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第七話 ヒロインは暴れまわる

「できない」


 冷たく言い放たれたミアンナの言葉にローゼリテは絶望を覚えた。

 ミアンナは民の言葉に耳を貸そうとしなかったのだ。

 一瞬ミアンナが考え、悩んでいる姿を見て、もしかしたらと思っただけに落胆は大きかった。


「ミアンナ・・・・」

「アンタの言葉なんか、信用できない。どうせ民の言葉なんてのも嘘でしょう?」

「嘘じゃないわ。お願い、どうか酒場に行って聞いて!皆の声を聞いて!」

「くだらない。もういいわ。ロレーヌ、こいつらを追い出して」

「ミアンナ!」

「いい加減に立ち去って。どうか二度と私の前に姿を現さないで」

「ミアンナ・・・!」


 ミアンナが片手を横に薙ぎ払うように振った。


「帰れ、去れ!!二度と来るな!!」

「ミアンナ様!!」


 いきなり部屋に入ってきた家臣が声を上げた。同時に喚声が聞こえてきた。


「今話し中よ、騒々しい!」

「め、盟主様が・・・いや、盟主様だけではありません!近隣の貴族が一斉に攻め込んでまいりました!!」

「!?」

「四方に設けていた関所は突破され、すでに城下まで敵が押し寄せております!城門を閉じましたが、あちこちで敵兵による民への虐殺が!!」

「民を見殺しにしたの!?」


 ローゼリテが叫んだ。


「そ、それどころか一部の民が攻め込んできた軍に呼応して裏切りを!!」

「裏切り・・・!でも、まだ城外には民がいるのではなくて!?」

「い、いえ、いや、我々としては城主様の身の安全が第一で」

「なんて情けない・・・・これが貴女の教えなの?」


 ミアンナは黙って首から下げていたペンダントをいじっていた。


「ミアンナ!お願い!民を救って!」

「・・・・・・」

「争っている場合じゃないことはわかるでしょう?お願い!!」

「・・・・・・」

「ミアンナ!・・・・貴女がやらないなら私がやるわ」


 ローゼリテは駆け出した。自分の祭文を見せれば、ファウスト伯爵の娘だということは家臣たちもわかる。

 ミアンナに代わって家臣を動かし、民の避難の指揮を執るつもりだった。


「待って、ローゼリテ」


 ローゼリテは振り向いた。ミアンナがよろめきながら近づいてきた。


「ロレーヌ」

「はい」

「お二方を連れ出して安全な場所へ。そして民をできる限り安全な場所に逃がしてあげて」


 ロレーヌは黙って一礼した。


「ミアンナ、貴女は?」

「・・・もう手遅れよ」

「え?」

「さようなら、ローゼリテ。悔しいけれど、私の負けのようね。どうして貴女が勝ち残って私が負けるのか・・・・悔しくてしょうがないわ。それとも・・・・」


 ミアンナは吐息を吐いた。


「あそこで私が子供じみて意固地にならなければ・・・・よかったのかな」

「ミアンナ?」

「奴らの狙いは私。なら私がここに残っていればいい。何も言わないで」


 何か言おうとしたローゼリテをミアンナは制した。


「何も策がないわけじゃないわ。これでも領地を発展させた手腕はあるのだし。私に任せなさい」

「・・・・・・」

「心配しなくとも、死にはしないわ。貴女には言いたいことがたくさんある。さっきの一発じゃお互いぶつけ合いが足りないでしょう?」

「・・・・ええ」

「ならお互い生き残って続きをやりましょうか。さぁロレーヌはやく!」


 ギィとロレーヌがローゼリテを引きずるようにして部屋を出ていく。

 3人が出て行ったあと、喚声と喧騒が近づいてくる中、ミアンナはペンダントをいじっていた。


(哀れなものね。自らの民にさえ見捨てられ、裏切られるなんて。滑稽だわ。ククク・・・・)


