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第五話 悪役令嬢は決意する

 子供の玩具を作ったり本を作ったりして生計を立てたい。


 ローゼリテはリューク、フィアンカ夫妻に相談してみた。

 言葉だけでは受け入れてもらえないだろうと、子守の合間に、手始めに不格好ながらいくつかおもちゃを作ってみた。

 前世からの記憶で見よう見まねだが。


 ローゼリテの申し出を聞いたリューク、フィアンカ夫妻は喜んだ。

 喜んだだけでなく、さっそくママギルドに行って仕事をもらって来ようとまで言い出した。


「ギィさんお願いできますか?」

「なんだって俺が行かねばならんのだ」


 絵を描くリノアを膝に座らせながら、ギィが仏頂面をする。


「ママギルドに僕たちは伝手はありませんし、ギィさんなら顔も広そうですし」

「困ったもんだ。お前たちも仕事だろう?俺がいなくなっちゃ誰がこいつらを世話するんだ?」

「僕が残ります。・・・昨日行った雰囲気だと、合いそうな仕事もなさそうでしたし」

「お前も討伐やら何やらでなくて、ママギルドに登録してベビーシッターをやったらどうだ?」

「さすがに人の子供まで面倒を見きれる余裕はありませんよ、だから薬草学を勉強しようと思って。自宅で野菜だけでなく薬草を栽培できれば、何とか生活はできそうですし」


 古びた本がリュークの手元にある。リーシャがそれをいじろうとするのを「ダメだよ」といなし続けている。


「リュークさん、フィアンカさん、ご迷惑です。私だけが行きますから」

「そうかい、だがあそこは見ず知らずの人間をいきなり受け入れるほど甘くはないぜ」

「じゃあ余計に一緒に行ってあげなくちゃなりませんよね?」


 フィアンカの言葉に「んじゃ、しょうがねえなぁ」とギィはリノアを椅子に座らせて立ち上がった。


「ちょっくら作りかけの昼飯の下ごしらえだけ済ませるから待っていてくれねえか」


 と、言い残して部屋を出て行った。


「ありがとうございます、何から何までごめんなさい」


 ローゼリテは頭を下げた。


「いいんですよ、ローゼリテさんが仕事を見つけられたのが嬉しいです。けれど、意外ですね。ローゼリテさんにそんな才能があったなんて」

「ええ、あの・・・・」


 ローゼリテはためらいがちに口を開いた。今ギィがいないタイミングなら聞ける気がする。


「リュークさん、フィアンカさん、もしかしてこの世界の生まれじゃない、ですか」

「あぁ」

「やっぱりローゼリテさんも」


 リューク、フィアンカ夫妻は顔を見合わせる。その言葉を聞いたローゼリテは、緊張がほどけていくのを感じた。仲間がいた、ほっとしたという気持ちがある。


「ローゼリテさんの作った玩具が、けん玉、コマ、パズル、双六・・・僕たちの元いた世界によくあった玩具にそっくりなんでもしかして、と思いました」

「やっぱり・・・・抗生物質なんて言葉、この世界じゃ使いませんから」

「リューク君気をつけなくちゃね」


 フィアンカがリュークをにらんだ。


「ごめんごめん。あの時は気が動転していたんだ・・・。気を付けるよ」

「あの・・・・」


 ローゼリテはためらいがちに口を開いた。これもずっと聞いてみたかったことであったが、聞くのをためらっていたことである。けれど、今なら聞ける気がした。


