聖女が醜くて臭いのは王子がクズだからです~隣国で善人イケメンに拾われたら美貌と良い匂いを取り戻しました~
第1話
「臭い……! 臭過ぎる……! 何とかならないのか!?」
リアン王子は鼻をつまんで、嫌悪の表情を浮かべます。
私が放った悪臭が漂っているらしいのですが、自分では分かりません。
なので香水を取り出すと、申し訳ない思いでシュッシュと振りまきました。
「やめろ……香水の匂いとお前の悪臭が混ざって吐きそうだ……オエェ……――」
「お、王子様! お召し物が汚れます!」
私は咄嗟に両手を差し出し、王子の吐瀉物を受け止めました。
するとその汚物は私の手の中に吸い込まれていきました。
私は汚いものや悪いものは何でも吸い込んでしまう体質なのです。
「くそッ……何度見ても汚いッ……! お前は本当に汚物そのものだなッ……!」
「ごめんなさい、ごめんなさい! お願い、杖でぶたないで!」
王子は堅い木の杖で、私を何度も叩きます。
左腕や肋骨など、生活に支障のない骨を折る気なのです。
そして彼は数本の骨を折ると、鏡を突き付け、いつもの台詞を吐きました。
「鏡を見ろ! お前が俺の婚約者だとは腹立たしい! 醜さを認めろ!」
「はい……おっしゃる通り、醜い汚物です……どうぞ許して下さい……」
私は鏡を見詰め、泣きながらそう言いました。
鏡の中にはどろどろとした肉の塊が映っています。
それは私――聖女ルシアナなのです。
生まれた時から私が聖女だということははっきりしていました。なぜならこの国の聖女はありとあらゆるネガティブなものを取り込み、国を守る存在だからです。ゴミや汚れ、悪意や憎悪、不運に悪運、そして悪霊……あらゆる悪いものを取り込み、醜くなった私を見つけるのは簡単だったようです。
「婚約者だから顔を見て来いと父上が言ったが……もう二度と来ないぞ!」
「王子様……! そんなことをしたら悪いものが近寄ってきますよ……!」
「うるさい! 俺に悪いものなど近寄ってくるはずない!」
「ひぃッ……!」
王子は私の顔面を蹴りつけると、部屋を出ていってしまいました。
私は顔から流れる汚物と血を拭い、ひとり泣きました。
「もう嫌……もう嫌……最低王子の尻ぬぐいはもう嫌……!」
ひとりきりになると、本音が漏れます。
王子は――本当ならもう死んでいるほど、悪霊に憑りつかれています。
他の男に色目を使ったと殺された少女、王子の子を身籠ったからと殺された女性、王子を拒んだために殺された幼女……ありとあらゆる女性が犠牲となり、悪霊となって王子を襲っているのです。しかし私はその全てを受け入れ、陰ながら王子を救ってきました。私の醜さはこの国が腐敗しているからでもありますが、そのほとんどは王子の所為なのです。
「ああ、もう遠くへ行っちゃいたい……」
私はそう独り言をいって、横になりました。
その言葉が事実になることを知らずに――
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第2話
「助けてぇ! 助けてッ! ここから出してッ!」
私は真っ黒な空間で、絶叫していました。
手足が縛られたまま袋に入れられているらしく、動けません。
寒さと地面の感触から森だと分かりますが、その事実は私を恐怖させました。
もし獣や魔物が襲ってきたら、あっという間に殺されてしまいます。
私は体をくねらせ、暴れ回りました。
「助けてぇ……助けてぇ……ぜぇ、ぜぇ……」
数時間後、ついに声の限界が訪れました。
酸欠で意識が遠退き、気を失いそうになります。
その時――
「大丈夫!? 今助けるから!」
ザクリと音がして、袋が切り裂かれました。
切れ目から見えたのは美しい顔――
それが驚きの表情を浮かべます。
「き、君は――」
「ヒッ……ごめんなさい! ぶたないで!」
私は思わず身構えました。
今まで私を初めて見た人間は大抵殴ったり蹴ったりしました。
だから彼もそうすると思ったのです。
しかし――
「ぶたないよ! 大丈夫!?」
「え……?」
彼は私を抱きかかえると、袋から出してくれました。
そしてお姫様抱っこをすると、スタスタと歩き出したのです。
「あ、あのう……私、臭くないですか……?」
「あんな袋に入れられてたんだ、臭くて当たり前だよ」
