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家なし少女はあやかし執行官の執愛に囚われる  作者: あさじなぎ


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40 制裁

 独特な、お香の匂いとその裏に隠れる煙草の匂い。

 彼の姿を見て私は、ここに来る前に見かけた烏の黒い羽根を思い出す。

 あぁ、あれは祐飛さんの羽根、だったのね。ずっと私の事見ていたんだ。

 伊織さんはぎゅっと、私の腰を抱き締めて、奈美を見つめる。

 なんだろう、どこからか僅かに悲鳴みたいな声が聞こえる。

 きっと、祐飛さんや真琴さんが何かしているんだろうな。もしかしたら他にも配下がいるのかもしれないけど。

 

「だ、誰よあなた。どこから来たの?」


 奈美のおびえた、驚いたような声が聞こえる。

 そりゃあ驚くよね。文字通り、闇の中から現れたんだもの。

 伊織さんは不敵に笑って言った。


「ナイトヴァルト。内閣に飼われている、超法規的機関ってやつ」


「ナイト……も、もしかして最近色んなところで摘発とか、組織の人が殺されてるとか聞いたけど……」


「そうかもな。でもてめえに教える義理はねえけど」


 伊織さんの声、いつもより怖い。

 聞いてるだけで寒気がするほどに。

 

「伊織さん……」


 私が呼ぶと、伊織さんは異様に優しい笑みを私に向けてくる。


「怖い想いさせたな。おかげでこいつの悪事がわかったよ」


 そして私から腕を離して、私をかばうように前に立つ。


「あ、悪事って私は何も悪い事なんてしてないわよ……!」


 奈美の叫びが虚しく響く。

 何でこんなことになったんだろう。

 ホストのせい、なんだよね。欲望があんな風に人を変えるなんて……

 不安が溢れていた私の心に、今度は哀しみだけがひろがっていく。

 そんな奈美に、伊織さんがすごく冷たい声で言った。


「俺の葉月を傷つけた。それだけで万死に値する」


 言葉と共に、伊織さんの髪が変わっていくのがわかった。

 真っ白な髪が太く、生き物みたいにうねうねと動いてる。

 私から見えるのは後頭部だけだけど、もしかしたら顔も変わっているのかもしれない。

 正面から伊織さんと対峙している奈美は、目を見開いて顔を醜く歪ませて悲鳴を上げた。


「ひっ……あ……バ、バケモノ……」


 いいながら奈美は後ろに下がるけど、すぐに壁に当たってしまって、震えながらその場にしゃがみ込んでしまった。


「バケモノか……その通りだ。俺は、バケモノだ。てめえはどうだ? 人の姿してっけど、葉月に何をした? 葉月を売ろうとした。葉月を傷つけた。それだけでてめえは俺以上のバケモノだ」


 そう低く凍てつくような声で言い、伊織さんは奈美の前にばっと移動して、彼女の首を掴んだ。


「ひっ……」


 奈美が短い悲鳴を上げる。

 ゆっくりと奈美の身体が持ち上がってバタバタと足が動いて、目が虚ろになっていく。

 このままじゃ死んじゃう。

 それだけはダメだ。伊織さんに人殺し、してほしくない。

 私はとっさに伊織さんに向かって叫んだ。


「い、伊織さんやめてください! 傷つけるのだけはダメです!」


 その言葉に、伊織さんはゆっくりと私の方へと振り返る。

 その顔を見て私は思わず息をのんだ。

 真っ白な顔に、目だけが紅く光っているように見える。

 唇も鼻も肌と同じように白くて、とても人には見えなかった。

 あぁ、これが伊織さんの本当の姿なんだ。

 伊織さん、自分のこと、バケモノだって言っていたけどその意味がよくわかった。

 たしかに人とは違う。

 でも……伊織さんは私を助けてくれて、生活を整えて、一緒にいてくれて、愛を注いでくれる。

 そんな伊織さんと、私を売ろうとした奈美。

 どっちがバケモノかっていったら答えはひとつだ。

 私は胸に手を当てて奈美を見る。

 伊織さんは奈美の首から手をばっと離した。すると奈美はその場に座り込んでゲホゲホと咳き込んだ。


「命拾いしたな」


 そんな冷徹な声が聞こえてくる。

 その声を聞くだけで、私もすごく怖く感じた。

 声だけでこんなに恐怖を感じるなんて……伊織さん、本当はおそろしいものなのかもしれない。


「伊織さん、お願いだから……傷つけるのだけはやめてください。伊織さんが手を汚す必要なんてないから」


 私の言葉に伊織さんは笑ったようだった。


「あんたは優しいな」


 と言いこちらに戻ってくる。

 その背中で、奈美が顔を歪ませて叫んだ。

 

