負け犬の遠吠え
本日二話更新 コッチは二話目
「あーハッハッハ! バカがよぉ! 誰が自分の命と比べて気味の悪いガキどもを庇うかよ!! アーヒャヒャ!!」
倉庫区画を抜け、負け犬は狂ったように笑いながら走り続ける。
彼の心にあるのは……
「アーヒャヒャ! 生き残った!! 俺は生き残ったんだ!!」
安堵。
「ヒーヒッヒ! 俺は! 俺さえ無事ならソレでいいんだよ!」
生き残った。
そんな高揚感に包まれて負け犬は夜を走る。
どれだけ走っただろうか……、やがて負け犬は路地裏にたどり着く。
「アーヒャヒャ! いてっ!」
路地裏を走っていたことで、木箱に足を取られて転げる。
だが……もう大丈夫……これだけ離れれば……もう大丈夫。
ハラハラと雪の降る夜空を見上げながら、負け犬は大の字で叫ぶ。
「俺は! 俺は今回も生き残ってやったぞー!! そうだ! 俺は生き残るんだ! どんな手を使ってもなぁ!!」
そう、彼は逃げ切った……。
パーカー兄貴から。
「はーはっは! わりと居心地のいいパーティーだったんだけどなぁ……命には代えられねえよなぁ!!」
ザリ……
その路地裏が……『連続殺人鬼』の潜む路地裏とも知らずに……。
ザリ……
ユラリと背の高いサングラスを掛けた男が、暗闇から動く。
「アーヒャヒャ! 俺は今回も生き残った! 生き残ったんだ! 俺は! 俺は!」
狂ったように笑う男に気づかれないように、悪意のある男は負け犬に忍び寄る……
……その命を刈り取る為に……
幸い叫ぶ男は走ってきたのか、寒空のしたでも汗だくで、ソレを拭うために両手で顔を隠している。
おあつらえ向きだ……。
怪我した体で逃げる獲物を追いたくない。
それならば気づかれないように殺害するのが最適解だ。
男は何があったのか知らないが上機嫌のようだ。
その上機嫌のまま……なにも知らぬまま……幕をとじるのがお似合いの男だ。
そして負け犬は誰にも知られる事なく……
「俺は! 俺は!!」
殺人鬼の手が振り下ろされる。
「…………なんで弱いんだよぉぉ……」
泣いていた……。
パタパタと雪の積もる地面に雫が落ちる……。
「なんで俺は……こんななんだよぉ……」
顔を覆った手の間からは、血液とは別の透明な水がダラダラとこぼれ落ちる。
「負け犬野郎……しってんだよそんな事はよぉお!! 俺にどうしろってんだ!!」
「……」
「そんなふうに生まれたんだからしょうがねぇだろうがよぉ!!」
「……」
「怖いんだよぉぉ……やっと見つけた……場所だったのに……」
「……」
「ぐやじい“ょ“う“……」
「……」
やがて……路地裏に潜む殺人鬼は、闇に消えるように姿を消す。
彼は人知れず……自身すら気付かぬうちに……命を長らえた……。
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「はぁ〜……なんだソリャ……」
どれだけ思考停止してたのか……、パーカー兄貴は突然頭を抱えると蹲った。
「とんだ小物じゃねえか……俺はあんなのの為に泥をかぶったのかよ……殺す価値もねえわ」
「いや〜お似合いだと思いますけどねぇ」
そんな彼に声をかけるのは長髪の幼女。
ニヤニヤと笑うその顔に、パーカー兄貴は額に青筋を浮かべた。
「ん〜……嬢ちゃん……何がお似合いなのか教えてくれよ」
ドスの効いた声で威圧してやる。
しかし、少女は気にしたふうもなくケタケタと笑うとバカにしたように言った。
「いや〜……よく似てますよねぇ……負け犬ニーサンと……ね? 2号さん」
「……おいガキ……取り消せよテメェ……」
「取り消しませーん! だってソックリなんだもん。根本的ににてんだよね。アンタんとこのリーダーさんいるじゃん? あの主役ヅラとアンタ別物だよ? 分かんない?」
「……取り消せ……」
「アンタは主役になれないのを自覚してるから、リーダーさんの下に付いたんだ。自分もソッチ側だって誤魔化す為にねぇ……」
「……」
「自分が英雄になれないのを本当は自覚してんだよね……負け犬さん?」
