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家なし少女はあやかし執行官の執愛に囚われる  作者: あさじなぎ


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42 それから

 それからまた、一カ月ほどがすぎた、六月の終わり。

 私はまだ、伊織さんのお屋敷に住んでいる。

 伊織さんの話によると、闇オークションに関わっていた組織は全て判明し、逮捕されたりしているらしい。

 伊織さんのお屋敷の庭がよく見える縁側。

 緑が映える松の木やもみじの木。その中によく見ると灯篭がたっているのがわかる。

 空は薄曇りで、少し冷たい風が吹いていた。

 私の身に起きた事件が嘘みたいに、穏やかな時間が過ぎている。

 私はまだ、これからどうするかは決めかねている。伊織さんはいつまでもいていいっていうけど、いくら恋人とはいえ甘え続けるのは私の常識が許さない。

 奨学金受けたりとか、なんとか自力で大学に行く方法を調べているけど、親がどうしているのか何もわからない状況じゃあ、できること、限られているっていう現実を見せつけられるだけだった。

 だから私は伊織さんの所に今もいる。

 伊織さんと私はくっついて座り、お茶をいただいていた。 


「あの女やホストが関わっていた売春組織も摘発されたよ」


 そう淡々と言い、伊織さんは湯呑に口をつけた。

 あの女、というのは奈美の事だ。

 伊織さんはけっして奈美のことを名前で呼ばない。

 ある意味わかりやすいのよね。

 私は胸に手を当てて、伊織さんに尋ねた。


「じゃあ奈美は……」


「殺してねえよ。警察に捕まってるし、法の審判を受けるだけだ」


「そう、なんだ……」


 友だち、だったのにな。

 そう思うと胸がぎゅってしてしまう。

 もう一か月近くたつのに、立ち直るには時間がかかりそうだった。


「あの、動機ってやっぱりホスト、なんですか?」


「みてーだな。成績一位にしようと思ってたみてえだし。まあそのホストには他にも女がいたわけだけどな」


 呆れた様子で言って、伊織さんはおやつのお団子を手に取って、串にくらいついた。

 悲しいな。

 そんな事のために私は売られそうになったのか。

 奈美に裏切られたことは、ずっと私の心を縛り付けている。


「そっか……悲しいな。友だちだって思ってたのに」


「人間は金や異性のために簡単に魂売るんだよ」


 憎しみを込めた声で言い、伊織さんは空のくしをお皿に置く。

 

「千年以上人間を見てきたが、そんなんばっかだぜ。本質はかわんねえよ」


 千年以上見てきたって言われると何も言い返せない。

 重すぎる時間だな。

 でもそうだろうなって思う。

 昔話だって、お金のために家族を売ったり、異性を奪いあったりってあるもんね。


「私もそういう人間のひとりですよ」


「あんたは友だち売らねえだろ」


「それはそうですね」


 お金のために、異性のために誰かをうるなんて発想、私にはない。

 湯呑を横に置くと、伊織さんが私の肩に手を回してくる。


「それで葉月。あんたに伝えたいことがある」


「なん、ですか?」


 伝えたいことってなんだろう。これ以上何かあるのかな。

 どぎまぎしていると、伊織さんは言った。


「あんたの両親の居場所、わかったよ」


「え……」


 両親の居場所が、わかった?

 私は大きく目を開いて伊織さんの顔を見る。

 私の両親、生きてるの?

 伊織さんは自信満々の笑みを浮かべていた。


「本当に……?」


 カタカタと震えながら言うと、伊織さんは頷く。


「あぁ。あんたの母親、九州のクマモトの出身なんだな。それで実家に身を寄せているんだが、立て続けにあんたの母親の親……つまり祖父母が入院したらしい」


「そ、そんな事が……?」


 どうしよう、すごく私、動揺してる。

 お母さんの実家にいるなんて、全然思いつかなかった。

 伊織さんがどこからか一枚の写真をだして、私に見せてくる。

 それはちょっとやつれた様子の両親と妹の姿だった。

 私の胸の奥からこみあげてくるものがある。

 これ本物……だ。だって、この背景に写っている家、昔言ったきりだけどおじいちゃんの家だもん。

 生きてた。皆、ちゃんと生きていた。


「これ、祐飛が撮ってきた。あんたの事は心配してたけど、携帯をあの借金取りたちに奪われて、通っているはずの大学に問い合わせても教えてもらえなくってどうにもならなくなっていたらしい」


