"君"と"貴方" ー2ー
夏のはじまり
「......とりあえず宿題は放っておこう」
今のうちに逃げ場を無くしておこう。学校カバンに入った夏の宿題を取り出さないまま僕はリビングに麦茶を取りに行く。こうも暑いに日には氷の入ったよく冷えた麦茶が一番いいのだ。
「おかえりなさーい」
母の声。こんな僕を迎えてくれる存在がまだ残されていることがなによりも苦しかった。
「ただいまー」
僕はいつも通り答えた。とっさに、この当たり前の幸せが、すでにタイムリミットの始まっている限られた時間の中でしか存在しないことが頭によぎった。僕の悪い癖だ。理由はこのネガティヴさだけではないが、僕はそんな僕と、世界が嫌いだった。大切な人がいなくなり、冷たい社会に自分だけが取り残される未来が怖かった。だから、この夏の終わりに、僕はこの世界とおさらばするのだ。
「麦茶ありがとうね」
少年はそう言うとそそくさとリビングから立ち去り、靴を履いて外に出た。
「この夏休みで人生が終わるなら、少しは充実したものにしときたい」少年は何処に行こうか考えながらフラフラと歩いていると、どれくらい経っただろう、少し頭がクラクラしてきたらしい。時間も昼に差し掛かり日差しが強くなって来たので少年は公園へ駆け込み日陰に座った。目を瞑っていたが、人気を感じたので薄目を空けてみたが誰もいない。おやと思うと、次は耳もとで熱い吐息を感じた。
「ひょわッ」
暑すぎてこの頭、おかしくなっちまったか?!
「ふふっ、おかしくなんてないわよ。少し疲れてはいるみたいだけど」
確かに、そんな、女性の声がした。落ち着いた、しっとりとした、上品な声だった。
少年は振り返るが誰もいない。
(ゲッ、女性がいるのか?!でも誰もいねぇし......もしかして俺が作り上げた幻想か?そもそもあれ、俺の思考に対して答えてたよな......気味がワリィ、外に出るなんてやっぱりしなきゃよかった...ブツブツ)
「そんなこと言わないでよ、気味悪いなんて傷つくじゃない......これでも見た目には気を遣ってるほうなんだけど......って、あ、見えないか、私の姿」
ふふっ、残念ね私が見えなくて、と女は笑いながら言った。
(やっぱり聞こえるんだがーーー?!)
「少し静かにしてくれ!考える時間がほしい!」
そう少年が叫ぶと女の声はしなくなった。
ー思考モード突入ー
遂に俺は頭がおかしくなったのか?!熱中症か?!いや、やっぱもうダメなんじゃないのかな?!異常なほどのコミュ症、先生からの質問答えられなくてパニック、本心を言うとパニック、常にネガティヴ思考、死ぬ思いで学校に登校する毎日......落ち着け、主観的になっちゃぁダメだ。客観的に思考しろ、俺。そもそもどこにも姿がないのに女性の声がするのはなぜだ?しかもその言葉は俺の口に出していないことに、思考に答えてくる......あっ、それじゃあ俺の脳みそが無意識に作り出した幻想っていう可能性がある!それなら姿がないことにも道理が通る!女性が選ばれたのは......俺が男子校に通っているから......なのか......逆に印象が強いのか?......そういうことにしておこう!でも俺の頭の中でなくて確かに存在らしき物を感じるのはなぜだ...?うーーーーーん......まぁいいや!今は!
ー結論 謎の女性の声は俺の幻想ー っと
「いい答えじゃない、ちょっとズレてるけど、」
女は再び話し始める
「フッ俺の幻想、お前が俺の前に急に現象したことには驚いたが、所詮お前は俺が生み出したものだ、早く俺に戻って再び静かな生活を送らせてくれ。俺は五月蝿いのが嫌いなんだ。静かに過ごしたいんだ」
少年はそう言うとくるりと女の声がする方へ目を向けた
「そこ、私のドコだと思う?」
ニヤニヤした声で女が言った
「......ッ............」
過去が、よぎる。
「......」
「......ごめん、君が僕の外部に存在していることはわかるんだけど姿は見えないんだ。もし君に失礼なことをしてしまったなら謝るよ。ごめん」
少年はそう言うと頭を下げた。
「そう謝らないでよ、からかった私も悪かったわ。ごめんなさい。私は確かに君から分離しているけど姿は存在していないから安心して。まさかここまで罪悪感を感じるなんて......真面目なのね、きっと。私は好きよ、そういうトコ。でも、その真面目さは、きっと......社会では............君をーーーーー」
彼女は途中で言葉を切って、代わりに微笑みながらこう言った。
「私のことは"君"って言って。名前をつけられるのはイヤなの。だって、私は自分から、貴方から分離したわけだし、名前をつけてもらうほどの信頼関係はないもの」
少年は答えた。
「僕のことは"貴方"と言ってください。ひらがなではなく漢字を想像して言ってください。そして、君はもうわかっただろうけど、僕は一人称と共に性格も少し変わる。それをゆるしてほしい。うまくコントロールできないんだ。」




