うしろの正面だぁれ
本日二話更新 こっちは二話目
間に番外編あり
「…………あぁ? なんだ……こりゃ」
建物を巻き込むように町長に叩き込もうとしていたプレジール ヴィイの拳は……ピタリと静止した。
ジジジ……とエネルギーを纏っていた拳は、徐々に勢いを無くして消失する。
この魔力を再度拳に纏わせるのには時間が掛かる。にも関わらず、彼はそのエネルギーを消失させた。
ある違和感のせいで……。
「おい、どう言う事だよ……テメェ……」
違和感の一つは、町長が身を挺して集合住宅を庇う姿勢を見せなかったこと……。
もう一つは……
「…………」
ヴィイは足元の集合住宅を睨みつけた後、周りの街を見渡す。
初めから考えていた事だ。
町長が捕獲に来たら住民を人質にとって町長を殺す。
「……ッ」
プレジールヴィイは住宅から飛び降りて街に降り立つ。
ビルの間をムササビのようにジグザグに飛んで辺りを見渡す。
「……チッ……そう言う事かよ……」
彼は街中の大きなスクランブル交差点の中央に降り立ち、夜空を見上げて呟いた。
夜にも関わらず、煌々と灯りを放つビル……。
しかし……誰もいない……。
車も走っていない……。
ただただ……人が居ない……。
「アーハー!! 気づいた!? 気づいちゃったかな〜!!」
車の走らない交差点の真ん中で、プレジールヴィイが声の主を見上げた。
信号機の上に頭を押さえて見下ろす町長が、高らかに笑い声を上げる。
「んーん!! キミが市民を人質に取るのは想定済み。だ か ら あらかじめ住民を避難させておいたのさ〜」
「……クソが」
「いや〜、キミならきっとそうすると思ってさぁ〜。わざわざこっちに誘導しておいたんだよ。あぁキミ何て言ってたっけ? 死を取るか市民を取るか選べだったっけ?」
町長の持つ長剣に光が帯びる。
「どっちも選ばないよ」
信号機の上で町長が長剣を構える。
「そもそもそんな選択肢に持って行かせない……」
剣から天を突くような光の柱が伸びる。
「だって僕……『町長』だもの……」
光の柱を携えた町長が……剣を構えたまま空に舞う。
「ショー……ターーイム!!!!」
呆然と立ちすくむプレジールヴィイに向かって、町長の渾身の一撃が放たれた。
天からの一撃のように辺りに眩い光が迸る。
「んーん……」
道路に着地した町長が、剣を二度振り回して腰に戻し振り返る。
「分かったかな?」
広い交差点だった場所には、底も見えないような大穴が空いていた。
恐るべきは、音がほとんどなかった事……。
コレだけの破壊をしたのだ……衝撃が地面を揺らしたはず。しかし、地面は揺れなかった……。
クッキリと大穴の空いた交差点は、綺麗にその境目を作りヒビすら入っていない。
地面を砕く音もなかった。
大穴が空いたという結果しか存在しないほどの、恐ろしい一撃。
それは、その一撃の部分だけが一瞬で消滅した事を物語っていた。
――――――――――――――――――――――
「うひー、やっぱアンタやべぇな……捕まえるどころか消滅だろ」
大穴の前でカメラに向かって終わりの挨拶をした町長の前に茶髪の副市長がやってくる。
「はぁ、道路の真ん中にこんな穴空けて……処理が面倒くせぇな」
赤髪覇王の副市長が、頭を掻きながら現れる。
「まぁ、いいんじゃないでしょうか? 人工ダンジョンの勢力にも話は通してありますし……」
秘書風の副市長が、デキる女感をだしながら答える。
「んーん、撮影も終わったから……みんな解散でいいよ。派手な映像も撮れたしね!」
「それじゃあセントロ区域に戻るか」
そう言って三人の副市長は、それぞれ飛ぶように帰って行った。
ハイテンション町長は、誰もいなくなった街で空を見上げ呟く。
「アーハー、本当に頑丈だね〜」
――――――――――――――――――――――
「んーん、呆れるよ。まさか形が残っているどころか生きているんだもん」
「…………」
