卵搬士キャリルは落としません! ~ドラゴンの卵だって運びます!~
朝ご飯で玉子を落としました。
その勢いで書きました。すみません!
この子は、きっと落としません!
「今日は絶対に、落とさないんだから!」
キャリルは、背中の卵を抱えながら岩場を走っていた。
石食い鳥の巣からは、もう十分に距離を取っている。
(大丈夫)
自分に言い聞かせる。
歩幅も、呼吸も、乱れていない。
卵の温度も――まだ、保たれている。
あとは、森に入るだけ。
石食い鳥は岩場では速い。
だが、森には入れない。
重たい体と大きな翼では、枝に引っかかって進めなくなる。
森は、もうすぐそこだった。
(よし!)
足元は、ごつごつした岩場。
ところどころに、湿った苔が張りついている。
(私だって、成長してる)
卵ギルドの訓練場で、何度も歩いた。
滑りやすい岩、重心の移動、抱え直すタイミング。
全部、体に叩き込んだ。
――いける。
そう思った瞬間、視界の端で何かが動いた。
「あっ」
苔トカゲ。
岩場では不釣り合いな、鮮やかなオレンジ色の小さな魔物だ。
卵搬士のあいだでは言われている。
苔トカゲを踏むと、卵運が下がる。
(だめ)
反射的に、足を引いた。
次の一歩が、苔の上に乗る。
――滑った。
「っ……!」
体が前につんのめる。
とっさに、バランスを取ろうとして――
背中が、軽くなった。
(だめーーーーーー)
卵が、宙に放り出される。
手を伸ばす。
届かない。
ゴツン。
岩に当たった。
「ああああああああああああああああああああああ!!」
声が、岩場に響き渡った。
◇◆◇◆◇◆
その瞬間、背後で空気が震えた。
――タマギャアアアアアア!!
石食い鳥の咆哮。
(まずい……居場所が、わかった)
羽ばたきの音が、急速に近づく。
岩を蹴る、重たい足音。
逃げるしかない。
キャリルは転がった卵を抱き上げ、走った。
殻は割れていない。
だが、胸に当てた感触が――おかしい。
グシャン。
卵の内側で、はっきりと何かが壊れる音がした。
「……っ」
立ち止まる暇はない。
森は、すぐそこだ。
キャリルは枝をかき分けて森へ飛び込み、
背後で――羽音が、止まった。
石食い鳥は、入ってこない。
◇◆◇◆◇◆
安全になって、ようやく分かってしまう。
キャリルは、震える手で卵を抱き直した。
温度が、少しだけ――低い。
「……ごめん」
割れてはいない。
けれど、卵はもう、元には戻らない。
◇◆◇◆◇◆
卵ギルドの報告窓口は、今日も静かだった。
帳簿をめくっていた、いつもの受付嬢が、キャリルを見る。
「……キャリルさん」
視線が、背中に卵がないことに気づく。
「また、落としたんですか」
責めるでもなく、淡々と。
「……はい」
キャリルは帽子を取り、頭を下げた。
「クエスト番号、二一七。
石食い鳥の卵……輸送中に落下。
殻は無事ですが、内部損傷です」
受付嬢は赤い印の札を取り出す。
「今回は、どこで?」
「岩場です。苔……」
「苔トカゲ?」
「……はい」
一瞬、手が止まる。
「……避けたんですね」
「……はい」
短い沈黙。
「判断としては、間違ってません」
その一言が、胸に刺さった。
「卵税は免除。
報酬は支払われません。
次の受注は――一週間後からです」
キャリルは、うなずく。
一つ運べば残るはずだった、八百ゴールド。
それは、消えた。
「……訓練場、空いてますか」
「空いてます。
一回、五十ゴールドです」
「……お願いします」
受付嬢は、いつもの声で言った。
「無理、しないでくださいね」
◇◆◇◆◇◆
卵は、落とさない。
落とさなければ、生きられる。
でも――
落としたからといって、終わりじゃない。
キャリルは、背中を伸ばした。
次は、落とさない。
そう、決めるしかなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
卵は落ちましたが、キャリルは前を向いています。




