3話
「時暫 恵留く~ん! とーきーしーばーらーめーぐーるーくーん!! ねぇ聞いてるの? あの薄いやつ、あれがなにか教えろってば!」
「……タブレットか?」
「それだ! 授業で使ってたじゃん? まじで現代ってSFだなって思ってさ、感動したっていうかー」
「幽霊がそれを言うかよ」
昼休み。燦々と日が照り、サッカーの熱戦が繰り広げられているグラウンドからは賑やかな声が漏れる。そんな中、俺は人目につかない中庭の脇のじめじめした渡り廊下をギャルの幽霊もとい四谷麗と2人で歩いていた。
先程出席で呼ばれたフルネームを大声で連呼され、鼓膜が破れそうだ。そういえば、家で母さんに下の名前は呼ばれたのでバレたが、上の名前は自ら名乗っていなかったな。
「いーじゃん、昨日も幽霊っぽくないって散々言われたんだから」
「それは見た目の話であって、君は紛れもない幽霊だよ 一晩過ごして実感した」
麗は昨日の夕方にあの墓地で出会ってから、腕からブレスレットを外すトイレと風呂以外、ピッタリと俺について来ている。魔寄せ効果は磁石の要領で引っ張られる感覚があり、自分の意思では離れられないそうだ。まぁ、麗は端から離れる気もないようだが。そして、麗の姿はどうやら本当に他の人間には見えていないようで、声も聞こえていないらしい。彼女が幽霊ということが明確なったわけだが、つまり、俺が空虚に向かって独り言を言っている不審人物に見られないために、彼女とコミニュケーションを取る時はこうして人目を避けなければならない。
「やっぱりアンタのタイプってこと? 好きでしょ、幽霊」
違うから、目を輝かせるんじゃない。俺の見たかった幽霊は、昨日も言った通り、いかにもって感じのやつであって。そもそも生きている女の子の中でも、ギャルなど自己主張の強い女の子は関わるのは苦手な部類だ。
「言っただろ、俺が好きなのは井戸から出てきそうなビジュアルで……」
「あ!! あれみて!」
説明の途中だが、ギャルってのは自由奔放でまるで流れを読んで会話してくれない。何かに気づいた麗の指差した先を目で追うと、それは中庭に生えている柳の木だった。
「柳の下にいんじゃん! アンタの理想っぽいやつ! ああいうのがいいんだろ?」
確かに柳の下は幽霊出没のメジャースポットである。幽霊が言うんだから今度こそ、理想の……と、少々期待して木の根元へ目線を移せば、そこに座っている女の子の姿があった。
「あれは……」
長い黒髪を垂らしていて、肌もたしかに理想の幽霊のように白くみえる。小柄な上に猫背でまるまっている姿勢がさらに暗い雰囲気を醸し出し“いかにも”って感じだ。だがしかし、この子は別に麗の言うような、俺のタイプではない。何故なら。
「馬鹿、幽霊じゃない、足消えてないだろ 確か同じクラスの……」
見覚えがあった。あれは紛れもなく生きている人間、俺と同じクラスの女子生徒だ。名前はたしか、柳 緒華花さん。クラス発表の日に名簿を見たとき、ハナが2つも入った綺麗な名前だなと思っていたが、初めのHRでの自己紹介で小声でオドオドと喋る彼女に、失礼だが華やかな名前と随分ギャップが激しいと感じた記憶がある。
膝に置いたノートは開いたままだし、こんな場所で自習していたのか? 午後の授業が始まるまで気づけば残り10分。すっかり深く眠っているようなので、予鈴の前に起こしてやろう。
「柳さん、そろそろ5時間目はじまるよ」
女子に触れるのはあまりよろしくないだろうと、近づいて声をかけた。彼女に話しかけるのは初めてだ。というか、彼女がクラスの他のやつとも話しているところは見たことがない。
「……」
困った、起きない。肩くらいなら軽く叩いてみても良いか? さらに近づけば、ノートの中身が見えそうになり……
「なんの教科の自習してたんだろ?」
と、好奇心からもう少し覗き込んだ時。
「嫌っ!」
急に目覚めた柳さんに、無意識でノートに伸びかけていた手をパシリと思い切り払われた。俺別にセクハラとかしてないよな? そんなに勉強していた内容を知られたくなかったのだろうか。
「あの……なんか俺、嫌なことしたかな?」
柳さんは急いで閉じたノートを、ぎゅっと胸へ抱き寄せた。怯えている様子だ。
「ごめん ノート、そんなに見られたくなかった?」
