別れの巻
真影は、神の遺影物
あの日……あの時……零細が猪狩にエンブレムを見せた、あの時の事だ……。
ー約1日前……
猪狩の住んでいるアパートのエレベーターホール、あの巨大地震が起こるその直前のこと……。
「コイツが俺達を守ってくれるんだ」
そう言って零細が猪狩に見せたのはあのエンブレム……そう、富士谷の血液が入ったあのエンブレムだったのだ!
零細が猪狩に向かってエンブレムを見せたその時、刻まれた文字が白く光り始めた。同刻、富士谷にも異変が起きていた。
「…………」
「……どうかしましたか? 富士谷さん?」
いつもの様に裁判所で会議中の富士谷とメル。富士谷は自分の能力が体から消えていく事に気がついていた。
「……いや、何でもない」
静かな声でそう言うと、富士谷は会議室内から一人出て行って誰かに電話をかけた。
「もしもし……零細か?」
「……え? あ、富士谷さん」
電話の先は零細。富士谷は任務がうまく行ったかどうかを確認しようとしていた。
「うまく……いったんだな?」
「……本当に貴方はこれで良かったんですか? 能力を失った人間は確実に何らかの理由で一日以内に死ぬ運命に置かれる……!」
零細は動揺していた。真影保持者に昔から教えられて来た言い伝えがある。
ー真影を失った人間は何らかの理由で24時間以内に死ぬ運命に置かれるー
富士谷の真影を猪狩に真影を与えると言う事は、間接的に富士谷を殺したことも同様……と言うわけだ。
「予言にもあっただろう……これが私の運命。もう私は受け入れている……後悔はない」
「でも……!」
その直後だ。二人の足元で地響きが聞こえた。そう、あの巨大地震が来たのだ。
(何だ……? 何か妙だ。 何故このタイミングで……)
「不思議だ……神様が怒ったな」
「…………?」
「それじゃ、零細。また後で逢おう」
何を察したのか、富士谷は最後にそう言うと電話を切って再び会議室に戻って行った。
これが富士谷と零細が話した最後の会話……最後の時であった事は言うまでもない。
ー9:10
「……元の時間軸?」
何の話をしているのやら、ことの顛末を知らないエネは全く会話についていけなかった。
「……つまり、お前が死……時を戻す前の時間軸って訳か?」
何も知らないエネに、唐突に富士谷の詩を明かすことは出来ない。猪狩は咄嗟に言葉を変えて富士谷にそう尋ねた。
「そうだな……俺が戻す前だ。でも時間の埋め合わせは必要……だからお前達が俺に触れてから一時間後、この世界に戻って来た」
猪狩達が一度消えて再び現れたのはそのせいだ。
ーしかし、おかしいとは思わないか……? 何故それなら"時を戻した後"の世界に猪狩達は戻って来ているのか……
……猪狩達はまだ知らない。
(……時を戻す前のことを知ってる? って事はここにいるコイツは自分が死んでいることを知らない……?)
「ああ……今初めて知った」
「……誰と話してるんですか?」
(……! 心読めるのか!)
