたころの話よ。アタシね・・ヨシ君と別れてから酒びたりの生活が続いてたの。」
「Σ('◇'*エェッ!?ホントかよ?」
「アタシ自身が決断したことなのにね。。でも毎日悲しくて悲しくて・・お酒でも飲まなきゃやってられなかったのよ。」
「・・・・・ずっと今でもそうなのか?」
「いいえ。アタシだってこのままじゃダメになると思って、何とか立ち直る努力はしたわ。休んでいたピアノ教室を再開させてね。」
「うん。。。」
「順調に生徒さんも増えてやりがいも出てきたわ。そしてやっとのことでヨシ君のことを・・・(・T_T)ううう。。」
「どうした?雪乃。大丈夫か?」
「・・・やっと思い出に変わろうとしてたのに。。。またヨシ君がアタシの前に現れたんだもん!(T○T)うわぁぁぁぁん!!」
そうだったのか。。。この世界の雪乃は随分辛い選択をしてここまで生きて来てたんだ。。
可哀想なことをした。。事情がわかっていれば俺だって無理に会いになんて来なかったのに。。
「ごめんな雪乃。俺の方こそ迷惑かけちゃったみたいだな。」
「(:_;)ぐすん。。。ヨシ君そんなに優しくしないで。アタシの自業自得なのよ。でも・・・」
「ん?でも?」
「別な次元にいるアタシがうらやましい。。だってヨシ君と幸せに暮らしてるんだもの。。(T□T)え〜〜ん!!」
再び雪乃が大声で泣き出した。
「アタシも向こうの世界に行きたいよ〜!パラレルワールドに〜!(゜Å)うぅぅ・・」
俺はどうすることもできずにいた。今の雪乃の気持ちが痛いほどわかったし、今も酒をこんなにあおっている理由も理解できた。
彼女は俺の出現の他に、『パラレルワールドにいる雪乃』自身の存在に心を痛めているんだ。
時間さえ戻さなければ、俺と暮らしている雪乃になれた。パラレルワールドも存在しなかったんだ。
「アタシ・・もうダメ。。ヨシ君の顔見れないよ。。サヨナラ。」
そういうや否や、泣きながら雪乃はいきなり部屋から飛び出して行った。
「ちょっちょっ・・雪乃待てっ!!」
俺はすぐにあとを追ったが、会計で足止めをくらった。雪乃はもう外に走り出ている。
支払いが終わると俺もすぐに外に飛び出した。
雪乃・・・どこに行った?あんなフラフラな足取りで・・・
俺は何かいやな予感がした。急いで探さなきゃ。。
カラオケBOX前の通りから太いメイン通りに出て四方を見渡すと、遠くに走っている雪乃を見つけた。
「雪乃!ちょっと待てって!」
彼女は聞こえてるのか聞こえていないのか?蛇行しながら走るのをやめない。
そして交差点に差し掛かると、まだ信号は青なのに雪乃は走って渡り始めた。」
「バカッ!雪乃危ないっ!」
俺は全力疾走で彼女を追いかけた。雪乃は道路の中央に差し掛かっている。左右など全く見ていない。
俺は夢中で雪乃にたどりつこうとしていた。交差点を渡り始め、あと数メートルで雪乃を捕まえられる距離。。。
よしっ!もう少し!
そして俺は思い切り手を伸ばした。すると突然、耳元に急ブレーキの音・・・
それと同時に鈍い大きな音も聞こえたような気がした。
そう・・気がしただけ。。。
なぜなら俺の意識は徐々に薄らいで消えていったからだ。
●その5:不可解な命拾い
俺と雪乃はカラオケBOXで待ち合わせて話をしていた。
「ねぇ、飲み物か食べ物頼みましょうよ。何も頼まないと変に思われるよ。歌も歌ってないし。」
「雪乃、大事なところで話切るなよ(⌒-⌒;」
「でもエッチしてると思われちゃうよ。」
「誰に?」
「店員さんたちによ。男女二人っきりで部屋に入ると結構注目されてるもんよ。」
「そういうもんなのか?」
「だから何か注文すればいいのよ。」
そう言うと雪乃はメニューを眺め始めた。
(・ ̄・)...ン?あれ??
「ヨシ君どうしたの?」
「え?いや、なんかさぁ、この会話さっきしなかったっけ?」
「ど、どんな?」
「今俺たちがしゃべってたことさ。前にも同じようなこと言ってたような気がする。」
「そ、そうかしら。。」
「気のせいかなぁ・・正夢でも見たかなぁ俺。ハハ^_^;。」
「・・・・・」
「デジャブって言葉があるくらいだしな。きっと誰にでもあることなんだろうな。」
「きっとそうよ。アタシだってそんな経験あるよ。」
「そっか。ごめんごめん。じゃ本題に戻そうか。」
「その前にアタシ注文するね。えっと。。」
(゜〇゜;)ハッ!!
