模範的な子供
小学生といえば、まだまだ子供。
毎日、学校に通い、放課後にはみんなで遊ぶもの。
そんな子供達の輪の中に、ある子供がいた。
その子も、よくいる標準的な小学生の一人だった。
両親や学校の先生の言うことには素直に従い、真面目で、
学校の勉強も、友達との遊びも、どちらも平均的にこなす。
だが、そんな標準的で何の問題もない子供でも、
毎日、大人から口うるさく言われることがあった。
ある日、学校の教室で、先生が口を尖らせて言った。
「いいですか、みなさん。
子供を狙う大人はたくさんいます。
子供を大切にしない大人には、決して近付いてはいけませんよ。」
その子は真面目で素直だから、先生の言うことには素直に従った。
町を歩いていても、子供に道を譲らない大人には近付かないようにした。
そうして先生の言うことに従っていても、大人達は黙ることはない。
またある日、今度は両親がその子に言った。
「いいかい。
怪しい大人には気を付けるんだよ。」
だからその子は、外見が怪しいと感じた大人には近付かなかった。
それでもやはり、大人の口出しは続く。
学校の先生が、両親が、代わる代わるその子に言う。
「いいか。
乱暴なことをする大人や、乱暴な言葉を使う大人には、
決して近付いてはいけないよ。」
「怠けたり、他人の物を盗むような大人には、
決してならないようにしなさい。」
「知らない大人が話しかけてきても、話をしてはいけないよ。」
「ジロジロ見てくる大人がいたら気を付けなさい。」
真面目で素直な子供に対して、大人の要求は際限がない。
しかし、その子は、大人の言うことには素直に従った。
「はい、わかりました。」
大人から何を何度言われても、その子はそう応じていた。
その子は、大人達からの要求に従い、毎日を慎重に過ごしていた。
朝は早起き、昼過ぎまでは学校で勉強し、夕方までは友達と遊ぶ。
その間、いかなる時も、周囲の大人達の行動には目を光らせていた。
少しでも不審だと思われる大人がいれば、すぐに逃げ出した。
他人の物を盗む人は例外として、
子供を大事にしない人、外見が怪しい人、乱暴な人、
怠けているように見える人、話しかけてくる人、こちらを見る人、
そんな人達は表を歩いていればいくらでもいる。
決して珍しい存在ではない。
だからその子は、学校の先生や両親の教えを守るために、
周囲の大人達の様子から目を離すことができなかった。
一瞬たりとも、一人たりとも、不審な大人を見逃してはならない。
もしも見逃してしまえば、何をされるかわからない。
よしんば無事だったとしても、
不真面目だと学校の先生や両親から叱られてしまうから。
元より真面目なその子は、大人達からの積もり積もった要求でがんじがらめ、
他の子供達が気にせず楽しく遊んでいる中で、
一人だけ無表情で目だけを落ち着き無く動かしていた。
そうして大人の要求に従う日々を送っていた、ある日のこと。
その日、その子は塾の帰りで、夕方の道を一人で歩いていた。
すると、公園の裏の森に入っていく、一人の子供の姿を見かけた。
その子供は全身を覆う服を着ていて、いかにも挙動不審だった。
公園の裏の森は、人里近くあるにしては深く、大人でも滅多に入らない。
そんな場所に子供が一人で入っていくなんて、一体何のためだろう。
その子は俄然、興味をそそられた。
後を付けて行って、何をするのか調べてみたい。
すると、その時。
その子の行動を縛るように、大人達の教えが頭の中に浮かんだ。
「怪しい大人に付いて行ってはいけない。」
自分の口から出た他人の言葉に、その子は躊躇した。
目の前の人物は明らかに怪しい、不審者。
「・・・でも。」
と、その子は反論した。
「でも、あの子は大人じゃないから、あぶなくないよね。
学校の先生も、パパもママも、大人には注意しなさいって言ってたけど、
子供はあぶないとは言ってなかったもの。
それなら、付いて行ってもいいかな。」
子供の好奇心を言葉で止めるのは難しい。
その子は大人達の教えの言葉の穴を突いて、
怪しい子供の後に続くべく、森へと入っていった。
深い森の木々のすぐ先には、人が歩く気配がしていた。
森の中に入っていく子供に付いて行くと、やがて周囲に霧が立ち込めてきた。
森の木々も深く、視界が限られていく中、
その子は前を進んでいるであろう子供の気配を追い続けた。