「お二人は何か一念発起しようとは思いませんでしたか?大概の人は一念発起して成功をおさめるべく頑張っていくのが異世界転生の王道みたいですけれど」

「無理無理。あんなの無理無理」


 リュークが手を振った。フィアンカもうなずいている。


「あんなのは精神的にタフじゃないと無理よ。あと祝福されたギフトやスキルがないと無理。私たちにはそんなものはないもの」

「リノアとリーシャが一緒に来てくれただけでいいんだよ」

「ね。家族四人でこうやって過ごせるだけで十分だもんね」


 ローゼリテは衝撃を受けていた。

 けれど、それでいて批判する気は一切なかった。

 リューク、フィアンカたちが日々懸命に生きていることは、一緒に暮らしてみてよくわかっている。

 ああは言っているけれど、二人はすごいとローゼリテは思う。

 この世界では不自由なことが多いけれど、それをひがむことなく暮らせているのだから。

 自分はとてもそうじゃなかったのに。


「おう、待たせたな。いくか」


 ギィが部屋に入ってきた。ローゼリテは3人に頭を下げた。どうこう思う前に、今は自分にできることをしよう。


 2週間後――。


 ローゼリテはママギルドに報酬を受け取りにやってきていた。

 頼まれた布の絵本を何とか作り終えた仕事に対する報酬。

 ローゼリテにとって報酬をもらう初めての仕事だった。

 前世にたくさん子供用の絵本を読み聞かせていたので、ネタに困ることはなかったのが幸いだったが、いざ作るとなると、悪戦苦闘。

 絵についてはリュークやフィアンカに手伝ってもらったが、意外にもリノアが最も絵がうまかった。

 なるべく文字を少なくして絵を大きくし、読み聞かせしやすいようにして、ついに絵本は完成したのだった。


「こちら依頼主からの報酬になります」


 かすかに金属がすり合わさる澄んだ音がした。重みはそれほどでもなかったかもしれないが、初めての仕事をやり遂げた喜びが、報酬の重みを倍にしていた。


「そうそう、言伝も預かっています。『玩具の出来に満足しているので、また機会があれば仕事を頼みたい。今度は子供と外で遊べる玩具があればありがたい。考えておいてくれないか』と」

「ありがとうございます」

「貴女は転生者ですわね。そして記憶を失いながらも手仕事を見つけ、自活するすべを探している。貴女は子供たちの玩具を作ることが生きがいなのでしたわね?」


 一礼したローゼリテの頭上に唐突に声が降ってきた。


「え?」


 顔を上げると、受付の女性がにっこりと笑った。赤いふちの眼鏡をかけた女性だった。


「どうしてそれを・・・・」

「どうして私が貴女のことを存じ上げているかどうか等は些細なことですわ。大切なのは今、貴女がどのような選択をするか、なのですから」

「私の選択・・・・・」


 万華鏡に移った奇妙な文様に魅入られるようにローゼリテは相手の顔を見つめていた。


「もし、記憶が戻り、貴女の暮らしぶりが豊かになるとするならば、貴女は戻りたいと思うかしら?」


 相手の問いかけに、ローゼリテはしばらく考えていたが、やがて首を振った。


「いいえ、私は今のままで十分です」

「美食、好きな衣装、観劇、思いのままであったとしても?」

「豊かさなど望みません。今の暮らしが好きです。自分の力は微々たるものですが、それが活かせる今の仕事が好きなのです。私はただ、子供たちの喜ぶ顔や笑顔が見たいのです。うまく言えませんが、私はそれを見ると、とても嬉しくなるのです」