「……っ」
問いかけに何にも答えないで、俺を睨む冷たい視線。まて、怒りのスイッチどこで入ったのかまったくわからない。他にどう弁解しようかと考えているうちに、彼女は教室の方向へ走り去ってしまった。
「何あの子、幽霊じゃないなら不思議ちゃん?」
「いや、ただ大人しいだけだと思うけど……」
呆然と立ち尽くす俺の横で、麗が腕を組んでうーんと考えたあとにハッとして手を叩いてから、話し出した。
「じゃあ、アンタが大嫌いかその逆かの二択だ!」
考えた割に捻り出した答えがそれかよ。逆ってなんだ。どちらかといえば、あれは嫌いな奴に対する態度だったと思う。俺に好意を寄せる女子たちはもっと、高い声で話してすり寄ってきたり、照れて会話ができなくても、顔が赤かったりするからすぐわかる。無駄なことに経験値はあるんだ。だから「大嫌いが正解では?」と、麗にそう聞いたら「女心がわかってねぇな」って呆れられてしまった。
「……ライバルはあの子かー まぁ、他にもまだ居そうだけど」
麗がボソッと何か呟いた気がしたけれど、丁度予鈴が鳴り、内容までは聞き取れなかった。教室に戻った後も柳さんには話しかけようとする度に距離を取られて、同じようにキツく睨まれてしまう。クラスメイトのお調子者にも半笑いで「柳となんかあったか~?」と聞かれてしまう始末だ。ああ、非常に面倒くさい。わだかまりは早めに取っておきたいのに、結局あの行動の真相は掴めぬまま、放課後を迎えてしまった。
「柳さん、帰りもアンタから逃げて走ってっちゃったね~」
「元々放課後残ってるタイプじゃないし、すぐに帰りたいんじゃない? ……というかそう思っといた方が俺の精神衛生上いい」
「せいしんえいせいじょー? 野球場かなんか?」
「似たようなもんだ」
「今、絶対めんどいから嘘ついたろ」
人通りの少ない道を選びながら麗と下校する。人に好かれるのも好きではないが、理由なく嫌われるのもいい気分はしないし、もし理由があるのなら知りたい。クラスメイトとは無難に平等に仲良くしていたほうが良い。ましてや、誰かとトラブルを起こしたなんて噂にならないほうが学校では断然過ごしやすい。
「まぁ、いいんじゃね~幽霊じゃなかったんだし、放課後はアンタも趣味に集中したら? 幽霊探ししたかったんだろ?」
「ブレスレット手に入れた時はそりゃそう思ったけど」
「あ、もしかして、アタシに出会って幽霊はアタシだけでいい! なーんて思っちった?」
「ある意味な、君だけで懲り懲りだ」
今後、君みたいな苦手分野を押し付けてきる奴らばかりに出会ったとしたら、とてもじゃないがあの時一瞬期待していた霊能者ごっこなんて楽しめない。
相変わらず騒がしい麗だが、帰路の途中に避けては通れない大通りがあるので、そこに差し掛かる前には話しかけるなと念を押して向かった。人通りも車通りも多い交差点。こんなところで1人喋りを展開しては即警察のお世話になるだろう。麗から気を逸らすためになるべく下を向いて歩いていた俺だが、信号を確認しようと顔を上げた瞬間だった。通行人の中に一際目立つ奴を見つけたのは。
「あの男の人……」
それは、小さい頃にドラマで観たくらいの存在だ。髪は逆立てた金髪。前髪にメタリックなピンク色の長いピン。肌の色は麗より黒くて、シャツの袖を捲り、制服のスラックスを腰まで下ろし、ダブ着かせて履いている。ゾクゾクと駆け上がってくる違和感の正体はすぐに分かった。嫌な予感が的中したのだ。……彼の足は、途中で消えている。
「なに、なんか引っ張られんだけど!?」
結構な声を出して慌てた様子でいるのに、周囲の人々は見向きしない。彼は魔寄せ効果により、まるで強い追い風に押されるように俺の近くへやって来た。
「ギャル男の幽霊……」
「なになに? わけわかんねぇ! お前、俺のこと見えんの!?」
昨日も言われたね、似たようなこと。せっかくの魔寄せ効果なのに、どうして俺はこうも個性的な幽霊ばかりに出会うのだろうか。
「てか、そっちのパギャルも幽霊?」
「アタシはパギャルじゃなくて、四谷……」
2人のやりとりに、小声で割って入る。
「2人とも、とりあえず人目につかない場所へ行こう」
こんなに派手なのに誰にも見えていない2人を引き連れて、俺は急いで人気のない場所を探した。