このまま付いて行ってもいいものか。
その子が考え始めた時、進む先の木々が薄くなってなくなった。
どうやらそこは森の中にできた原っぱのようだった。
その原っぱには、たくさんの子供達が集まって、楽しげに遊んでいた。
しかしそれはただの子供の遊び場ではなかった。
その子供達の誰もが、まともではない外見をしていたから。
口から牙を生やした子供、背中に翼を生やした子供、
おしりに尻尾を生やした子供、首を長く伸ばした子供、
およそ人間とは思えない、化け物の子供達がそこにいた。
「あれは人間じゃない、化け物!?」
その子は驚いて声を上げてしまった。
するとその声に、キャッキャと声を上げていた化け物の子供達は、
話すのを止め、サーッと一斉にその子の方を見た。
色とりどりの数々の異形の目がこちらを覗いている。
でもその子は、悲鳴を上げて逃げたりはしなかった。
恐怖よりも好奇心。
森に集まっている子供達が何者なのか、知りたい欲求の方が勝っていた。
恐る恐る、口を開いてみる。
「・・・ねえねえ、君達はどこの子?人間じゃないよね!?」
目を輝かせてそう尋ねるその子に、驚いたのは化け物の子供達の方だった。
「君は、僕達が怖くないのかい?」
「君、どこから来たの?」
そうして子供達は語らい、すぐに意気投合した。
子供達が遊ぶのに人間か化け物かは関係ない。
言葉が通じれば儲けもの。
ただそこに一緒にいるだけで、子供達は楽しく遊ぶことができる。
そうしてその子は、森の奥の秘密の場所で、化け物の子供達と遊んだ。
ついつい楽しくて長居をしてしまって、
その日は帰るのが遅くなって、両親に叱られてしまった。
「こんなに遅くまで、どこで何をしていたの!」
しかしその子は、森で化け物の子供達と遊んでいたことは言わなかった。
大人達からの要求には従っているはずだが、
言わない方がいいことだと、子供ながらに理解していたから。
「・・・ごめんなさい。」
ただ一言、そう言うだけだった。
それでも、普段が真面目で素直なその子のことを、両親は追求しなかった。
小さな子供が塾の帰りに道草を食ったのだろう。
子供には口うるさく注意する大人達が、いざ非日常を目にしても、
ちょっとした子供のいたずら、その程度にしか受け取っていなかった。
結果、積み重ねた信用に、その子は救われることになった。
そうして、その子は、森の奥の化け物の子供達のことを、
大人達には決して伝えず、黙ったままでいた。
かといって、森に近付かなくなったわけではない。
大人達には秘密にしたままで、その子は森の奥にしばしば通った。
そこでは、いつも、化け物の子供達が待ってくれていた。
「よく来たね。」
「今日も一緒に遊ぼうよ!」
そこには大人などいない、子供達だけの空間。
その子は、化け物の子供達と一緒に、楽しそうに遊んでいた。
大人達は知らない。
まさか自分が子供達に言い聞かせた話に穴があったことに。
その穴を突いて、子供達が大人の手を離れていくなんて。
化け物の子供達に混じって遊ぶその子の頭に、小さな角が生えていることに。
口に、小さな牙が生えていることに。
何も知らず、真面目で素直なその子に、今日も大人達は言う。
「怪しい大人には気を付けなさい。」
しかし森の奥には大人などいない。
化け物の子供達が大勢いるだけ。
大人の言葉は、その子が森の奥で化け物の子供達と遊ぶことを止められない。
言葉など、いくらでも受け取り方はあるし、強制することはできないのだから。
今日もその子は大人達の教えに従い、しかし、
大人達が知らない何かへと、確実に変貌していっていた。
終わり。
子供と大人をテーマにした話を書こうと思いました。
子供は大人の指示にはよく従うように見えて、
実は大人の指示を逆に利用する場合もあります。
大人に指示されていないことが免罪符となってしまうなら、
子供には何を伝えておけばいいものか、迷ってしまいます。
作中の子供は、大人達の指示が、
怪しい大人だけについて語られていたものだけだったために、
見るからに怪しい子供の後に付いて行ってしまい、
結果として影響を受けていくようになりました。
大人が子供の成長をコントロールするなんて無理かもしれない。
そんな結論が見えてきてしまいました。
お読み頂きありがとうございました。




