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ひょこっ、ひょこっとアネッサはよくよく見ればぎこちない歩き方をしていた。それをクリスが支えていた。
「…………クリス様の、ケダモノ」
「うぅう……、否定は出来ないけど、釈然としない……」
「わたくし、はじめてでしたのに」
「ぼくだってそうだったよ!」
仲睦まじく寄り添って、気の置けない様子で肌を上気させつつ風呂場から出て来た二人を見て、
――シャーリーがしめやかに死んだ。
「あぁッ! シャーリーさんが死んでいます! いつものように運んでおきますね!」
いつものことではあるらしい。
その後、椅子に座り難そうにしているアネッサに、クリスの方こそ座り心地が悪かったが、伯爵家の夕食をいただいて、用意された客室で眠ろうと――すればアネッサがベッドへと潜り込んできた。
「ちょっと! 伯爵令嬢がそれでいいのッ!?」
「だってわたくし、クリス様に傷物にされてしまいましたもの。よよよ……」
「ぐぅうッ!」
それは事実だ、事実だったが釈然とはしない。
「……はぁ、分かったよ。じゃあ、一緒に寝ようか」
「ふふっ、そう来なくてはなりませんわ」
「って、どうして服を脱ごうとするのかなぁ!」
「それは当然――じゅるり」
「ちょっ、まだ君、股が痛いんじゃ……」
「そのようなものはもはや大丈夫そうですわ」
「ちょっ、待っ」
「問答無用ですわ」
「うわぁあああああ~~~~~ッ!」
次の日の朝もシャーリーは死ぬことになったに違いない。否、死んだ。
◇◇◇
スキル『真実の瞳』を宿し、その瞳で視たクリスを気に入ってその日のうちに食べてしまった超肉食系伯爵令嬢アネッサ・ラスティア。
彼女はこれまでにその瞳で視たくもないものを視続けてきた。
外では紳士ぶって、内では子供たちに虐待を繰り返していた貴族当主に、貞淑な妻を演じて裏では何人もの男を咥え込んで来た貴族夫人。バレなければ何をしても良いとばかりに、そして下々の者は自分達の玩具だとばかりに振る舞う輩もいた。
綺麗に見えていたものこそ実は裡側では汚くて、汚く見えていたものが実は綺麗であったりそのまま汚かったり。
そんな〈エルピス〉を拓いた娘を、両親はまずはこれまで通りに扱おうとしたのだとは思う。――ただ、
『ご令嬢に真実を明らかにしてもらいたい』
そう言って依頼をしてくるヒトが増えて来てからおかしくなったのだろうか。
そのおかげで随分と慣れ、諦めもしたものだったが、それによって貴族社会からラスティア伯爵は怖れられるようにもなって、そうして地位を高めるにつれて両親のアネッサを見る眼も変わってきた。娘に何かを覗き視られているのではないかと猜疑心を抱きはじめ、とうとう別邸を作ってそこに住まわされるようになった。
むろん、両親でもそうであったのだったから、政略結婚で結ばれた婚約者は輪をかけてアネッサのことを忌避した。きっと家で何か言われもしたに違いない。婚約破棄を言い渡され、その腹いせで彼の〝真実〟を暴いてやった。それが貴族社会でのアネッサの立ち位置を確立させることになったのだと思う。
そしてスキル『真実の瞳』はアンタッチャブルでありつつも、同時に不正を見つける有効な手段として各方面から彼女自身が依頼を受けるようにもなった。その分恨みも買い、今回のハイオークの襲撃はそれであったに違いなかった。
だからアネッサはもはや諦めていた。
この瞳がある限り自分は汚いものを視続け、――そして彼女自身も、政略結婚ではあると弁えてはいたものの、素敵な男性の出会いを期待していないこともなかった。が、素敵な男性に出逢えることなどあり得ないと処断し、漫然と、〝真実〟が視えるからこそ灰色にしか視えないこの世界で生きていくのだ。と、そう思っていた。
――思っていた、のに……、
ハイオークに馬車を襲撃された時、彼女アネッサはもはや死を覚悟していた。ハイオークに辱められるくらいならば自害しようとも思っていた。それが、
綺麗……。
ハイオークを屠り去って咲く一輪の白百合に、彼女は眼を奪われた。
だからこそ、そのような綺麗なものはある筈がないと、その醜い心を覗いてやろうと『真実の瞳』を使用した。
そしてアネッサは、知ることになったのであった。
「嘘……」