「ヨシ君・・また何か?」
「雪乃さぁ・・お前、はちみつトースト頼もうとしてない?バニラアイス添えの。」
「(゜゜;)ギク!な、なんでわかったの?」
「なんか前にも雪乃がそれを頼んでたような気がしてさ。」
「そ、そりゃ前にヨシ君と付き合ってたころにも頼んだことあったかもしれないけど?」
「いや、そんなんじゃなくて・・・俺はカルアミルクを注文したような。。」
「まだ何もしてないよ。それ飲みたかったらオーダーするよ。」
「う〜ん。。。なんかおかしい・・・」
俺はこの場の空気になぜか違和感があった。もやもやしている何かが原形をとどめないでいる。
それが俺の中ではっきりしそうでしないもどかしさがあった。
「ヨシ君、カルアミルクなんて相変わらず甘党ね。それに昼間からお酒?」
「1杯なら平気さ。運転するわけでもないし、経費でタクシーに乗るだけ・・・・あ!!」
「ヨシ君、もうびっくりさせないで。」
「思い出した!!完全にじゃないけど・・・」
「。。。。。。」
「これはやっぱりデジャブだ!同じことを繰り返してる。」
「どこからそんなことが起こってるのよ?」
「このカラオケに来たときからだ!雪乃、お前が俺に話そうとしてることもわかった。」
「(・_・)エッ..?」
「お前の直系家族には、時間を戻すことができる能力があるんだろ?でも一生のうち2回だけだ。」
「・・・・そうよ。。わかっちゃったのね。どこまで思い出したの?」
「どういうことだ雪乃?お前もデジャブを感じてるのか?」
「いいえ・・そういう意味と違うの。。ヨシ君、もう一度聞くけどどこまで思い出せるの?」
「うん・・雪乃はこのあとこう言う。俺のプロポーズにYESしてくれたのに、時間を戻して断る返事に切り替えたと。」
「そ・・それで?」
「でもなぜか時間の逆走に失敗して、5分間だけズレた別な並行世界が生まれたと。」
「。。。。そ、それで?」
「で、雪乃が・・雪乃が別次元で俺と暮らしている『島にいる雪乃』がうらやましくなって・・・酔いつぶれて泣き出した。。」
「・・・そ、それから?」
「それからって・・雪乃だってわかってるんだろ?」
「いいからとにかく言ってみて!」
「あ、あぁ・・。そしてお前は突然泣きながら部屋から飛び出して・・俺はすぐに追いかけて。。」
「・・・( ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄;)」
「俺はメイン通りに出て、雪乃にもうすぐ追い付く寸前、すげぇ大きな急ブレーキの音と鈍い衝突音が。。。」
「それがどういうことかわかる?ヨシ君。」
「う〜ん。。つまりその・・俺は車にひかれたってことか?」
雪乃は声を出さずにゆっくり頷いた。当然、俺にはそれが衝撃的なことだった。
「じゃここは一体どこなんだ?もうあの世なのか?車にはねられたのにピンピンしてカラオケ部屋にいるなんてあり得ないだろ?」
「だからね・・・いいわ。言うわよ。本当のことを。」
「( ̄  ̄;)ゴクッ・・・」
雪乃はため息まじりにゆっくりとした口調で話し始めた。
「アタシがみんな悪いの。。ごめんねヨシ君。許して。。」
雪乃の目から大粒の涙が溢れ出した。
「だ、だからなんなんだよ?」
「アタシが泥酔して部屋飛び出していなかったら・・ヨシ君は死なずにすんだのに。。。」
「や、やっぱり死んだのか俺は。。。ここは天国か?地獄か?」
「どっちも違うよ。だからアタシ・・一生のうちで2回使える力の最後を使ったの。」
「ということは・・・俺が事故に遭う数分前に戻ってるってわけか?」
「ええ。。。でもヨシ君が前の記憶が残ってるなんて思いもしなかったわ。」
「雪乃は記憶が消えないのか?」
「うん。。だから今度はもうお酒は飲まないで話そうと思ってたのに。。どうしたらいいんだろう?」
雪乃は泣きながら途方に暮れていた。ここまで色んなことがありすぎて随分苦しんだ違いない。しかも誰にも相談できずに。。
俺は彼女が可哀想でならなかった。何もできない自分が歯がゆい。
「なぁ雪乃。もうそんなに悩むなよ。雪乃は俺を助けてくれたじゃないか!2回しか使えない自分の能力を出し切って俺を救ってくれた命の恩人じゃないか!」
「こうでもしなきゃアタシ、もう生きていけないもの。。(・T_T)ううう」
「ありがとうな。雪乃。もう泣くなよ。」
「アタシ怖いの。1回目はパラレルワールドを作ってしまったようだし、2回目はヨシ君の記憶が残っている。。ほんとに失敗しないでできたのかしら。。」
「俺がここに生きているんだから成功さ。」
「でも、また別なパラレルワールドが生まれたとしたら・・・怖いわアタシ。」
「別な?」
「うん。。。ヨシ君がここに戻らずにあのまま死んじゃった世界・・・」
「( ̄□ ̄;)!!s・・そんなこたぁないだろう。。。(⌒-⌒;」
●その6:あなどれない初夏
俺は雪乃とカラオケBOXで別れて本社に戻った。
そして自分の部屋(専務室)に入ってどっかり椅子に腰をおろす。
何かまだ狐につままれたようで、頭の中がしっくりいかない。
きっと本来なら喜ぶべきことなんだろうな。。
俺は1度は車にはねられた身だ。こうして雪乃のおかげで命拾いしたことを素直に喜ばないといけないのに。。。
でも彼女の最後の言葉も気に掛かる。
『また別なパラレルワールドが生まれたとしたら。。』
そんなこと信じたくない。あり得ないことだと思いたい。でも現に今、ふたつの並行世界を行き来している俺がいる。
そんな俺がもし、次に意識交替したとしたら・・・また島にいる雪乃の元へ行けるのだろうか?
