生きる理由
話によると、どこぞの居酒屋で呑んでいたら近くの客と喧嘩になり、それで酔った勢いで手にしていた酒瓶で相手の頭を強打したとのこと。当然、周囲には店員も客もいるためすぐさま通報され現行犯として逮捕……ほんと、どこまでも救いようのねえ両親だ。
――それからは、更なる地獄の日々だった。まず、当然ながら住み込みの話はなくなった。あのボロアパートからも追い出され、当時の仕事もクビになった。とにかく職を探すも、これまた当然ながら受け入れ先なんてあるはずもなく。
だけど、それだけならまだ良かった。いや、良くはないが……いっそう俺を苛んだのは、とにかく四面楚歌の日々。街を歩くだけで罵声を浴びせられ、石を投げつけられ……全く、俺が何をしたって……いや、当然か。なにせ、俺はあの救いようもない犯罪者の穢れた子なんだから。
――すると、そんなある日のこと。どこぞの廃虚に一人蹲っていた俺に話し掛けてきたのは、見るからに喜悦を湛えた笑みを浮かべる厚化粧の若い女。よもや、こんなとこまで罵詈雑言を浴びせにくる奴がいるのかともはや呆れかけたが、そういうわけじゃないらしい。そもそも、何とも珍しいことに彼女は俺のことを知らなかったらしく……いや、別にそこまで珍しくもないか。よくよく考えれば、誰も彼もが俺なんかのことを知ってるなんて思う方が傲慢だし。
ともあれ、だったら何の用かと訝しんだが……どうやら、俺自身――正確には、俺の体が目当てとのこと。どうやら、俺の容姿が随分とお気に召したらしい。……そう言えば、以前から容姿はやたら褒められてたっけ。だが、よもやそれがこんなところで生きようとは。
ともあれ、何も――仕事も、金も、人権すらもない俺にもはや失うものなんてない。強いてあるとすれば、それでもみっともなく生に縋ろうとするこの卑しい本能だけ――もはや、自分を汚すことに抵抗なんてなかった。
それ以来、俺は体を売り続けた。俺達家族のことを知らない街へ移動し、名前も変えた。身元を明かせないため、とにかくお金さえあれば借りられるところをどうにか探し出し今のアパートへと辿り着いた。お世辞にも綺麗とは言えず、ところどころに修繕の余地のある部屋だが不満はなかった。以前の――あの両親といた時の部屋も似たようなもんだったし……何より、金のためとは言え、こんな穢れた俺を受け入れてくれたことだけでありがたいことこの上なかったから。
ただ、出費の面でどうしても痛かったのが、内部の装飾――俺の部屋でと強く要求する客もいたし、客の要望なので応えないわけにもいかない。そして、客であるからして相応のもてなしをしなければならない。まあ、元よりお世辞にも綺麗とは言えない部屋なので、そこは目を瞑っていただくとして……それでも、出来る限り華やかに整えた。正直、俺としては全く落ち着かないがこの際そんなことはどうでもいい。
そして幸い、客は絶えることなく仕事は順調。けっこうな稼ぎを――それこそ、両親が捕まる前に比べ遥かに多額の稼ぎを得た。
なのに、暖まっていく懐とは対照的に心はどんどん冷めていく。まあ、冷めてるのはわりと元々だが――それでも、ここまでじゃなかったはず。とにかく、何の温度も感じない。差し当たり生活には困らなくなったし、今後も当分は『仕事』はあるだろうが……どうしてか、生きる理由が見当たらない。言ってみれば、虚無。喜びも、悲しみすらもなく――ただ、屍のように生きていた。




