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家なし少女はあやかし執行官の執愛に囚われる  作者: あさじなぎ


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8 掃除の後

 一時間くらい経っただろうか。

 時計を見たら夜の八時を過ぎていた。

 私は腰に手を当てて、キッチンの方から綺麗になった室内を見つめる。


「やりきったー」


 ちゃんと床が見える。

 本棚はまた明日やろう。

 これでやっと私、落ちつける。

 そう思った時、名前を呼ぶ声がした。


「葉月さん」


「はい」


 返事をして振り返ると、いつの間に用意したのか今日私にと買ったマグカップとお酒が入っているっぽいグラス、それにチョコレートの大袋がお盆にのっている。

 伊織さんは微笑んで言った。


「片付けありがとう、今度こそ、座りましょう」


「は、はい、ありがとうございます!」


 ありがとう、っていう伊織さん言葉が耳の奥ですごく響いた気がした。

 私は綺麗になったリビングのローソファーに近づく。

 そこにあるのは座卓と、そのソファーだけだ。ほかに座布団はない。

 ソファーは大きいからふたり座っても余裕だと思う。

 いやでも、さすがに隣に座るのはちょっと恥ずかしいんだけど……

 どうしようかと悩んでいると、伊織さんの声が聞こえた。


「そこのソファー、座って大丈夫ですよ」


 そう言いながら、彼は座卓にお盆を置く。そして私の方を見た。

 そんな彼から目をそらして、私はローソファーに目を向ける。


「え、でもソファーしかあいてない……」


「うん、当たり前でしょ。俺、ひとり暮らしだし」


 そう言いながら、彼はソファーのはしに座って、あいている所をぽんぽん、と手でたたいて私を見上げた。

 そこまでされたらもう私に逃げ場はない。

 私はドキドキしながら、


「お、お邪魔します」


 と言いながら、彼の隣にちょこん、と座った。なるべく端の方に。

 今まで気が付かなかったけど、伊織さん、なんだかいい匂いがする。香水とも違う匂い。

 私はちらっと伊織さんの方を見る。

 彼はお酒が入っているであろうグラスを手に持ち、それを口につけるとふう、と息をついた。


「あー、ひと仕事した後の酒はうまいなー」


 なんて言っている。

 とりあえず疑問は置いておいて、私はお茶が入ったマグカップに手を伸ばした。


「い、いただきます」


 ひとこと言って、私はマグカップを口に運んだ。

 なんてことのない麦茶だけど、疲れているせいかすごくおいしく感じる。

 お茶を飲んで私も思わず大きく息をついた。

 伊織さんがテレビをつける。

 そこではなにかのバラエティー番組がやっていた。

 思わず見入って、芸人さんの発言に思わず笑う。


「あはは、久しぶりにテレビ見たかも」


 私が使わせてもらっている部屋にはテレビがなかったし、ずっと桔梗さんが一緒にいておしゃべりしていたから、テレビを見ようとか思わなかったんだよね。

 ひとり暮らしの時もあんまりテレビ、みなかったし。

 するとチョコレートの包みを開けている伊織さんが言った。


「あー、そういやぁ葉月さんが使っているあの部屋、テレビなかったっけ」


「そうですね。桔梗さんがいたから退屈しなかったからあんまり気にしてなかったけど」


 桔梗さんにはすっごくお世話になったなぁ。食事の用意もしてくれて、いろんなことを教えてくれた。

 そこで私はさっき伊織さんが言っていたことを思いだす。

 私はマグカップを持ったまま、伊織さんの方へと顔を向けて言った。


「あの、伊織さんはひとり暮らし、なんですよね?」


「あぁ、うんそうですよ」


 言いながら彼はチョコレートを口に放り込む。もう四つ目だ。そして案の定、座卓の横にあるゴミ箱にはごみを入れず、お盆の上にチョコレートの包みをため込んでいる。

 それをちらっと見たあと、私は言った。


「いっしょには暮らさないんですか?」


 すると伊織さんは、あからさま嫌そうな顔になって、新しいチョコレートを口の中に放り込む。


「さすがにねえよ。俺はあいつらの総大将。あいつらは友だちでも家族でもないから」


 なんて言って、お酒をあおる。

 そう、なんだ。

 桔梗さんとすっごく仲良さそうに見え……いや待てよ。

 私はふたりのやり取りを思い出す。

 桔梗さんは伊織さんに対してすっごいフレンドリーだったけど、伊織さんはそうでもなかったな。なにかこう、一線ひいてる感じだったような。

 そう思うと、確かに友だちとかとは違うのかもしれない。

 私は首を傾げて言った。


「そもそもあやかしに友だちとか家族とかってあるんですか?」


「あるといえばあるし、ないといえばないし。人間が思う概念とは違いそうな気がするけど俺にはわからないてすね」


「あぁ、そっか。それはそうですよね。あやかしって長生きなんだろうし」


 私が知る限り、あやかしの類はそうそう死なない、はず。昔見た都市伝説系の掲示板にはそう書かれていた。

 すると伊織さんがお酒のグラスを持ったまま言った。

 

「まあそうだけど。人間に退治されたり、あやかし同士で戦うこともあったから、死なねえわけじゃないですけど」


「あぁ、そういう話ありますね。なんでしたっけ、ヤマタノオロチとかツチグモとか、天狗とか?」


「天狗を退治する話は知らねえけど、昔からアマツの神や人間に退治されたりとかあるな」


 そう言って、伊織さんはお酒をグイッと飲み干してしまう。飲むの早くないかな。何飲んでるのか知らないけど。

 伊織さんは空のグラスを見つめたあと、立ち上がる。

 そしてグラスを持ったまま、キッチンの方へと向かっていった。どうやら新しいお酒を用意しているらしい。

 伊織さんはグラスを持ってこちらに戻ってきながら語り始めた。


「昔から俺たちあやかしは人間と対立してきたんだよ。悪さする奴もいたから仕方ねえけどな。中には理由も無く退治されたやつもいる。ただ見た目が怖いからって」


「あー……それはわかるような」


 伊織さんも自分で言っていたと思うけど、あやかしってバケモノだもんね。人間からしたら怖いに決まっている。

 伊織さんはソファーに座り、グラスに口をつけてから言った。


「だから、俺はあいつら人間と協定を結んだ。互いに干渉しあわない。人間は俺たちを退治しない。俺たちは人間に迷惑をかけない。その代わり、俺たちは人間世界の闇の部分……人間じゃあ捜査が難しい事件を、犯罪を潰す。そして人間は俺たちに『金』でその報酬を支払うってな」


 お酒のせいか、伊織さんの口調、すごく砕けてる。

 敬語、無理して使ってるのかな。別にそんな気を使わなくていいのに。

 そう思いつつ、私はお茶を飲んで言った。


「そんな約束、よくできましたね」


「そりゃ、俺たちにしかできない捜査があるからな。俺たちは闇から闇に姿を消せる。特殊な武器じゃなきゃ傷つけられない。人間じゃあ手が出せない場所に容易に入ることができる。あいつら人間にとっちゃ、この上ない便利な道具なんだよ」


 そう言って、伊織さんは自嘲気味に笑った。

 

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