 相手は微笑を浮かべて頷いた。

 ローゼリテは奇妙な感覚に陥った。何か絶対神のような途方もない存在を相手にしている感覚だった。

 この人には何もかも見透かされている、と。

 ローゼリテに前世があることも、何もかも知っている言わんばかりの顔であった。

 けれど、ローゼリテは不思議と気圧されることはなかった。相手は自分が言わんとすることを残らず聞く気でいるようだった。


「そう?では記憶を取り戻しても同じことが言えるかしらね?」

「え?」

「ミアンナに依頼されて貴女の記憶を封じたのはこの私なのだから」


 ローゼリテが何か言いかける前に、女性の手からほとばしった光がローゼリテを襲った。


「あ、ああ・・・?あああ!?ああああ!!!痛い痛い痛いっ!!!」


 強烈な頭痛に襲われ、ローゼリテは床に崩れ落ちた。

 目まぐるしく過去と現在とを行ったり来たり、強制的に今までの記憶を見させられている。

えぐるような不快感が痛みとともに押し寄せてくる。

 恥も外聞もなく、叫んでしばらくのたうち回るしかなかった。

 心配しなくとも貴女がいくら叫びわめこうとも聞かれはしないわ、という女性の言葉が遥か遠い宇宙から聞こえてきたような気がした。

 ふいに嘘のように頭痛が消えた。

 代わりに押し寄せてきたのはどす黒い感情の波だった。


「ミアンナ・・・そうか、私は・・・・あぁ、あぁ、あぁ!!!」


 歯を食いしばってローゼリテは呻いた。後悔、憎悪、悲しみ、怒り、そういった感情が一気にローゼリテを襲った。


「思い出したかしら?貴女がミアンナに抱いていた感情を」

「うう・・・・・・」

「さぁ、どうかしら?あの時のことを思い出しても、まだ先ほどの言葉を言い続ける?」


 ローゼリテは思い出した。自分と4つ違いのミアンナが生まれ、代わりに自分の母親は死んだ。

 あの日はどうしたことか、駆けつけられる医師が足りず、父親は異母の出産に医師を差し向け、高熱に苦しむ母親を父親は見捨てたのだ。

 たった一人の愛情をもって自分に接してくれた家族を失ったローゼリテの憎悪はミアンナに向けられた。

 ミアンナは悪くはなかった。ただ生まれてきただけなのに。それをどこかで自覚しつつも、やりきれない怒りをぶつける先を見つけたくて、ローゼリテはミアンナを苛め抜いた。


「わ、私、私は・・・・あぁ・・・・あぁ・・・・・!!」


 なんと自分は身勝手だったのだろう。

 記憶がないほうがよかったかもしれない。


「いつまで呻いているつもりかしら?」


 呻き続けるローゼリテに声が降り落ちてきた。

 女性はもう笑ってはいなかった。

 ローゼリテは女性を責める気力も、なぜ自分のことを知っているのかと問い詰める気力も持ち合わせていなかった。


「身勝手な私とやらに絶望して呻き続けているつもり?」

「だって・・・私は・・・ミアンナにどうしていいか・・・・」

「ええ、そうでしょうね。貴女の身勝手な感情のやり場を受けただけの無力な赤ん坊に貴女は手を上げたりしたわね。殺さない程度に」

「・・・・・・・」

「身勝手極まりない代償として貴女は殺されても不思議ではなかった」

「・・・・・・・」

「なぜ、殺されなかったのか、貴女はよく考えるべきかもしれないわね」


 ローゼリテは額に冷や汗を伝わせながら、身震いした。


「さて、貴女自身の身勝手さにより捨てられた貴女は、今後どうするつもりかしら?復讐?」

「いいえ!!いいえ!!」

 

 全身からほとばしる勢いでローゼリテは否定した。

 不意に、涙があふれてきた。

 母を失ったショックは大きい。けれど、母の死について責めるのであれば、父親にすべきだったのだ。そうできなかったのは、自分の心が弱くねじけていたからに他ならない。


「わ、私のせいなんです・・・・・・私が弱かったから・・・・お父様を責められずに・・・・本当はお父様を責めるべきだったのに・・・・・ミアンナに、何の罪もないあの子に・・・・私が悪かった・・・・殺されても不思議ではなかったのに・・・・」