 どこからともなく笑い声が聞こえてきた。幻聴かと思いミアンナは眉をひそめた。

 部屋の扉がけ破られ、血走った眼をした兵隊たちがなだれ込んできた。


「お前、ファウスト伯爵家の娘か」

「降伏しろ」

「待て・・・・一人だ。他に誰もいない。これはいい慰み物になるぜ」


 とたんに兵たちたちが下卑た眼になった。ミアンナはしらける思いでそれを見た。


「あぁ・・・慰み物ね。無抵抗な者に対する卑劣で下品な行い・・・・。私も民を顧みなかったけれど、その報いが来たのかしら」

「おい」

「残念ながら、これを使うときが来るとは思わなかったわ」

「何を言っている?」


 ミアンナは素早くペンダントの結晶を強く握りしめた。

 場内をひた走るローゼリテの耳に怪物の咆哮が聞こえた。


「あれは!?」

「あぁ・・・・・ああなっちまったら手に負えねえな」

「ギィさん?」

「ローゼリテ様、今は走ることだけを考えてください」


 ロレーヌがローゼリテの手をつかんで走っている。ギィは油断なく周りを見回しながらしんがりを務めている。

 ロレーヌ、ギィ、ローゼリテは人々とすれ違うたびに、城の外に避難するように、それを皆に伝えるように伝言していった。

 3人が城の1階の裏手口までたどり着いたとき、凄まじい咆哮と絶叫が聞こえた。


「あの音は何?」


 ローゼリテの問いかけに二人は顔を見合わせた。


「主は果たすべき役割を果たそうと残られました」

 

 かすかにロレーヌの声が震えていた。ロレーヌの足が止まる。


「ギィさんとやら。あとはお任せします。ここまでくれば大丈夫でしょう。おそらく残っている人々には避難のメッセージは伝えられたと思いますし」

「お前行くのか?」


 エルフが背を向けたままうなずいた。


「主を置いていくのは寝覚めが悪いので」

「だったら私も――」


 ローゼリテの言葉は届かなかった。ロレーヌの姿はもう曲がり角を曲がって見えなくなっていた。

 続こうとしたローゼリテの腕をギィがつかんだ。


「いいかお前。ミアンナの願いを無駄にするな」


 ギィの言葉にローゼリテの腕から力が抜けた。「ククク・・・・滑稽極まりないわ」


 城の尖塔の上に立ち、微笑を浮かべて下をみやるシャロンは微笑を浮かべていた。

 咆哮がとどろき、城のいたるところで白煙が立ち上り、怒号と悲鳴の大音響が響き渡る。


「自らの力に溺れ、その結果無用な戦乱を呼び込み、民を殺し、自分を殺す・・・なんと無様で滑稽なのかしら」

「助けてくれ!!」

「怪物だ!!」

「こんな化け物がいたなんて聞いてねえぞ!!」

「死ぬ、死んでしまう・・・・ギャアアアッ!!」


 シャロンはふっと尖塔から飛び降りると姿を消し、次の瞬間、城の中庭に姿を現した。


「理性を失い、異形の姿になった転生者は、道化師よりも滑稽だわ」


 シャロンの目の前に、エメラルド色の鉱物の結晶でできた長い手足、赤色の光る眼、巨大な頭の巨大な化け物が荒れ狂っていた。

 血に染まった鉱物の牙がぬらぬらと口を開け、波動を伴った咆哮が響き渡る。


「悲しいのね、苦しいのね、なんと哀れで無様な姿なのかしら」

「その方は民を守ろうと自ら姿を変えられたのです」


 シャロンが声のほうを見ると、緑色の髪、緑色の眼のエルフが近づいてくるのが見えた。


「決意したのはいいけれど、いささか遅かったわね。逃げ遅れた民は皆殺し・・・・。結果敵兵を血祭りにあげただけ。随分と無駄なことをしたものだわ」

「領主の矜持というものでしょう」

「愚かな者の矜持など、有害無益なものでしかないわ」

「でしょうね」


 エルフが弓を構えたのを見て、シャロンは微笑した。暴れまわり、片っ端から城を壊す化け物とを見比べながら。


「主への義理立てかしら?」

「仮にも雇い主ですので。此度の騒動の原因、私の直感が告げています。裏で糸を引いていたのは貴女だと」

「分相応に過ごしていればよかったものを・・・・あの転生者がしゃしゃりでなければ、私は動かなかったのよ。そこまで主に忠義立てするのであれば、主に正面切って意見をすべきだったわね」

