町長だから……
本日二話更新 こっちは一話目
今は寂れた廃ビル、かつては様々なテナントが店を構えていたのだろう。
しかし現在は閉鎖され、くたびれた外壁が崩れ落ち内部に風が吹き込む。
そんな廃ビルの一室、元はお酒をゆっくりと楽しむバーだったのだろうその部屋で、男は酷く色褪せた椅子に座りこみ、両手を顔の前で組みながら鼻を鳴らす。
「来たかよ…………」
サングラスの下の鋭い三白眼の目を開け、視線を横に向ける。
その先にフッと暗めの明かりが灯り、カウンターに座る顎髭を蓄えた壮年の男性を浮かび上がらせた。
「アーハー……、こんばんは、プレジール ヴィイ君。んっふっふ、『亡霊デュラハン』の方がいいかな?」
落ち着きがあり聞きやすい声でその男、町長は手に持っていたお酒の入ったグラスを上げ笑う。
「はっ……町長殿が来店するには少々年季の入った店だぜ……もうやってねえぞ、この店」
「んーん、たまにはこう言う店もいいさ。だって長年会いたかった友人に偶然出会えたんだもの」
「偶然にしちゃ準備万端って顔してんな」
「アーハー……分かる?」
先ほどまでの落ち着いた雰囲気を面倒臭いとばかりに、ニッと陽気に歪めた町長は、クルクルと座っていた丸椅子ごと回転するとスッと立ち上がり両手を上げてポーズを取る。
「んーん、ショーターイム! 今日はキミを捕まえにきたよっ! なぜなら〜〜」
そして、右手を振り下ろし、左手を腰に当ててスタイリッシュにお辞儀をした。
「だって僕……町ー長ー!! だ も の アーハーハー!!」
プレジール ヴィイは、町長のその宣言に上を向いて口の両端を吊り上げる。
「ククッ、町長殿は確かに俺より強えーんだろう。だがな……アンタは俺に絶対勝てねーんだよ……何故なら」
獰猛に……そして邪悪に笑う。
「お前が町長だからだ」
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「アーハー、町長だから勝てない? 面白いこと言うねキミぃ〜。町長ってのは何でも出来る万能の職業さ。そう、亡霊を捕まえるとかね〜……」
演説でもしているかのような、大袈裟で芝居じみた町長の横に、スゥと人形を抱いた金髪の少女が現れる。
「お父様、準備オーケーよ」
この廃墟のバーに似つかわしくない町長の娘。
彼女は人形を抱くようにして、カメラを構える。
「おいおい、こんな所にガキ連れて来てんのかよ。正気か? ……いや、最近のガキは侮れねえんだったな……」
「アーハー? 気にしなくていいよ。僕の娘、オーちゃんは慣れてるからね! ただのカメラマンさ」
「はっ、撮影でも始めようってか?」
「んーん、正解! アーハーだって僕、町長だもの! クロックシティーを騒がす凶悪犯罪者『亡霊デュラハン』! それを解決するボ、ク! みんな楽しみにしてるよ〜」
「そうかよ……なら」
プレジール ヴィイが右手を挙げ、ゆっくりと拳を作る。その拳がジジジ……と波打つように光を放った。
「やってみなぁ!!」
彼は……その魔力というエネルギーを存分に注ぎ込んだ拳を、思い切り目の前のテーブルに叩きつけた。
――――――――――――――――――――
バーの部屋が爆発したような衝撃と共に、ビル全体が一瞬で崩壊する。
今なお崩壊するビルから飛び立つ二つの人影。
一つは亡霊デュラハン、プレジールヴィイ。
そしてもう一つは、腕に自身の娘を抱いた町長、ゼンシュリーク バベル。
彼らは空中で目を合わせながら、夜空を舞い上がり隣のビルの屋上に着地する。
「ショー……タイムッ!!」
屋上に降り立った町長は、ポーズを決めてお決まりのセリフをカメラに向かってする。
「市民のみんな〜こんばんはッ! 町長だよ! 今日の生放送はなんだろうね〜? 勘のいい市民はもう気づいているんじゃないかな〜」
