第2章 その1〜その10
●第2章〜並行世界〜
その1:夢か妄想か現実か病気か
初夏と結婚してから1ヶ月近く経とうとしていた。
相変わらず俺の朝食作りに四苦八苦しているものの、その熱心さは十分に伝わってくるのでだんだん彼女が可愛く思えてきていた。
雪乃と結婚式をした記憶が次第に遠ざかってゆく。きっとそれは意識のはっきりした夢だったのか?
俺が雪乃にいつまでも未練が残っていたから、はっきりした夢という形で現れたんじゃないだろうか?
そう解釈でもして納得しなければ、現在の何不自由のない生活にも支障が起きる。
もうこんなことを考える時期は過ぎたのかもしれないな。。。
今日はこれから日帰りの出張予定。俺が元いた現場の職場訪問だ。
スケジュール的に夕方の訪問になりそうだ。
俺はここでずっと主任をしていた。本社勤務に決まった後は、どうやら1年後輩の吉沢が後継になったようである。
だが手元のデータを見ると、この一月の業績が思わしくない。
懐かしき元の勤務先に到着すると、吉沢が早速出迎えた。
「専務。いらっしゃいませ。」
「よう、吉沢。元気だったか?」
「元気は元気なんですけど、専務がここにいたときと同じ数字に伸ばせなくてプレッシャーに押しつぶされそうですよ。」
「そんなことは気にしなくていいよ。俺が人より仕事ができただけの話さ。」
「(⌒-⌒;そ、そうなんでしょうけど。。」
「ここは現場だし、数字が欲しかったらもっとお客さんが来てくれる方法を考えないと。」
「安売りにも限界がありますし、赤字で売っても何の意味もありません。一体僕にはどうすればいいかわかりませんよ。」
「なら広告をばら撒けばいい。」
「それは毎週、新聞の折り込みに入れてるんですけど・・」
「最近は新聞をとってない家庭も多いんだよ。うちだって毎週買ってるのはザ・テレビジョンくらいで新聞なんてないし。」
「じゃどうやって・・?」
「簡単な手書きチラシでいいんだから、目玉商品をメインに書いてご近所に手配りしなさい。次週予告のチラシも書いて、来たお客さんが帰るときに手渡すのもいい。」
「な、なるほど。。。」
「それがダメならまた別なことを考えればいい。」
「はい。そうしてみます。なんか牛来専務が来てくれると安心します。」
「あの・・一応俺、養子なんで熊野だから。(^_^;)」
「(゜〇゜;)ハッ!し、失礼しましたっ!申し訳ありません。熊野専務!」
「まぁいいよ。仕方ないさ。」
それにしても、やっぱり古巣にて元同僚から歓迎されるのはとても嬉しいものだ。
しかもちょっとばかり偉くなった自分を誇示できやすい場所でもあるし。
俺が事務所のソファに腰を落ち着かせるとすぐにお茶が運ばれて来た。
「ありがとう。ちょうどのどが渇いてたところなんだ。」
ふと窓の外を見ると、もうかなり暗くなっている。
すでに満月が空にくっきり浮かんで見えている。
「もう6時半か。日が暮れるのも早いなぁ・・」
そう言いながらお茶を口に運ぼうとした瞬間、激しいめまいが俺を襲ってきた。
「ちょ・・ちょっと誰か・・助けて。。視点が・・定まらない。。」
湯のみが落ちて割れる音がした。
「吉沢・・そこにいるのか?おい・・誰かいるだろ?返事してくれよ。。」
数分が経過した。俺の遠のいた意識が再びはっきりしてくると、目の前の視点も定まってきた。
のはいいが・・・・・・
「ヨシ君!ヨシ君!どうしたの?大丈夫?吉沢って誰?」
Σ( ̄□ ̄;・・・ゆ、雪乃!!?
「まためまい?明日病院行ってみる?心配だわ。」
「・・・ここは。。」
「ここはって・・また前みたいに変なこと言わないでよ。ラーメン伸びちゃうよ。気分悪いならもう食べなくてもいいけど。」
「ラーメン?」
俺はテーブルの前に座っていて、目の前には湯気のあがっているインスタントラーメンが置かれていた。
まわりを見渡すと、なんとなく見覚えがある。さて何だったろう??どこで見たのか?
あっ!!思い出した!!2週間くらい前に一瞬、立ちくらみしたときに見た風景。。。
古びた小さな部屋。。。待てよ・・だとすると壁際の棚には・・・
俺はすぐに目線を棚に移す。そして目を見張った。
あった!!俺と雪乃の結婚記念写真が!!
どういうことなのか?・・・この場所っていったい・・・
まだ夢を見てるのか?・・・それとも・・・
●その2:明らかにわかってきたこと
「なんか舌先がヒリヒリする。。」
「ヨシ君、今さっき熱いラーメンスープすすって『あちぃ!』って叫んだじゃない。覚えてないの?」
「え?あ・・あぁ、そうだったそうだった。。」
見に覚えのないことだが、とっさに俺は雪乃に相槌を打つ。
目の前にはラーメンがあるし、床には割り箸が転がっている。おそらく俺がめまいをしたとき手から落としてしまったのだろう。
ここは冷静に状況を見極めよう。披露宴のときのように。。
「き、今日は何日だっけ?」
「3月14日だけど?なんで?」
「いや、ちょっと聞いてみただけ・・」
どうやら日付はリアルタイムで合っている。。何らかの原因で時間の流れが1ヶ月前に戻ったわけでもない。
(;-_-) =3 フゥ。。バカだな俺も。
タイムスリップだなんて、小説にしか出て来ない世界を真剣に考えるなんて。。
やっぱり俺の頭は妄想で固まっているのか?
