違和感
「…………あれ?」
ふと、目が覚める。すると、霞んだ視界に映るは地獄――ではなく、ましてや天国でもなく……ここ数ヶ月にて、甚く馴染みとなった木組みの天井で。……まあ、ある意味天国とも言えそうだけど……でも、どうして――
「――起きたか、ソフィ」
「…………エリス」
そんな朧な思考の中、ふと柔らかな声が届く。……うん、どうしても何もないか。倒れてた私を、エリスが見つけ助けてくれた――それ以外、なんの結論があるのだろう。
「ほら、ソフィ。熱いから気をつけてな」
「あ、ありがとエリス……」
それから、ほどなくして。
ゆっくりと身体を起こした私に、優しく微笑み木製のマグカップを手渡してくれるエリス。ほんのり湯気の立つその中身は、ココア。……うん、暖かい。
「……ごめんな、ソフィ」
「……へっ?」
すると、どうしてか――本当にどうしてか、不意に謝意を述べるエリス。……えっと、なんで? こっちは感謝こそすれ、謝られる覚えなんて何処にも――
「……ずっと、続けてたんだろ? あの仕事。ここに住んでからも、ずっと。だから……ごめんな、ソフィ」
「……エリス」
すると、私の疑問に答えるように再び謝意を告げるエリス。……ああ、なるほど。つまりは、満足いく生活をさせられなかったから私は自分で稼ぐしかなかった――おおかた、そんなことを思っているんだろう。……馬鹿だなぁ、ほんと。エリスとの生活に――あの件を除けば――生活自体に不満なんてあるわけないし、仮にあったとしてもそれは貴方が気に病むことじゃない。なのに、ほんとに馬鹿で……ほんとに、優しすぎる。
「……あと、これ……その辺に落ちてたんだが、あんたのだろ?」
「……へっ?」
その後、ややあってそう尋ねるエリス。その手には、唖然とするほどの大量の紙幣が。確かに、あの時の私はこれ以上の紙幣を所持していた。なので、あの掏摸犯がその大半を落としたと仮定すれば、一応話は成立する。
……だけど、流石にそれは無理がある。いったい何があったら、そんな都合の良い展開になるのかという話だし……何より、だとしたら紙幣はあまりに綺麗すぎる。流石に、あの短時間で犯人を捕まえ取り返したなんて話だと現実味がなさ過ぎるから避けたのだろうけど……これだって、ごまかすには到底無理がある。……実は、意外と天然? まあ、それはともあれ――
「……ありがと、エリス。でも、それは受け取れない」
「……だが、これは――」
「――仮に……もしも仮に、本当にそれが私のお金だったとしても、それでも受け取れな……ううん、受け取らない」
「……なんで」
そんな私の返答に、ポツリと呟くエリス。そんな彼に対し、再びゆっくりと口を開き――
「――だって……それは元々、貴方のために稼いだお金だからだよ、エリス」
「…………俺の、ため?」
そう告げると、呆気に取られた様子で呟くエリス。別に、そこまで変なことは言っていないつもりだけど……まあ、エリスらしいかな。ともあれ、そんな彼を少し可笑しく思いつつ続けて言葉を紡ぐ。
「……ねえ、エリス。夜、エリスはよく仕事に出てるよね。ずっと聞かなかったけど、仕事って何?」
「……それは」
「……あと、本当に時々、数時間ほど部屋を出ていてほしいと私にお願いしてたけど……その時、部屋で何してたの?」
「…………」
すると、私の問いに少し俯き口を噤むエリス。……ごめんね、エリス。別に、責めたいわけじゃないよ。
……ずっと、違和感はあった。例えば、この部屋――どう考えてもエリスの趣味じゃない、見るからに高価な調度品の数々。もちろん、お金で幸せが買えるわけではないけれど……それでも、彼にとって無駄としか思えないこの出費を生活費などに回せばもっと充実した日々になるのは間違いない。あるいは、将来のため貯蓄に回してもいい。ともあれ、繰り返しになるけど賢明な彼がこんな無駄な出費をするのは相当に不可解で。
……だけど、そもそもこれが必要不可欠な出費だとしたら? 彼にとって、生きていくため――つまりは、収入を得る上で必要不可欠な出費だとしたら? どう考えてもこの部屋に似つかわしくない――正直、悪趣味とさえ思える装飾が『お客さん』の要望だったとしたら?
そして、仕事と言って夜に出ていく件だけど……そもそも、おかしくない? 出かけた先の女性が恋人や愛人だったとしたら、ほぼ間違いなく遊びにいったということになるのだろう。そして、だとすると彼は仕事をしていないことになるのだけど……だったら、日々のお金はどこから得ている? もちろん、自ら稼がずとも十分に――例えば、親の遺産などが十分にある可能性もゼロではないのかもしれない。だけど、そんなほぼあり得ない可能性よりも――
「……ねえ、エリス。貴方は、私と同じなんだよね?」
そう、じっと瞳を見て問う。すると、顔を逸らし唇を噛むエリス。そう、彼は私と同じ――自身の体を売ることで生計を立てていた。
そう思えば、色々と腑に落ちる。夜に度々、女性の下へ出向く理由――そして、彼の趣味でもなく明らかにこの部屋にも合わない高貴な装飾の理由も。
きっと、私と会うまでは度々ここで『仕事』をしていたのだろう。でも、私が住むようになってからは極力それは避けてくれたのだろう。それでも、相手はお客さま。強い要求があれば断るわけにもいかず、それで時折――本当に時折、私に数時間部屋を出ていてほしいとお願いして……だけど――
「……ねえ、エリス。今更だけど……なんで、貴方はこんなことをしているの?」
そう、目下最たる疑問を口にする。それが、どうしても分からなかった。もちろん、たった一年一緒に暮らしたくらいで知ったようなことを言うべきじゃないかもしれない。
……それでも、どうしても疑問は強くこびり付いたまま拭えなくて。だって、彼ならいくらでも得られたはずだから。もしかすると、私のように身寄りがないのかもしれないし、むしろその可能性は大いにあると思う。だけど、それでも私と違い魅力に溢れる彼ならいくらでも真っ当な仕事を得られたはずだから。
すると、ふっと淡く微笑むエリス。それは、何処か哀愁を帯びた微笑。そして、戸惑う私にゆっくりと口を開き言葉を紡ぐ。
「……両親が、犯罪者なんだよ――それも、殺人犯」