ゆっくりとパーカー兄貴が長髪の少女に歩み寄る。
「あら怖い顔……そろそろお暇させてもらいましょうかね」
「……逃すかよ」
槍を構えて、少女を突き殺そうとする。
そう、間違いなく彼は殺そうと……自分の意思で槍を振るおうとした。
「「……は?」」
しかし、それは振るわれることもなく……ポカンとした表情を浮かべることとなる。
そして長髪の少女も同じ顔をしていた。
「うぁあああああああ!!」
拳を握った負け犬がパーカー兄貴に殴りかかる。
その拳はパーカー兄貴の胸に当たり、ポスッという軽い音を立てて止まった……。
「……おい……お前なにやってんだ?」
負け犬は何度も何度もパーカー兄貴の胸を殴りつける。
それでもパーカー兄貴はまるで効いた様子もなく、目の前の光景が信じられないように呆然としていた。
「……おい……負け犬野郎……お前もしかして……俺に喧嘩うってんのか?」
「ァァアア!!」
「……もしかして……俺はお前に舐められたのか?」
「そうだよ!!」
負け犬は涙をポロポロ流しながら叫ぶ……。
それが信じられないのか……パーカー兄貴は呆然とするしかなかった……。
あっていい事ではない……この小物な負け犬野郎に……俺は反抗されたのだ。
あっていい事ではない……なぜならそれは……
こんな負け犬に自分が反抗できると……そんな存在だと思われたと言う事だから……。
だから目の前の光景が信じられない……。
「うぁあああああああ!!」
そして呆然としていたのは彼だけではなかった。
「……どゆこと」
「……わからぬ……操られてるとか?」
二人の幼女も疑問顔で戸惑ってしまった。
そしてひたすらに効かない攻撃を繰り返す負け犬に、静かな声で語りかけた。
「分かんないッスねぇ……負け犬ニーサンなんで戻ってきたんです? まさか私たちを助けるとか言わんすよね?」
「……それはない」
「そうだね。それはない。アンタなんで戻ってきたん? アンタらしくないじゃん……せっかく助かった命なのにさぁ」
「……その点に関してはわたしたちはお前のこと認めていた。何が何でも生き残る……わたしたちもそうだから」
「そうだよ。アンタらしくない……アンタなんで戻ってきたの?」
負け犬は何度も何度も殴りつけて、そして叫ぶ。
「うるせぇんだよ!! 俺らしくない俺らしくない!!」
「……」
「……」
「悔しいんだよぉ!!」
「……」
「……」
「俺らしくない!! そうだよ!! でも悔しいんだよ!!」
「……」
「……」
ボロボロボロボロと涙を流しながら負け犬は叫ぶ。
「悔しくて悔しくて仕方ねぇんだよ!! 俺は!! 俺らしさなんてどうでもいいんだよ!! 悔しいんだよ!!」
「……クッ」
「……ヌッ」
「怖くても!! 悔しくて悔しくてたまらねぇのが俺らしさなんだよ!!」
「くひひひひ……」
「ぬひひひひ……」
パチン パチンとなにかが弾ける音が聞こえる。
ゾワリゾワリと黒いモヤが這い出る。
「「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!」」
二人の男は、狂ったように笑い始める幼女たちに驚きの視線を向けた。
初めに違和感に気づいたのはパーカー兄貴の方だった……。
「何だお前ら……その『眼』」
長髪の目は白目も黒目のない……眼球全体が黒い宝石のようになり、白髪の少女は白眼が黒く染まり眼球が爛々と赤く発光する。
パチンパチンと弾けるような音が長髪の少女から鳴り響く。
ゾワリゾワリと黒いモヤが、白髪の少女から吹き出す。
「アヒャヒャヒャヒャ!! なぁパーカー兄貴ぃ? アンタ取り消せっていってたよなぁ!?」
「ヌヒヒヒヒヒヒヒヒ!! いったいった……ごめんなさい」
「そうそう謝るよぉ……取り消すわ」
その顔を見て、パーカー兄貴は少女達の言わんとしている事を正しく理解した……。
「ごめんねぇ……アンタの言った通り取り消すわ。負け犬ニーサンとアンタ……『同類』じゃなかったわ……アヒャヒャヒャヒャ!!」
コイツらは俺を……『負け犬』の『下』に位置付けやがった……。