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〝彼女〟がそこに現れた時、少なくない者達が視線を引きつけられた。
男達の幾人かは口笛を鳴らし、惚けた男性冒険者達に女冒険者達が嫌な顔を浮かべた。
その中を、彼女は赤いリボンの金のポニーテールを揺らして行く。スパッツの上の白のスカートが揺れていた。白銀のプレートアーマーを着用し、白銀のブーツを踏みしめ、ギルドのカウンターの受付嬢に声を掛けた。
「冒険者の新規登録は、此処で良かったでしょうか」
「は、はひ……」
慣れている筈の受付嬢でも、〝彼女〟の紫水晶の瞳に見詰められれば形無しだ。ドキドキと高鳴る胸を抑えようとするが、
「どうかされましたか、レディ。お顔が赤いようですが、大丈夫でしょうか」
ソッと額に手を当てられれば、冷たい掌の感触に卒倒しそうになる。
「少々熱いようです。別の方に代わっていただいてもらった方が――」
「いいえ! 私が受付いたします! この命に代えても!」
喰い気味に言われれば微かに面食らう。が、すぐに淡い微笑みを浮かべた。
「命は大事にしていただきたいですが……はい、それでは、よろしくお願いいたします」
「よろひくお願いひまひゅうぅ……」
凛々しく可憐な姫騎士の美貌に、湯気が上がってしまうのであった。
「それでこちらの紙に、お名前と職業、後は任意ですが、スキルやアビリティ、魔法などをご記入ください。こちらは必須ではありませんが、あらかじめ記載していただければ、パーティー斡旋や指名依頼などの際の選考材料になります」
「なるほど」
クリスティーナは名前の欄を少しだけ眺め、――もう、決めたことだから、と、決意を籠めてクリスティーナと記載した。クリスではなくクリスティーナ。これはただの冒険者登録ではないのだ、クリスが姫騎士としてやっていくと言う公式なる決意表明であった。
「これで良いでしょうか」
受付嬢に手渡せば、ぽーっとした様子でクリスの顔を眺めていた彼女はハッとした様子で受け取った。その際に指が触れて、「ひゃっ」と言ってしまったのはご愛嬌。
「で、では確認いたしますね」
頬を火照らせたまま彼女は用紙に視線を落す。
名前:クリスティーナ
職業:【姫騎士】
魔法:風
アビリティ:〈剣術〉
「こちらでお間違いなかったでしょうか」
「はい」
ニッコリと微笑めば、受付嬢は指が震えないように注意しつつ書類を認可する。
発行されたギルドカードをカウンターに置く。
「それではこの箇所に触れてください。はい、ありがとうございます。これでこのギルドカードは貴女のものとして登録されました。紛失された際は銀貨一枚の再発行料が必要となりますのでご注意ください」
「わかりました」
「それから冒険者ランクやクエストの受注などのご説明は必要ですか?」
「はい、お願いします」
「かしこまりました。冒険者ランクはFからはじまり、E、D、C、B、A、Sの順でランクが上がっていきます。クリスティーナさんはFからのスタートとなります。ランクを上げるためにはクエストを受けていただき、その成績などによって評価され、変動することとなります。
あちらのボードに今募集中のクエストが張り出されていますので、あそこから選んでいただき、こちらで受注いたします。クエストとして受けられるものは、自分のランクかその上下の三つまでの範囲となっておりますが、素材の換金はランクに構わず随時行っております。それもまたランクに関わる評価ポイントとなりますので、是非ご利用ください。
ここまでで何かご質問はありますか?」
「いいえ、丁寧なご説明、感謝いたします、レディ」
「ッ……、コホン、質問などありましたら、また遠慮なくお声掛けください。私はエルサと申します。また、是非私にお声掛けください」
――圧が強かった。
ちょっとだけ気圧されつつも、そのようなことなどおくびにも出さず、クリスは無難に頷いた。
オレンジ色の髪に可愛らしい顔立ち、年の頃は二十代前半だろうか、受付嬢の多分に漏れず、彼女も美人である。そして胸もギルドの制服を押し上げて、それなりに膨らんでいる。だが、昨晩共にしたアネッサほどの大きさではない……。
――って、ボクは何を考えているんだ。
もしも姫騎士でなければブンブンと顔を振っていただろう。