ニヤニヤと謎かけでもするような態度で、少女の持つカメラに指をたてると、その指をヴィイに向ける。
「そう、僕が長年追いかけていた……そして、市民に深い不安感を与えていた連続殺人犯……『亡霊デュラハン』こと『プレジール ヴィイ』の捕獲だよっ!」
「……チッ」
あくまで自分の捕獲をエンターテイメントにしようとする町長に、ヴィイは舌打ちをする。
「はっ、テメーのお陰で俺もすっかり有名人だな。ここしばらくは動きづらくてしょうがなかったぜ」
「んーん、なんせ指名手配までしたからね〜」
「ならお礼に、町長殿が死ぬ瞬間をお茶の間に届けてやるよ……」
「アーハー、無理だよそんなの。だって僕、町長だもの!」
「ッ!」
町長の宣言と共に、横からいきなり現れた秘書風の女性が襲いかかる。
町長の部下であり副市長は、秘書風の格好にも関わらず、ヴィイの首を絞めるような大勢で掴みかかってくる。
すかさず反応したヴィイはその腕を取り、力比べのようなガップリ手四つの格好になった。
「……チッ、割と腕力ありますね」
「ぐっ、ぐぉおおおお!!」
その力比べは意外にも秘書の優勢で、ヴィイの腕は徐々に押し込まれる。
「クソがッ! なんだこの女ァ! 頭良さそうな顔して馬鹿みてえな腕力してやがるッ!」
「……馬鹿? 禁句ですよ……それ」
「ぬぁあああ! この馬鹿力が!」
副市長であるブロンドのこの女。実は頭があんまりよろしくない……。
それ言われるのが嫌で格好だけでも『デキる女』を装っているが、本領はビルさえ破壊するヴィイを押し込むほどの腕力だ。
「チッ」
舌打ちをするヴィイの周囲で、魔力弾が複数形成される。その魔力弾は一瞬、助走でもするように弾き絞られると秘書に向かって撃ち出された。
パパパパンッという破裂音に合わせるように、秘書の顔がまるで複数人に殴られたように弾ける。
「……」
敵と指を組んだまま、ガクリと首が落ちる。
しかし、秘書は口の端から血を流しながらも冷静にヴィイを睨みつけると、彼と組んでいる緩んだ手を化け物のような力で再度シッカリと握りしめた。
「女性に向かって馬鹿はないでしょう……」
そう言って押し込んでいた両腕を引くようにして、背後に片足を付く。
「吹き飛びなさい……」
「うぉおおおお!!」
そして体を捻るようにして、プレジールヴィイを夜空に投げ飛ばした……。
クルクルと砲弾のように飛ばされる体を、ヴィイは魔力弾を自身にぶつけて空中で制御する。
「クソッ、捻りもねぇ馬鹿女が!!」
「ちょーっとお邪魔するよ」
その背後に、茶髪の普通の顔をした男が現れる。
「まだ別のヤツがいやがったか!」
もう一人の副市長、茶髪の男はプレジールヴィイの背中に手を当てる。その手に風が吸い込まれるような感覚がした。
ニヤリと笑った茶髪は、空中で発勁のようにヴィイを押し出す。ヴィイの体は不自然な加速を見せて、さらに吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「ゴ……ァ……」
フラフラと立ち上がったプレジールヴィイは、滴る血を拭いながら目を左右に向ける。
掛けていたサングラスは、とっくに砕けていた。
露わになった三白眼をイラだたしげに細める。
まさかアレほどの化け物クラスを二人も用意してくるとは、町長の本気具合がうかがえる。
ヴィイは皮肉げに口を吊り上げると口を開いた。
「随分なタマ……揃えてんじゃねえかよ」
二人ではない……三人目の化け物クラスが現れる。
風に乗った砂塵が集まるように、一人の人影を作り出す。
強烈なプレッシャーを放つ赤髪の大男。
覇王のようなカリスマ性を備えた男は、ゆっくりとヴィイに向かって歩き進める。
「よう亡霊デュラハン……お前さんもついてねえな。町長のヤツ本気だぜ? 本気でお前を捕まえにきたんだよ」
「ッ……みてぇだな。光栄だぜ。コレだけ俺に戦力を投入してくれてよ」