それとも車にはねられて死んだ俺の体に意識が移って生き返るってことがあるのか?
いや、それはない。もし、そっちの世界があのまま進行してるとすると、あと数日で俺は火葬になる。そうなるともう体の原形はないんだ。
そう自分に納得させてみても全然すっきりしなかった。ため息ばかりがついて出た。
一体、どの世界が俺にとって本物なんだ?誰か俺を正しい世界に導いてくれよ。。。
要は意識レベルでパラレルワールドと交錯するからいけないんだ。そんなことがなけりゃ異次元がいくつあろうがなかろうが俺には関係ないはずなのに。。。
ドアにノックの音がした。
「どうぞ。」
「ハーイ!ヨッシー\(⌒∇⌒)」
元気のいい初夏が笑顔で入ってきた。
「どうした初夏?なんかいいことでもあったのか?」
「(@^∇^@)わかる?」
「すぐわかるさ。表情に出てるじゃん。」
「(#^.^#)エヘ。だって明日弟夫婦が帰って来るでしょ。」
「え?中国支店の?」
「弟はそのひとりしかいないわよ。パパから聞いてたじゃない!忘れたの?」
「あ、あぁ・・その話か(⌒-⌒; 思い出したよ。そっか、明日だったのか。」
「もう!人ごとみたいに言うんだから!ヨッシーの義弟になるうだからねっ!結婚式のときにはあまり話さなかったかもしれないけど、今度からは本社勤務になるから仲良くしてあげてね。」
( ̄□ ̄;)!!本社勤務だって??役職はどうなるんだ?俺は専務降格なのか?
いや、そんなことはない。初夏が黙っていないはずだ。うーん、わからん。
でもここで初夏に聞いたらまた忘れたと怒られるだろうな。。。
「お、俺はこの部屋から出なくていいんだっけ?」と冗談ぽく聞いてみる。
「ヨッシーがそんなに気をつかわなくていいのよ。弟の方がまだ格下なんだし。」
(・。・) ほー。。専務より下ってことは・・・なんだろう?
「これで会社も少し若返るからいいわよね!アタシ田川さん好きじゃなかったから嬉しいわ。」
「田川本部長はみんなに嫌われてるな(^_^;)」
「でも今はさすがに落ち込んじゃって気の毒だけどね。あの年でこれから中国に行くのって大変だもの。」
なるほど。。。トレードみたいなもんか。。やっとわかってきたぞ。
「それより初夏、ホントに嬉しそうだな。そんなに仲のいい姉弟だったんだ?」
「弟よりお嫁さんね。式の日に見たでしょ?すごく可愛い中国人の子。すごく仲良しなの。」
「楓さん・・だっけ?」
「(・_・)エッ? なんでそんなに名前がすぐ出て来るの?」
「あはは・・(^□^;A ネットで中国支店のHP見たことあるから。。」
「ふぅん。。。で、ところでヨッシー、お昼はどこ行ってたの?」
「(゜゜;)/ギク!ちょ、ちょっと外でごはん食べたくなってね。社食も飽きてきたし。。」
「3時間もかかって?」
「公園のベンチで居眠りしちゃったんだよ。」
「ホントに?」
「ホントもホント。」
「まさか風俗行ってないよね?」
「(ノ _ _)ノコケッ!! 行くはずないだろ仕事中に( ̄ー ̄; なんちゅう発想してるんだよ。」
「だって・・昼休みにピンサロ行ってるサラリーマンが多いって聞くもん。」
「誰から?」
「美容院で週刊誌読んでたら書いてあったよ。」
「そんなのまともに信じるなって。」
「じゃ今夜エッチしようね!ヨッシー。」
「((ノ_ω_)ノバタ そんなこと昼間から言わなくたって・・」
「誰も聞いてないからいいじゃない。じゃお仕事頑張ってね。アタシ行くわ。」
「お、おう・・。」
初夏の前では無意識に緊張してしまう俺がいた。
それもそうだ。お互い何も知らずに暮らし始めたようなもんだし。
初夏の性格にも圧倒されることもあるし、また彼女の勘が鋭くて驚くこともしばしばだ。
疲労感が蓄積されるのも無理はない。
それにしてもこっちの世界でも熊野楓さんが日本に来るとは。。。
これだけ身内で会社を固めたら、いずれ俺はここからはじき出されるんじゃないのか?
俺は・・・やっぱり雪乃が心配だ。この世界の雪乃は今苦しんでいる。過去を後悔している。
でももう自分の能力は使い果たしている。俺のために。。。
今度は俺が雪乃に報いなければならない。そのためにはどうしたらいい?
雪乃と暮らしたい。。。
どの世界にいたってやっぱり俺には雪乃なんだ!