「ヨシ君、とにかく明日絶対、朝一番で病院行って診てもらってね。保険証用意するから。」
「なに、少し疲れただけだ。」
「でも、たまにこんなひどい立ちくらみするじゃない。心配だわ。」
「そんなに何回もしてたか?俺。」
「何回もって程じゃないけど。。もし脳に異常があったら早期治療が救われるのよ。」
「(^_^;)怖いこと言うな。」
「結婚してからこの1ヶ月、色々ありすぎたもんね。疲れてるのも無理ないけど。」
(・ ̄・)...ン。。?何のことだろう。。初夏とは色々あったが雪乃となんて。。
「ヨシ君が辛いのはわかるわ。まだ新しい職場と環境にも慣れてないようだし、まわりの人間関係もあるだろうし。」
「う、うん・・本社は人間がいっぱいいるからな。覚えきれないよ。」
「(・_・)エッ..?本社って?」
「だからその・・新しい職場ってなかなか人の名前が覚えられないなぁって・・」
「別に本社の人なんかどうでもいいじゃない。恨むのは社長さんだけでしょ。あたしもひどいと思うわ。こんな仕打ち。」
「そ、そうだよな。。」
俺は相槌を打ってるしかなかった。なんとか話の真相をつかみたいもんだが、雪乃に不自然な質問をしても頭がおかしくなったと思われるのが関の山だ。
「ところで雪乃、ピアノ教室の方は順調か?」
「それがね、ここってかなり田舎でしょ?お年寄りは多いけど子供が少ないのよ。生徒募集しても来るかどうか。。」
Σ|ll( ̄▽ ̄;)||l・・・俺は一体・・いや、俺と雪乃は一体どこに引っ越して来たというんだ?
「ヨシ君、本当にあたしで良かったの?あのまま社長の娘さんと結婚した方がヨシ君は幸せになれたかもしれないよ。」
「そんなことないって。雪乃とだったらどこだって。。」
「でもこんな島の駐在員だなんてあんまりだわ。社長の申し出を断った罰が見え見えじゃない!」
Σ(ノ°▽°)ノハウッ!・・ここは島かよっ!!
「あたし、ヨシ君の体が心配だわ。結婚したときからなんか元気なさそうだったし。」
「そう・・だったかなぁ・・?」
「後悔してない?」
「ぜ、全然そんなこと考えたことないって。安心しろよ雪乃。俺はお前とだったら頑張れるさ。」
「(・T_T)ウッ・・ありがとうヨシ君。」
俺はひとつ疑問があった。こうして再び雪乃の元へ戻ったのはいいが、結婚式からこの1ヶ月間、雪乃は誰と過ごしていたのか?
俺は初夏とずっと過ごしていたはずだ。タイにも旅行に行ってる。
でも雪乃の話し方かから察すると、別にひとりで過ごしていたわけはない。ちゃんと『俺』がいたようだ。
それとも俺の記憶がないだけで、本社と島の間を俺が行ったり来たりしてたんだろうか?まさかそんなことはあるまいし。
仮にその『俺』なる者がいるとすれば、そいつは今どこにいるんだ?今にもこの部屋に入って来たらどうする?俺がふたりになるのか?
分身の術なんて知らないし、習ったこともない。だいいち、習うも何もあり得ないことだらけだ。
「ヨシ君、足は大丈夫?」
「は?足?」
そう言われると足の甲に鈍い痛みを感じる。すぐに目線を自分の足にやると、なぜか湿布がしてあった。
自分の体の一部なのに全く気づかないとは情けない。
「重い荷物持つときは気をつけてね。無理したら腰も痛めるよ。」
「う、うん。。」
これで足の負傷の事情はなんとなくつかめた。
「もうラーメン伸びちゃったね。作り直そうか?」
「いいよ。もったいないから食べるよ。ごはんはないの?」
「だって・・ヨシ君のお給料まだだし、節約していかないとしばらく大変なんだもん。。」
「あ・・そっか。。そうだよな。」
「実家から何か送ってもらうように言ってみるね。」
「バカ、よせ。みっともない。俺が何とか稼ぐよ。」
とは言ってみたものの、島への格下げじゃきっと給料も期待はできないんだろうな。。。
さっきまで専務になっていた時とは天と地の差じゃん。。。。
●その3:こんなこともあるんだ
翌朝、俺はなにげに聞いてみた。
「なぁ雪乃、俺がこの足ケガしたのいつだっけ?」
「おとといか、その前かでしょ?なんでそんなこと聞くの?」
「いや別に・・少し痛みが少なくなってきたかなぁって。」
「そんなこと言ってもダメよ。ちゃんと病院に行ってよね。」
「仕事はどうするんだ?」
「アタシが駐在所のもうひとりの人に電話しておくわ。」
「そっか・・わかった。」
俺がケガしたのはおとといか、その前。。。
俺はとんでもない勘違いをしていたぞ。どこかに『別な俺』が潜んでいるかもしれないなんて、かすかに思っていたがとんでもない間違いだ。
冷静さを保っていたつもりでもやっぱり気が動転してたんだな。。。
『別な俺』が存在しているとすれば、俺がこんなケガをしているはずがない。やっぱりこの俺がこの島で起こしたケガなんだ。
ということは・・・初夏と一緒だった1ヶ月間は何だったんだ?すべて夢なのか?
俺は夢を見ながら、雪乃とも平気で生活してきたのか?そんなことできるはずがない。
雪乃との結婚式からの1ヶ月間、全く記憶になんて残っていない。
ただそれだけなら、単に俺の部分的記憶喪失だと言えるだろう。
でもその1ヶ月間、初夏と過ごした記憶が鮮明にあるのはなぜなのか?
専務として古巣の職場に行って吉沢と話した記憶は何だったのか?
足のケガ以外にも、食った覚えのないラーメンのスープで舌をやげどしていたのは何なのか?
「ねぇヨシ君、ここ最近考え事ばっかりしてるよ。自分でも体調に不安でもあるの?」
「そんなことはなけど・・」
「それとね・・聞きづらいんだけど。。」
「(・ ̄・)...ン?」
「ヨシ君、寝言で女の人の名前言うのよね。。もとか・・って。。」
「Σ('◇'*エェッ!? 俺が?いつのことだ?ゆうべか?」
「・・・この1ヶ月の間に何度も。。」
「そんなばかな・・」
「もとかって社長の娘さんの名前よね。ヨシ君、やっぱり未練があるのかなぁって。」
「それは絶対にない!約束するよ。」
「・・・・」
ε- (^、^; ふぅ マジで驚いたぜ。。ゆうべのことならまだしも、それ以前のことだなんて。。
まだまだ考えることがありそうだ。
俺は部屋で外出着に着替えた。ジャケットを羽織ると、胸の内側ポケットに何かが入っているのに気づいた。
小さなメモ帳だ。ペンも挟んである。何気にその箇所を開けてみると、走り書きのような字があった。
明らかに俺の字だ。しかも動揺しているときの字。俺はその内容を少し読んだだけで絶句した。
Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lこ・・これは!!
