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第六話 ヒロイン(転生者)と悪役令嬢(転生者)は再会する

 大柄な歴戦の武人である盟主は、一人の女性に気圧されていた。

 話の内容は突飛そのものであるが、その真偽について受け入れざるを得ない心理に追い込まれていた。


「ファウスト伯爵家が鉱物開発で得た資金をもとに、傭兵を集め、軍備を増強していると・・・」


 盟主の男の額に汗が浮かぶ。


「その真偽は?」

「ご自身でお確かめになればすぐにわかること・・・・ですが、時間とともにファウスト伯爵家は強大になり、やがては盟主の座を脅かす存在になりますわ。もしかしたらすでに手遅れかもしれませんわね。兵は神速を貴ぶ、とよく言いますわね」

「・・・・・・・」

「何より、娘が貴方様に従順だった父親を追放したそうではありませんか。その父親の行方は分からないと聞いています。これが何を意味するか、お考えになったほうが良いと思いますわ」

「・・・・・・・」

「ええ・・・わかります。さぞご不安でしょう。放置しておいてよろしいのかしら?」


 声もなく、ただ汗を流し、口を開け閉めしているだけの相手を見つつ、女性は微笑した。


* * * * *


 ローゼリテとギィはファウスト伯爵家の城下町に到着していた。

 ローゼリテの決意を聞くと、リューク、フィアンカは止めたが、決意が揺らがないことを知ると、ギィのローゼリテへの同行を頭を下げて頼んだのだ。

 ギィは、ぼやき、渋ったが、最後に給金を弾む旨を伝えられると、「仕方ねえなぁ。貧乏人お人よしからふんだくるほど落ちぶれちゃいねえからな。ただしローゼリテ、お前に代金は請求するからな」と引き受けたのだった。

 ローゼリテとしても、自分の勝手な動機のために、無関係のギィに同行を依頼するのは、お願いしにくかったが、承諾してもらってほっとしてもいた。


(一人で行くのは・・・・少し怖い。ミアンナに何を言われるか、何をされるかわからない)


 正直なところ、そんな思いだった。


「・・・随分活気がありますね」

「俺が思うにいいものじゃないな。どちらかと言えばこりゃあ不穏な前触れかもしれねえ」

「不穏ですか?」

「根拠はない。長年の経験だ」


 ギィはそう言ったので、ローゼリテは周りを見回した。

 活気はある。商店屋台は並び、人々がいきかい、あちこちで景気よく話をし、笑っている。

 近くの都市にも負けないだろう。

 けれど、どこか浮ついた、熱病に浮かされたかのような空気が漂っている。ギィが指摘したのはその空気なのだろう。

 取り返しのつかないことになる前に何とかしなければ、とローゼリテは思った。

 