●その7:初夏の密会封じ作戦
再びこの次元に来てから2週間が過ぎようとしていた。
この期間、俺は昼休みを利用して雪乃と何度も密会を重ねていた。
雪乃の精神状態も心配だったし、俺の命を救ってくれた彼女を放っておくことはできなかったからだ。
だが雪乃は俺と会うことに戸惑いと抵抗が見え隠れしていた。
「やっぱりヨシ君の奥さんに悪いよ。もう会わないことにした方が・・」
「あのな、雪乃はすぐそうやって自分から引き下がってしまうからダメなんだぞ。」
「でも・・こんなことバレたらヨシ君は破滅だよ。」
「大げさに考えるなよ。会って話してるだけで体の関係になってるわけでもないし。」
「そうだけど・・バレたら絶対信じてくれるはずないと思う。」
「じゃあこのまま俺たちはもう赤の他人になるのか?元々はお互い一緒の気持ちだったじゃないか?そして今も・・」
「・・・もう無理なのよ。アタシはヨシ君の奥さんを傷つけるつもりなんて全然ないから。」
「もう3回目の時間逆走は絶対できないのか?」
「できないわよ。言い伝えがあるもの。それに5分か10分時間が戻ったって、どうにもならないじゃない。」
「1日前に時間を戻すってのはできないのか?」
「そんなの絶対無理!だから一生のうちにここぞという大切に使うんだって父がよく言ってたもの。」
「なるほどね。。。そりゃそうだろうな。でもお父さんは雪乃のために自分の力を1回使ったんだろ?」
「うん。すっと決めてたんだって。自分の子供に教えるために1回はとっておくって。」
「でも雪乃はそれもできなくなったってことだよな。」
「それが普通なんだからもういいの。ただ心配なのは時空をいじってしまったために起こる副作用的なこと。こればかりは予測できないもの。」
「俺の意識の入れ替わりのことだろ。」
「それもそうだけど、やっぱりあの交通事故のことも気になるの。」
「怖いこと言うなよ。」
「そりゃこのまま変化なく普通に暮らしていればそれにこしたことないのよ。」
「問題は約1ヶ月ごとに起こる俺の次の意識変換のときだよな。」
「うん。。」
「それ考えるとマジで怖くなってきたよ。でもそれを確かめるまでは雪乃と会うのをやめるなんて絶対できないよ。」
「ヨシ君・・・」
「それにもし、今向こうの世界にいる『別な俺』がこっちの世界に戻ってきたときに、雪乃から詳しく説明してほしいんだ。」
「そうね・・確かにその通りだわ。アタシの役目は重要なのね。自分のまいた種なんだし。。」
そんな会話で終わった翌日、俺は昼休みに外出できなくなった。原因は初夏。
勘の鋭い彼女は、昨夜いきなり切り出した。
「ねぇ、ヨッシー。昼休みに最近誰かと会ってる?」
「ヘ( ̄ω ̄|||)ヘぎくッ!い、いや、メシ食ってるだけだよ。」
「それにしては時間長いよね。」
「行列のできる店に並んでるのさ。」
「ホントに?」
「これも研究のうちだからな。」
「領収書ある?」
「そんなのないよ。経費でメシ食ってるわけじゃない。ちゃんと俺の自腹だし、レシートなんてもらわないよ。」
「そんなに毎日行列のできる店に行ってるの?」
「た、たまには友人と待ち合わせするときもあるけどさ・・」
「友人て女?」
「男だよ。」
「誰?」
「初夏の知らない人だよ。俺の学生時代の親友とか。」
「結婚式にスピーチしてくれた人?」
「前迫のことか?あぁ、奴のときもあるかな。」
ヤバイな・・(^_^;)あとで前迫に電話して口ウラ合わせてもらわなきゃ。。
「アタシ、明日からヨッシーのお弁当作ろうと思うの。」
「Σ(ノ°▽°)ノええ?」
「そんなびっくりすることないでしょ!」
「だってお前、朝ろくに起きれないじゃないか。それに弁当なんて作ったことあるのか?」
「ないよ。」
「((ノ_ω_)ノバタ・・・」
「でも頑張るもん。」
「無理するなよ。」
「無理しないよ。ヨッシーの大好物入れてあげるからね!だからランチは外に出ないでね。」
「そんなこと言ったって、俺の出勤時間までに間に合うのか?」
「間に合わないよ。」
「(ノ _ _)ノコケッ!!じゃ無理じゃん。」
「バカねヨッシー。アタシが出社する時間に間に合えばいいだけじゃないの。」
「・・・初夏はいつも何時ごろ出社してるんだ?」
「ちょうど昼前かなぁ?」
「・・・( ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄;)知らなかった。。。おそっ!」
「(*^.^*)エヘッ。」
こんなこと言い出すなんて、初夏が俺の行動を疑っている可能性は非常に高い。
知られると説明がつかないし、とにかく注意しなければ。。。
そんな会話があってから翌日の今日、さっそく俺のいる専務室に初夏が手作り弁当を携えてやって来た。
「ジャーン!はいヨッシー、お弁当よ。」とぶりっ子する彼女。
こんな子供っぽいしぐさは初夏ならではだが、とても俺より3つ年上の『姉さん女房』とは思えない。
「あのさ・・この弁当包んでるハンカチって、すごくハデだな(⌒-⌒;ハートだらけじゃん。」
「愛があるからよ。 (o^-^o) ウフッ。おいしく食べてね!」
なんか嫌な予感がしたが、どうにもならないのでとりあえず弁当のフタをそっと開けてみる。
俺の予感は的中した。弁当のフタが粘って糸を引いた。
Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lな・・納豆じゃんか!!なんで弁当に納豆なんかかけるんだよ!?」
「ヨッシーの大好物でしょ?」
「そうだけどさぁ・・」
「ヨッシーはずっとアタシに付き合って朝はパン食じゃない。だったらお昼だけでも大好きな納豆と食べさせてあげようと思ったの。」
「そ、そう思ってくれるのは嬉しいんだけど。。(^_^;)」
「なんか嬉しそうじゃないわよね?ヨッシー」
「いやね、フタにベットリ豆がくっついて糸ひいてるじゃないか。食いづらそうで。。」
「(゜〇゜;)ハッ!そうよね。。そういえばそうだわ。ごめんなさい・・そこまで気づかなかった。」
気づけよ。。。( ̄Д ̄;;
その翌日の昼前、また彼女が弁当を持って現れた。
「今度はうまくできたよ。ヨッシー。」
「(・。・) ほー、どれどれ。」
さすがに昨日の今日だ。少しはまともな弁当になってるだろう。
俺は少し余裕の気持ちで弁当のフタを開ける。
( ̄□ ̄;)!!なんじゃこりゃ!?
