高級なお店で紅茶を吹き出す
どーも私です。
現在高級車の中でデブとランデブー状態です。
向かいの座席にでっぷりと座り込んだ豚貴族が葉巻を取り出して吸い始める。
しかし、見れば見るほど悪人面だね。
「それで、結局何で服を買うって話になってんすか?」
「ふん……」
鼻から煙を吐き出し、車内に備え付けの冷蔵庫から酒の瓶を取り出した豚貴族はニヤリと醜悪な笑みを浮かべた。
「何故……か。当ててみるがいいわ。正解したらツマミを恵んでやる」
暇つぶしのクイズ始めやがったよこの野郎。まぁ大体予想できてるわ。
「あー、まぁどうせアレでしょ。私の牢屋と一緒で、保護した少女の服を買い与えるって名目のカモフラージュかな?」
「チッ」
豚貴族はビーフジャーキーの小袋を投げ渡してきた。
私に与えられた情報の中で推理できるならこんな所だろうしね。
小袋を開けてビーフジャーキーを口に放り込む。
「あぐあぐ……んで街で他の人にバレたくない用意があるって所だね。なんか飲み物ない?」
「……ほう、ワシの息子達よりよほど貴族に向いておるわい」
それ貴族と書いて悪党と読んでるよな。
酒の瓶のコルクをポンッと抜いてグラスについで飲み始めた豚貴族は嫌らし気に面白そうな顔をした。
随分とご機嫌じゃないか。
「そりゃどーも……」
「行く所は情報屋だ」
あ、教えてくれるのね。正直興味なかったんだけど。
「なんか依頼するんすか?」
「正確には受け取りにだ。王都で依頼した情報をこの領で受け取るのだ。守秘義務の関係でワシ本人が出向かねばならんからな」
あーなるほどね。依頼した事をバレたらいけないのに、本人じゃなくても結果を受け取れるとかマズいもんなぁ。
「服屋で降ろすから小娘は勝手に服を作ってろ。ただし作った服は着てから帰れ。いいな」
「あーはいはい。本当に服を作ったというアリバイ作りですね。領主館を出る前に私を人の目に触れさせたのはその為ってことでしょ?」
文官の中に紛れ込んでるスパイに対してのポーズって訳だ。はは、大変ですね。
「やはり向いておるわ……」
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ほえ〜おっしゃれ〜。
丘を下って街を通る。街は路面電車の様なものが走り。道ゆく人々が行き交う場所だった。
なんというか、そう異世界というよりは別の国に来たような感覚。お店があって広場があって人がいる。
この辺りは住宅地というより店の立ち並ぶ街中なんだろうね。背の高い建物ばかりだ。
「都会が広い……」
一部分だけ都会が密集している訳じゃなくて。車で通り過ぎる通り一つ一つが映画のワンシーンを切り取った様な都会だった。
観光地の一部分だけ作られた景色ではなく、どこまで行っても続く景色。
こうみるとやっぱり異世界なんだろうね。
しばらくすると車が止まった。
そこは高級ホテルのロビーの様にも見えるが、窓ガラスに飾られている服がブティックだと分からせてくれる。外から軍人執事がドアを開けたので出た。
ここからはお喋りはなしだ。
軍人執事が車のキーをお店の人に渡すと、車を何処かに持って行った。
豚貴族と軍人執事の後を追って店に入ると、赤い絨毯の引かれたショッピングモールの広場のような所だった。その代わり人は疎らでどいつもこいつも高級そうな服を着ていやがる。
しかし、気になるのは領主であるはずの豚貴族を見ても、誰も反応しない事だ。
う〜ん、豚貴族の顔が知られていない? いや、違うか。街の人口が多すぎるんだ。
人口が多くなればなるほど、お偉いさんというのは遠い存在になって気づかれにくくなるからね。元の世界でも知り合いでもない、どこどこの社長の顔とか知らないでしょ?