* * * * *


「ミアンナ様はお忙しいのだ。お会いになることはかなわん」

「どうしても会いたいのです。どうか私が来たことだけでもお伝えいただけませんでしょうか」


 城門の前。

 歎願等で人々が長い列を作っている。

 そうした中を並びにならんでようやくローゼリテの順番になった。

 けれど、門番たちは「会えない」の一点張りだった。

 鬱陶しそうに門前払いをされ続けるが、ローゼリテはどこうとしない。


「お前、あきらめろよ」

「簡単に引き下がれません」


 一緒に来ていたギィがローゼリテを諭すが、ローゼリテは首を振った。こうなったら自分の名前を明かすしかない。


「私はローゼリテ。ファウスト伯爵家の第一婦人マリアの娘よ。ここにファウスト伯爵家の文様があるわ」


 ファウスト伯爵家の文様については、生まれ落ちた子供の左手首に祭文として彫られている。

 それを見せると、門番たちの顔色が変わった。


「まさかそんな・・・生きていたとは・・・・!」

「そこで待っていろ・・・いや、お待ちください」


 一人が城の中に入っていく。

 二人は周囲からの好奇心旺盛な視線を浴びながら待たされていたが、すぐに門番が戻ってきた。


「お入りください」


 ギィとローゼリテは門番の案内で城に入った。

 分厚い絨毯が敷き詰められた場内を歩かされ、南向きの大きな一室に通された。

 窓辺の白い丸いテーブルに座ってお茶を飲んでいた女性が顔を動かしてローゼリテたちをみた。

 緑色の眼、緑色の髪のエルフが椅子の傍らに立っている。


「ローゼリテ・・・・生きていたの・・・・・」


 かすれた声がミアンナの口から出た。陽を背にしているので表情はわからないが、歓迎の声ではないのは明らかだった。


「ええ」

「・・・・どの面さげて戻ってきたの。また私を苛め抜くつもり?」


 ミアンナは左ほおの下の痣を指さした。ローゼリテの胃の腑が縮まる。生まれて間もないころ、事故に見せかけてわざと熱湯をかけてやったのだ。

 死ぬほどの大怪我だったが、治癒術師の力でミアンナは生きながらえた。けれど、痣は消えずに残ってしまったのだ。


「ごめんなさい。ミアンナ、いいえ、こんな言葉を言える立場じゃないのはわかっているわ、けれど」

「ごめんなさい?さんざん私を苛め抜いておいてごめんなさい?」


 ローゼリテはぞっとなった。ミアンナの憎悪は自分が思ったよりもどす黒く、深い。


「よくもそんな言葉が言えるわね!記憶を封じただけでは不足だったわ。殺してやればよかった!大方、飢えに困って何もできずに、私に助けを求めに来たんでしょう?いいわよ、地面にはいつくばって私の靴をなめて『ミアンナ様、お助け下さい。哀れな無能な私をお救い下さい』とでも言えば考えてみないでもないわ」