「初夏・・白いごはんしか入ってないんだけど・・・?日の丸弁当のつもり?」
「違うよ。日の丸弁当なら真ん中に梅干があるでしょ!それくらい知ってるわよ。」
「じゃ、ごはんだけ食えっての?」
「見ただけじゃわからないのよ。ちゃんと箸でほじくってみてよ。」
「なんだって?( ̄ー ̄; ヒヤリ」
俺は恐る恐る箸でごはんをひっくり返してみた。
・・・( ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄;) な、納豆が。。。
「いいアイデアでしょ?フタにつかないように納豆をごはんでサンドしたの。 (o^-^o) ウフッ」
「ウフッって・・・いくらなんでも。。」
「気に入らなかった?今度はどこがいけなかったの?」
「あのな・・やっぱり納豆は食べる寸前にかけて食べた方がうまいんだよ。」
「工エエェェ(´д`)ェェエエ工 最初からそう言ってくれたらいいのにぃ〜!いじわるぅ〜!」
俺が悪いんかい。。。(⌒-⌒;
そして更に翌日、初夏は弁当とは別に、ハートのハンカチに包んだトレー入りの納豆をそのまま持ってきた。
「ヨッシー、あなたの自由にして食べてね! (o^-^o) ウフッ」
こいつ・・・バカなのか?(-_-;)
「初夏さぁ、納豆にこだわらなくっていいんだ。それよりおかずが全然入ってないから、そっちを重点に考えてくれないかな?」
「ヨッシーがそう言うんならそうするけど・・・納豆嫌いになったの?」
「そうじゃないんだよ。」
わかんねぇ女だな・・・まぁこの点は仕方ない。諦めるか。。
それより雪乃とこれから会えなくなると思うと不安が増してきた。
次に意識が入れ替わるとき・・そのときは雪乃にそばにいて欲しい。。
そしてそのときは『島に住んでる雪乃』の元へ行きたい。。。決して墓場ではなく。。。
●その8:俺から俺へのメッセージ
やはりあった。ロックのかかったデスクの引き出しを開け、俺は中から1冊のノートを取り出した。
中を開くとこれも想像した通り、俺たちが意識レベルで入れ替わったときからの出来事が記されている。
いくら『別な俺』とは言え、俺自身が書いているのには間違いないはずなのに、この俺と比べると彼の方が頭脳も機転も1歩リードしているように思えた。
俺が島で手帳の続きを書いたのも、彼が気づかせてくれたにすぎない。
同じ遺伝子を持つ全く同じ人間なのに、どうしてこうも俺の方が劣っているように思えるんだろうか?
そんな複雑な心境の中、俺はノートを読んでいる。
☆3月14日
偏頭痛から意識がはっきり戻って来ると、そこには吉沢が俺を覗き込んでいた。
まわりを見ると元の勤務場所だった。すぐには事情が飲み込めなかったが、冷静を装い事実確認をしてみると、俺は本社からここに監査のため来ていることがわかった。
1時間後、迎えの車が来て本社に連れて行かれた。そこで俺は自分が紛れもなく専務に就任していたということがわかった。
なるほど。。。彼も急な環境の変化にはさぞや驚いたことだろう。この俺だっていきなり目の前に雪乃が現れたときにはびっくりしたもんな。
そして更に読み進めていく。
☆3月25日
来月、中国支店にいる初夏の弟が本社勤務になることがわかった。役職は本部長。俺より格下だから安心した。
どうやら田川本部長は中国へ飛ばされるようだ。
☆4月3日
こっちの世界の雪乃はどうしているのかふと気になる。向こうでは島に飛ばされたりして雪乃と散々な目に遭ってきた。
俺がこんなに両極端な世界にいるんだから、雪乃だってこっちでは裕福に暮らしていて欲しいんだが。。
☆4月10日
3日後、人間ドックに行くことになった。幹部全員義務らしい。一般社員は定期健診でいいそうだ。
それより心配なのは、そろそろまた意識が入れ替わる時期ではないかと思うことだ。心の覚悟が必要だ。
これを読んでいる『もうひとりの俺』に言う。このノートの続きをしっかり更新してくれ。頼む。
そしてこの出来事をふまえて、まわりから不自然に見られないように注意して進んで行ってくれ。
うむ。。やはり彼もパラレルワールドを確信していたか。言われなくてもわかっとるわいっ!
