巨悪
ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……。
泉の城の鐘が響くのを、クリフォードは静かに見つめていた。どうやら勝敗は決したのだと彼は悟る。
その横顔からは、意外にも願いが叶えられなかった怒りではなく、どこか諦めのようなものが見えた。
「跳ね橋は……」
「……下がりません。操作を受け付けないようです」
「……そうか」
テレサ達の進路を塞ぐべく跳ね橋を上げたが、まさか無理矢理飛び越えてしまうとは思わなかった。
そして、今、その跳ね橋はコチラの操作を受け付けない。つまり……。
「手を出すなという訳か……」
恐らく、この遊園地に封印されていた存在の仕業だろう。
「く、クリフォード様……あれを」
護衛の一人に促されて視線を向けると、コチラに向けて大勢の人間が向かってきていた。明らかにただ事ではない。
「……いったい何事だい?」
制服を見るに何処かの私兵団と……警察の軍隊。まるで凶悪犯罪集団に対するラインナップだ。よくない事が起きている確信に汗が伝う。
「何ですかあなた達は! ここは私有地ですよ!」
自分たちを取り囲む物達に声を上げるクリフォードだが、警察は無言でコチラの逃げ道を塞ぐ。どうやら目的は自分のようだ。
「……随分と剣呑な雰囲気ですが、令状はあるのでしょうね? ……責任者はどなたですか!」
「……取り敢えずは、私でしょうかね?」
そういって警察と軍人の間を割って前に出てきたのは、仕立ての良い服を着た壮年の女性だった。
落ち着いた雰囲気を持つその女性は、凛とした顔でコチラを射抜くように見ている。クリフォードは女性が高位の貴族だと分かった。
「……失礼。あなたは?」
「メーテル マルティニア。まぁ今日は『オモカトルの花』としてやって来ておりますわ」
「……オモカトルの花」
聞き覚えのある名前だ。メンバーの全員が高位貴族夫人の集まりであり、その影響力や発言力は計り知れない。そしてその婦人会が掲げる活動、表題により母の会……もしくは毒花とも呼ばれる。
間違いなく敵に回したくない大物である。いったい自分に何の用が有るのかは分からないが、とても穏便に済ませられる空気ではない。
「それは……それは、多大な影響力を誇るオモカトルの花のメンバーに来ていただき光栄ですね。しかし残念ながらまだ遊園地は開園前でして、またのご来園をお待ちしております」
クリフォードは努めて冷静に見えるように振る舞う。
「いいえ、今回は遊びにきた訳ではありませんわ」
「……それでは夫人。いったい何故あなたが準備中の当園に? 少々無作法ではありませんか」
いくら巨大な権力を持とうが、道理に合わない行動を取っているのは向こうだ。強気に出るべきだろう。
「何故私が来たか……ですか。あえて言うなら『私が一番近かった』というだけですね」
その言葉にクリフォードはゾワリとした怖気を感じる。
「私は今、オモカトルの花のメンバー中、二十名の代表として来ておりますわ」
「ッ! それ……は……」
一人ですら敵に回したくない存在。なんとか穏便に帰って貰おうと思ったのに、それが二十人分の意思とか冗談ではない。いったい自分が何をしたのだと言うのだとクリフォードの胸中に不安が広がる。
「あとはまぁ貴方の言った通りただの責任者ですよ。警察を動かしたのは私ですわ。あとは私の私兵ですね。貴方と話したいという方がいらっしゃるので直接聞いてみてはいかが?」
二十名ものオモカトルを動かすなど普通のことではない。例え王族だろうとだ。何をすればそんな事が可能なのか、クリフォードには想像もできなかった。自分を確実に追い詰めると言う何かの意思を感じる。
メーテル夫人は小さな石を取り出すと、無造作に指で弾く。地面に落ちた石は光る陣を描いた。通信の魔道具である。
光る陣はホログラムのようにある人物を映し出す。
『ぐふふふ……久方ぶりだな』
「……貴方は」
『どーも……』
酷く嫌らしい声が聞こえた。魔道具によりその巨体が徐々に映し出される。
『……ワシだぁ』
この世の悪を煮詰めたような笑みを浮かべた、豚貴族こと、ガバス アヤブドールが現れた。
「……これは閣下……ご無沙汰しております」
クリフォードは苦虫を噛み潰したような表情を隠せなかった。それと同時にある一定の納得も示す。
オモカトルの花と繋がりがありそうで、自分に恨みがある人物と言えば、目の前で醜悪に笑うガバス以外にありえない。
とは言っても一人ならともかく、二十名のオモカトルのメンバーを動かすのは異常ではあるのだが……。
確かにガバスは自分に恨みがあるだろう。令状を使って自宅の強制捜査の指揮を取ったのは自分だからだ。
つまり今、クリフォードは自分がやった事を丸々やり返されているという事になる。
だが……、クリフォードは人知れずフッと口元を緩めた。
「ところで閣下……僕の妹を早く返してもらいたいのですがね?」
本来、ガバス アヤブドールはクリフォードより高位の貴族である。本来なら……。
なぜ位が下のクリフォードがガバスの領主館で好き勝手に捜査できたのか……それには理由があった。ガバスは少し前に不正が発覚して王都を追われているのだ。
その貴族社会で立場の悪くなっているガバスの元に、解の巫女の親子が逃げ込んだとの情報があった。
クリフォードはそれを妹が誘拐されたとして、ガバスの領主館を捜査する申請をしたのだ。不正が発覚したばかりのガバスには、その捜査を拒否する事はできない。
不正をした奴が今度は犯罪をしてるらしいぞ、と言われたら潔白を証明するしかないのだ。
だからと言って本当に誘拐された解の巫女が見つかったとしても、犯罪として立証する事は難しい。本当は誘拐ではないのだから。メイルンは誘拐されたと証言はしないだろう。
だから、これで終わりだったはずなのだ。見つけてしまえさえすれば、問題なし。ガバスも犯罪に問われることはない。
しかし、ガバスは反撃をしてきた。
だからクリフォードは笑ったのである。
また強制捜査してやるからな…と。まだ妹は見つかっていないぞと。
「……いるのでしょう? まだ貴方の元に……」
『……ぐッ!』
有利なのはクリフォードの方なのだ。
『……ぐ、ぐはははははっ! がははははっ!』
しかし、ガバスは急に大声で笑い始めた。クリフォードは一瞬、悔しさで気が触れたのかとも思ったが、ガバスの顔は愚か者を嘲るかのような感情がありありと浮かんでいた。
それを見て……クリフォードは背筋が冷える感覚がし、恐怖心が湧いてくる。
『返せ!? 返せか! ぶはははっ!』
クリフォードはふと、ガバスの異名を思い出していた。曰く、裏世界の首領、曰く、王都の闇、全ての犯罪を辿ればガバス アヤブドールに行き着くとまで言われ、それでも最近までは決定的な証拠も出なかった巨悪が……笑っている……。
『それはコチラの台詞よ……さぁ、返して貰おうか? ……ワシの――』
ガバス アヤブドールは大好物の料理を前に、舌舐めずりをするような恐ろしい笑みを浮かべると言った。
『――孫娘のテレサをなぁ……』




