お前はなった……
「「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」」
二人の幼女が狂ったように笑う。
負け犬とパーカー兄貴……どちらに対して嗤っているのかは分からない。
ただ馬鹿にしていることだけはよく分かる……そんな不吉な嗤い声……。
「アヒャヒャ!! 悔しい!? そうッスかぁ!! 悔しいねぇ!?」
長髪の少女が、負け犬に堪らないとばかりに不気味な顔を向ける。
「んでぇぇえ? そっからどーすんのかなぁ〜。負け犬ニーサンはよぉお?」
無機物のごとき黒真珠のような瞳で、目の輪郭だけを嘲笑に歪める少女は煽るように声をあげる。
その少女の体の周りでパリンパリンと、何かが弾けるような音が、彼女の不気味さをより一層深めていた。
「何にもないんでしょぉ〜? そうだよねぇ……負け犬ニーサンはパーカー兄貴に、絶対勝てないから逆らっちゃダメだったんだ。それが当たり前! 変えようのない絶対的な真実! そう……少なくともパーカー兄貴の中ではねぇええ!!」
ニヤニヤ笑っていた不吉な少女が不意に目をカッと見開き、芝居がかったポーズで演説でもするように両手を広げる。
「それはソイツにとって絶対にあってはならないことだった! 故に…………『お前はなった』」
白髪の幼女が黒い靄を纏った両手をあげる。
「……ゆえに……『おまえは成った』 ソイツにとって負け犬だけが特別だから……」
その両手から伸びる黒い靄は、悪魔のような巨大な腕を形取るを
「だからお前だ!」
「……お前だ」
「「お前だお前だお前だ」」
まるで獲物を見つけた悪霊のように笑う二人の少女に……負け犬はゴクリとツバを飲み込む。
目の前の恐怖よりも、もっと恐ろしい物に目をつけられた気がした……。
「本当はさぁ〜! パーカー兄貴に細やかな地獄を見せてやるつもりだったんだぁ〜! でも……お前だ。本当にソイツの心をへし折るにはお前が適任だ」
「……わたしたちだと心まではムリだった……」
「だぁ〜かぁ〜らぁ!」
小悪魔が嘲笑う……
「「私たちにも一枚噛ませろ」」
――――――――――――――――――――――
最初に動いたのは白髪幼女。
白髪幼女の周りを、天然コアが光る文字をばら撒きながら、クルクルと衛星のように回遊する。
両手から伸びる黒い靄の爪を地面に突き立てる。
「……接続」
すると黒い靄がコンクリートの地面にズルズルと飲み込まれていく。
まるでポンプで黒いヘドロを下水に流すように、ゴクンゴクンと靄が蠢く。
「……接続……接続……接続……」
白髪幼女の体から吹き出す黒い靄は両手に集り、その度に地面に吸い込まれる。
「おいガキども、お前ら何しようとしてんだ……どいつもコイツもよお……」
パーカー兄貴は、頭の中がグチャグチャになりそうな感覚に空を仰ぐ……。その後に噴き出してくるのはグツグツと煮えたぎる怒りの感情。
イライラする……ガキどもに負け犬野郎の下に位置付けられたこと。
なによりも、負け犬野郎の存在が許せない……。
俺はコイツに『逆らう存在』だと認識されたのだ。
あってはならない……この世には逆らってはいけない存在がいる。親を殺されようがヘラヘラして機嫌を取るのが当たり前な存在がいるのだ。
負け犬野郎にとって……それは『俺』のはずだったんだ。
だが……コイツは逆らった……。
絶対に逆らってはいけないはずの俺に、喧嘩を売ってきた。
あってはならない……なぜならそれは……
『負け犬野郎』にとって……同格だと思われたということだから……。
同じ『負け犬野郎』だと思われたということだから……。
パリン……
「んじゃあいくよ〜、レディセット……ゴー! 妖球!」
呆然としていたパーカーを尻目に動いたのは長髪の少女。
少女の宣言と同時に爆発したように霧が噴出する。
そしてその目眩しの霧を突っ切って長髪の少女が、すさまじい勢いで飛び出してきた。
「あ“あ“!! イラつくな“ぁ! どいつもコイツもよお!!」
真っ直ぐにやってくる少女に対してエルロイドは、槍を突き出す。