「相当な女だな」


 隣にいたギィがつぶやく。ローゼリテは首を横に振った。


「そんなことはできないわ」

「じゃあ何しに来たの!?私を笑いにやってきたの!そのむさくるしい男と結婚するので、その報告しにでもきたの?私と違って底辺にいるべき貴女にはお似合いだわ」

「違うわ、ミアンナ、お願いだから私の話を――」

「私の話を、懇願を聞こうともしなかったくせに!!!!」


 ローゼリテの言葉はミアンナにぶち破られた。


「無力な私の『もうやめて』を聞こうともしなかった!!助けようともしなかった!!」

「・・・・・・・っ」

「そんなアンタが、今更『話を聞いてください?』馬鹿馬鹿しい!何を聞けばいいっていうのよ!」

「・・・・・・・・」

「同じ転生者同士、仲良くできると思っていたのに・・・・!!」

「ちょっと待って、貴女も転生者?」

「知らなかったの?ちょいちょいボロを出してみたつもりだったけれど、気づかないなんて・・・とんだ間抜け女ね」

「・・・・・・・・」

「けれど、もういいわ。すべては過去。今はアンタは殺したいくらい憎らしいだけ。消えて・・・消えて!!消えろ消えろ!!消えなさいよ!!」

「ミアンナ」

「いいから消えなさいよ!!殺されたいの!?護衛に命じればアンタたちは消し炭よ」

「主。お気を確かに」


 護衛のエルフが初めて口を開いた。


「あの男、ぼっさりとしていますが相当な手練れです。この私でもすぐに仕留められるものではありません」

「ほう?よくわかったな」

「及ばずながら人を見る目だけはありますので」

「ロレーヌはどちらの味方なのよ?」

「もちろん主です。ですが今の主は少々人の意見を聞く耳をお持ちでない様子」


 ミアンナは息を荒げていたが、キッとローゼリテを睨み据えた。

 どこかで地鳴りのような響きが聞こえた。

 日は陰りはじめ、地平から黒雲が沸き起こってきた。


「言いたいことがあるならサッサと言えば?」


 横を向いて吐き捨てるように放たれた言葉は、壁を跳ね返ってローゼリテの耳に飛び込んできた。


「ミアンナお願い。まずは心から謝る。私に同じ痣を付けたいならば好きにしてくれてかまわない。でも、その前に聞いて。今すぐ鉱山開発を止めて」


 ローゼリテは鉱物について調べた。

 調べるには随分伝手を使わなければならなかったが、大部分はギィがボヤキとともに紹介してくれた。

 その結果は身の毛がよだつものだった。 

 鉱石には適切な封呪措置を施さなければ、生命体に影響し、健康を損なう。純度の高いものになれば、影響は大きく、最悪異形のものと化すであろうことが判明したのだから。


「・・・・・・・・」


 ミアンナは一言も口を挟まず最後まで聞いていた。

 何かを言いたそうに頬をひくつかせていたが、出てきた答えは拒絶だった。


「何を言うかと思えば・・・私が間違っていたってこと!?憎らしいアンタに『間違っていた』と全否定されたのか、私は・・・・ははっ傑作だわ」

「そんなことは言っていないわ、ミアンナお願い」

「お前は私を全否定したんだよっ!!」


 今にもローゼリテにとびかかりそうな様子だ。


「帰って!顔も見たくない!」

「ミアンナ」

「かえって!!出て行って!!失せろ!!消えろ!!」

「もういい、ローゼリテ、行くぞ。此奴には何を言っても無駄さ」

「・・・・・・・・」


 ローゼリテは声もなく立ち尽くしていたが、やがてうなだれるようにして部屋を出て行った。


「ああ、くそっ!!くそっ!!くそっ!!何かいいなさいよ!!言い返してみろ!!くそおっ!!!」


 いつの間にかロレーヌは姿を消し、ミアンナの悲痛な叫びだけが部屋に充満していた。


 どこかでかすかな溜息が聞こえた。


* * * * *

「飯を食おうぜ」


 宿屋の自室でうなだれていたローゼリテを強引にギィが連れ出した先は、宿屋に併設された酒場だった。

 けれど、街の中心にある酒場と違いどこかひっそりとしている。


「街できいてきたが、お前の親父の行方が分からねえってもっぱらの噂だ」


 両手で顔を覆い、うなだれているローゼリテにギィが話しかけた。

 ファウスト伯爵に会いたいとちっとも思わなかったが、打開策としてローゼリテは伯爵を動かすことを考えた。

 ところが、ファウスト伯爵の行方はようとして知れない。

 ミアンナが追放したのち、行方不明なのだそうだ。


「どうしようもない、です」

「親父の行方についてはな。お前はミアンナのこと、まだあきらめちゃいないんだろ?」


 ローゼリテが顔を上げると、ギィがまじまじと見ている。


「はい。なんと言われようとも何とかしたいです」

「お前の言葉じゃ届かねえだろうな」


 ローゼリテは吐息を吐いた。ギィの言うとおりだ。

 ならば、誰の言葉なら聞くのだろう。


「ミアンナ様は変わってしまわれた・・・・・」


 うなだれていたローゼリテの耳に聞くともなしに声が入ってきた。


「あぁ、鉱山開発で人が押し寄せたのはいいことかもしれんが・・・・わしらの農地は鉱山から出る水で汚染されてしまった」

「家畜も奇形が生まれて売り物にならねえ。乳も出なくなっちまった」

「聞いたか、ロランのところの赤ん坊、指が足りねえってんでおっ母が嘆いているって」


 ローゼリテの口から声にならない悲鳴が出た。

 鉱山開発による汚染水は、確実に人々をむしばんでいる。


「いくら人がきて潤っても、わしらの暮らしが成り立たなくちゃ意味がねえ」

「ミアンナ様はそのことを考えてくださっているのか・・・・」

「もうおしまいだ・・・」

「わしはあきらめんぞ」


 うめき声や嘆きの声が満ちる中、一人の老人の声がローゼリテの耳に入ってきた。


「今はそうかもしれん。だが、わしは信じる。このままでは領地は抵当に入り、どこのだれか知らん人に買われることは皆知っておることだ。ミアンナ様はわしらのことを考えてくれているんじゃ」


 ローゼリテは顔を上げた。周りのテーブルに座っているのは様々な年代の客たちだが、一様にどの顔も疲れ切って元気がない。

 酒場に似つかわしくない、絶望とあきらめの空気が覆いつくしていた。


 ローゼリテは悩んだ。

 自分の言葉は届かない。けれど、民の言葉ならばもしかしたら――。

 今、自分がいきなりファウスト伯爵家の娘だといっても信用してもらえないだろう。

 けれど、ほかに方法は思いつかない。

 どうすれば、と、ローゼリテは悩んだ。


* * * * *


 あくる日。


 ローゼリテは再度ミアンナに面会していた。

 立ちはだかる門番を脅し、なだめすかし、強引に城に入ったのである。


「・・・何度説得しても土下座されても、答えは同じよ」

「いいえお願い。何度でも言うわ。今すぐ開発をやめて。手遅れになるわ」

「黙れ!!」


 ローゼリテはこぶしを握り締めた。そして、つかつかと歩み寄ると、思いっきりミアンナの頬を張った。


「いっ、痛いっ!!何を、お前っ!!」


 憎悪にゆがんだミアンナがローゼリテの頬を張り飛ばす。床に転がったローゼリテにミアンナがつかみかかる。


「主、おやめください」

「おいおい、言葉が見つからねえってんで、取っ組み合いか?」


 ロレーヌとギィが双方を引き離しにかかった。


「馬鹿!私のことなんかどうでもいい!民のことを考えなさい!貴女は民のことを考えないの!?鉱山開発でどんなに元の民が苦しんでいるか・・・その言葉を聞いてもくれないの!?」


 ローゼリテは声を震わせていた。

 昨日とまった宿で聞いた深刻な話。

 生きる希望をなくし、将来を憂いていた民。

 それでも、領主のことを信じ続けている民。

 ミアンナはそんな民を顧みようとしていない。


「捨てる形になった私が言う資格はないけれど、でも、そう思ったら言うべきことも言えない!だから、言わなくちゃいけない!開発によって汚染された農地、家畜。どんなに苦しんでいるか・・・・少しは考えなさい!」


 ローゼリテの言葉に、ミアンナは眼をつぶった。

 ミアンナがどうすべきかを葛藤しているのが居合わせた者からは、よくわかった。

 長い長い時間だった。

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