「な、なんなのよぉ……私は何も悪い事してないのに……!」


 悪いことしてないって本気で言っているのかな。

 そう思って私は奈美を見る。

 奈美、泣いてる。でもその表情は本当に何も理解できないって感じだった。

 これはもう私の知っている奈美じゃないんだ。

 そのことに、胸のなかにあった想い出たちが砕けていく。

 この子に私はずっと、会いたいって思ってたんだ。

 この子を私はずっと心配していたんだ。

 なんだったんだろう、私の気持ちって。

 その時。扉を開いて部屋の中に入ってくる人がいた。


「いおりん、制圧したよー」


 場にそぐわない明るい声。


「真琴さん……」


 三角の耳が頭から生えている真琴さんは、私の方を見て笑って言った。


「葉月ちゃん、無事でよかった」


「あ……ありがとうございます」


 私が礼を言うと、伊織さんは私の腕を掴んで言った。 


「真琴、こいつも頼む」


「わかったけど……いおりん、その姿のままはまずいよ」


 そう、厳しめの声で真琴さんが言う。

 確かに今の伊織さんは人間とは程遠い姿だもんね……

 伊織さんは何も言わず、私の腕を掴んだまま外に出る。

 その頃には髪も顔ももとの伊織さんになっていた。

 そして彼は私の顔を見る。するとなんだか申し訳なさそうな顔で言った。


「もっと早く踏み込めばよかったんだが……悪かった。怖かったよな」


「大丈夫です……とりあえずは」


 言いながら私はむりやり笑顔を作る。

 こうでもしていないと私、ぷつり、って切れてしまいそうだったから。

 じゃないときっと、人目も気にせず伊織さんに抱き着いて、泣き出すだろうから。


「あの、奈美はどうなるんですか?」


 伊織さんたちの制裁がどんなものなのかわからないから、ちょっと怖い。

 伊織さんは目をすっと細めて言った。


「俺たちは法の外で生きている。だからあの女を生かす理由はないんだよ」


「え……そ、それって……」


 私は伊織さんの顔をじっと見る。


「こ、殺さないですよね? そんなことしないですよね?」


 震える声で言うと、伊織さんは肩をすくめた。


「あんたが望むなら、殺さねえよ」


 って答える。


「こ、殺すのはダメです絶対」


 泣きそうになりながら言うと、伊織さんは黙ってうなずいた。

 大丈夫かな。心配だけど……

 そんな私の葛藤を察知したのか、伊織さんは私の肩を抱いて言った。


「大丈夫だよ、約束は守る。俺たちは人間とは違うから」


「そう、ですね」


 たしかに伊織さんたちは人じゃない。それが説得力になるって皮肉だなぁ。

 そのお店を出て、伊織さんは私をお屋敷へと連れ帰る。

 そのときやっと、私の中で緊張の糸がぷつり、と切れる音がした。

 玄関に入った瞬間、思わず私はその場に座り込んでしまう。

 足の力が抜けて、立つ気力もない。


「あ……は、葉月、さん?」


 慌てたような声で伊織さんが言い、私のそばに座り込む。

 伊織さんは私の頭に手を置いて、心配げな声で言った。

 

「大丈夫?」


 大丈夫じゃない。

 大丈夫じゃないから私、言葉も出ない。

 だって声を出したら私、泣き出しそうだから。

 だから私は黙って首を横に振る。

 すると伊織さんは私の頭をそっと抱きしめてくる。

 伊織さんの胸に、私の耳が当たる。ちゃんと心臓の音、するんだな。

 

「もう大丈夫だから」


 その言葉を聞いた瞬間、涙がぶわって溢れ出た。

 私は伊織さんにしがみ付いて、声を上げてわあわあ泣いた。

 怖かったし、それ以上に私、ショックだ。

 

「……友だちだって……思って、たのに……」


 なのに奈美にとって私はそうじゃなかったんだなって、痛いほど思い知らされた。

 ホストのため? お金のため? 

 借金取りに連れ去られて、オークションにかけられて。それに奈美が関与していたなんて。

 何を信じたらいいんだろう。

 たくさん泣いて、その間ずっと伊織さんは私の頭を抱いて黙っていた。


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