その白百合には立派な雄しべが生えており、そして尚且つ、その性根が澄んでいたことを。そして彼はあろうことかアネッサに一目惚れをしていた。
その後のことも正直蜜月と呼べるものだった。
彼はアネッサの大きなおっぱいが気になるものの、絶対に直視しないように努めていた。それはアネッサが見ていないと思われる時でも。
発育の良かったアネッサは、その瞳で視たくもないものを直視させられてきた。下卑た欲望を心の中で自分にぶつけてくる男達。中には女性も。そして嫉妬も。それらを目の当たりにし、妄想の中で甚振られたり犯されている自分をも眼にしてしまっていた。
そのようなモノが視える、自分自身も憎しみの対象だった。
この屋敷で仕えてくれている者たちはまだ良い。アネッサの目のことを知りながらも仕えてくれている、信用できる者たちだ。
彼女たち以外に信用出来る者などなく、況してや男になんている筈がない。……そう、思っていたのに。
はじめて心地の良い男性の視線というものを識った。
彼は年相応の男の子で、アネッサに興味津々であるにも関わらず自分自身を律していた。その上、彼はアネッサが、自分が男であることを知っているとは思ってもいないのに、同性として胸を押しつけて来る彼女にもあくまでも紳士でいようとした。男と思われていないのであれば、それにかこつけて悪戯をすることも出来た。が、彼はあくまでも真摯に紳士であり続けた。そうして表面上は平静に努めようとしていて、内心で嵐が吹き荒れていたことも、アネッサは覗いてしまっていた。そんな彼をアネッサは可愛いと思い、ぞくぞくとイケナイ愉悦にも目覚めかけた。
――嗚呼、彼のような方にはもう二度と逢えないに違いありませんわ。それならば、もう……っ。
すでに諦めていたモノを見つけてしまったアネッサは理性的なケダモノとなって彼に襲い掛かった。彼の人となりを知って――彼が本気で嫌がっていればしないつもりではいた。……たぶん。それだと言うのに彼は悦んで、その上可愛らしい声で啼いて――だが、冒険者となるために鍛えてきた彼の体力はアネッサの比ではなかった。相手の弱点を見透かせるアネッサであっても、途中から攻守逆転の上にへろへろにさせられた。だが、それもまた心地の良い感覚で――だから、夜はまだ満足してなかったからではなく、はじめて手に入った心地の良い場所で心地の良い気持ちで、彼に甘えて可愛がってもらおうと思ってベッドに潜り込んだのだ。
……とても善かった。
――嗚呼、クリス様、もはやわたくしは止まれませんわ。どうやらクリス様は女難の相をお持ちの様子。昔から……そして ふふっ、ご安心を。わたくし、言いました通り、貴族令嬢ですので、一夫多妻には理解がありますの。それで、クリス様が望まないのであれば、その時の相手は徹底的に排除いたしますわ。ですから、どうか――。
――クリス様は、そのままで。
それは祈りにも似た願い。
こうして肌を交えた後でも澄んだままの彼がそのままで居られるように。
アネッサは願い、祈り、そして――。
――わたくしのすべては貴方様のものですわ、クリス様。この躰も、心も、そして、この眼さえ……。
クリスは修行を終え、夢である冒険者となる前にアネッサに見初められて捕まえられた。これからの彼の生活は、アネッサが視抜いた通りのものになっていくに違いない。
だが、それでも。
――クリス様、お慕い申し上げておりますわ。そして、どうかその高潔なる姫騎士のままで――ふふっ、それに、姫騎士様は夜の剣もお上手でしたの。
アネッサは蕩けるような笑みを浮かべると、自分を抱いて眠るクリスにキスをして、その胸のない女のような胸板に甘えて頭を預け、心底安心しきった様子で眠りに就く。
これほどまでに穏やかに温もりを感じられたのは、もはやいつぶりのことだったかと思いつつ……。
◇◇◇
次の日の朝、クリスはアネッサから礼金を貰うと、屋敷を後にした。
そこではアネッサが名残惜しそうにし、クリスの胸に顔を埋めて抱きつけば、
――シャーリーがまた死んだ。
「また、わたくしに逢いに来てくださいませ」
「はい、もちろん」
二人は固く約束してクリスは冒険者ギルドへと足を向けたのであった。
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