渦巻く噂話と、いわれのない風評被害
「なんでも、お館様が王都を追われて帰還したらしいぞ」
「へ〜、そりゃ怖い。お館様って言ったら黒い噂が多いお人だからな」
「まぁ一般の俺らには滅多に、お目に掛かる機会もないから問題ないだろ」
「それもそうだ。雇い主がどれだけ悪どかろうが、俺たちの仕事に関わりがある訳じゃない」
ここは領主館の休憩スペース、職員が仕事を一時の間忘れて、談話をする場所だ。
仕事に必要な情報交換から、下らない噂話まで会話の内容は多岐にわたるが、他職種との連携を計る大切な場所と言えよう。
「そっちは夜間の見回りでしょ? お館様にバッタリ会わないよう気をつけて下さいね」
職員の服を来た男が、兵士の格好をした男に手を振る。
ここには兵士だけでなく事務員や執事、メイドやその他の職員も訪れるので話題には事欠かない。
〜〜〜〜
その噂は、ある一人の新人執事から始まった。
「俺……夜勤の仕事やりたくないです」
「おいおい、若い癖に何言ってるんだよ。確かに眠気は耐えづらい物かもしれないが、夜勤手当もあるんだから頑張れよ」
「違うんです……」
「お、どうした? 何の話だ?」
落ち込んだ様子の執事に幾人かの職員が集まって来た。領主館に勤める者は多いが、ソレでも必然的に顔を合わせ顔見知りになる事が多い。
そんな中、いつもの様子と違う執事を見ると、話題の提供が来たと喜び勇んで集まるのだ。
他人の落ち込んでる話題なんて、他人からすれば良いご馳走だ。
「なにか……『いた』んです……」
「なにかって……なんだよ?」
「分かりません! でも、いたんです!」
「おいおい、落ち着けよ。順番に話してみろ」
「すみません……。実はこの間……夜勤の時の話なんですが」
「おう」
「おい、どうした? 何の話だ」
「一仕事終えて、休憩スペースで一服してたんです」
「なんだ? 俺も聞かせてくれよ」
「その帰りの事なんですが、ある通路で急に灯りが点滅し始めたんです」
「こ、怖い話か?」
「あ〜、怪談か〜」
「定期的に上がるよな」
「私も聞いた事あるわね。去年は天井を徘徊する老婆だったかしら」
人の集まる場所で怪談は付きものである。話を聞こうと人集りが出来始めた。
「接触不良かと思って、調べてみたんですけど別に異常は見られなくて、報告しようと思った瞬間に……」
「お、おぉ……」
「ゴクリ……」
「自分のすぐ後ろを、何かが通ったんです」
「……」
「……」
「……」
「……何が?」
「分かりません……すぐに振り返ったんですけど……何もいないんです……隠れる場所なんて何処にも無いのに……」
「ん〜まぁ……」
「よくある、よくある……」
「なかなか面白かった」
「窓に映る貴婦人とか、地下で拷問の末、殺された兵士とかな……よく聞く」
まぁただの噂話である。本当に信じている者はいない。
〜〜〜〜
「なんか……いたわ……足音が……」
「お前もか……実は俺も……」
「お、怪談ブームが始まったか」
ジワジワとその噂は広がり、皆は妙な不気味さを感じ始めていた。
〜〜〜〜
「最近、視線を感じることがあるんだ……」
「息を殺してこっちを窺っているような」
「……」
「馬鹿馬鹿しい……いつまでそんな話で盛り上がってるんだ。子供じゃないんだぞ」
領主館では俄かに不安が広がっていた。だが、力に自信のある兵士なんかは強気な者も多い。
〜〜〜〜
「嫌だ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
昨日の兵士である……。
「ずっとこの調子なんだ……何でも領主館を繋ぐ橋で、少女の幽霊に睨まれたとか……」
「橋……か……。俺の田舎では大昔に川の氾濫を抑える為、生贄を捧げてから橋を作ったという噂があってな」
「そ、それで……」
「ある時から生贄の幽霊が目撃されるようになり、その後すぐに、橋は水で流され大勢の人間が亡くなったそうだ。生贄の呪いだと……」
「橋と……幽霊は付きもの……だな……」
「橋が壊れた後は、封印が解かれたように不幸が降りかかったらしい……」
「……昔の迷信だよな?」
〜〜〜〜
「……メイドが……子供の霊を見たらしい……」
「これは噂だが……」
日に日に、幽霊の目撃情報は増えていった。それでも、自分で見ていない者は半信半疑だったりする。
「はは、幽霊ねえ。ぜひお目に掛かりたいもんだ」
「そうそう、そうしたら俺たちがとっ捕まえてやるんだけどな!」
〜〜〜〜
「「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」」
昨日の兵士二人である……。
「暗い廊下の向こう側から……スー……っと通り過ぎて行ったんだ……」
「少女の幽霊だった……人間特有の重心のブレがないんだ……」
「足音もなかった……」
「あれはきっと事故で足を失った子供の幽霊だ……」
全く信用していなかった兵士二人が、同時に目撃したと言うのだ。幽霊騒ぎは信憑性を帯びてきた。
〜〜〜〜
「「「ヤバイヤバイヤバイ……」」」
「狂ったような笑い声が……」
「耳から離れない……」
「ダメだ……アレはダメだ……」
「普通じゃない……」
「……これは噂なんだが……昔、お館様に監禁された少女がいるらしい……」
「その少女の末路が……」
「あの狂ったような子供の笑い声は……」
「……まさか……いくら何でも」
仕舞いには、とんでもない風評被害まで出る始末だ。
「あ〜……ちょっといいか?」
そんな中、話しかけてくる人物がいた。
たしか、厨房で長く働く職員だ。そして長く働くだけあって立ち位置は自分たちより上で、自然と緊張が走る。
あまり、こう言った話題に口を出してくる人物ではなさそうなのだが。
「さっきの話なんだが……あまり大きな声で話さないほうがいいぞ……部署替えされたくなかったらな。戒口令……と言えば分かるか?」
「……ウス」
「……何も知りません」
「……了解です」
噂が確信に変わった瞬間である。
余談だがこの男、少女の部屋に食事を運んでいる給餌で、少女の存在を知る数少ない人間の一人である。
少女のことは口外しないよう言われているので、止めただけだ。
〜〜〜〜
「「「橋が落ちたーーーー!!!」」」
「おい! 落ちたじゃないか! どうすんだよ!」
「迷信じゃなかったのかよ!」
「やっぱり少女の幽霊は前触れだったんだ……」
「呪いの封印が……」
「コレからどうなるんだ……」
「もうダメだ」
領主館では、一人の少女のせいで恐怖が渦巻いた。