「いえ、そうではないのですが……」
「兎に角、すぐにお風呂へ入ろう」
私はそのまま森を抜け、彼の家に連れていかれることになりました。
そして約束通り、お風呂に入れてもらうことになったのです。
「あのう……私がお風呂へ入ると、お風呂場が駄目になるんですが……」
「大丈夫大丈夫。兎に角、入ってくれると嬉しいな」
「は、はい……」
言われるままお風呂場へ入るなり、私は驚きました。
香油が塗ってあるタイルは汚れをはじき、ハーブが浮かぶ湯船はとても素敵な匂いがします。私はできるだけ満遍なく体を洗い、恐る恐る湯船に浸かりました。その途端、疲れが消し飛び、枯れていた喉もよく通るようになったのです。
「凄い……このお風呂……魔法みたい……――」
あまりの気持ち良さにうっとりした私はついつい長湯をし、最後には眠ってしまいました。
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第3話
「ねぇ……ねぇ……大丈夫……?」
「う、うぅん……――」
私は優しく揺り動かされ、目を覚ましました。
横を見ると端正な顔立ちの男性が心配そうにこちらを見ています。
明るい色の髪に、同色の美しい瞳――
まるで理想の王子様のような――
あれ……? 夢でも見てるのかな……? そう思った時、全て思い出しました。
「あっ! 私、貴方に助けられて……お風呂で寝ちゃって……」
「良かった、気がついたんだね」
直後、私は自分の体に目をやりました。
どろどろの汚い肉塊を彼に見せてしまった……!
泣き出しそうな思いで、自分を責めます。
しかし――
「あれ? 体が……すっきりしてる……」
そこには真っ白な女性の肉体がありました。
出るところは出て、締まるところは締まっている美しい肉体です。
「ごめん……何時間も戻ってこないから、つい心配になって……」
「い、いえ……そんなことはいいのです……! それより鏡をくれませんか……!?」
そして彼は手鏡を持ってきてくれました。
震える手で、それを受け取り、鏡を覗くと――
「え!? 顔が違う……! 誰……!?」
そこには美しい女の人が映っていました。
痣や傷跡が痛々しく刻まれていますが、まぎれもなく美人です。
「ねえ、もしかして君って……隣国の聖女なのかな?」
「わ、私を知っているんですか!?」
「やっぱり……昨日から聖女が消えたって話題になってるよ」
「そうなんですか……やっぱり私は捨てられたんですね……」
その言葉に彼は悲しげな表情をし、そして言いました。
「もし居場所がないのなら、ここにいてくれていいんだよ?」
「ほ、本当ですか!? いいんですか!?」
「うん、僕の研究は君のためになるかもしれないしね」
「研究……?」
すると彼はお風呂に浮かんだハーブを持ち上げ、言いました。
「僕は王宮お抱えの薬師なんだ。悪しきものを払う研究をしている」
「そうなんですね……! だから私の汚れや悪いものが落ちたんだ……!」
「うん、きっと君の役に立ってみせる。さあ、そろそろ服を着てくれるかな?」
「あっ……――」
それから私は彼の家に厄介になることになりました。
彼の家はとても清潔で、塵ひとつ落ちていません。
しかも彼自身も精霊に守られ、穢れが何もないのです。
お陰で、私に汚いものも悪いものもつくことはありません。
「ありがとう……お陰で私は汚物じゃなくなりました……」
今や私は国一番の美女と呼ばれています。
彼が調合した香油やハーブは常に悪しきものを払い、寄せ付けないのです。
はっきり言って聖女の力よりも、薬師としての彼の力の方が断然上です。
「良かったね、ルシアナ。もう聖女の役目は果たさなくてもいいんだよ」
「それがちょっとだけ悔しいんです……。私はあなたの前じゃ、ただの人なんです……」
「いいんだよ、それで。今まで得られなかった普通の幸せを全部あげるよ」
そう言って彼は私に口づけてくれました。
来月には結婚し、私は薬師の仕事を手伝います。
あ、そうそう――
私が以前いた国の王子ですが、狂ってしまい処刑されたそうです。
どうやら悪霊に体を乗っ取られたようですね。
王家の血を引くものを全て殺し、暴れ回ったそうでした。
でも私にはもう関係のないこと――
私は彼との幸せな生活を大切に送るのでした。




