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第二話 邪魔者を追い払ったヒロインは破綻を回避すべく活動を開始する

 ローゼリテを追放して1週間後。

 気分がすぐれず、ベッドに朝食を運ばせたミアンナは、運んできたメイドに尋ねた。


「お加減はいかがですか、お嬢様」

「頭痛がするけれど大丈夫。お父様はお出かけ?」

「はい。お嬢様のご助言をさっそく実行に移されるべく、お話をされるとか」

「まぁ!そうなのね」


 頭を下げ、部屋を出ていくメイドにはミアンナの会心の微笑は見えなかった。

 領地経営についてそれとなく助言をしたことをさっそく活かすつもりらしい。

 1年後に迫った期限の借金返済を頑張ってもらわないと。領地が抵当に入っているのだから。

 そうでなくては、父親の命令により、気に入らない貴族の元へ15歳の自分がお嫁に行くことになってしまう。

 

 あけ放たれた窓から聞こえてくる鳥のさえずりをバックに、部屋に響くナイフとフォークの音。

 ちゃんとした食器で食べる朝食など、ほんの少し前までは考えられなかった。

 朝食を食べながらミアンナは考える。


「ちゃんと殺しておけばよかったかな」


 ミアンナとローゼリテ。

 かたやヒロインであり、かたや悪役令嬢。

 しかしながら、どちらも転生者であり、この世界に生まれ落ちたからには互いに生き残ろうと、必死だった。

 異母姉であるローゼリテの陰湿ないじめを受けたミアンナは、ひょんなことから知り合いになった赤いふちの眼鏡の女性の助言のもと、徐々に劣勢を盛り返した。

 自暴自棄になったローゼリテは、ついには自らの食事の皿に毒を混ぜ、それをミアンナのせいにしようとたくらんだが、失敗。

 父のローゼリテに対する信用失墜は決定的となった。

 幽閉されたローゼリテについてミアンナは追い打ちをかけた。

 赤いふちの眼鏡の女性の協力のもと、ローゼリテが外部の者の手助けで逃亡したように見せかけて、彼女の記憶を消し、森に放置させたのだった。


「ちゃんと殺しておけばよかったかな」

 

 再度、そう言いかけて、頭を振る。殺すなどという考えが何の気なしに浮かんだ自分に嫌気がさしていた。同じ転生者。かつては自分と同じ世界にいた人を、邪魔だからという理由でなぜ殺さなくてはならないのだ。

