衝撃
「……今日も、誰も来ないか」
時は戻り、16歳のある冬の日。
朧な月が仄かに照らす寒空の下、独り呟きを洩らす。そんな私がいるのは、例の廃れた船の上――ここでお客さんを待ち構え、あの廃れた船室へと移動し事に及ぶという流れで。
ただ……ここ二週間というもの、お客さんどころかほとんど人の通る気配もなく。まあ、こういう仕事であるからして、あまり人通りの多い所は選びたくないので致し方な……いや、そもそも仕事と呼んで良いのかも定かでないけど。
……思えば、いつからだろう。体を売ることに――顔も名前も知らない男性と交わることに、さしたる抵抗もなくなっていたのは。楽しくもないけど、嫌なわけでもない。言ってみれば、虚無――ただ淡々と、生きていくため事を熟すだけ。そして、これからも――
――いや……このままだと、そのこれからがあるかどうかも定かでないか。さしあたり、どうにか生きていける程度のお金はある。……それでも、この状態が続けばいつかは――
「……いや、別に良いんじゃない?」
黙考の最中、ふとそんな言葉が洩れる。そうだ、今更だけど……別に、死んでも良くない? そもそも、こんな希望も何もない惨めな人生――どうして、無理に生命を繋ぐ必要なんてあるのだろう。それこそ、今この瞬間にでも――
「――なあ、ちょっと良いか?」
「…………へっ?」
卒然、凛とした低い声が届きハッと顔を上げる。すると、そこにいたのはハッと息を呑むほどに綺麗な男性。少しクセっ毛のある艷やかな黒髪に、雪のように白い肌――そして、吸い込まれるほどに深い碧を宿した瞳。恐らくは、歳のほど20前後……それでいて、何処か翳のあるような――
「――俺はエリス、あんたは?」
「……へっ? あ、えっと……私はソフィ、です……」
すると、不意に届いた問いに呆然とする私。いや、本来なら何ら驚く質問じゃない。ないのだろうけど……私としては、結構な衝撃で。だって……名前を聞かれたことなんて、もういつ以来というほどご無沙汰だっ――
……いや、それはともあれ――
「……えっと、エリスさん。こうして、私に話し掛けてるってことは……その、そういうことですよね?」
そう、期待を込め尋ねてみる。正直、こんな綺麗な人がどうして私なんかに……『そういう相手』なんて、他に簡単に見つかりそう……と言うか相手から言い寄ってくるだろうとか、そんな根本的な疑問はあるのだけど今は措こう。とにかく、今は大切なお客さんを逃さぬよう――
ただ、それにしても……うん、我ながらほんと呆れ果てる。ついさっき死んでも良いなんて言いながら、希望が見えた途端これなんだか――
「――ああ。……だが、その前に――」
「…………へっ?」




