苦痛
「…………ひどい」
滔々と語られるエリスの話を聞き終えた後、ポツリと洩れた一言。……そんなの、ひどい。ひどすぎる。エリスは、本当に……本当に、頑張っていた。そして、それは自分のためだけでなく、ご両親のためにも。
……なのに、その両親からは理不尽極まりない仕打ちを受け、更には犯罪者……それも、その中でも罪の重い殺人犯の子どもとして、不遇なんて言葉じゃ収まらないほど過酷な扱いを受け……それで、あんな方法でしか生計を立てる術もなくて――
――ふと、思い出す。……そっか、あの時の……お墓の前で謝罪をしていたのは、両親が殺した被害者に対してで……でも、それだっておかしい。謝らなきゃならないのは――いや、謝っても取り返しなんてつかないけど――それでも、頭を下げなきゃならないのはエリスじゃなくその両親。なのに、なんで彼があんなにも苦痛に苛まれなければならないのか。私にとっては何も知らないその両親達に、今これ以上もない憎悪が――
「――もはや、何もかもがどうでもいい……いつ死んでも良いと思っていた、そんな時だった――あの波止場で凍えそうに身を震わせ、それでも一人客を待ち続けるあんたを見かけたのは」
「…………へっ?」
そんな黒い感情が渦巻く最中、不意に微笑み告げるエリス。……えっと、私? いつ? まあ、あの時はだいたい波止場にいたので驚くことでもないけど……ともあれ、凍える寒さの中ということは、とりあえず冬であることは間違いなく――
「……なんで、だろうな。未だに、自分でも理由は分からない。……それでも、思った……いや、感じた。きっと、俺にとって必要な女性なんだって」
「……っ!! …………エリス」
刹那、衝撃が走る。……初めて、だった。誰かに、そんなことを言われたのは。それも、他ならぬエリスにそんなことを――必要なんて、私なんかには勿体ない言葉を掛けてもらえるなんて……もしかして、夢? ……うん、それならそれでいい。
だけど、幸い……本当に幸い、これが現実なのだとしたら、今更ながら分かった気がする。わざわざ自分の部屋に連れてきて、報酬も渡した上で指一本すらも触れてこなかった理由が。
――彼は、体の繋がりなんて求めていなかった。彼が求めたのは、心――きっと、同じ苦痛を抱えているであろう私に心の繋がりを求めたのだと、今なら分かる気がする。……そして、私もきっと――
「……っ!!」
卒然、思考が止まる。と言うのも、不意に彼の柔らかな手が私の頭に優しく――
「……だから、ありがとな。そして、今までよく……本当によく頑張った、ソフィ」
「……っ!! ……エリ、ス……」
すると、ふっと降りてくるエリスの声。それは陽だまりのように暖かで、全てを包みこんでくれる優しい声。
……そう、本当は気付いていた。自分が、ずっと苦しかったことに。苦しいから、辛いから、何も感じないようにしていた。そうしないと、壊れてしまいそうだったから。そして、それはきっとエリスも同じで――
……でも、気付いてくれた。私の奥に――心の奥深くに閉ざした苦痛に気付いて、和らげてくれた。もう、大丈夫――そう言ってくれるように、優しく――
「…………う、ゔっ……」
気付けば、声が……嗚咽が洩れる。……うん、もう駄目。もう――
「――うぁあああああああああああああああっ!!!!」
堰き止めていた苦痛が、感情が涙となって溢れ出る。そんな私を、ぎゅっと抱き締め包み込むエリス。そんな彼を、私もぎゅっと抱き締め返す。
静謐な部屋に鋭く響く、けたたましい私の慟哭――それを、いっそう強く抱き締めながら、彼はただ黙って聞いてくれていた。