 ローゼリテのことは終わった。

 父親が一応は捜索をしているらしいが、もともと情の薄い父親なので、捜索も形だけのことだろう。

 あとは自分のことを考えればよい。

 ミアンナはベッドのわきの鈴を振ってメイドを呼んだ。


「朝食ごちそうさま。下げてもらって結構よ。昨日話したけれど、村の教会へ参りますから支度を手伝ってちょうだい」

「かしこまりました」


 ミアンナは教会に行くのは建前。これから秘密裏に幼馴染のギゼット子爵家の子息イーシュと会う。

 ギゼット家はファウスト伯爵家との隣にある子爵家。周辺貴族と友好関係を築くことはもちろんだが、更なるもう一歩のプラン提案も領地経営の第一歩だ。


 教会にミアンナが到着した時には、祈りが始まっていた。侍女とともに入ったが、領主である自分は貴族専用の椅子に座った。

 黒髪の好人物そうな青年がミアンナにそっと話しかけてきた。


「ミアンナ、久しぶりだね」

「イーシュも久しぶり」


 二人はそれ以上言葉を交わすことなく、祈りをささげた。

 祈りが終わり、皆が帰ろうとする中、侍女に少し待つように言い、ミアンナはイーシュの馬車に乗った。


「領地のこと、聞いているよ。あと1年で借金の返済ができなければ、領地が抵当に入るんだろう?」


 正面に座ったイーシュが心配顔で訪ねてきた。


「ええ、そのようね」

「君、他人事みたいに言うね。本当に、そうなったら・・・・」


 イーシュがかすれ声で言った。それ以上の続きを言うことを恐れている顔だ。

 恵まれた貴族出身の彼には、領地を手放した後の生活など考えられないのだろう。


「ありがとう。でも、嘆き悲しんでいても仕方がないと達観したの。あぁ、勘違いしないで」


 イーシュが何か言いかけるのをミアンナは手を振って制した。


「あきらめたわけじゃなく、私も何とかしてみたいと思うの。お父様はあれこれ考えていらっしゃるようだけれど、なかなか手立てを思いつかないみたい」

「僕にも何とかできないか?」

「お金を用立ててくださる?」


 イーシュは詰まった顔をした。


「そうよね。貴方には自由にできるお金はまだ少ないもの」

「あぁ。父や差配人が管理しているから僕には何もできない」

「お金の話は冗談よ。でも、貴方に力になれるものがあるとすれば・・・・・」

「僕にできることなら」


 イーシュはミアンナを見つめた。その視線は幼馴染以上の熱意をはらんでいた。

 ミアンナがローゼリテから苛め抜かれていた日々を何とか耐えられたのは、時たまイーシュと遊ぶ機会があったからだった。

 イーシュもまた、本来の子爵家の跡取りではなく、不遇な日々を過ごしていたが、長子が死に、彼が跡取りとして認められたのだった。

 不遇な日々を過ごしていた者どうし、相通じるものがあったかもしれないとミアンナは思う。


「私の領地の端に洞窟があるのをご存じ?そこで気になる石を見つけたの。もしかしたら・・・・」


 石については、偶然領地の子供がそれで遊んでいるのを見つけて、声をかけてみてその存在を知った。

 一つを分けてもらい、そっと自身のドレスの中に忍ばせていたのだ。


 ミアンナがはイーシュの耳に顔を近づけた。

 イーシュの顔が赤くなったが、ミアンナは気にしなかった。

 ひそやかな密談が始まった。



* * * * *


 教会から帰ってきたミアンナは父親に会いに行った。

 難しい顔でお茶を飲んでいる父親に開口一番ミアンナは鉱山開発をしたい旨を告げた。


「鉱山開発を、か?」

「ええ、お父様。幼馴染と散歩中に立ち寄った領地の隅の洞窟に綺麗な緑の石がみつかりましたの。たまたま・・・ですけれど」

「危ないところに行ってはだめだと言っているだろうに」


 ミアンナは微笑とすまなそうな表情とが半々に混ざった表情で、ぎこちなく笑った。


「ごめんなさい・・・・つい足を踏み入れてしまいました。二度といたしませんわ」

「うむ。それで?」


 父親は鉱物資源とやらが気になるらしく、ミアンナの謝罪の真偽よりもそちらに気を取られているようだった。


「村に鑑定士のアレフが住んでいるのをご存じでしょう?彼自身はあまり大した鑑定士ではないけれど、アレフの知り合いの名高い鑑定士に見てもらったら希少価値の高い、魔導具に使用できる鉱物なんですって。驚いていましたわ。『こんなものが村の中に埋まっているだなんて』って」


 アレフが住んでいるのは本当だったが、密談の後、ミアンナとイーシュは、イーシュの知り合いの信頼できる鑑定士のもとに足を運び、石を鑑定してもらったのだ。

 その鑑定書を父親に見せると、顔色が変わった。


「なんと・・・この小さな石ころ一つでミルド銀貨1枚とは・・・」

「ええ、驚きましたわ」

「では、さっそくこの鉱石を採掘し、しかるべきところに売れば儲かるな。これは他言無用にし、秘密にして―」

「いいえ、お父様。秘密にせず大々的に宣伝するのはいかがかしら?」

「何?そんなことをすれば寄ってたかって採掘されてしまうぞ」


 ミアンナは計画を話した。

 むしろ大々的に宣伝して、いわゆるゴールドラッシュを呼び込むことで、自然とこの村は発展する。人がにぎわう。人がにぎわえば、商売が盛んになり、必然的に税収が増えていく、と。