 途切れ途切れにしゃくりあげながらローゼリテは泣き続けた。


「それで?貴女はどうしたいの?まだその答えを聞いていないけれど」


 冷たい声が跳ね返ってきた。ローゼリテは泣きながら、どこかに水を浴びせられた思いだった。恐怖が襲ってきたけれど、一方で冷静になって考えることができた。


「復讐はしません・・・・」

「復讐は、しない」


 女性はゆっくりと復唱するようにつぶやいた。


「はい。復讐なんてできません。その資格もありません。私はこのまま静かに暮らしていたいのです。ただ・・・・」

「ただ?」

「もし、ミアンナが・・・妹が・・・・心配です。私があそこに捨てられていたのであれば・・・その贖罪は終わったのでしょうか?」

「もし相手がそれだけで足りないと考えていたなら、貴女はとっくの昔に殺されていたでしょうね」


 ローゼリテは、手を口に当てた。恐怖が彼女の足を襲い、小刻みに震わせていた。


「それは些末なこと・・・貴女はこうして生きているのだから」

「え、ええ。ですが・・・」

「贖罪が果たされたかどうかなどと、それは気にしないことですわ。大切なのは今これからなのだから」

「これから・・・」

「前世を含めれば、過去に一切の罪を犯さなかった人間がいるとは言い切れませんわ。そんなものを気にしていたらきりがありません。そうではなくて?」

「・・・・・はい」

「けれど、もしやり残したことが残っているとするならば」


 女性はうっすら微笑んだ。


「ファウスト伯爵領は抵当に入っているらしいわね。破産を回避すべくミアンナは鉱山開発等、領地に人間を呼び込む誘致事業を積極的に行っていることは知っている?」

「・・・いいえ」


 妹は、ミアンナはそんなことをしていたのか。


「リスクを顧みず、目の前の利益ばかり追求するやり方をしていると私は思いますわ。知りたければご自身で調べなさい。そして貴女が危機を覚え、ミアンナを助けたいと願うならば、行動を起こしてみることですわ」


 もっとも、と女性は言葉を続けた。


「貴女の言葉を素直に聞くとも思えませんけれど」

「・・・・・・・」

「それに、貴女にも飛び火するかもしれませんわ」


 ローゼリテはためらっていた。

 自分のせいで妹が、ミアンナが変わったのだとするならば、それをできうる限り止めるのが今の自分にできる贖罪かもしれない。けれど、怖い。妹のところに戻るのが、妹と話すのが、妹に何を言われるのかが・・・・怖い。


 それでも。


「私、ミアンナと話をしてみます」

「そう。好きになさい。後悔しないようにすることですわ」


 女性はあっさりと言った。


「一つ教えてあげますわ。信じるかどうかは別にして。先ほど貴女は充実しているとおっしゃっていましたわね。であれば、過去どのような体験があったにしろ、貴女の今の充実さには遠く及びませんわ。これだけは私の名誉にかけて断言致します」

「・・・・・・・」

「どうか、貴女が子供たちの育児に役に立つ素敵なものを作り続けられますよう、そしてそれが子供たちの心を壊すのではなく、育みを手助けできるものであるよう、心からお祈り申し上げますわ」

「ありがとうございます、あの・・・・もし、差し支えなければお名前を聞いてもよろしいですか?」


 赤いふちの眼鏡をかけた女性は微笑した。そして、極上のワインを味わうように一語一語ゆっくりとその言葉を出した。


「シャロン・イーリスですわ」


 ローゼリテの二の腕が鳥肌が立った。何か禁忌の言葉、呪いの言葉を聞いたような感覚に陥っていたが、もう次の瞬間には消えていた。


 ローゼリテがママギルドを出てしばらくすると、アンジェが入ってきた。ローゼリテとすれ違ったと見えて、しきりに入り口と相手とを怪訝そうな顔で見比べている。


「閣下、これはいかなるご真意でしょうか」

「アンジェ、意外に思っている?私はただ確かめたかったまでよ」

「あの者の真意をですか?」

「ええ。『貴女は復讐する気はあるのか』と。その返答次第によっては殺してやろうかと思ったけれど、その必要はなさそうね。過去を見ずに前を向いている。そして自らの能力を見極め、分相応に暮らすすべを模索し始めている。あの転生者夫婦と同じだわ」

「ミアンナを思いとどまらせようとしているようですが」

「成功するかしないかは私の知ったことではないわ」

「破滅への序曲の演奏を邪魔立てされてもですか?」

「その時はその時。今回の案件が私の好みでなかったというただそれだけよ。代わりはいくらでもいるのだから」


 シャロンは微笑した。そしてほどなく姿を消した。


「私の行く先はここにはないわ」


 という言葉を言い残して。

 残されたアンジェは複雑な顔をしていたが、一人小屋に向かって頷いて見せた。


「少なくともあなたたちは破滅は回避された。これを素直に喜ぶべきかしらね」


 その言葉は発した人間と同じく、ほどなくして溶けて宙に消えていった。


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