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ここはなにかが欠けている

本日も異常なし

作者: 浮月重月
掲載日:2026/08/18

「お疲れ様です」「お疲れ様です」


ここは王国と大公国の国境。大公国側の門番とお互い敬礼を返す。

二国は大河で隔てられているが、ここは巨大な橋が架けられており、

丁度橋の中央に当たる中州の位置に検問所が存在している。


二国はいわば兄弟国であり、二百年ちょっと前に大公国が独立した。

当時の王弟が隣国との緩衝地帯を作るため、隣国の末の王女を娶り、

王国と隣国の一部ずつを分け与えられて建国したのが始まりである。

本来は兄弟国、平和を保つための独立ゆえ警戒の必要は少ない。

しかし王国の門番は緊張を緩めない。緩められない。

交代時間まで、門番の緊張は続く。


その隣国は、百五十年ほど前に共和国となってしまったために。



隣国最後の王は、悪人ではなかったが物事を考えない男だった。

野心を持っていた家臣にいいように踊らされ、贅の限りを尽くす。

とどめを刺したのが、飢饉の際に国民へ食料を供出する際、

代わりに資金が足りぬと国民に重税を課したのだ。


結果、下級貴族を中心に武装蜂起が起こり、半年で王家は潰えた。

王家を食い物にした上級貴族達は逃亡を試みて大半は処刑されたが、

一部が大公国や都市国家同盟へ財産を持って逃亡に成功している。

王家なき後、下級貴族達が政を担おうとしたが彼らは経験に乏しく、

国家元首を貴族議長とする共和国として再出発を切る事となる。


共和国としては、まんまと逃れた犯罪者共、つまり元上級貴族達が、

抜け抜けと他国で安全に暮らしているのが許せない。

よって大公国と都市国家同盟には、逃げた彼らの引き渡しを求めた。


双方とも引き渡しには応じたかったが、国内貴族の反発を受ける。

亡命貴族はほとんどが、国内貴族の縁故関係にある者なのである。

国内貴族への説得も難しく、新生共和国との関係は悪化した。

また、大公国も都市国家同盟も不法移民で治安が悪化する。


一方で共和国も、政治体制の方向転換は困難を極めていた。

何せ元は下級貴族である、小規模の領地経営しか経験がないのだ。

あちらを立てればこちらが立たず、経済対策は悉く裏目に出る。

貴族議長は次々替わる。議会内の選抜ではなく暗殺と粛清で。


最初は国を憂いていたのだろうか。元々野心があったのだろうか。


税はかつての水準に戻したものの、治安は悪化し国内は混乱する。

百五十年ほど経った現在でも、国政はまだ安定したとは言えない。



共和国建国からしばらくして、都市国家同盟で暗殺事件が起こる。

同盟内の重要人物が一堂に集う会議で、大規模な襲撃があったのだ。

偶然居合わせた、のちの大聖女の尽力で影響は最低限だったものの、

実行犯達は一部その場で殺害、一部は捕縛するも自害、一部逃亡。

死体を調べても身元につながるものは何も出てこなかった。


主犯は当然ながら共和国が疑われた。しかし確たる証拠がない。


未だに規模こそ小さいが大公国や都市国家同盟で要人が狙われる。

いずれも実行犯は死亡、またはまんまと逃亡。詳細が不明。


百五十年後の現在、亡命世代などもう誰一人生きてはいないのに。

復讐する側も、もう直に被害を被った者などいないだろうに。


あるいはそんな事など、連中にはどうでもいいのかもしれない。

外部に敵を作り、共和国は国民の目を不満から反らせたいのか。

連中には他国に危害を加える正統性など、存在しないのだが。


王国では同様の事件がまだないものの、今後もそうとは限らない。

何せ大公国は辿れば王国の血族だ。難癖をつけてくる可能性もある。


最近、王国内で頻発している魔獣の増加も関係あるかもしれない。

方法こそ分からないが、自分達だけ不遇なのは許せないとばかりに。

共和国は王国から遠いが、入国できない訳ではないのだから。


ようやく交代時間である。いつもこの時間を門番は酷く長く感じる。

引継ぎ前に、忘れていた息を吐く。


「お疲れ様です」「お疲れ様です」

約百五十年前の事件は実行犯憎しで、大聖女へ下手人の蘇生を依頼しなかったそうな。

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