覇王のような雰囲気を持つ男は、腕にトンファーのような武器を身につけていた。
いや、トンファーと言うには非常に殺意が高く、握る棒の肘側は長く、そして拳側にはブレードが伸びていた。
ドンッと瞬間移動のような動きを見せた覇王は、トンファーブレードを突きのように差し出す。
それをヴィイはとっさに腕をクロスして受け止めた。
金属が擦りあったような音と火花。
「おい硬えな……お前なにで出来てんだよ?」
刃物を腕で受け止めるプレジールヴィイの技量に、赤髪の覇王は口を引きつらせる。
だが、トンファーブレードは両手にある。
受け止められた反対のトンファーブレードを、プレジールヴィイの腹部に斬りつけた。
「グッ!」
腹から流れる血を押さえるように庇って、後ろに下がったヴィイに赤髪覇王が追撃をする。
「ッ、馬鹿がっ!」
それを待っていたヴィイは、赤髪覇王の顔面に拳を突き出す。その拳は赤髪の後頭部を突き抜けた。
「おいテメェ……その見た目で技巧派かよ」
顔を貫通したはずの腕が固められる。
サラサラと砂が集まるように、赤髪の顔が形成された。
「見た目は関係ねえだろ?」
再度斬りつけられる腹部。
無理やり拳を引き抜いた穴の空いた顔に砂が集まり、何事もなかったように赤髪覇王が首を捻る。
「チッ……とんでもねえな」
「アーハー! 追いついた追いついた」
その赤髪覇王の横に町長が現れ、少し遅れて残り二人の副市長が並ぶ。
「……クソが」
化け物クラスの副市長三人に、おそらくそれ以上の町長……。
絶望的なその状況にも関わらず、プレジールヴィイは邪悪にニヤぁ〜っと笑った。
「おっと、まだ何か企んでる?」
「さて……なっ!」
そう言ったプレジールヴィイの行動は、逃げる事だった。
後方に跳躍した彼はビルの壁を蹴り屋上へ、そしてビルの屋上をジャンプして移動する。
「んーん、逃がさないよ〜」
それを追う町長と三人の副市長。
しかしプレジールヴィイは、ある高い建物の上で静止すると追手に振り返る。
「追いかけっこはお終いかな〜?」
「あぁ、構わねえぜ」
「……? ちょっと待って……キミ。もしかして……」
常に余裕を浮かべていたハイテンション町長の顔に、初めて焦りが浮かび上がった。
「おいおいどうした町長殿」
プレジール ヴィイは拳を夜空に挙げると、ニヤニヤ笑いながら魔力を込める。
明らかに過剰な力の込め方。
自分たちと戦う上で意味のない、無駄とも言える破壊だけを追求した魔力が、目に見えるほどの魔力球となって膨張する。
チラリとプレジールヴィイが床に視線を向けた。
「ッ! やめるんだ!! キミ、何をしようとしてるのか分かっているのかい!」
「動くんじゃねぇ!!」
珍しく取り乱した町長が手を伸ばそうとするが、プレジールヴィイの怒号に止められる。
彼は放とうとしているのだ。
その破壊を存分に注ぎ込んだ拳を、ともすれば町長ですらまともに食らったら無事では済まないと思わせるエネルギーを……足元の集合住宅に……。
「ククッ! この建物に住んでいるのは何人だ? 部屋数は八十戸って所か?」
「……」
「なぁ町長殿。簡単だよな? 俺はコレを足元にぶつけるだけだ。その後にテメーは俺を捕まえればいいさ。だが、どんな事しようがコレは止められねえぞ。あぁ……そうだな……」
「……」
プレジールヴィイはニヤニヤ笑う。
「もしかしたら……町長殿が身を挺して衝撃を受け止めれば……ここの住民は助かるかもなぁ?」
「……本気で言ってるのかい? たとえ僕がそうしたとしても、ここにいる副市長たちにどちらにせよ捕まるんだよ?」
「ククッ! だろうなぁ! だが、テメェは殺せる。選べよ……ここで死ぬか……それともアンタの大事な大事な……市民を犠牲にするかをよお!!」
「………………」
住民を人質に取ったプレジールヴィイの拳が、無慈悲に町長に向かって振り下ろされようとしていた。