「ヨシ君、どうしたの?」
「いや、何でもない。。行って来るよ。病院てどこにあるんだっけ?」
「この島にはないよ。あと30分後に港からフェリーが出るからそれに乗るのよ。」
「(ノ _ _)ノコケッ!!・・病院がないんかい。」
「いいじゃない。本土までそんなに遠くないし、向こうに降りたら総合病院がすぐそばにあるから。」
「そうなんだ。知らなかった。。」
そういうわけで、俺は病院へ向かうハメになって家をあとにした。
それにしてもこの文章・・
俺はフェリーの中で、胸の内ポケットから例の手帳を取り出して続きを読んだ。
うーん。。。もし俺が書いたと思われるこの手記が本当だとすると・・・
俺はふたりいることになる。。別々な世界で。。。
●その4:ようやく納得できたこと
この島から本土まではフェリーで1時間ほどのようだ。雪乃の言ったように、さほど遠い距離ではない。
俺は再び手帳を読み返してみることにした。
この手帳を書いた『俺』もさぞかし戸惑いと動揺の連続だったのだろう。
(手帳の手記より)
2月18日
結婚してからもうすぐ1週間が経つ。俺はまだ夢から覚めないでいるのか?
なぜ初夏と結婚したはずの俺に、雪乃が入れ替わっているのか?
いくら考えても理由がわからない。雪乃は自ら身を引いたはずなのに。
2月19日
突然のめまいと立ちくらみに襲われた。その一瞬、初夏が現れた。心配そうな顔をしている。
場所は・・わからない。だが瞬時に辺りを見回すと、食卓らしきところにトーストが置かれていた。
それなのになぜか納豆のにおいもする。俺の脳は錯乱状態に陥ったのか?
2月20日
初夏と結婚して本社勤務になるはずの俺が、なぜか今まで通りの現場主任。
それだけならまだマシだった。午後から本社より田川本部長が来店。
1週間以内に、県内の離島に駐在員として移動命令の辞令を受ける。
俺はこんな転落人生を歩んで行くのか?
2月21日
初夏と会って確かめたいと思っても、引越しの日時までハードなスケジュールで暇がない。
雪乃と荷造りをしていると、彼女が泣き出した。自分を責めている。
決して雪乃は嫌いじゃないし愛情もある。でも初夏と披露宴をしていた記憶も確かだ。
一体いつ、初夏と破談になったのか、未だにわからない。俺だけが知らない記憶欠乏症なのか?
・
・
・
3月12日
島に引っ越して以来、気が抜けてつまらないケガをした。
部屋にある雪乃のドレッサーを配置換えしようとして、思い切り自分の足の上に乗せてしまった。
腫れてはいないから骨には異常ないとは思うが。。。
この手帳の字は明らかに俺の殴り書きのような字だ。
これが事実だとすると、全く逆の世界で生きているふたりの俺がいるわけだ。
雪乃にプロポーズして結婚した俺。初夏との縁談を受け入れて結婚した俺。。
このことから推測すると、ひとつの結論にたどり着く。
何らかの原因で、このふたつの世界・パラレルワールドが交差した。
その交差した部分がこの俺ということになる。
まるでSF小説のようなとんでもない話だが、こう考えるとつじつまが合うのだ。
それともうひとつ確認すべきことは、俺は体ごとこっちの世界にやって来たのではなく、意識レベルでやって来たということ。
つまり、島に引っ越して来た『俺』の体に、本社勤務になった俺の意識が移ったということだ。
ということは、当然その逆にもなっている可能性が高い。
『もうひとりの俺』、つまりこの1ヶ月間『雪乃と暮らしていた俺』は、吉沢のいる店で意識を戻し、
そして今頃はおそらく初夏と一緒に過ごしているだろう。。。
よく考えれば、これで元に戻ったという形にはなるんだろうが・・・
俺はこれからこの島で貧乏生活をしなければならないのか・・・
なぜもうひとりの俺は、いっそのこと会社を辞めなかったんだろう。。。
考えているときりがない。あっという間にフェリーは本土に到着していた。
これから病院で検査か。。。だるいな。(;-_-) =3 フゥ
●その5:偶然に出会った人は。。
俺は病院の受付を済ますと、脳神経外科の外来席に腰を下ろした。
なんとなくこの科にいるのが恥ずかしかった。誰に注目されるわけでもないのはわかっているけれど、そばを歩いて通る人々がなんとなく、俺を特別な眼差しで見ているように思えるのだ。
『この人普通に見えるけど、どっか頭が変なのかしら?』
『若いのにお気の毒に。。』などど、みんなに思われているような錯覚に陥ってしまう。
俺はうつむき加減で自分の順番が早く来るのを願っていた。意外に肝っ玉小さいんだな俺って。。
それにしてもこの手帳だけで『ふたりの俺』の存在を認めても良いもんだろうか?
ひょっとしたら俺は多重人格者で、突然別な性格の俺が芽生えたとは考えられないか?
・・・いや、それはやっぱりあり得ない。
今、この現実が本物だとしたら、初夏と暮らした1ヶ月間がすべて夢だということになる。
そのことの方が信じられない。この一連の出来事すべてにおいて、俺はひとつひとつ夢かどうか確認しながら過ごしてきたからだ。
それとも今日の診察で、俺の脳になんらかの異常が発見されたりするのだろうか?
外来に座って20分くらい経ったころだろうか。ひとりの外来患者の名がアナウンスされた。
「くまのプーさん。くまのプーさん。3番にお入り下さい。」
(^m^)ププッ!誰だよそれ。本名言いたくない奴でもいるのかよ。
俺は思わず噴出してしまったが、まわりの患者たちもしのび笑いをしていたし、誰が『くまのプーさん』なのかみんな辺りをキョロキョロし始めた。
すると、俺のすぐとなりに座っていた若い女性が少しためらいながら立ち上がった。そして3番のドアにかなり恥ずかしそうに向かって行く。
なんか・・悪いことしちゃったな。。それにしたって・・誰にも本名を知られたくないのかな?
