好ましきもの。色の移り変わり。~どうして「好き」をひとつと決めないといけないの?
しいなここみ様主催『フェイバリット企画 〜 あなたの好きなものを聞かせて 〜』参加作品です。
好きなものを語るエッセイ。
(正確には、『好きなものについて』というよりは『それを好きなあなたの気持ちについて』語るエッセイなのですが)
困りました。好きなもの、ひとつじゃないのですもの。
「いい歳したおばさんが、なにを言ってんだよ」と言わないで。好きなものは好きなんですもの。
わたしの短歌でもイラストでも「見たことがあるよ」という方はうなずかれると思われますが、花が好きです。
色とりどりに、様々な形に咲く花々。っていうか、嫌いな方っているのかしら。アレルギーがあるともなれば、それはうっとうしいものに映るかもしれませんが、でもそこをクリアできるのならば花の美しさと癒しを不快なものだと思う方は少数だと思います。
どれひとつ同じではない色と形。つややかな花びらの色は、生命力に溢れているでしょう。観ているだけで、こちらも生命力をもらえる気がしますもの。
でも今回語りたいのは、花ではなく、彼らを彩るカラフルな色のこと。
わたし、色が好きなのです。パワーも良きですが、より好きなのはカラーの方ね。カラーは何色が……ではなく、色全部! 何色でもそれぞれ良さや味があって、色全体が好きなのです。
よく性格判断などの質問で、ありますよね。「何色が好きですか?」って。毎度、困ってしまうのですよ。答えに。
だって、どの色も好きなのですもの。
ひとつと決められないのは優柔不断ですって!?
言わば言え、好きなものは好きなのよ。大体この世界は色が溢れているのよ、たくさんの色があるから楽しいのに、どうして一色だけを「好き」だと決めなけれいけないのよ。わたしに言わせれば、まずそこがおかしい!(※個人の意見です)
しかもこの質問の場合、大抵色味で答えなければならないのよね。色相というのだけど、赤みとか青みとかシンプルにわかりやすい12色相関図に出てくる色とか、あとは無彩色のモノトーン系が優等生の答え。
それでは中間色は、どうすればいいのか?
明度(色の明るさの度合い)とか彩度(色の鮮やかさの度合い)の問題になってくるのだけれど、ここは純色(各色相のなかで最も彩度の高い色)に要約してしまうのが最良の答えなのでしょう。ちなみに先に出した12色相関の色は、すべて純色で構成されています。質問者側としたら、この有彩色と、モノトーンと云われる無彩色の中に収めろということらしい。
占いの答えが、だいたいこの範囲内だから。
例えば、水色が好きだとしましょう。水色というのは青の純色に白が混ざった色(明清色)となります。紺色だと純色に黒だけが混ざった色(暗清色)となり、ブルーグレーだとしたら純色に灰色が混ざった色(濁色)となりますが、ここを青とひとまとめに呼ばれてしまうのがなんだか悔しい。
こんなに色が持つ表情は違うのに、ひとからげに「青」でいいのかよ? とわたしは問いたい。(「類似色」といいます)
中間色は、雰囲気が命!(※個人の意見です)
色彩から生まれる微妙な差異が美しいのだというのに、そこ無視しろっていうのかい(注:質問者はそんなこと言っていません)。
このわずかな匙加減が色の美しさを生かすのだろうと思っているのに。
なのに、なぜに答えをひとつに決めなければいけないのでしょうか?
加純さんは文具店の画材売り場で、絵の具や色鉛筆・コピックなどが色別に棚にきれいに並べられているのを見ているだけで、ご飯3杯は行けそうな気がします。(←実際にはそんなに食べられないけれど)
類似色で織りなされた美しいグラデーションを観ているだけで、幸せな気分になりませんか。
木箱に入った高級色鉛筆のグラデ(ドイツ製の120色セットだった!)があまりにも美しくてショーウィンドウから離れられなくなったこと、あります。モノクロマンガに脳内で勝手に彩色してフルカラー化、とかしませんか。
色々……という言葉があるように、たくさんの色を楽しみたいのです。
なんて考えて迷い始めるとひとつに決められなくなってしまうし、そのうち単なる優柔不断なヤツと処理されてしまうのね。
好きがいっぱいって、いけないことなのかなぁ。
さらにここで色ってひとつの要素からできている訳ではなく……とか余計な講釈始めると、単なる理屈っぽいヤツになるから、類似色は純色に統一して質問者に返答するのが大人のたしなみというものなのでしょう。
でもさ。その時の体調とか気分によっても、好きな……というより好ましく感じる色って、変わってきませんか?
もひとつ嫌なのは、選んだ色で人格を決めつけられちゃったりすること。「あなたはこの色が好きなのだから、こういう性格よね」とか。
この手の質問はその時の気分で答えるようにしているのですが、学生時代の友人はそれが気に入らなかったらしく、その都度答えが変わるわたしは「不誠実だ!」と怒られたことがありまして。
嗜好がころころ変わるのはおかしい、なのだそうです。
でも好きを好きと云えないのなら「変人でもいいや」とも思えてしまうのですよね。
大人の付き合いは気遣いが大事!
しかしフェイバリットの意味は、「複数ある最も好きなものの中のひとつ」なのだから、これと決められないわたしが悪いのか……。
好ましきもの。
色の移り変わり。
淡きに、濃きに。
移り行くさまは、水が波紋を広げるように、静かで無限。そして繊細。
緩やかに、優しく、表情を変えていく。
混濁を押し流していくように、柔らかくささやく。
しかしながら、時に多弁であり、かつ雄大な顔も見せる。
ダイナミックにうねり、ドキリと胸を躍らせる。
怒涛と押し寄せ、凝り固まった澱を洗い流してくれる。
その時、その場で、感じ方も捉え方も変わるけれど、
わたしを魅了し続けるもの、織りなす色の表情。
これでどうよ?
ご来訪、ありがとうございます。
最期は「枕草子」風に押し切りました。女性エッセイストの祖、清少納言先生のように、好きなものは好きだと言い切るのが大事ですよね。
だって、マイ・フェイバリットなのですもの。