猪狩の心の声に反応した富士谷に、メルとエネは不思議に思い、猪狩はあの一ノ瀬の時の恐怖を覚えた。
「私は……死んだのか。いや、そうでなければここにはいない筈だもんな……」
「え? どういうこと……嘘でしょ!」
猪狩が隠したにも関わらず、富士谷から唐突に打ち明けられた富士谷の死に、エネは激しく動揺した。
「……ごめんな、エネ。やっぱり約束は守れなかった」
「何言ってるの? ……嘘だよね?」
「嘘じゃない。隠して悪かった」
エネが富士谷に何かしらの思い入れがある事に勘付いていた猪狩は、この光景に耐えられず咄嗟にエネに謝った。
「……でも! 何でここにいるの? 本当は生きてるんでしょ!」
エネがそう言って富士谷に近づくと不思議な現象が起こった。
「…………っ!」
富士谷の肩に触ったはずのエネの手が消えたのだ。流石の猪狩もこれには驚いた。
「……私の体はもう、ここにはいない様だ。自分でもいつ死んだかわからないが……また会えるさ……きっと」
富士谷の体がだんだん薄れていく……やはりもう、富士谷は戻ってこない様だ。そう悟った猪狩は最後に富士谷に語りかけた。
「……俺の真影、あんたのだろ……? いつあんたから貰ったかは知らねぇけど、お前まさか……そのせいで死んだりしてねぇだろうな?」
猪狩は気がついていた。最初に時が戻った時、若干だが自分の内なるナニカがその時に爆発したこと……それが真影というものだ、という事に……。
「勘がいいな……参ったよ。私は自分がどうやって死んだのか分からない……だから何も言えない。でも君に私の真影を渡したのは本当だ」
「……どうして? 何で俺なんだよ?」
「君には……真影が芽生えない。そう予言が言っているんだ。だから君に私の真影を渡した」
(真影が芽生えない……?)
「私にも分からない……でも私の予言がそう言っているんだ」
私の予言……その時、一度も口を開かなかったメルがようやく声を上げた。
「では……やはり貴方は預言者だった!」
「ご名答、私は預言者……つまりは神に選ばれた運命の子なんだ。でも私は真影を失い死ぬ運命に至ってしまった……。神に合わせる顔がない……」
(それってやっぱり、死んだのは俺のせいってことじゃねぇかよ……!)
富士谷が死んだのは俺のせい……猪狩はそんな自責の念に駆られていた。
「いや! 何で? 何でいなくなっちゃうの?」
富士谷が死んだと言う事実が受け入れられないエネは必死に叫び続けている。
「そうだな……ごめんな。約束守れなくて」
(約束……?)
そんな話をしている内に富士谷の体は益々薄れていく。そんな時、病室の扉から誰かが入って来た。
「……はぁ……やっぱりいた! 富士谷さん」
その手に見えるのはエンブレム……刻まれた"AF"の文字が黒く輝いたエンブレム、そう零細だ。
「……待っていたよ。零細君」
富士谷の言葉を遮って零細は涙しながら話し始めた。
「やっぱりダメだ! 貴方は死んではいけない!」
「ごめんな……辛い思いをさせてしまった……ありがとう。これで全部うまくいく」
(うまくいく……何の話を……?)
「だけど……! こんな死に方嫌ですよ……誰も知らずに死ぬなんて、そんなの……」
「いいんだ……これが私だ。猪狩弘に全て託して死ぬ。私はずっと前からそう決めていた。それに……分からないものだ。それぞれの想いに影響されて、真影の能力が変わってくるとは……」
言葉通り、時空消滅は本来元の世界に戻る能力。
元の時間軸ではなく能力発動後……つまり、富士谷が死んだ後の世界に導いた理由は……
「……真影を放棄する……つまり、神を殺すと24時間以内に死ぬ運命に値する。運命には逆らえないと言うわけか……」
「……!」
「……やっぱりそれって!」
しかし、富士谷の体はほぼ完全に消えかかっており、猪狩の声は届かずその答えは返ってこなかった。
最後の力を振り絞って富士谷は語りかけた。
「もう……終わりみたい……だな。メル……」
「…………!」
「…………楽しかったな」
「……?」
「…………私がいなくなったら……後を頼む」
「…………」
静かにメルは頷いた。富士谷の体は完全に消えかかろうとしている。
「色々あったなぁ…………なんかさ」
姿が見えなくなった。ただ不思議なことに、声だけは鮮明に聞こえてくる。
「………まぁ、後で思い出しておいてくれ」
「…………! もちろん!」
メルの言葉が聞こえたのか、富士谷は嬉しげにこう答えたのであった。
「みんな…………ありがとう」
1話3500文字は新記録。富士谷回はやはり難しい……
これ書いた後だからあんま喋りたくない。
……それではまた次回お会いしましょう




