老舗のカウンター
変わらない味を守る喫茶に、初めての“デジタル”がやって来た。
春木悠真の挑戦が始まる。
カウンター越しの湯気が、朝の光にゆらいでいた。
「……これが、その仕組みなのね?」
川嶋千代は、慎重にタブレットを指でなぞる。
小さな音が鳴り、画面にパンとコーヒーの絵が浮かぶ。
「ええ、ボタン一つで常連さんのモーニングを予約できます」
春木は柔らかく笑った。
「便利すぎるのもねぇ、味が落ちそうで怖いわ」
「味は変えません。ただ、“段取り”を整えるだけです」
川嶋は笑いを含んだ溜息をついた。
「そんな簡単にいくと思ってるの?」
「思ってません。でも、試したいんです。
“便利”じゃなく、“余裕”を増やす仕組みを」
店の隅にいた若いスタッフ――アミナが興味深そうに画面をのぞく。
日本語がまだ拙い彼女の指先が、コーヒーの絵を押すと、軽い音が鳴った。
「……できた?」
川嶋の目が見開かれる。
春木は静かにうなずいた。
「はい。誰にでも使えるように、音と絵で伝えるようにしました」
アミナの顔に笑みが広がった。
「わかりやすい、です!」
川嶋は思わず笑ってしまう。
「……一週間だけね。うまくいかなかったら、すぐ戻すから」
春木は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。きっと、この通りを少し楽にします」
【作者より】
新しい仕組みと、古くからの習慣。
春木と川嶋、そしてアミナの物語が動き出しました。
▶ 「合意形成の壁」につづく