「どのくらい鉱物が埋まっているのかもわかりませんもの。それに、私たちは採掘は素人ですわ。玄人にお任せしたほうがいいと思いますの」

「・・・・・・・・」

「むしろ人々が集まれば、そこに自然と商売が始まりますわ。今、ファウスト伯爵家が関所で細々と取っている通行税等よりも、商売に伴う税を徴収したほうがよほどいいと思いましたの」

「・・・・・・・・」

「中長期的に見ればこちらのほうがよろしいかと思いますわ」

「ううむ・・・なるほどな」


 父親は考えていたが、やがて腕組みを解いた。


「さっそく家臣と協議をすることにしよう。また、今の話については、鉱山開発の件だけは伏せ、一応は盟主様にお伺いを立てておくべきか。それにしてもミアンナ」


 父親は半ば白くなったひげ面をゆがませた。


「儂はお前を見誤っていた。最初はローゼリテばかりに目をかけていたが、お前にはやはり才能がある。どうかその才能をもって儂を手助けしてくれまいか」

「私の才能などと大げさですわ、お父様。ですがお役に立てるのでしたら喜んで」


 娘の頬にキスすると、足取りも軽く、ファウスト伯爵は朝食のテーブルから離れていく。

 周囲に誰もいないのを確かめて、ミアンナは素早くテーブルのナプキンで頬をぬぐう。

 おぞましいものでも見るように、ナプキンを放り出す。

 少し前まではローゼリテを贔屓していた父親が手のひらを返したように自分に接していることをミアンナは許していない。

 けれど、自分自身が盤石の地位を築くために、何よりも路頭に放り出されないために、今は我慢するしかない。


(見ていなさい。お父様、いえ、ファウスト伯爵、家臣たちの信望が私に傾いた時があなたの最期よ)


* * * * *


「なんとばかばかしい。あきれ果てたものだわ」


 ファウスト伯爵家の城の尖塔の上。

 とまり木にとまる鳥のように、女性が二人、軽やかに立っている。

 赤いふちの眼鏡をかけた女性が軽蔑の色を浮かべ、けれど、心底嬉しそうに微笑む。


「あの鉱物の希少価値や領地の発展にばかり目がくらんで、本当の危険性を認知できないとはね」

「ええ・・・少し考えれば鉱物採掘に伴う土地の汚染はわかるはずです。そこに住んで生計を立てている人間のことを思いやらないあの転生者・・・やはり自分のことしか考えていないのですね」

「ククク・・・道化師も顔負けのパフォーマンスだわ。そうでなくてはね」


 赤いふちの眼鏡をかけた女性はうっすらとほほ笑む。

 借金返済、生活レベルの改善にばかりかまけていて、肝心のリスク分析をしないとは何ともあきれ果てた人間だ。神に愛され与えられた祝福や、転生前の知識をもってすれば」


 女性の微笑が濃くなる。


「道中障害があったとしても、最後には、すべて、うまくいくとでも思っているのかしらね」


 皮肉満載の言葉が、一語、一語、舌の上で転がしながら味わうように発せられた。

 その言葉に込められた冷淡さと殺気に、アンジェは内心身震いしたが表情には出さなかった。


「一方のローゼリテは、どうやら死なずに命綱をつかんだようね。さて、それが貴女あるいは貴女の相手の命運にどのような影響をもたらすか見ものだわ」

「しかしながら閣下、他にも多数の案件を抱えていらっしゃる中、なぜこのような些末な案件に関わり合いになるのですか?」

「似たような案件を何百万件同時並行処理しようとも、私には何ら支障もないわ。私がここにいる理由は単純明快。ただ私の快楽になるかどうか。それだけよ」


 眼鏡をかけなおした女性がアンジェをちらと一瞥した。


「一歩踏み出す方向を変えるだけで、阿鼻叫喚等と安易な表現で片をつけるのがもったいないような・・・滑稽至極の復讐劇が生まれるのだから。私はその劇を特等席で眺めていたいのよ。何か意見はあるかしら?」

「いいえ、何もありません」

「さて、私はどちらに加担すべきかしらね。あるいはどちらにも加担しなくともよいかしら?」


 クク、と、可笑しくてたまらない笑いが口の端から漏れ出た。

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