「・・・・・・・・」

「あぁ、だからなのね。いらぬおせっかいだけれど、無謀は勇気とは別物よ」

「ええ」


 エルフが弓から魔法を込めた矢を放った。

 瞬き一つしないうちに、エルフの姿をした焦げ跡が城の壁についていた。


「さてと」


 シャロンは怪物に向き直った。怪物は一瞬動きを止めたが、前にも勝る咆哮をあげ襲い掛かってきた。


「哀れな家来の敵討ちというわけね。心はまだ失っていないとでも言うのかしら」


 シャロンが指を鳴らす。怪物の左足が切断された。


「一つ言っておくわ。噂を流し、皆を疑心暗鬼にさせ、盟主をたきつけ、民を虐殺させたのはこの私。ローゼリテの記憶を解除し、差し向けたのもこの私。ローゼリテを追い落とすためにかつて使役した人間に手をかまれる気持ち、どうかしら?」


 シャロンが指を鳴らすたびに、怪物の体が切り裂かれ、バラバラになっていく。

 怪物は地面に倒れたが、咆哮をあげるのをやめない。


「ククク・・・・・アハハハハ!!!なんと無様な光景かしら。本当に滑稽だわ。分相応に過ごしていればこんなことにならなかったのに。アハハハハ!!アハハハハ!!アハハハハ!!!」


 狂気の笑いが城の残骸を包む。生き残った人々は戦慄した。

 ある者はすすり泣きながらうずくまり、ある者は狂気の笑いを浮かべて発狂した叫び声をあげ、ある者は魂が抜けたかのように座り込んで動かなくなった。


「恨むなら己の浅はかさを、強欲を恨みなさいな」


 上空に飛び上がったシャロンが指先にまがまがしい赤いオーラを集める。

 この瞬間がシャロンには最も楽しい時だった。

 抵抗することも叫ぶこともできず、ただ茫然と見つめる人間を見るとき。

 天を仰いで乾いた絶望の声しか出せない人間を見るとき。

 恐怖におののき、地面に後ずさり、発狂する人間を見るとき。

 そして、自らが手を下す原因が、たった一人の人間の身勝手な愚かな行為によるものであるとき。


 ククク・・・・とシャロンは嗤う。

 楽しい。なんと滑稽なのだろう。


「これ以上ない愚かな滑稽な喜劇を特等席で見させてもらったわ。あぁ、私は観劇代の支払いをしなくてはね。さようなら転生者」


 微笑とともに赤い閃光を放つ。

 軽々と、大地をうがち、収縮させた閃光は一気に奔流となって周りを破壊しつくし始めた。

 城下町が、農地が、丘が、山が、空が、次々と消し飛び、人間も動物も植物も、原子のチリに還元させていく。


「ギィさん――!!」

「こいつは――!!」

「あぁ・・・私に、もっと力があれば・・・・!!!」


 かすかな絶望の声もろとも赤い光の本流は何もかも飲み込んでいく。


「消えつくしなさい。恨むなら愚かな領主を持ったことを、その領主に義理立てしたことを、異母妹を殺してでも止めなかった自分を恨むがいいわ」


 宙に浮き、祝福を授けるように両手を広げて破壊の奔流を浴びながらシャロンは嗤う。

 楽しい。楽しくて楽しくて仕方がない。

 なんと楽しい遊びを、快楽を自分は持つことができたのだろう。


「ククク・・・・アハハハハハハハハハハハハ!!!!!ア~~~ハハハハハハハハハハ!!!!」


 まがまがしい狂気の笑いはいつまでもいつまでもエコーし続け、すべては暗黒の中に消えていった。

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