そのあと続けてすぐに俺の名がアナウンスされた。
「牛来義竜さん。牛来義竜さん。4番にお入り下さい。」
問診と診察が終わって、多少の不安も全て解消された。俺の脳はどこにも異常が見られなかったのだ。
健康体だとわかると気分も自然と良くなるものだ。適度に起こる立ちくらみも、環境の変化や疲労からくるものだろうと診断された。
もちろん、一連の出来事の話はしていない。そんなことしゃべってしまえば一気に精神病患者にさせられる。
とにかく脳に異常がなければそれでいいのだ。
総合病院だけあって、会計は院内の数箇所に設置されている自動支払機で精算できた。
俺の支払いが終わって外来から出ようとすると、さっき俺の前に呼ばれていた『くまのプーさん』が自動支払機に戸惑っていた。
彼女は相当困っているようで、俺がそばを通るときに何気に目をやると、彼女の目線とガチンコしてしまった。
明らかに助けて欲しいという目で訴えている。よく見ると彼女はなかなかの美形でアジアン色が濃い顔立ちだった。
「僕が教えてあげましょうか?」
「ごめんなさい・・わたし機械苦手で。」
「いえいえ、まずはですね・・・」
こうして手順を丁寧に教えてあげると、彼女は俺に深々とおじぎをした。
「日本は便利すぎてわたし、まだついていけないです。」
「といいますと・・?」
「わたし中国人なんです。最近日本に来たばかりなので。」
「(・。・) ほー。そうでしたか。それにしては日本語がお上手ですね。」
「向こうで日本語学校通ってましたし、主人が日本人なので。」
「そうでしたか。ではご主人とご一緒に日本に戻られたのですね?」
「はい。まだ引っ越して1ヶ月くらいで。だから帰りも道順がまだ覚えられなくて。」
「(・_・)エッ?このままひとりで帰れますか?」
「主人に道順と住所の書いたメモを書いてもらいましたから。。。。ええと。。あれ?」
彼女はバッグの中身をまさぐっていたが、探し物は見つからないようだった。
「どうしました?」
「メモが・・メモが・・どこかに落としてしまったようです。」
「あららら。それは大変ですねぇ・・住所もまだ覚えてないんですか?」
「はい。。どうしましょう。。(・T_T)」
「何かひとつでもわかってることはないですか?」
「あ!主人の会社の名前はわかります。中国でも支店にいましたから。」
「へぇ、大きな企業にお勤めなんですね。何ていう会社ですか?」
「熊野グループなんですけど・・・主人は今回の転勤で本社の専務をしています。」
Σ|ll( ̄▽ ̄;)||l!!! ガ━━ΣΣ(゜Д゜;)━━ン!!
「じゃ・・じゃあ、くまのプーさんという名前は・・」
「それ言われるととても恥ずかしいです。日本ではアニメのキャラクターの名前だそうで。」
「本名・・なんですか?」
「主人と結婚する前は『楓 李玲』(ぷぅりれい)と言いました。でも結婚したので『熊野 楓』に。。」
「(⌒-⌒;ハハ・・なるほどね。だからくまのプーさんなんだ。てことは、ご主人は社長の息子さん?」
「はい。。熊野グループをよくご存知なのですか?」
「え?・・いや別に。。大きな会社だからそのくらいは。。」
「そうでしたか。わたし何もわからなくて。」
「何なら僕が本社まで同行しましょうか?」
「どうこう・・?」
「僕が本社までご案内しましょうかということです。」
「ありがとうございます。助かります。」
「僕は今、近くの島に住んでるんですが、本土に長くいたんで、こっちには詳しいんですよ。」
「あの・・お名前教えてくれませんか?」
「こりゃ失礼しました。あなたの名前を先に聞いて、僕が名前を言わないのって無礼ですよね。牛来と言います。」
「ごらい・・さん。」
「そうです。じゃ行きましょうか?」
「はい。」
こうして偶然にも俺とくまのプーさんは、俺の勤めていた本社まで行動を共にすることになった。
いや・・今の表現は正しくない。『俺が別な次元の違う世界で勤めていた会社』だ。
そこへ行けば、初夏に会えるんだろうか?
そしてそこでは、どんな初夏なんだろう?
●その6:会わなきゃ良かったかな。。
熊野楓さんと俺は本社に向かうタクシーの中にいた。
なぜ彼女が脳神経外科を受診のたのかは定かではないが、興味があっても聞くに聞けない。
だいいち、俺自身だって病院に来た理由なんて知らない人に聞かれたくないわけだし。
そんな中、彼女の方から俺に話かけてきた。
「私・・日本にまだ馴染めなくて毎日が緊張の連続なんです。」
「まぁそうでしょうね。仕方ないですよ。習慣も文化も違うだろうし。」」
「そうなんです。。こんなに大変だとは思いませんでした。」
「僕も外国に住んだとしたらきっとそう思いますよ。」
「そのせいか最近は偏頭痛が多くて困ってるんです。」
「あぁ、だから病院にいらしたんですね。」
「はい。頭の輪切りを撮影してもらいました。」
「CTのことですね。(^_^;) で、どうでした?」
「異常はないようなので、別な神経的なことかもしれません。」
「そうですか。じゃあ少しは安心しましょうよ。不安が続いていては身が持ちませんよ。」
「はい。。私の神経質な性格がきっといけないんでしょうね。」
「早く日本の環境に慣れたら頭痛も治ると思いますよ。」
「ありがとうございます。ご・・ごまいさんでしたっけ?」
「牛来です。(⌒-⌒; どうでもいいですけど。」
「やさしい方なのですね。心から感謝します。」
「いえいえ、そんな。。」
そうこう会話しているうちにタクシーは本社前に到着。俺は彼女に本社ビル内の受付まで同行した。
初夏と過ごした1ヶ月間に通い続けた本社。今、こんな形でここを訪れるとは。。。
受付の女の子に話しかけようとしたそのとき、エレベーターが開いて見覚えのある女性が現れた。
Σ( ̄  ̄; 初夏だっ!
「楓ちゃんじゃないのー。どうかしたのー?」
「あ、初夏お姉さーん。良かったぁ〜。私、不安で不安で。。」
「一体何があったの?会社になんて来たことなかったでしょ?この男の人に何か変なことされたの?」
Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lおい!なんてこと言いやがんだ!初夏のこんちくしょうめ!
