一ノ瀬祐悟、倒れるの巻
気まぐれな、運命
「兄貴……?」
猪狩は確信した。一ノ瀬が兄、猪狩剛に憑っている事に。
「おばあ、兄貴から離れて───」
猪狩は多喜にそう促す。多喜は状況に戸惑っている。
「あら、気づかれちゃった?」
剛の声が消え、一ノ瀬の声に変化した。
「兄貴はどこに!」
猪狩は叫んだ。もしや一ノ瀬が……そうも思った。
「剛くんは死んだ。去年に」
あの時に死んでいた……一ノ瀬から拳銃で打たれた時に……。
「お前が……兄貴を殺し……!」
「その通り。菜々風も、君のお兄ちゃんも、鹿野も、皆〜んな、僕が殺した」
猪狩は、込み上げる怒りで手が震えている。
「お前……、一体何なんだ……!?」
猪狩は震えながらそう言った。
「よくぞ聞いた猪狩くん! 僕は普通の人間。忽然と人を操ったり、心が読めたり、人を別の時間軸に移す事が出来るようになった」
(忽然と、出来る様に……?)
「唯、この力を保つために契約がいる。
『他人には決して知られてはならない』
だから君達を殺す」
(君達……だと…!?)
「その通り! ほらこっちこっち!」
正面にいた一ノ瀬の声が別の方向からした。多喜の首元にナイフを突き立てている。
「何の真似……!?」
「…………! 剛、ちゃん?」
多喜の驚いた声と共に、首元から少し血が流れている。猪狩は我を忘れて一ノ瀬に殴りかかる。
「ちょっと待った猪狩くん。話を聞いてよ」
一ノ瀬だけが平然と話す。
「いいから早く離しやがれ!」
「だから〜、条件を呑んだら放すってば」
一ノ瀬は落ち着いて話し始めた。
「今からこの子の記憶を消す。でも君を殺す。いいかい? これが呑めなきゃダメだ」
意味がわからない。何故両方殺さないのか、両方記憶を消さないのか、猪狩には理解が及ばなかった。
「君に言いたいことが……」
一ノ瀬が何か言いかけた、その時。
パァァン! パァァン!!
猪狩の後ろから2発の銃声が鳴り響いた。
倒れていたのは何と、一ノ瀬だった。
「……!?」
猪狩は後ろを振り返る。誰かが立っている。みると、背丈が高く、4、50歳の男が銃を構えている。
「一ノ瀬は力に溺れた、か。シナリオ通り」
男は静かにそう言うと、一瞬の内に一ノ瀬の方に移動した。
「キヤァァ!」
多喜は恐怖で震え、声を高げた。その時だ。
パァァァン!!
またもや発砲音が部屋に鳴り響いた。猪狩は心臓が震えるのが分かった。ふと横を見る……。
「……おばぁ!!」
多喜が頭から血を流して倒れている。猪狩は急いで駆け寄るも、心臓は未だ動いている。
「テメェェェ!!」
猪狩は怒りの余り大声で叫んだ。
「ダマれ!」
男はそう言うと一ノ瀬の死体に触れた。
次の瞬間、一ノ瀬の体は跡形も無くなり消え去っていった。
猪狩は再び恐怖に陥った。
(何か……変だ)
本能のまま、猪狩は部屋から逃げ出そうとした。男が猪狩の方へと近づいて来る。
(何でだよ! 何で襖開かねぇんだ!?)
どうしても襖が開かない。男が猪狩に追いついた。
「やあ、佐野くん…。我々は君をずっと探していたのだよ。38年間…。 ずっと…」
(何言ってんだコイツ!?)
男は表情一つ変えずに話し始め、猪狩の肩に優しく触れた。
この男、羽戸山外一郎は、猪狩を探し続けていた。38年間ずっと。
───38年前
猪狩弘40歳(今は38歳)、1985年6月15日生まれ。独身で現在一人暮らし。両親は彼が子供の頃に亡くなってしまった。
そんな彼はつい最近まで仕事も無く、堕落し切った生活を送っていて、借金まみれの人生を何となく楽しんでいた。
そんな彼はつい4日前(2年4日前)に一ノ瀬優吾と遭遇し、その後記憶を消されたのにも関わらずその翌日にも記憶を取り戻したのだ。
彼はまだ、これから何が起こるかを知らない。これも何かの運命なのかも知れない……。
────僕はずっとそう思っているんだ……。
おかげさまでpv150超えました!
これからも応援よろしくお願いします。
では、また次回会いましょう!