作られた静寂
「まず常識的に考えて一人二人ではないでしょう」
「……」
「怪しいのはここ二年程で採用したもの……もしくは……聞いておられますかな?」
「わ、分かっておるわ」
話があんまり耳に入っていない様子の豚貴族を、私はベッドで横になりながら窺っていた。
気になるだろうねえ……さっきまで私は牢屋にないはずのジュースを飲んでいたんだから。ビンの蓋を開ける音で気づいた豚貴族は目を見開いて驚愕していた。
私はわざと豚貴族しかいない時にこういった行動を取るようにしている。軍人執事の前ではこの不思議現象を見せないようにしているのだ。
「あのガキは……関わりがあると思うか?」
「……」
豚貴族が恐る恐る問いかけるが、軍人執事はため息で返した。
「本気で言っておられるのなら閣下の正気を疑いかねませんな」
「……」
この軍人執事、結構言うんだよね。皮肉屋でもあるのか言い回しがキツい時があるんだよ。まぁ豚貴族はあんまり気にしていないみたいだけど。
「暗殺者にあの少女を起用する人物なら苦労はしていません。確かに最初は暗殺者の線もありましたが、そもそも言葉を理解していない少女に指令など出せませんからな。言葉が分からないと言うのは演技でどうにかなる問題ではないですよ」
「……」
「そもそも、閣下もそれは分かっていたはずですが、どうして今さら……」
「……いや、関係ないなら構わん……止めて悪かったな」
そうそう、説明したところでお菓子事件の二の舞。信じて貰えないことを説明するのはもどかしいからね。得体が知れないけど無害な私を気にするより、そっちが抱えてる問題に対応すべきだよ。
「そうですな、続けましょう。今は密航者にかまけている場合ではありません」
あ、私って密航者扱いだったのね。
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それからしばらくは夜は散策、領域では探偵ファーマルをプレイしていた。夜の散策では隠れる場所の少なさから、屋敷の人間に見つかりそうになる場面があったので対策を考えるべきかもしれない。
そうそう、豚貴族の寝室を発見したよ。意外な事に同じ屋敷区分の別の階にあった。
この建物周辺はどちらかといえば職場に近いイメージなんだろう。
だから寝室が浮いているんだよ。恐らく、従業員ようの社宅も同じ土地にあると思う。豚貴族の家は殆ど街だからね。丘の上から見えた普通の街から毎日ゾロゾロと通うのは現実的ではない。
元の世界でも車を作っている大きな会社なんかは同じようなことをしていると聞いたことがある。大きな土地に工場や社宅なんかをひとまとめにして、私有地にも関わらずバスが出てるんだとか。
まぁそのお陰で夜の散策は人気が少ないから良いんだけどね。もちろん夜勤の人間はいるから安心は出来ないけど。
そんなある日、夜の散策をしていたら奇妙な違和感を感じた。
「ん……何だろ。なんか……」
嫌な感じがして、スキマを作成している時に表示される光の時計をかき消す。パシュン……という音ともに時計は霧散した。
スキマの作成中は無防備だ。異常を感じたら直ぐに動けるよう手を止めるクセが付いている。
何だ? 私は何が気になってるんだ? 軽く深呼吸をして耳を澄ます。
「音だ……」
私は扉から離れて対面の窓枠に飛びつく。しがみ付いたら懸垂の要領で窓の外を覗いた。目を凝らす。
百メートルほど離れた屋敷が燃えていた。ボヤ騒ぎだ。人が集まって消火活動を行っている。寝ていた従業員たちも集まってきているので結構な騒ぎになっていた。
私の感じた違和感はこれだ。遠くでザワつく喧騒の音を拾ったんだ。そして、この屋敷で夜に働いていた人間も向かったのだろう。
逆に屋敷の中が静かになっている。
遠くの喧騒、近くの静寂。これは意外と違和感を覚えるんだ。
例えるならば、自分は二階で静かにしているのに一階では親戚が集まって飲み会を開いている……そんな感覚。
もしくは、輝く舞台の上で踊るアイドルと舞台袖で荷物を運んでいる自分。
何となく分かるかな? 人によっては安心するって人もいるんじゃないかな? なぜならメインはあっちでコッチは影、あっちが目立つほど此方を見ている人がいないという安心感。
そう……それは何か隠れてやるには都合のいい状況。
この状況ね、作れるんだよ……。
私が立っている廊下の向こう側、そこに人影が立っていた。
スラリとした高い身長。
その影が走るでもなく警戒した様子でもなく、余裕すらみえる歩調で歩みを進める。
窓から差し込む月明かりが、その姿をみせる。
コート姿の男、帽子に革靴。
「なかなかのオシャレさんだね……」
この世界で普通の格好なんだと思う。あくまで思う。なぜなら私はこの世界の普通の格好をあんまり見たことがないから。
なんで見た事がないと思う? それは私が囚人で、囚人じゃない人にとってはここは職場だからだよ。
「……んで」
私は腰を落とす。
「私服のアナタは……」
コートの男の腕にナイフが握られる。
「誰なんでしょうねぇえええええ!!!」
逆の方角へ走り出した。
ペタペタペタペタペタペタ!