と、言いたいところだがそこはグッと抑えた。
「お姉さん違います。この男の方は親切にここまで案内してくれたんです。」
俺は初夏に軽い会釈をした。
「あら、そうだったの。それはどうも失礼しました。アタシ、上の部屋からたまたまタクシーから降りてくる楓ちゃんを見つけたもんだから急いで降りて来たのよ。」
全く初夏の奴め・・俺が彼女に変なことしたとしたら一緒にタクシー乗って来るはずないじゃんか!!ヽ(`⌒´)ノムキィ
「取り合えず楓ちゃんお茶飲まない?部屋に行きましょ。あ、あなたも一緒にいかが?えと・・」
「牛来さんて言うの。お姉さん。」
「あ、牛来さんね。。ん?なんか聞き覚えのある名前ね。」
(゜゜;)/ギク!わかるのか俺が。。。
俺は専務室に通された。まさに俺の部屋・・別の次元の世界ではの話だが。
初夏と楓さん、そして俺の3人でお茶を飲みながら病院からここまでのいきさつを会話していた。
「そうだったの。牛来さん?て言ったっけ?ありがとうございます。義妹にご親切にして下さって。」
「いえ、何もたいしたことしてませんよ。」
「お姉さん、主人は普段この部屋にいないんですか?」
「いるわよ。今日はたまたま支店の視察に行ってるの。夕方には戻ると思うけど。」
「そうなんですか。。」
「うちのパパならいるわよ。呼んで来るね。パパの口から牛来さんにお礼言わせなきゃ。」
「Σ(ノ°▽°)ノげ!・・社長さんはわざわざ呼ばなくてもいいです。ホントに。」
「でもやっぱり。。」
「いえいえいえいえ、僕全然お礼言われるようなことしてませんから。はい。」
「遠慮深い人なのね。牛来さんて。。。でもどっかで聞いた名前なのよねぇ。」
またまた( ̄ω ̄|||)ヘぎくッ! なんなんだよ。。。
「じゃあパパは呼ばないからここでゆっくりして行って下さいね!」
「はい( ̄ー ̄; ヒヤリ」
あぶねぇあぶねぇ。社長とは面識があるから会うわけにはいかないし。
だいいち社長からの(初夏との)縁談話を正式に断っているわけだし。
それになんせ今は島流しになってる立場だし。;^_^A アセアセ・・・
「牛来さん、お家は近くなんですか?」
初夏が俺に質問して来た。
「今は島に住んでるんですよ。今日はたまたまフェリーでこっちに渡って来てたもんで。」
「へぇ、そうなんだ。島の生活って楽しい?結婚してるんですか?」
「はい、まぁ・・1ヶ月くらい前に結婚したんですが。。」
「Σ('◇'*エェッ!?じゃ新婚さんじゃない!うらやましいわぁ。」
「・・初夏さんは結婚しておられないんですか?」
「(・ ̄・)...ン?なんでアタシの名前知ってるの?」
「Σ(ノ°▽°)ノハウッ!・・いやその・・あ、さっき楓さんが受付の前で初夏お姉さんと呼んでいたのを聞いていたので。。」
「あ、そういえばそうだったわね。ごめんなさい。アタシってバカよね。キャハハo(>▽<o)」
(^□^;A やべぇやべぇ・・・
「あの、僕そろそろ帰ります。フェリーの時間もありますから。」
「牛来さん。主人が帰って来るまでここにいられませんか?お礼を。。」
「いやいや、そんな堅いこと考えないで下さい。僕は普通に通りかかっただけの男ですから。」
「カッコいいこと言うわね。牛来さんて。結婚してなかったらアタシのお婿さんにしたのに。(/-\*)キャ」
( ̄ー ̄;あのな・・・
「牛来さん、本当にありがとうございました。主人にもよく言っておきますから。」
「あはは。。^_^; ではお邪魔しました。」
俺はなんとか専務室を出てエレベーターへ向かった。
懐かしい専務室というより、ついこないだまでここで仕事をしていたような記憶しかない。
もうここに戻って来るのは無理なのか。。。
いや、今の現状が当たり前で、この場所にいたこと自体が俺にとって間違いの世界なのか。。
エレベーターのドアが開いた。俺が乗ろうとすると、中から出て来ようとしてる人と目と目が合った。
「あ!君は・・牛来君じゃないか!ここに何しに来たんだ?社長に直談判でもしに来たのか?」
ガ━━ΣΣ(゜Д゜;)━━ン!! た・・田川本部長。。。
●その7:相変わらずヤなやつ
「島に転勤になったのは君自身のせいだぞ。わかってるな?」
「・・はい。社長の娘さんとの縁談を断りましたので。。」
「娘さんじゃなくて副社長と言いなさい。」
「はい・・すいません。。」
「しかしよくわかってるじゃないか。じゃなぜ本社に来てるんだ?」
「それはあの・・専務の奥さんをここまで案内しに来たもんで。」
「(・_・)ん?なんで君が専務の奥様を知ってるんだ?」
「いやちょっと知り合いまして。」
「君は社長の身内にうまく近づいて、島から戻ろうと画策するつもりじゃないのか?」
「いえいえ、そんなことは全く考えてもいなかったですけど。。」
「どうだか怪しいもんだ。君は社長に背いたんだ。どうあがいても出世はもう無理だ。いやなら辞職願いを書くことだ。私が責任を持って受理するよ。」
ヽ(`⌒´)ノムキィ。相変わらずいけすかないおっさんだ。
部下には態度が思いっきりデカくて、上司にはへコへコするゴマすり名人。
大嫌いだ。このクソじじい!!
「君ももう少し利口だったら人生が変わったかもしれんのに残念だったな。」
「そんなことはありませんが。。」
「負け惜しみ言うな。しかしもったいない。君のような売り上げ成績の良い人間が副社長と結婚したら、新専務は君になっていたはずなのにな。」
「・・・・・」
「地位と名誉が一気に手に入ったのに愚かなことをしたもんだ。」
「・・・・・」
「社長はわざわざ中国支店から息子を呼び戻して専務にしたんだ。君はなぜそれを知っていたんだ?」
「いえ、だから何も知らなかったんです。奥さんと知り合ったのは偶然です。」
「ウソつけっ!何か企んでも無駄だからな!!よく覚えておけ。牛来君。」
「じゃ専務の奥さんに聞いていただければわかります。」
「ふん。いちいちこの私がそんなこと聞けるか!」
知らんがな。そんなこと(;-_-) =3 フゥ
「では僕はもうここに用事はないんで、おいとまします。」
「うむ。そうしたまえ。ここは君の来る場所じゃない。島の駐在員として励んでくれたまえ。(≧∇≦)ぶぁっはっはっ!!」
ヽ(`⌒´)ノムキィ〜〜 このオヤジぶっ飛ばしてぇ〜!