あからさまな視線をチラリとも向けることなく、クリスは姫騎士クリスティーナとして彼女に礼を言うと、ようやく念願だった冒険者となれたワクワクを噛み締める。
これからボクの冒険がはじまるのだという胸の高鳴り――ただし、それをあからさまに出してはいないのだが。それでも紫水晶の瞳はキラキラと輝き、溌剌と高揚している彼女に眼を奪われている者は少なくない。そのクリスティーナが振り向けば、
「よう、お嬢ちゃん、あんた、今冒険者登録したばっかりなんだろ。俺たちが手取り足取り教えてやるよ。なんならベッドの上でだってなァ。ぐふふふふ」
そこにはむくつけき巨漢が立っていた。
「っ、あいつら、また……」
「おっ、おい、止めとけよ、あいつら『ドッグバイト』の奴らだ。目を付けられたらことなんだから……」
「あぁん? なんか文句あんのかよ」
『ひぃっ』
竦み上がる彼らを他所に、男はクリスに舐め廻すような視線を向け、その後ろに並んだパーティーメンバーも下卑た笑みを浮かべている。
彼らは名の知れたパーティーであるのか、この場にいる冒険者たちは目を付けられないようにするか、ルーキーのお手並み拝見とばかりに観察している者達もいる。他にはあからさまに痛い目に合ってしまえと言う視線を送ってくる者達まで……。
「なんだ、ビビっちまって声が出ねぇのか? だったら声が我慢できないくらいに啼かせてやるよ、ぐひひひひ」
男はおもむろに手を伸ばし、クリスの肩を掴もうとする。
たとえ正体が男であろうとも、クリスが小柄なことは事実なのだ。まさしく大人と子供。丸太のような腕を伸ばせば、その対比に少なくない者達が固唾を呑んでいた。
が、一方のクリスと言えば、
――すごい、これが冒険者ギルドのお約束。本当にこんなのってあるんだ。うぅう、ボク、本当に冒険者になったんだなぁ。
嬉しさを噛み締めていた。
――だけど師匠は言っていたな。こういう時は舐められないようにしろって。十分に注意しないといけないけれど、今のボクにはまだ仲間もいないし、だから――。
「はじめに言っておきます。ごめんね」
「は? 何言ってんだお嬢ちゃん……えっ?」
その瞬間、誰もが目を疑った。丸太のような太腕に、華奢な細い手足。誰が見てもクリスの細腕など勝ちようがない。それを、くるん、と。彼女は鮮やかな体捌きで投げ飛ばした。彼の懐に入り込み、その体格差を活かして重心を制し、むくつけき巨漢の躰を宙に浮かべたのであった。
「おっ、おぉおおおおおッ⁉」
が、そのまま叩きつけるようなことはせず、その勢いのままに一回転。立ち位置を入れ替わるようにして彼はしゃっきりと二本の脚で立ち、クリスにその手を握られていた。
「ボクが言うのもなんだけれど、レディの扱いは気を付けた方が良いと思う。こんな風にね、お兄さん?」
ニコリと微笑めば、その微笑みは彼の胸にダイレクトアタック。
むくつけきおっさんの顔が――。
「ちょっ、なんでだよ、なんでお前はうるうるして乙女みたいな顔をしてんだよ、テメェのそんな顔は誰得なんだよ!」パーティーメンバーが怒鳴り声を上げる。
「うっ、うっせ、見んじゃね」
「その反応も止めやがれ! 気持ち悪ぃんだよ!」
「俺がどんな反応しても俺の勝手だろうが、俺のこの気持ちを馬鹿にする奴はテメェだって許さねぇぞ?」
「うっ、おおお?」
代わりにはじまったあまりにも見たくない戦い。
クリスの鮮やか過ぎる手腕にはギャラリーもポカン。
――ふぅ、なんとか舐められずに済んだかな?
舐められるどころか別種の戦慄を湧き起こしていた。
そこに二の矢がかけられた。
「ふぅん、あんた、ヤるじゃん。じゃあ、次はあたしの相手してくんね?」
そう声を掛けて来たのは、褐色の肌にショートカットの黒髪の女性であった。
大胆に肌を露出させたグラマラスでしなやかな肢体はいたる所に傷痕が走っている。剥き出しの腹筋は見事に割れ、胸はそれなりの膨らみだ。その胸をまるでビキニのような黒い布で覆い、下はパレオのような腰巻だ。
艶やかな褐色の脚がいたく扇情的。まるで凛々しく野生味の溢れる顔で獰猛に犬歯を魅せ、好戦的な茶色い瞳を真っ直ぐにクリスへと投げかける。
「おっ、おい、あれって……」
「Cランク冒険者、女傑族のカーラ……」
「あんた、あたしとガチンコやろうぜ」
拳を突き出して決闘のお誘い。
クリスのテンプレはまだはじまったばかりらしい。
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