古びたビルの屋上でハイテンション町長が、落ち込んだように言う。
そして、その横には人形を抱いた町長の娘が立っていた。
目の前には、屋上に続く扉の前でボロボロになりながら座り込むプレジールヴィイの姿。
「よ……ぉ……町長殿……。見つかっちまったか……」
全身から血を流しながらヴィイは、見下ろす町長に向かってカラ元気のように笑みを浮かべる。
「凄いねキミ。僕の一撃をくらいながらも自分に魔力弾を当てて避難したんだ」
「……へっ、つっても……もう限界だけどな……」
「みたいだね……」
町長は扉にもたれ掛かるように座り込むヴィイを見下ろしながら長剣を抜く……。
「せめて……苦しまないようにしてあげる」
「……俺を殺すか……捕獲って聞いてたんだけどな?」
「ダメだよ……キミはダメなんだ。………………意外に落ち着いてるんだね?」
「はっ、落ち着いてるか……アンタは『怖く』ねえから……だろうな?」
「怖い? ……キミに怖いものがあるとは思えないんだけど。それにここまでキミを追い詰めたんだ……僕のことも少しは怖がってくれると嬉しいな……」
「ククッ……何言ってんだよ。俺にも怖いものはあるさ……でもアンタじゃねえ」
「……ならキミは何が怖いの?」
「町長殿よお、アンタは強いよ。そう、強くて『当たり前』だ。そんなアンタがあんな奴等まで従えて全力で俺に向かって来た……光栄だよ」
「……強くて当たり前……か。そんな事ないよ……」
「俺が怖いのは……な……自分の強さが『揺らぐ』ことだ」
「間違いなくキミは強いよ……僕が保証する」
「は、あんがとよ。でもな……俺は弱くて『当たり前』のヤツに負けたんだ……」
プレジールヴィイは虚な目で呟く。
「……?」
「何故俺は……負けた」
「キミほどの存在が負けたのなら……それはその相手が強かったんだよ……」
「違う……アンタも分かるだろ……俺たちの様な人間やめたヤツらは、何となく相手が強さが分かる……」
町長はヴィイの言葉に、戯けたように肩をすくめる。
「まぁね……だったらやっぱり、負けたのは気のせいだよ。キミほどの存在を脅かす存在なんて僕らクラスしかいないじゃない」
「……なら……なんで……」
ビルの屋上に風が寂しげに吹いた。
「俺はまた……お前を見上げて……お前はまた……俺を見下ろしている?」
「……?」
最初は……プレジールヴィイの意識が朦朧としていているのだと思っていた。
「……なぁ」
自分を見つめる視点の定まらない瞳……違う。彼は自分を見ていない。
ゆっくりと町長は、長剣を構えながらも振り返る。
ザワザワと風に揺れる長い髪……。
「嬢ちゃんよお……」
彼は、自分ではなく……背後のナニかを見据えていた。
「キミたち……なんでここに?」
「どーも私です」
まるで当たり前のように……
町長の後ろには、二人の幼女が立っていた。
「あ、ソイツ殺します?」
まるで『横の席空いてます?』くらいの気軽さで声を掛けてくる長髪の少女に、町長は気まず気な表情を見せた。
「アーハー……あんまり見られたくなかったかなぁ?」
ガックリと肩を落とした町長は、落ち込んだように呟く。
「キミたちに何か因縁があるのは……何となく分かっているよ。でもね……僕は彼を……殺さなくちゃいけない」
「ふぅ〜ん、なんでッスか?」
町長は、叱られた子供の様に下を向く。その表情は分からないが声色は沈んでいた。
「彼はコレからも殺人を続けるから……」
「でも捕まえたらソレまでじゃないッスか?」
「ダメなんだ……証拠が……証拠がないんだよ!」
「……」
珍しく感情的な声をあげて町長は悲痛に叫ぶ。
「どんなに僕がッ! 彼を映像で亡霊デュラハンだと叫んでも! ……証拠がない事には彼はすぐに解放されちゃうんだ!」
「……」
「間違いなくッ! 彼がッ……犯人なのに……」
町長は顔を手で押さえて俯く。
まるでこんな顔を誰にも見られたくないとばかりに……。