煮えたぎる思いを胸に、俺はエレベーターで1階に降りて、ひとつため息をついた。
ε- (^、^; ふぅ・・・
俺・・・雪乃と結婚したら人生いいことないのかな。。。
せっかく社長に見込まれて初夏と結婚するチャンスがあったのに、不意にしてしまった。。。
でも、あっちの世界では違う。なぜあんな世界があるかはわからないが、2度あることは3度あるとも言う。
また意識レベルで初夏と結婚している次元に行ったら、今度は思いっきりやりたい放題してやるっ!絶対に!
田川本部長の野郎なんて、鼻先でコキ使ってやるぜっ!!( ̄ー ̄ )フフ。。
俺は心から望んでいた雪乃のいる世界にやっと戻ってきたというのに、初夏といた世界に徐々に心惹かれてゆくのがわかった。
●その8:これから俺の進む道
「ただいま。。。」
「あら。ヨシ君おかえりなさい。早かったね。」
「暇だからもっと早く帰って来れるんだけどさ。一応決まりだから。」
「そう。。」
俺の意識が雪乃の元に戻ってから2週間が経過した。
島での仕事はあまりにも退屈すぎる。だから1日の時間がすごく長く感じられる。
同僚は相方が一人だけ。しかも定年間近なおっさんで、共通の話題もない。
お互い無言のまま長い長い時が過ぎてゆく。
「雪乃ごめんな。給料も下がったし、やりくり大変だろう?」
「ううん。そんなことないよ。島にいるとお金ってそんなに使わないのよ。」
「そうなのか?激安店の競合もないから高いものしか買えないんじゃないか?」
「だからいいのよ。デパートやブティックがあったりすると使いすぎちゃうしね!必要なものしか買えない環境の方がお金を大事に使えるの。これもいい勉強になるわ。」
「それはそうかもしれないけど・・雪乃に贅沢のひとつもさせてやれないなんてさ。」
「ありがとうヨシ君。その言葉だけで十分だよ。あたしも頑張るから。」
「雪乃・・」
俺は雪乃の言葉がけなげでいとおしかった。彼女はここまで弱音など1度も吐いていない。
なんだかたまらなくなって、雪乃を強く抱きしめた。
「ヨシ君。。」
突然の抱擁に雪乃はびっくりしたようだったが、抵抗はなかった。
お互いの愛情がこもった熱いキス・・・
まだ夕飯前の少し薄明るい時間帯だというのに、俺たちは気持ちを抑えることができなかった。
そうだよな。。雪乃とふたりで頑張って行くしかないんだ。
俺は雪乃をお姫様だっこをしながらベッドまで運んだ。
「ヨシ君・・恥ずかしいよ。。」
「ん?誰も見てないだろ?」
「こんなことしてもらうの初めてだよ?」
「え?そうだっけ?」
「昔の恋人とかにはしてたんじゃない? (o^-^o) ウフッ」
(゜〇゜;)ハッ!しまった。初夏としてるクセがついていた。。(⌒-⌒;
「む、昔は昔。今は雪乃ひとすじだからな。余計なこと勘ぐるとこうだぞ!」
「うっ。。」俺は雪乃の口をキスでふさいだ。念入りのキスの後、舌で耳に軽い愛撫をする。
「あん・・ダメ。。」
そう、このパターンだ。雪乃と恋人同士だったときのエッチ。
初夏には耳を刺激すると笑い出して止まらなくなるから、こんなことしばらくできなかったんだ。
「ヨシ君・・こんなの久しぶり・・はぅ。。やっと以前のヨシ君に戻ったみたい。。」
デヘ(~д~ )ゞ雪乃にも言われてしまった。。。
熱い一夜を過ごした翌日、俺はどうやってこの島の勤務から脱却できるか考えた。
つい最近までは、本社専務として初夏と過ごした生活に何とか戻れないものかと思い巡らせていた俺だったが、今日は深くそれを反省した。
心が通じているのは雪乃だ。雪乃と一緒に出世も降格も共に歩んで行くんだ!
そこで一体どうしたらいいのか?当然、社長命令でここに来たわけだから、勝手な行動はできない。
と言って、ここで仕事の業績が伸びるわけではない。
本土に渡って、新しい職場でも探すか?またゼロからのやり直しだよな。。
そうこう考えているうちに、ふと気が付いた。この前、田川本部長にバッタリ会ったときに言われた言葉。
『君は社長の身内にうまく近づいて、島から戻ろうと画策するつもりじゃないのか?』
まさにそうだよ。うまくいけばそうさせてもらえるかもしれない。
熊野楓さんとは面識ができた。偶然を装ってまた会うことができれば・・・
実力が否定されて島流しにあった今、これからは策略で対抗するしかないじゃないか!
そんな中、ふと自分の手帳にも目が留まった。
この生活ををどうするかも問題だが、みたび意識レベルが並行世界と入れ替わる可能性もある。
そのときのためにはどうしたらいいのか?
そう・・この手帳に今までの出来事を継続して記しておけばいいんだ。
恐らく、今向こうの世界にいる『もうひとりの俺』もきっとどこかに経過を記しているに違いない。
確信は持てないが、約1ヶ月おきに並行世界と入れ替わっている。
それが確かだとすると、俺はあと2週間くらいでまた向こうの世界に行くことになるのだろうか?
●その9:わかってくれてるのか?