と、自分から自分に口答えするのも変な話だ。
でもこのノートに気づくのちょっと遅かったかな。もう5月になろうとしてるのに。(⌒-⌒;
その晩、初夏が心配そうに俺に話しかけてきた。
「ヨッシーどっか気分悪くなぁい?」
「ん?いや別に。」
「隠さなくていいいんだよ。具合悪かったらちゃんと言ってね。」
「いやだから隠してないって。急になんなんだ?」
「・・・実はね。。今日病院から連絡が来てね。」
「こないだドックに入った病院か?」
「うん。。ヨッシーに急いで再検査して下さいって。」
「Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lマジかよ?」
「なんか白血球とか赤血球がどうのこうの。。」
「そんなこと言われたのかよ?」
「うん。たしか骨髄性白血病の疑いがあるって。」
「ガ━━ΣΣ(゜Д゜;)━━ン!!」
「でも大丈夫だよ。ヨッシー体丈夫だもんね。」
「な、なんでそんなこと軽く言えるんだよ(^_^;)」
「だって、マイナス思考はよくないもの。今の時代、骨髄移植すれば治るのよ。」
「それはドナーが見つかった場合の話だろが・・」
「なんとかなるわよ。まだ決まったわけじゃないし。」
「決まったわけじゃないなら言うなよっ!(^□^;A」
なんてこった・・この俺が大病に冒されてるなんて。。
それに初夏の態度はなんだ。本当に俺のことを心配してるのかよ。
所詮、恋愛結婚じゃないし、こっちの世界では深い愛情のないまま結婚したようなもんだしな。
俺は初夏との薄っぺらい関係をこのとき痛感した。
「ヨッシーとにかく車呼んであるから急いで行きましょ。」
「あ、あぁ・・」
参った。。大ショックだ。。予想もしてないこの事態。
もしこれが本当にたちの悪い病気だったら、雪乃がどうのと言ってる場合じゃない。とりあえずすぐにノートに記して『もうひとりの俺』に伝えておかないと。
彼もきっと体の中身は一緒だ。俺が病気だとしたら彼も間違いなく病気だ。
そして今の俺はすぐに治療はできるが、その間、島にいる俺は病気に気づかず着実に病魔に冒されていくのだ。
●その9:入院生活とお見舞い
雪乃とはメールで繋がっていた。
俺が昼に初夏の手作り弁当を専務室で食べるようになってから会うことができなくなって以来、頻繁にメールが多くなっていた。
もちろん初夏には見られないように注意を払っている。
それなのにこれからおそらく長い入院生活になると、携帯も自由には使えなくなるだろう。
雪乃に昨晩すぐ、俺の疑わしい病名を知らせた。返信は俺のノートパソコンに来ていた。夜はいつもそうだった。
携帯だとたとえバイブにしていても、初夏がそばにいたら着信に気づかれる可能性があるからだ。
雪乃からの長い返信メールには何度も、『信じられない。』とか『なんでそんなことに。』が連発していた。
それもそうだろう。せっかく交通事故から救われた俺が今度は大病かもしれないんだ。
何か俺自身の寿命のなさを感じる。俺は生きていてはいけないのか?2つの世界に存在したら寿命も半分になるのか?
時間が経つにつれ不安が増してくる。当然ながら雪乃には見舞いにも来ないよう約束した。
パラレルワールドの事情を知っている雪乃と接触が絶たれるのが俺にとっても1番辛いことだ。この先、全く予測がつかない。
翌日俺は即入院となり、ついに闘病生活の幕開けとなった。病棟に入ると異様な緊張感に襲われた。
今まで病気とは無縁だったこの俺がこんな場所にいるなんて、現実からかけ離れているように思えてならない。
まして命に関わる病気だ。風邪薬さえろくに飲んだこともないのに、これからの人生はまさに薬漬けの日々になるだろう。
医師の説明を初夏と一緒に聞いていても心の動揺が抑えきれず頭にろくに入らない。更に不安と恐怖が押し寄せて来る。
今のところは通常の病棟の個室に入ったが、いずれ無菌室に入ることになるだとう。順調に治療がうまくいったとしても一体どれくらいの期間になるのかはまだわからない。
恐らくあとで医師の方からもこれからの日程と計画案が連絡されるに違いない。
今の俺の現状を初夏はどう感じているんだろう?医師の説明は熱心に聞いていたが、真剣にというより、そっけなく『あぁ、そうなんですか』と返事を返す程度。
更に説明を全て聞き終わると、
「やんなきゃどうしようもないですもんね。私たちにはどうすることもできませんもの。」
と医師にあっけらかんとした顔で言うのだった。
俺は寂しかった。これが出世のために選んだ結婚と愛情で結ばれた結婚との違いなんだ。。。
そう思いつつ少し凹んでいると、初夏がそれを見透かしたように俺に言う。
「ヨッシー、アタシが情のない女だと思ってるでしょ?アタシだって心配してるのよ。でも現実を考えなくちゃダメ!マイナス思考で病気に勝てるはずないもの。この世の中、奇跡的に病気を克服した人たちに共通することは、みんな意思が強かったからよ。病気と真正面から向かい合って諦めなかったからよ。わかるでしょ?」