「あ……」


 私は写真を受け取って、それを見つめる。

 本当に両親だ。

 本物の家族だ。

 どうしよう。でも九州、遠いよ。会いたい。でも……

 私は伊織さんの顔を見る。

 唇が震えて、何を言えばいいのかわからなかった。

 家族に会いたい。でも伊織さんと離れるのはすごく不安だ。だって私を置いて言った理由、聞くの怖いもの。

 きっと仕方なかったんだって思う。心配していたのも本当だろうなって思う。だって伊織さんたちがそんな嘘、つかないだろうから。

 でも不安が私の中でくすぶっているのはきっと、奈美の裏切りがすごく大きなものだからだろうなって思った。

 そんな私の思いを察したのか、伊織さんは私の肩を抱いたまま言った。


「一緒に会いに行く?」


 その提案に、私はゆっくりと頷く。


「いいん、ですか?」


「当たり前だろ」


 と、彼ははにかむ。

 伊織さんが一緒なら安心だけど……どうしよう、伊織さんのこと、どう紹介しよう。大学の事もちゃんと考えないとな。

 あぁ、頭の中、いろんなことが駆け巡る。

 伊織さん、ちゃんと家族の事、見つけてくれたんだ。

 それがすごくうれしくて、私は伊織さんに頭を下げて言った。


「ありがとう、伊織さん。私のお願い、全部叶えてくれて」


 伊織さん、私のお願いみんな叶えてくれた。奈美の事も。家族の事も見つけてくれて。

 奈美の事はすごく残念なことになったけど。

 でも、そのおかげでなんで私がこんなめにあったのか、わかったし。

 それはそれでよかったんだろうな、とも思う。思い出すとまだ心、ざわついちゃうけど。

 すると伊織さんはそっと、私から写真を奪い、それを脇に置くと私の顎をとる。

 そして、唇が触れるか触れないかの距離まで顔を近づけて言った。


「あたりめえだろ。あんたは俺の伴侶なんだからな」


 そして軽く、唇が重なる。

 伴侶……? ってなんだっけ。

 あまり聞きなれない言葉に混乱して、私は唇が離れたとき伊織さんに尋ねた。


「伴侶って……?」


「しらねえのかよ。奥さん、妻、嫁?」

 

 想定以上の言葉が出てきて、私は内心慌てふためいた。

 恋人通り越してそこまでの存在になっていたって、こと?

 まだ私たち口づけより先の事、してないよ?

 って私何を考えているんだろう。

 やだもう、恥ずかしすぎて埋まりたい。


「え……あ……よ、嫁って……」


 ひとり混乱して顔が紅くなるのを感じながらしどろもどろになると、伊織さんが優しく微笑む。


「あぁ、人間にはその前に恋人っていうものがあるんだっけ」


 そうとぼけたような声で言う伊織さんに、私はうんうん、と頷いて答える。

 すると伊織さんは苦笑を浮かべて、


「人間はまどろっこしいな」


 って、呟いた。

 そんな伊織さんに、私はドキドキしながら言った。


「そうかもしれないけど……でも人間には段階があるんです」


「じゃあまず、恋人がなにすんのか、教えてくれる?」


 なんて言って、すごく妖しい笑みを浮かべる。

 そんな顔して見つめられたら私、どうしたらいいのかわからなくなっちゃうじゃないの。

 目を泳がせていると、伊織さんは畳み掛けてくる。


「な?」


「う……あ、はい」


 気圧されて返事しちゃったけど、恋人が何するかなんて私、教えられるわけないのに。

 すぐ私、伊織さんのペースに巻き込まれてしまう。

 それがなんだか悔しい。

 そんな私の様子を見て伊織さんはくすくすと、喉を鳴らして笑う。

 

「本当にあんた、可愛いな」


「か、からかわないでください」

 

 恥ずかしさに私は顔を背ける。

 私、伊織さんにずっと敵わないんだろうな。当たり前だ。だって伊織さんは千年以上生きているあやかし。私はたかだか一八年しか生きていない人間だもの。勝てるわけがない。

 私が勝てること何かないかな。

 考えを巡らせるけど、そんなのあるわけがなかった。

 悔しいな。

 私はせいいっぱい頭を働かせて、ひとつだけ思いつく。

 こんなことでしか私、伊織さんには敵わないもの。

 私は伊織さんの背に腕を回して、その顔を見つめる。

 言葉にしようとすると、すごく震えてしまう。

 

「……伊織」


 ただ名前を呼んで、その先の言葉が何も出てこなくなる。

 でも伊織さんにはそれだけでも充分だったらしくって、戸惑ったように視線を泳がせた。

 あれ、動揺してる?

 伊織さん、私から何か仕掛けるとすごく戸惑うのよね。余裕なくすっていうか。

 それがちょっとおかしかった。

 おかげで私の中に余裕が生まれ、大きく息を吸ってから続きを言葉にする。


「私はまだ子供だし、まだ対等にはなれないけどちゃんと伊織にふさわしい人になるからその時は……」


 そして私はそっと、自分から唇を重ねて、顔が燃えるような感覚を抱えながら言った。


「その……伴侶に、してくださいね」


 恥ずかしいけど言いきった。でも恥ずかしいから今すぐ私、ここから逃げ出したい。

 でもそんなの無理に決まっていて、伊織さんは愛おしそうに目を細めて私を抱き締める。

 伊織さんの薄い唇から、低く甘い声が零れ落ちた。


「愛してる、葉月」


 静かに音も無く、唇が重なる。

 遠くで鳥が鳴いている。いや、これ烏かな。

 お香と煙草の匂いに包まれて私は、そっと目を閉じて伊織さんの口づけを受け入れた

 

 

 終わり

 

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