「あれ?雪乃、ここに掛けてた俺のジャケットどこにしまった?」
「あぁ、あれクリーニングに出したよ。」
「( ̄□ ̄;)!!なんだって?・・ポケットの中身はどうした?」
「・・・手帳のこと?」
「(゜゜;)/ギク!あ、あぁ・・」
「ヨシ君の机の引き出しに入れたよ。」
「そ、そっか。。ならいいんだ。よ、読んではいないよな?(^_^;)」
「読んだよ。」
Σ|ll( ̄▽ ̄;)||l・・・・・・・
「あ、あの手帳は・・俺が書いたんじゃなくてその・・別な俺が書いてて。。」
「・・・・・」
「つまりその・・俺であって俺でないような・・ごめん。わけわからんだろうな?^_^;」
「なんとなくわかるよ。」
「(・_・)エッ?」
「ヨシ君と結婚して最初の1ヶ月と最近の1ヶ月って、全く別人みたいだもん。」
「ウッ!!Σ(・"・;)するどい。。」
「記憶障害ってことも考えられるけど、脳を調べても何でもなかったんでしょ?」
「うん。それはそうなんだけど。」
「ヨシ君、アタシに隠し事してるよね。いつも考え事してるし。」
「・・・やっぱり雪乃にはかなわないな。でも・・今は説明できないっていうか、説明のしようがないっていうか・・」
「アタシに説明しても無駄ってこと?」
「いや、そんな意味じゃないよ。多分わかってもらえないんじゃないかと思ってさ。」
「そんなの聞いてみなきゃわかんないよ。」
雪乃はそういうが、こんな非現実的な話を鵜呑みにするとは到底思えない。
それに異次元世界での雪乃にはちゃんと説明したんだ。でも妄想としか思ってなさそうだったし。。
今更こっちの世界で『初夏と結婚してて本社で専務やってました。』なんて言ったところで、今度は精神科に行けって言われるのがオチだ。
一体、手帳のことをどう説明したらいいのか・・・
「ヨシ君が説明しづらいなら、アタシが疑問に思うことを質問するからそれに答えてくれるだけでいいよ。」
「あぁ、それなら少しは話せるかもしれないかな。。」
「じゃ聞くけどね。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!あのさ、俺の頭がおかしくなったとか思わないで欲しいんだけど・・?」
「そんなのわかってるよ。不安にならないで。あたしにも心あたりがあるかもしれないの。」
「(?_?)心あたり?どういうことだ?」
「だからそれはヨシ君の話を聞かないとわからないのよ。いい?」
「・・わかった。じゃどうぞ。」
雪乃は引き出しから俺の手帳を取ってきた。
「まずこの中で気になるのはね。最初のこの部分よ。」
雪乃はすぐに手帳を開けてその箇所を読み上げた。
2月18日
結婚してからもうすぐ1週間が経つ。俺はまだ夢から覚めないでいるのか?
なぜ初夏と結婚したはずの俺に、雪乃が入れ替わっているのか?
いくら考えても理由がわからない。雪乃は自ら身を引いたはずなのに。
「ヨシ君、これって事実とは全く違うことなんだけど、確かにヨシ君自身が書いたの?」
「いや・・それは俺じゃないんだ。」
「この手帳の日記全部、ヨシ君が書いたものじゃないっていうの?」
「そうじゃなくて、俺が病院で検査に行ったときがあったろ。その後は俺が書いて更新してるんだ。」
「じゃあそれ以前の日記は全くの別人が書いたっていうわけね?」
「おかしいだろ?信じられないだろ?いいんだ、しょうがない。俺だって信じられないくらいだからさ。」
「これだと、ヨシ君は初夏さんと結婚してたってことよね。本当にそう思ってるの?」
「俺は思ってないよ。俺は雪乃と結婚したって記憶がちゃんとある。親戚一同で写真も撮ったし、雪乃の姪っ子が控え室でコーヒーこぼして洋服汚してしまったのだってね。」
「じゃあヨシ君の記憶はどこから消えてるの?」
「記憶が消えてるってわけじゃないんだ。その間、別な世界に行ってたというか・・・バカみたいに聞こえるか?」
「いいえ、続けて。」
「俺の記憶がこっちの世界から離れたのは、前迫のスピーチのときだった。」
「友人代表でしゃべってくれた人ね?」
「うん。そのあと、ひどい頭痛に襲われて・・・気づいたら横には初夏が新婦として座ってたんだ。」
「じゃこの手帳の日記と全く逆じゃない。あのとき確かにヨシ君は動揺してたわ。そしてそれからヨシ君の態度が不自然になったのよ。」
「どうんなふうに?」
「えとね・・たしかあのときは・・『お前、雪乃なのか?』ってキョトンとした顔で言ったのよ。」
「(・。・) ほー」
「それからの1ヶ月間は沈んだような生活だったわ。島流しにも遭っちゃったでしょ。」
「それは俺もびっくりしたけどな。」
「・・・じゃあつまり、アタシと新婚生活を始めたばかりのヨシ君は、今のヨシ君とは別人だってことよね?」
「わかってくれるのか?」
「だって記憶の辻褄があうもの。それに今のヨシ君は婚約してたときのヨシ君そのものだもん。」
「でも俺が単なる二重人格だったら?」
「それは・・・ないと思うわ。」
「なんで?」
「さっきも言ったけど・・アタシにもちょっと心あたりがあるのよ。それを確認したかったから聞いてるの。」
「で、確認できたのか?」
「んーん。まだだけど・・とにかくアタシ手帳に書いてるような、ヨシ君から身を引くなんてことしてないの。」
「またわけわからなくなってきたよ。」
「でもね、アタシ・・結果的にはヨシ君から身を引かなかったけど・・・」
「(・ ̄・)...ン?」
「実はね・・本当は身を引いた方がいいんじゃないかってずっと思いつめてた時期はあったの。。。」
「・・・・そ、そうだったんだ。。。」
これを聞いた瞬間、何か少しではあるが、なんとなくつかめて来たような気がした。
俺の分岐点・・・つまり何らかの原因で今、雪乃が言ったこの時期から、俺のひとつの人生が二股に分かれて歩み始めたのではないか?
そして雪乃もそれに気づいたのではないか?
