正体不明の活用法
豚貴族側の話
「すぐに助けに行くべきです!」
領主館応接室、そこで豚貴族ガバスと白髪親子は話し合いをしていた。すでに青色制服がいなくなった領主館で白髪親子を隠す必要はない。
もちろん、何があるか分からないので自由に行動ができる訳ではないが。
「あ? なにがだ?」
突如叫んだ白髪母メイルンの言葉に、ガバスは心底不思議そうな疑問顔を浮かべる。
「あの少女の事です! ……私たち親子の身代わりで捕まってしまうなんて……そんな」
「……はぁ」
事の顛末を聞かされたメイルンは、発狂しそうな表情でガバスに少女の救出を懇願する。自分達の為に幼い少女が身代わりになったと聞いて、身の裂かれそうな想いだ。
「断る。……何故ワシがそんな事をしなくてはならん?」
しかし、ガバスの答えは無常な物だった。
「何故って……ガバス様は心配ではないのですか!」
「……キサマ、何か勘違いをしておらんか?」
不機嫌そうにギロリとガバスに睨まれた事でメイルンは震える。娘のテレサも怯えて母親にしがみついた。
「ワシはあの小娘に金銭を持って依頼したのだ。そして小娘は確かに依頼を達成したと言ってもいい。時間も稼げたし報酬はしっかりと払おう」
「ならば!」
「その結果、自身が捕まろうがあの小娘の責任だ。ワシが助け出す義務などないわ!」
「そんな……そんな事って……」
切り捨てるようなガバスの言葉に、絶望したような表情を浮かべるメイルン。
ガバスはそんなメイルンに更に追い討ちを掛けた。
「ふん、あの小娘にお優しいことだな。偽善者め」
「ッ! 偽善者ッ……」
言われた言葉に身分の差すら忘れて睨みつけてしまう。
「はん、偽善者であろ。キサマが目覚めた時、娘が手元にいてどう思った?」
「それは……安心しましたが」
「それが答えだ。……キサマは小娘が身代わりになったと聞いて心の中では安心したのだ。そして取り乱したフリをして自分の意思ではないと責任逃れをしておるだけではないか」
「……そんな」
もちろん詭弁ではあるのだが、メイルンの心を折るには充分な言葉だ。そして反論がない事をいい事にニヤリと嫌らしい笑みを浮かべる。
「約束は覚えておるな?」
「……はい」
「キサマら親子の願いは、あの若造が手を出せないようにする事。そして事が済んだらワシの部下として能力を使って貰う……」
「……勿論です」
それがガバスとメイルンの間で交わされた約束だった。メイルンの言葉を聞いてニヤニヤとガバスは笑う。
「ふぅ……随分とタイミングの悪い時に転がりこんできおって、まぁいいわい。これで一番キツイ所は抜け出した」
「……それはどう言う事ですか?」
「ふん、気づいておるだろ。あの若造がキサマらを手放す訳がないと……娘だけでなく、母親であるキサマも逃す気などなかろうよ。キサマとの契約では手を出せないようにするだからな。ワシにとっても鬱陶しいハエに集られるのは気に食わん」
「……」
メイルンは僅かに顔を青ざめる。そう、まだ解決した訳ではないのだ。
「安心するがいい、最終的に手を出せないようにすればいいのであろう? 過程はどうであれなぁ」
ガバスは悪巧みをするような顔で、策略を巡らす。
「その為にはキサマらには存分に働いて貰うぞ……特に巫女の娘の方にはなぁ」
「……ぴッ」
ガバスに顔を近づけられたテレサは、小さな悲鳴を上げてメイルンの陰に隠れる。
「ガッハッハ! あの若造め! 立場の悪い時にここぞとばかりに好き勝手しおって! 目にもの見せてくれるわ!」
「……あの少女は……どうなるのでしょうか」
ご満悦に高笑いをしていたガバスがピタリと笑いを止め、忌々しそうな顔をする。
「はぁ、どうもこうもあるか。キサマはあの小娘の事をただの子供と思っているようだが、……アヤツは正体不明の化け物だぞ。このまま厄介払いが出来たら嬉しいくらいだが……無理だろうなぁ……」