所々にディスプレイされたマネキンを無視してエレベーターに乗り、上に向かう。
「お待ちしておりました。ガバス アヤブドール様」
「うむ」
到着した階では、エレベーターの扉が開いた瞬間から女性が頭を下げていた。
ほ〜ん、お偉い様方用の専用フロアか。高級店だろうからね。そんなのがあってもおかしくないか。
「私は本日お世話を……」
「あーいらんいらん。ワシらはもう行くから適当にソイツの服を作っておけ」
店員さん困り顔だよ。
仕方ないから豚貴族のズボンを引っ張って、クイクイと店員に促す。お偉いさんの適当って平民には恐怖だろ。
「あーうむ。一着はメルキアの新作の服があっただろ。ソイツのサイズにして作れ。あとは適当に十着ほど作ればいい。金は幾らかかっても構わん」
「かしこまりました」
まだ少し戸惑ってるけど、まぁこの人だってお偉いさんを相手にしているプロだ。なんとかするだろ。
「閣下、代わりの車の用意ができました」
「少し外す、夕方には戻るから小娘の世話は頼んだ。服の代金と飯代はここから引いておけ」
そう言って豚貴族が手首を握る仕草をすると、目の前にディスプレイのような物が現れる。
お、なんだ? 魔法っぽいぞ。結局魔法っぽい物は暗殺者の使った壁に大穴を開けるやつしか見てないからね。興味深々だよ。
しかし、初めて見る魔法らしい魔法が電子決済モドキとは……。もしかして魔法というよりはスマホみたいな魔道具かもしれないけどね。
この世界、中世時代みたいなガチガチのファンタジー世界じゃないからあり得るんだよね。
ファンタジーとはいったい……。
まぁ、ここは都会で発展してるからそう思えるだけで、田舎の方に行けば想像していた様なファンタジー世界な街並みが見れると思うんだよね。
前の世界だってそうでしょ? 街から離れると昔ながらの光景が何処にでもあったからね。
何のことはない、この世界だって同じだ。ファンタジー世界が発展した世界なんだろ。街から離れたら昔ながらの光景が広がってんだよ。たぶんね。
「それではお嬢様。体のサイズを測りますからこちらにお願いしますね」
豚貴族と軍人執事を見送ったあと、店員の姉ちゃんがにこやかに笑いかけてくる。
お、何だい?姉ちゃん。子供好きかい?
店の店員さんと今後も会うことは無いだろうから、情報収集の為に喋っても構わんだろ。
「ウィッス! お願いしますわぁ」
「え、ええ……よろしくお願いね」
お、どうした? 私の言葉使いが気になったかな。
五人ほどの女性を引き連れてフロアを歩いたあと、空港の金属検査みたいな物を潜らされる。ほぉ〜ん、これもしかして体のサイズ測ってんのかね? 何気に凄くね。
何枚かの資料を見せられて質問されたがよく分かんなかったから、適当に答える。動きやすくてこの世界で異質な格好じゃなかったら何でもいいよ。
髪型を整えるっていうから、座ってスタイリストさんみたいな人に髪を弄られる。その間、さっきの姉ちゃんとお菓子と紅茶を飲みながら談笑だ。セレブじゃん。
「子供服で有名なブランドなんですけど、この髪型と合わせるのが流行りですね。お嬢様の髪は長いので色んな髪型に挑戦できますよ」
なかなか話し上手だね。こういうのも仕事に必要なスキルなんだろうね。
「あえて別のブランドで組み合わせるのもいいですよ。ところでアヤブドール様とは親戚だったりするんですか? あぁ、答えにくかったら大丈夫ですよ。ただの興味本位ですから」
お、情報収集のつもりが情報を抜かれそうになってるわ。まぁただの話題提供だろうけどね。
でもマトモに答える気はないよ。だって囚人って答える訳にもいかないからね。
「愛人です」
お姉さんは紅茶を盛大に吹き出した。