だとしても、これからどうすればいいのかなんて、俺たちにはもわかるすべもない。。。
●その10:ふたりでおさらい
熊野楓さんに再び近づこうと思っても、なかなかそんなチャンスは来るはずもない。
以前遭った総合病院に通院しているとしたら、そこで待つしかない。
といっても、平日勤務時間中に抜けて本土に渡ることもできず、俺は歯がゆい時間を過ごすばかりだった。
そんなある夜のこと。
「ねぇ、ヨシ君。またなんか考え事してるみたいね?」
「え?あぁ・・ちょとね。どうやったら島から出れるかなぁって。」
「慣れたらここも悪くないよ。落ち着けるし。」
「でも不便なんだよなやっぱし。コンビニはないしドンキもないし、ネカフェもないし。」
「ヨシ君、ネカフェなんて行ってたの?」
「結構行ってたかな。調べ物もしてたし、コミックも読んでたし、24時間やってるからシャワールームもあって仮眠もできるんだ。」
「へぇ〜。そんなの初めて聞いたわ。アタシ行ったことないもん。ネカフェ。」
「じゃいつか連れてってやるよ。」
「うん!(⌒▽⌒)」
「ごめんな雪乃。こんな生活させて。」
「アタシは平気だってば。そんなこと言ってくれるヨシ君、大好きだよ。」
「なんか照れるじゃんかよ(´〜`*)テヘへ」
「だって結婚したばかりのころは気遣ってくれる言葉なんて一言もなかったもん。」
「そうだったのか・・・いくら次元が別な世界でも俺自身には違いないのになぁ。」
「いいの。今はもうわかったから。確認するけど今のヨシ君て、アタシと結婚生活をスタートしたときの記憶は全然ないわけよね?」
「そのときの記憶は社長令嬢の初夏と過ごした記憶があるだけさ。」
「じゃやっぱりアタシと過ごしたヨシ君は別人だったってことね。」
「そういうことになるな。」
「でもね、ヨシ君は今も足にケガしたときの内出血の跡があるじゃない?」
「あぁ、俺はケガしたときの記憶はないけどね。」
「それっておかしくない?ケガしたのは別人のヨシ君なのに、今のヨシ君にも跡がついてるなんて。」
「なんだ。そんなことか。」
「???」
「別に体ごと入れ替わってるわけじゃないんだ。意識だけが入れ替わってるようなんだ。体が異動してるわけじゃない。言ってることわかる?」
「つまりその・・・」
「だから仮に俺がスーツを着てたとするだろ?そんな場面で並行世界の俺と入れ替わったとしても、変わったのは頭ん中の意識だけで、スーツを着ている体はそのままってことさ。」
「そうだったの。。。意識だけね。。わからないはずだわ。」
「だろ。」
「でも・・こうして話聞いてると、今のヨシ君て、浮気してたことになるよね?」
( ̄ω ̄|||)ヘぎくッ!・・・・・
「初夏さんと初夜を過ごしたってことになるわよね?」
「ま、まぁそうだけどさ。俺自身、事態の変化にパ二クっちゃってそれどころじゃなかったよ(^_^;)」
雪乃はじーっと俺の表情を観察している。
「ホント?」
「ほんとほんと。いきなり知らない人を目の前にしたって抱けるはずないだろ?」
「・・・・それで初夏さんは納得したのかしら?( ―・─ _____ ─・─ ) ジロリ」
「ウッ・・Σ(・"・;) まぁ色々あったけどなんとかなったさ( ̄ー ̄; ヒヤリ」
「エッチしてなんとかなったんでしょ?」
「そんなことは。。」
「正直に言いなさいヨシ君。初夏さんとエッチしたんでしょ?」
「それはその・・しないのも不自然だと思ったし・・;^_^A でもそれは。。」
「したの?しなかったの?どっち?」
「ごめんなさい。しました。(ToT)>゛」
「最初からちゃんと言えばいいのに。。」
「ホント、ごめんな雪乃。気持ちはお前にしかないから絶対。」
「でも男の人って、気持ちとは関係なくエッチできちゃうんでしょ?」
「いや、気持ちが大事だから。。」
「できちゃうんでしょ?!」
「はい。。。できます。。(⌒-⌒;」
雪乃はしばらく複雑な表情を浮かべていたが、やがて何かが吹っ切れたようにいつもの明るい笑顔になっていた。
「大事なのはこれからよね!ヨシ君。頑張ろっ!」
「う、うん。」
「ヨシ君、アタシと初めて会ったとき覚えてる?」
「忘れるはずないだろ。一生記憶に残ってるさ。」
「それを聞いて安心したわ。別な世界のヨシ君だったら知らないのかしら?」
「うーん・・・俺が思うにその場面ではまだ俺はひとりだったんじゃないかって思ってる。」
「そこまでわかるんだ。。。」
「つまりね。」
「ヨシ君、もういい!!この話は今日はこれでおしまい!考えたら頭痛くなっちゃう。」
「そっか・・・」
「今はヨシ君との思い出に浸りたい気分なの。意識の上では1ヶ月間、離れ離れだったんだもの。」
「どんな思い出だい?」
「さっきの言ったでしょ。出会ったころのことよ。」
「あの映画館でのことかww」
「うんw 今思い出しても爆笑よねwあんな出会いもあるなんて。」
「あのころの雪乃はドジだったからなw」
「失礼ね!当たってるけど。(#^.^#)」
「でもあのときさぁ・・・・うっ。。。!!」
「どうしたの?ヨシ君。ヨシ君っ!!」
「イテテテ・・どうやら以前と同じ頭痛とめまいが。。。また意識レベルが・・替わるかもしれない。」
「Σ('◇'*エェッ!?イヤよ!絶対にイヤ!!ヨシ君行かないでっ!!」
「ちっくしょう・・いてぇ。。何でだよぉ〜!今日は何日だ?雪乃。」
「4月12日よ。」
「まだ1ヶ月経ってないじゃんか。。。なぜなんだ??あぁ・・・」
「ヨシ君!ヨシ君!!アタシを置いてかないで〜!」
遠のいた意識がハッキリしたとき、俺は大きなバスタブの中にいた。
見覚えがある。紛れもなくここは初夏との新居。
またこっちの世界に戻って来てしまった。
俺にとっては刺激的な人生になるかもしれないが、こうも違う世界を行ったり来たりでは行動のしようがない。
「ヨッシー!いつまでお風呂に入ってるの?」
初夏の声だ。約1ヶ月ぶりに聞くと懐かしいような気もする。
俺としては今のことろ、その場その場で順応していくしか手はないのかもしれない。
この先どうなって行くんだろう。。。
第3章に続く