第6話:記憶の裂け目
深夜の街を歩きながら、俺はまだ震える手を見つめていた。
爪はすでに引っ込み、皮膚も“ほとんど”元に戻っている。
だが、身体の奥に残る熱は消えていない。
《思い出せ》
影の声が何度も蘇る。
「思い出せって……何をだよ……」
独り言が夜風に消える。
――俺は普通の人間だった。
それは間違いないはずだ。
ただの学生で、ただの日常を過ごしていた。
……はず、なのに。
頭の奥を探ると、妙な違和感に気づいた。
中学の頃の記憶、高校の頃の断片――はっきりしている。
だが、ある一点だけが曖昧だ。
「……いつだ?」
思い返そうとするが、靄がかかったように掴めない。
確かに過ごしたはずの日々が、丸ごと“削り取られて”いる。
胸がざわつく。
あの空白に――俺の“変化”の理由があるのか。
足を止め、深呼吸をする。
だが、頭の奥で再び声が響いた。
《観測中。対象の記憶、欠損を確認》
「……観測者か!」
叫ぶと、周囲の空気が揺れ、赤いノイズが走った。
再び現れる光の残像。
感情を欠いた観測者の視線が、冷たく俺を見下ろす。
《君は既に“人ではない”。空白は、その証》
「俺は人間だ!」
《否定は自由だ。だが真実は変わらない》
《――君の中に眠るのは、“影”そのものだ》
頭の奥が割れるように痛み、視界が揺れる。
思わず膝をつき、額を押さえた。
――影が俺の中に眠っている?
それはつまり……。
「俺が……影を生んだ、ってことか……?」
観測者は答えなかった。
ただ虚ろな瞳で俺を見つめ、やがて空気に溶けるように消えた。
残されたのは、さらに深まった疑念と――抉られた記憶の裂け目だけだった。