顔面から後頭部に突き抜けそうな槍の軌道は――
「クヒヒヒヒ!!」
顔を倒すことで避けられ、スピードすら落とさず液体のようにヌルリと避けられた。
「ッ!!」
懐に入られた……。
一瞬でそう感じたエルロイドは、突き出した槍を反転させ石突で薙ぎ払う。
「上ぇ!!」
それを飛んで避けた少女に対して、エルロイドは穂先を上に突き上げる。
動きのスピードには少々驚いたが、どうと言うことはない……。彼は腐っても英雄パーティーのメンバーだ。
どんなに動きが速かろうが、空中では身動きが取れない。串刺しにして終わりだ。
しかし――
「…………接続 はえろ」
白髪幼女の声が霧の向こうから響く。
瞬間……地面から幾つもの柱が突き出す。
それは巨大なジャングルジムのようだった。
「クケケケ!! ざぁ〜ん念」
その生えたジャングルジムに片足を付いた長髪少女は、重力など知ったことかとばかりに上へ駆け上り槍の範囲から消失した。
「なんだよ……これ」
少女の奇妙な動きといい、突如自身の周りに生えてきたジャングルジムといい意味の分からない現象にパーカー兄貴は言葉を失う。
「アヒャヒャ!! これはねぇ〜……何だろうねコレ……」
どうやら白髪幼女の作り出したジャングルジムの詳細は、長髪少女も知らないらしい……。
少女がジャングルジムの柱を観察してみれば、それは細長くミニチュアなビルのようだ。
「まぁいいや。やる事は決まってるし……」
そう言って長髪少女は見せつけるように、ジャングルジムを滑ると……建物の屋根に指を添えた。
そして、指先からは光る時計のような魔法陣が生成される。
コチコチコチコチ……
「ナ 二 ガ が出るかな〜!」
チーン!
ズルリと屋根の隙間に腕が入り込んだかと思うと、二本のハリセンがその手に現れる。
「ココからは少〜し……速いよ……」
「ッ!」
ジャングルジムの柱に猫のようにしゃがんだ少女は、ミサイルのようにパーカー兄貴に突っ込んできた。
その軌道は彼の目の前に着弾する。
そこ目掛けて槍を突くこうとしたが、少女は着弾したスピードのまま、地面で旋回しパーカー兄貴の後方へと現れた。
着地のラグすらない少女の奇妙な動きに、パーカー兄貴は目で追うどころか、槍を構えたままだ。
そして……
スパァーン!
「アヒャヒャ!! 痛くはないでしょぉ?」
後頭部をすれ違いざまに思いっきり叩く。
「ッ! このクソガ――」
スパァーン!
スパァーン!
スパパパーン!!
ジャングルジムを縦横無尽に飛び回る少女は、執拗に顔面目掛けてハリセンを振るう。
目で追えないほどのスピードで、全方位から降り注ぐ雨のように襲ってくる。
「アヒャヒャヒャヒャ!! ねぇねぇパーカー兄貴ぃ。アンタ今までのヤツよりよっぽど遅いんだけど……手加減してくれてるのかなぁ?」
派手な音だけで痛みなど微塵もない……それが余計に手を抜かれているようで腹が立つ。
「あ“あ“あ“!! ウザってえなクソが!!」
まるでハエに集られているように、ブンブンと槍を振って怒号をあげた。
「ん〜……さて、いいかな? 幼女ちゃん……」
まるで太鼓のように顔面を叩いていた少女がそう呟く。
その声のした方へ視線を向ければ、長髪の少女は巨大な歯車の上に立っていた。
「……いいよ」
長髪少女によって作り出された霧が晴れ、その中から黒と赤の瞳をした白髪幼女が現れる。
「……まきとれ」
カタカタカタカタカタカタ……規則正しい音が響く。
歯車に乗っていた長髪少女は地面に降り立ち、悠々とパーカー兄貴の横を通り過ぎようとする。
「おいガキ……テメーなに普通に通り過ぎようとしてやがる……俺を舐めてんのか?」
それと同時にカチンという……何かが噛み合ったような音が聞こえた。
そして少女の乗っていた歯車がゆっくりと回転を始める。
パーカー兄貴はそれを不思議には思わなかった。
このクロックシティーで歯車が回転するなど……当たり前の事だから。
「舐めてる? いやいやそんなまさかぁ〜……負け犬ニーサンの『次』くらいには認めてますよぉ〜?」