「あぁ・・・それはわかるけどさ。」
「その『けどさ』っていうのは良くないよ。やめなさい。」
いつも子供っぽい初夏がこういうときには年上女房の役目を発揮してるようだ。
でも俺は彼女の言葉に反発した。
「うるせぇよ!お前に何がわかるんだよ。お前がこんな風になってみろよ。全然凹まずにいれるのか?前向きになれなんて、理屈じゃわかってんだよ!言葉で言うだけなら誰だって簡単だ。人間そんなに強くなれねぇんだよ!」
俺は語気が荒くなっていた。さすがの初夏もハッとしたようだ。
「ごめんね。ヨッシー・・・また明日来るから。。何かいるものあったら連絡してね。」
そういい残して彼女は言葉少なげに帰って行った。
俺は少し反省した。初夏のそっけない態度も、俺に不安材料を与えさせないための芝居だったとも受け取れる。そして『こんな病気なんていずれ治るから安心して治療に専念してね。』と締めくくりたかったのかもしれない。
まだまだ初夏についてわからないことだらけだ。雪乃と別れて初夏を選んだ『もうひとりの俺』は本当にバカな奴だ。今頃は島で雪乃の良さを堪能してることだろう。でもきっとあいつも白血病なんだ。。
入院して1週間ほど経ったころだろうか。もう時間や日付の感覚も鈍くなってきていた。
夕方にさしかかる頃、初夏がゲストを連れてきた。
「ヨッシー、弟の奥さん連れて来たよ。」
「お久しぶりです。義竜さん。あなたの結婚式以来ですね。」
向こうの世界では、病院の脳神経科で偶然に知り合った彼女だった。
「あー、そうでしたねぇ。名前がたしか・・楓さんでしたよね?」
「はい。知っていたんですね。私の名前を。」
「熊野楓さんて名前は印象に残りますよ。」
「まだ籍を入れてないので名前は楓李玲なんですけど、日本で熊野楓さんと呼ばれると笑われると旦那様から聞きました。」
「あはは(^_^;)・・そうでしたか。まだ籍を・・」
「お見舞いすぐに来れなくてすいません。お義兄さん。」
「いや、お義兄さんだなんて・・なんか嬉しいですよw」
「早く良くなって下さい。皆さんと仲良くしたいです。」
「ええ、なんとか頑張りますよ。」
楓さんの表情はとても爽やかで、向こうの世界で見せていた疲労感がにじみ出ているような顔などみじんもなかった。
「ねぇヨッシー。あとひとり今日は別な人を連れて来てるの。」
「ん?誰?なんで一緒に入って来ないんだ?」
「なんか入りづらいんだって。ドアの外で躊躇してるんだけど。。」
そう言うと初夏は部屋のドアを開けて、廊下に待機しているゲストを部屋に招き入れた。
俺はそのゲストを見るや、仰天して言葉を失った。
そしてようやくたった一言出た言葉。
「ゆ・・・雪乃。。。」
●その10:事実を知った者たち
雪乃がここに来るなんて信じられなかった。しかも初夏に連れられて来るなんて。
俺はしばらく言葉もで出ないまま二人を交互に見るしかなかった。
雪乃は不安げな表情をまざまざと浮かべているし、初夏はそれと全く対照的にイタズラっこのような眼差しで俺の反応を確認していた。
「ヨッシー驚いたでしょ?」初夏は俺の表情に満足したような笑みを浮かべた。
俺は疑問どおりの言葉を初夏に投げかけた。声が少し震えているのが自分でもわかった。
「なんでお前が雪乃を知ってるんだ?」
「だってヨッシーお芝居下手なんだもん。」
「芝居ってなんだ?」
「もうしらばっくれなくてもいいんだよ。怒ったりしないから。アタシちゃんと調べたんだもの。」
「・・・・・」
「アタシと結婚する前に付き合ってた人だったのね。雪乃さんて。」
俺はすかさず反論する。
「でもな、初夏。これは絶対不倫とかそういうんじゃなくて・・」
「隠れてお昼休みも会ってたのが不倫じゃないの?」初夏がそっけなく言う。
「・・・言ってもわかってもらえない事情があったんだ。」
「どんな?話してもらったらわかるかもしれないよ?」初夏はいやに冷静だ。
「何を言っても言い訳にしか受け取られないような話なんだ。だから・・・言わない。」
「信用できる話じゃないってことね。確かにそうよね。こんな話。」
初夏の今の言葉を聞いて、俺はまたまた驚いてしまった。
「え?き、聞いたのか?」俺は雪乃の方へ目をやった。雪乃はうつむいた顔のままかすかにコクリとうなづいた。
「アタシね、彼女から事情を聞いたとき、よくまぁ抜け抜けとこんなデタラメが言えるもんねって思ったわ。」
「だから俺も言いたくないんだよ。」
「最後まで聞いて。アタシだってバカじゃないのよ。前にも言ったでしょ。」
「・・・・・」
「いくらなんでもウソつくならもっとマシな理由を考えるものでしょ。それなのに彼女は真剣そのものでアタシに説明してくれたの。泣きながらね。」
雪乃は下を向いた状態から、やや上目づかいで申し訳なさそうに俺を見ていた。
初夏は更に話を続ける。
「最初はこの人、よっぽど頭がおかしいんじゃないかと思ったり、精神的な病気かとも思ったわ。でもね、彼女の話を聞いて行くうちにヨッシーの行動パターンと辻褄が合ってることに気づいたの。」