「……証拠もない……目撃者もいない……なら、僕がやっていることは結局……証拠のない人間を決めつけただけだッ!」
この事件を長年追っていた者にとって一番頭を悩ませる事柄……それが亡霊デュラハンは証拠を一切残していないことだ。
「プレジールヴィイ……彼を見てよく分かったよ。彼はただの殺人鬼じゃない……プロの殺し屋なんだ。そんな彼が……証拠なんて残すはずがない」
喉を掻きむしるように町長が苦し気にする。
「ならッ! だったら僕が……僕がやるしかないじゃないかぁ……」
泣きそうな町長の声は、萎んだように空気に溶ける。
「……だって僕…………町長だもの……」
――――――――――――――――――――――
「なるほど……ちょっと分かりましたよ」
長髪の少女は納得したように口を開くと、うんうんと頷く。
「つまり……証拠があればいいんですよね?」
「……キミたち見てないって言ってなかった?」
「見てないッスよ」
「んーん……キミたち何しに出て来たの?」
町長は顔を押さえながらも『仕方ないなぁ』と苦笑したような声色で返す。
「どちらにせよ子供の証言なんてアテにならないって判断されるよ……それに捏造に手を貸すのも……ね。でもありがとう……この件は僕が肩を付けるから……」
長髪の少女は、首を捻ると町長の背中に問いかける。
「本当に……『目撃者』っていないんスかね?」
「……え? キミ……何言ってるの?」
「んっふっふ、こっちも賭けなんスけどねぇ……」
町長の不思議そうな声を無視して、彼女はニッと笑う。
「…………アクセス」
白髪の幼女が静かに口を開く。
彼女の手に持った天然コアが浮き、回転しながら文字を撒き散らす。
『……起動』
その声……音はこの場にいる誰からでもない……。
そんな存在が目を開け、口を開く。
「え? 何それ?」
キョトンとする町長を尻目に、それは腕から降りると深々と礼をする。
「お人形ちゃ〜ん。おはようさん」
それは、町長の娘が抱えていたラリアードール。
町長の娘から抜け出したラリアードールは、トコトコと歩いて白髪幼女の前で立ち止まる。
「あぁ、驚くこたぁないッスよ。この人形のプログラムを作ったのは幼女ちゃんなんで……」
「それは、本当なら凄いね?」
白髪幼女は自分の胸元くらいにある、ラリアードールの頭に手を乗せる。
「……さいしょは自分で見て考えるプログラムが出来ないか考えてた……」
白髪幼女の天然コアが回転を始める。
「……でも無理……それは人間をつくるようなもの……でも、その名残りは残ってる……」
「さて、幼女ちゃん……それは何かな?」
ラリアードールの頭に手を乗せていた白髪幼女が、何かを引っ張るように掴んで、ソレを紙吹雪のようにばら撒いた……。
「……映像機能」
白髪幼女の瞳が赤くひかり、白目が黒く染まる。
全身から不穏な黒い靄が吹き出し、地面に潜る。
ブワリと光の粒が幼女の周りを回転するように飛び交う……。
映像記録の機械とは常に揺れ動く魔力を調節しないといけない為、人間が持っている必要がある。それが今の技術の限界。
そう、天然コアのような遺物にプログラムさせない限り……。
「……日時検索」
飛び交う光は白髪幼女の手に集まり、彼女はソレをオニギリでも握るように両手で固める。
そして……。
「……みつけた」
固めた両手で引き伸ばすように広げる……そして、幾つかのモニターが空中に浮かび上がった。
「…………」
ザザッとモニターにノイズが入り、画質の悪い映像が映し出される。
切る
斬る
きる……
映像の中では……首を切り裂く殺人の瞬間が流れていた。
「ダメじゃな〜い……」
いくつものモニターに映し出された殺人鬼は、振り返りながら、ドロリとした邪悪な目で……楽しそうに嗤い、口を開いた……。
『アーハぁ……』
「殺人現場に子供なんて連れ込んじゃあねぇ? そうでしょ……町長様ぁ?」
「…………………………」
少女はベロを出して、いやらし気に笑う。
「亡霊デュラハン……みぃ〜っけ」