それが本来……歯車の回る時間でなくとも。
少女が舌を出しながら横を通り抜けようとする。
パーカー兄貴は、コメカミに青筋を立てながら無言で槍を振り上げ――
カタカタカタカタ……
「ッ! ゥ……ォ……」
体が締め付けられるように動かなくなる。
カタカタカタカタ……
長髪少女はニィイイと笑いながら、パーカー兄貴の体を指差す。
「ぅぁ……い、糸?」
パーカー兄貴の体には、無数の……とても細くて丈夫な糸が巻き付いていた。
そしてそれは――
カタカタカタカタ……
回転する歯車に繋がっている。
長髪少女はただ、馬鹿にするためだけに効きもしないハリセンで叩いていたわけではない……目的は白髪幼女に渡された『イエグモの糸』をパーカー兄貴に巻き付けることだった。
「うおおおお!!」
ズルズルと歯車に引きづられるパーカー兄貴は、目を血走らせながら幼女たちを睨みつけた。
そして睨みつけられた白髪幼女は……何でもないように口を開いた。
「……これ……負け犬なら気づいていたのにね」
ブツン……とパーカー兄貴の中で何かが切れた。
「あ“あ“あ“あ“あ“あ“!! クソガクソガクソガクソガ!! 舐めんじゃねえ“え“!!」
パーカー兄貴の咆哮と共に、彼の体から魔力が吹き出す……。
ブツン……ブツン……と彼の体に巻き付いていた糸が切れる……。
彼はどんなに腐っても、戦いに身を置く職業で成果を納めた存在だ。一般人とは自力が違う。
「ひ、ヒィ!! お、お前ら!! どうすんだよこんなに怒らせて!!」
彼の本気の怒りを目の前で受け……負け犬は腰を抜かしたようにへたり込む。
「んははは!! 何言ってんすか。本気で怒らせたのは私たちじゃなくて負け犬ニーサンっすよ」
「……そうそうよくやった」
腰を抜かした負け犬の元に、二人の幼女がやってくると、さも嬉しそうに罪をなすりつけてくる。
「それに……これはただの時間稼ぎだよ」
「……うむ、時間が稼げればいい」
「お、お前ら何しようってんだよぉ……」
そう言って白髪幼女は、情けなく座り込む負け犬の背中に取り付くと、黒い靄を負け犬に注入し始めた。
「いや、お前ホントに何しようとしてんだ!! や、ヤメロ!! 俺にヤバそうなもん注ぎ込んでんじゃねぇ!!」
「……うるさい黙れ。体内のプログラムを解くぞ」
「ひ、ヒィ! もう嫌だ!!」
「クヒヒヒヒ、ニーサンさぁ。嫌だ嫌だ言ってるけど……腹ぁ括りなよ。見なよ、パーカー兄貴、絶対見逃す気なんてないぜ」
「あ“あ“あ“あ“!!」
パーカー兄貴の体に巻き付いた糸は、すでに半分は切れている。自由に動き出すのも時間の問題だ。
「殺す!! テメーら絶対殺す!! そこを動くんじゃねえぞゴミどもが!! 仲良く槍に串刺しにして団子にしてやるからなぁ“あ“あ“あ“!!」
「ひ、ひぃいい!! おい、どーすんだよ!」
あまりの剣幕に負け犬は、背中にとりつく白髪に声をあげる。しかしそれは無視された。
「んふふふ……いい具合に煮詰まってるねぇ……それじゃあ……」
少女はジェットブーツでクルクルと回転すると……パーカー兄貴に背を向けた。
背中の白髪幼女が静かに口を開く。
「……負け犬……今からお前に『悪霊』とやらをぶちこむ……」
「は、はぁ!?」
「……おまえ……珍しいことに記憶が残ってる。だから思い出せ……制御はわたしがしてやる……だから」
「だ、だから?」
長髪少女がニィイイと口を歪める。
「よ〜い……どん……」
「う、うおおおおおお!!」
その声と同時に負け犬は体を翻して走り始める。
足がブチブチと嫌な音を立てて、爆発的な加速を生み出した……。
彼は白髪幼女により無理やり引き出された超人的なパワーを持って……。
「……お“い……ふざけんなよ……」
全力で逃げ出した……。
「ふざけんじゃねぇえ“え“え“え“え“!!」
その怒りの叫びと同時に……全身の糸が切れる。
「貴様らは!! 絶対に殺してやる!!」
負け犬の追いかけっこが始まった。
――それじゃあ幼女ちゃん……例の場所がゴールだよ――誘導ヨロシクネ――