「そんなことがわかるのか?」
「ヨッシーが1ヶ月ごとに人が変わったような別人になるってこと。その本当の理由がやっとわかったような気がするの。」
「じゃあ・・・今の俺が・・初夏と結婚した俺じゃないことも信じられるのか?」
「うーん。。。100%はどうかと思うけど・・あなたたち二人で口裏合わせてるのかもしれないしね。」
「そう思われても仕方ないけどな。じゃあこれも見せようかな。。」俺は病室のロックのかかった引き出しから、大事にしまってあったノートを取り出した。
「??なにこれ?」
「初夏と結婚したこっちの世界の俺がこまめに記していた日記さ。今もたぶん、向こうの世界できちんとレポートしてるさ。」
「へぇ〜・・・見ていいの?ホントに?」
「あぁ。」初夏は興味津々でノートを開くとその場ですぐに読み始めた。
数分後、ため息まじりに初夏が俺を見つめた。
「どうだった?」
初夏は俺をじっと見つめている。雪乃は不安げに初夏を見つめている。
「おい、どうかしたのか?」
「・・・そうよねぇ。やっぱり違うのよねぇ。」
「だから何がだ?」
「同じヨッシーでも性格も態度も全然違うのよ。1ヶ月ごとに。アタシのヨッシーはもっと堂々と自身たっぷりに行動するの。」
「悪かったな。どうせ俺はコッソリタイプだ。」
「遺伝子は同じはずなのにどうしてなのかしらね?」
「知るかいそんなの。で、完全に信用してくれるのか?」
「そうね・・・ここまで徹底したバカなお芝居って見たことないし。。信用するわ。」
「そんな信用のされ方かよ!」
「実はね、あともうひとつ信用に値する理由があるのよ。」
「(゜ヘ゜)へ?」俺は雪乃と目を合わせた。彼女もキョトンとして初夏の言いたいことが想像できないようだ。
「あのね、あなたたち二人ともたぶん知らないことなの。アタシも探偵さんに調べてもらって初めてわかったときは度肝を抜かれたわ。」
「早く言えよ。体に悪い。俺は病気なんだぞ。」
「じゃ言うけど。。。アタシと雪乃ちゃんは、姉妹なの。」
Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lな、なんですとぉぉぉぉぉぉ???
と、びっくり仰天した俺だが、雪乃自身も相当な衝撃があったらしい。彼女の目が見開いていた。
「じゃなにか・・その・・雪乃も社長の娘になるってことか?もしかして社長の愛人の娘とか?」
「ヨッシーのバカ!違うわよ。」
「ごめんなさい。。(⌒-⌒;」
「アタシは母の連れ子なの。母はまだアタシが物心つかないときに離婚して、熊野グループの社長である今の父と再婚したの。」
「そうだったんだ。。。」
「その後は全く連絡も途絶えて、お互いの消息もわからなくなった。。その間、アタシの本当の父も別な女性と結婚して雪乃ちゃんが生まれたってわけ。」
雪乃が重い口を開いた。
「たしかに父は再婚だと昔聞いたことがあります。子供がひとりいたことも。でもこんな巡り合わせがあるなんて。。」
「 (o^-^o) ウフフ。そうよね。姉妹してひとりの男性を共有してたなんてね。」
「おいおい、笑い事じゃないだろ。これから俺たちは一体どうすればいいのか見当もつかないよ。」
「ヨッシーは病気を治すことが先決だからね。問題はそれからってことでいいでしょ?」
「でも・・その間にまた向こうの世界と意識が入れ替わるかもしれないじゃないか!」
「今のヨッシーが向こうに行ってしまえば、それがまともになるわけでしょ?問題はまた何度も入れ替わってしまうことよ。それを阻止する手立てを考えればいいことよ。」
「簡単に言うね(^_^;)」
「何か手はあるはずだわ。絶対に!」初夏は常に何事にも積極的な女だった。
「あの・・・」
「どうした?雪乃。」
「私の父に相談しようと思うんです。今までこの能力を使うときには必ず父に相談するようにきつく言われてたんですけど、今考えるといつも衝動的に使ってしまったような気がするんです。父に相談もしなかったし。」
「でも俺を救ってくれたよ。」
「そうなんだけど・・何か手順が違ったのか・・だから意識が行き来してしまったり、世界がふたつに分かれてしまったりするのかなぁって。。」
「こういうことって理屈じゃわからないからな。思いつくことはしてみろよ。俺はこの通り、ここから当分外出もできないよ。」
「うん。。。そうしてみる。」
「でも・・なんかイヤだわ。。」初夏が突然言う。
「何がだ?」
「この今の世界って、雪乃ちゃんがいじった世界ってことになるわよね?」
「そう・・なるのかな。。」
「じゃあ、この世界はオリジナルではないってことじゃない?アタシたちは作られたニセモノってことよ。」
「そんなふうに考えるなよ。ちゃんと感情も思考能力もある生身の人間じゃないか。」
「そうだけど・・・なんか悲しい。」
それを聞いていた雪乃が大粒の涙をこぼした。
「ごめんなさい。。本当にごめんなさい。。」
またそんな中、話について来れなくてキョトンとしていたのは義妹・楓李玲だけだった。
第4章へ続く