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家なし少女はあやかし執行官の執愛に囚われる  作者: あさじなぎ


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14 家事

 その時、私の背中を妙な汗が流れた気がした。


「伊織」


 低く静かに響く声に私は驚いて顔を上げる。

 癖のある黒い髪。二重の黒い瞳。

 黒地に何かの動物の模様が書かれた羽織を羽織った青年が、いつの間にか座卓を挟んで伊織さんの向かい側に立っていた。

 え、全然音、しなかったけど、いつからいたんだろう。

 彼は黙って伊織さんの向かい側、真琴さんの隣にすっと正座をする。

 彼を見て、伊織さんが言った。


「葉月さん、これが祐飛」


「あ、は、初めまして」


 姿勢を正して言うと、彼は私の方をちらっと見て軽く会釈をして、すぐに伊織さんの方へと目を向けた。

 そしてすっと紙を差し出す。

 どこかの地図みたいだけどどこだろう。

 不思議に思っていると祐飛さんが淡々と言った。


「そこの少女を追いかけ回している、借金取りの今の拠点。桔梗が見張ってる」


「あぁ、ありがとう祐飛」


 その紙を受け取り伊織さんは不敵に笑う。そして私の方を向いて言った。


「あとは踏み込む時期を決めるだけだ。あんたの借金の問題は必ず解決するから」


「あ、あ、ありがとうございます!」


 私は大きく頭を下げた。

 祐飛さんはこちらをちらり、とだけ見て伊織さんの方を向いて言葉を続けた。


「両親はまだ見つからないが、踏み込めば何かわかるかもしれない。引き続き調べる」


「あぁわかった」


 そう伊織さんが返事をした後、祐飛さんがすっと立ち上がる。

 そしてまるで霧のように姿を消してしまった。後に黒い羽根だけを残して。

 あぁほんとうにこの人たちは人間じゃないんだ。

 伊織さんも真琴さんも祐飛さんも。私はとんでもない世界に関わってしまっているのかもしれない。



 この一カ月ちょっとで色んなことが起きすぎている。

 親の失踪に借金取り、連れ去られたかと思ったら闇オークションにかけられて。

 そんな状況に絶望していたら、伊織さんたちが助けてくれた。

 その恩に報いらないとな。私ができることなんて少ないけど、私の証言が必要だって言っていたし、私、頑張るんだ。

 その日の午後、私は伊織さんと買い物に出た。

 やってきたのは家具屋さん。

 

「何欲しい?」


 って言われてもこんな高い物、欲しいなんて言えるわけがない。


「あ、あの……本当にいいんですか?」


「だってうちのこと、してくれるんでしょ。それにまだ君をひとり暮らしさせるわけにはいかないしね。幸いこの辺りまで捜索されてないみたいだけど」


 と言って笑う。

 それ考えたら私、この素顔で歩いていて大丈夫なのかな。そう思って私は辺りを見回す。

 ……自分が何の特徴もない、ごく一般的な外見であることに気が付き、私は顔を伏せた。


「……葉月さん」


 名前を呼ばれて顔を上げると、視界を闇が覆った。


「わっ」

 

 闇、と思ったのは一瞬ですぐにそれがサングラスだと気が付く。

 わずかに香る、煙草とお香の匂い。

 私はサングラスのつるの部分に触れながら言った。


「こ、これ……」


「変装」


 って言って、伊織さんは笑う。

 

「え、あ……あの、これ伊織さんの……」


 伊織さんの顔を見ると、いつもしているサングラスがなくなっている。

 彼は頷き言った。


「うん、まあ目の色なんてそうそう認識されないし、帽子かぶってるからそんなわかんないだろうし。今時カラコンあるから意外と目立たないんだよ」


「い、いいんですか?」


 戸惑う私に、伊織さんは帽子をとる仕草をして見せる。


「心配なら俺の帽子、かぶる?」


「い、いいえそこまでは大丈夫です!」


 なんだか顔が熱くなるのを感じながら私は首を横に振った。

 家具屋さんで服をしまうための箪笥を買って、そのあと雑貨屋さんでエプロンも買ってもらった。

 他にも食材を買って、私はほくほくだった。

 箪笥は後日配送になったから、服をしまえるのはまだ先だけど。

 荷物が増えたから、私たちは帰り、タクシーを使うことにした。

 いいのかな、って想いとありがたい気持ちが私の中でひしめき合っている。

 なんでここまでしてくれるんだろうな。

 いや、伊織さんをかばって私が怪我をしたのは事実だけど。それを隠ぺいするためとはいえ、やり過ぎな感じがする。

 家に着くなり私は、玄関で荷物を下ろす伊織さんの背中に向かって言った。


「あの、伊織さん」


「何?」


「あやかしって皆、距離感おかしいんですか?」


「何で?」


 驚いた顔で伊織さんがこちらを振り返る。


「だってそうじゃないと、伊織さんが私にここまでしてくれる理由がないかなって思って」


 人間の常識と違うから、っていったら納得できるもの。

 でも伊織さんは納得していないようだった。


「距離感がおかしい……そうかな……いや、距離感……?」


 って、顎に手を当てて悩み始めてしまっている。

 私、なんか哲学的な問いかけしちゃったかな。そんなつもりなかったんだけど。

 えーと、どうしよう……どう言えばいいんだろう。

 

「あの、えーと、だっていくら私に貸しがあるって言っても怪我、治してくれたし……家に泊めてくれているし。こんなに物買ってくれるのって珍しいっていうか……」


「そうなの? 別に俺金あるし、だから使うのなんて当たり前だと思うけど」


 そう言われるとそうなのかな……そう、なのかも……?

 だめだ、今度は私が悩み始めそう。

 やめよう、考えてもわからないし。あやかしと人間では常識が違うんだ、で納得しよう。

 私はまだ怪訝そうな顔している伊織さんに向かって言った。


「すみません変なこと言って。私、洗濯もの取り込んだらお夕飯つくりますね!」


「あ、あぁ、うん。そうだこれ」


 そう言って、伊織さんは私に一枚の紙を渡してきた。

 それは人型に切られた和紙のようだった。何か文字が書いてあるけどなんて書いてあるかはわからない。


「これは……」


「式神。簡単な命令なら聞くから、必要なら使って。あんたの言う事聞くようにしてあるから」


「式神……」


 なんだか漫画みたいだ。


「あの……どうやって呼ぶんですか?」


「出てこいとか言えば出てくるよ」


 出てこい、だとなんだか嫌だな。なんて言おう、えーと……えーと……

 私は手のひらにのせた式神に向かって言った。


「式神さん、出てきてください」


 そう言うと、紙はふわふわっと床に落ちて小さな人の形になった。

 現れたのは、和服を着た女の子だった。彼女はニコニコ笑って私を見ている。

 か、可愛い。小学生くらいかな。妹を思い出す。

 私は膝を曲げて目線を合わせて、式神に向かって言った。


「じゃあ、式神さん、一緒に洗濯物取り込もう」


 すると式神はこくん、って頷いた。

 


 

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