ガバスの言葉にキョトンとした目を向ける。メイルンからしたらガバスの方がよっぽと化け物に見えるが、そのガバスが化け物と断じるのは不可解に思える。
「不思議か?」
メイルンの内心を読んだかのような言葉に頷く。
「あの少女は何者なのですか? ……もしや御息女では……」
貴族が妾に産ませた子供など珍しくもない。メイルンの考えとしては一番可能性が高いと思っていた説だ。領主館で牢屋に幽閉されている子供、それでいて自由に抜け出している事からそう考えていた。
「……」
しかし、御息女という言葉を聞いて、ガバスの顔が歪み、違うのだと悟る。
「ふん、さっきも言っただろ。正体不明の化け物だと……分からんのだ。もしかしたら、キサマらもその一端を見たのではないか?」
「……」
「ヤツは牢屋から抜け出すふざけた力がある、それだけではない。それ以外の異能も恐らく持っている。……正直、ワシはヤツに関わりたくない」
「……つまり牢屋に閉じ込めていた訳ではなく、勝手に住み着いていたと?」
その言葉にガバスは難しそうな顔をする。
「いや、何と言うか……。うむ、説明し辛い……」
最初は密航者を利用する為とか思っていたのに、今では住み着かれている状態をなんと説明すればいいのか、ガバスには持ち合わせていなかった。
「では何故……」
「追い出していないのか……じゃろ? ……うむ、言いたいことはわかる。簡単に言えば、得体が知れないからだ。信じられるか? どんなペテンか知らんが、あの小娘は、化け物と呼ばれていた暗殺者を退けたのだぞ。無理に追い出そうとしてどれだけの被害が出ることか……」
「……まさか」
ガバスがペラペラと小娘に対する情報を話したのには理由があった。正直、言っても信じてもらえない事を抱えるのはストレスだったのだ。でも、しばらく一緒に過ごしたこの親子ならば、もしかしたら信じるのではないかと思った。
「ふん、だがまぁ。今回の事で少し分かったぞ。予想通りだ。あの小娘が妙な異能を発揮するには限度があるな」
本当に化け物のような力を持っているなら、何も自分が身代わりに捕まる必要はない。牢屋に入って来た者たちを片っ端から倒せばいいのだから。
その事からガバスは大きな異能を使うには制限があると見破った。些細な情報も逃さない。ガバスは小娘を追い出すことを諦めてはいないのだ。
「喜べ、ワシにはとっては非常に癪な事だが、恐らく小娘は放っておいても、いつか戻ってくる」
「……」
メイルンは半信半疑だが、ガバスの言葉に希望を見出す。
「ワシは今回、あの小娘を利用すると共に、ヤツの天秤を測っていた」
「どう言う事ですか?」
「ヤツがどんな行動を取るか、小娘にとっての価値観はどうなっているのか……だ」
「それは! 私たちの為に自分の命を犠牲にする行動をとると分かっていたのですか! 利用したのですか! あの子の優しさを!」
利用したという言葉にメイルンは食ってかかる。それは子を持つ親として許せる言動ではなかった。
しかし、ガバスは鼻で笑い、見当違いだと吐き捨てる。
「キサマは見た目に騙されすぎだ。自分の命を犠牲に? 馬鹿馬鹿しい……。あの小娘がそんなタマか! 天秤に掛けたのはキサマら親子ではない、『金』だ」
「……」
「あの小娘は金と面倒を天秤に掛けた場合、どこまで契約を守るのかを見ていた。そして、思ったより金が重かったということだ。……いや違うな。自身の力ならどうとでもなる……そう思っていたと捉えてもいいか」
メイルンには何が何だか分からなかった。ただ、分かったのは、ガバスと少女は味方同士ではないことだけだ。
「ぐふふ、小娘の天秤が金の契約に傾くなら」
ガバスは悪党らしい顔で、まさに悪党の策を張り巡らせる。
「若造め……キサマは小娘という毒を飲み込んだのだ……ふはははは! さぁ巫女共よ。キサマらには一仕事してもらおうか!」




