嘘つき
本日二話更新 コッチは一話目
「あ“あ“……ほんと嫌になっちまうよなあ……」
手に持った槍を雪に突き立て、暗くなり掛けている空を見上げながらパーカー兄貴は面倒くさそうに呟く。
「あの負け犬野郎の『策略』にこうも踊らされちまうなんてな……」
皮肉気に笑ったヤンチャそうな顔で、目の前に倒れる幼女二人をギロリと見下ろすと……彼は悪気もなくニカリと笑った。
「嬢ちゃんたちもそう思うだろ?」
「……お前なにいってんの?」
仰向けで白髪の頭から血を流しながら雪に倒れ込む幼女が、興味も無さげに半眼で見返してくる。
「ん? ああ、負け犬野郎のことだよ。まさか負け犬野郎にみんな騙されるなんて誰が思うよ?」
「……いやマジでなにいってんの?」
「やっぱよお……俺がやるしかねえじゃん? 俺がパーティーの為にアイツを排除してやるしかねえんだよ。そして皆んなの『誤解』を解いて……」
「……オバケ姉ちゃん……コイツなにいってんの?」
白髪の幼女は上を向くように、同じく頭から血を流しながら倒れ込んでる長髪の少女に眼を向ける。
「いてて、うぇーい……不思議だよねぇ。分かる? このパーカー兄貴さぁ、自分が『パーティーの為』にこんな事してると思ってるんだよ」
「……どゆこと?」
「このニーチャンの中では、全部、英雄である自分が仲間のためにやったことになってんだよ」
「……ぬすみを働いたことも仲間の為とか思ってんの? ……どーみても自分の為でしょ?」
「そだよぉ、ウケるでしょ?」
長髪の幼女はニィと悪そうな顔をしながら、顎でパーカー兄貴を指し示す。
「お、分かってんじゃねえかガキんちょ共。そうさ! 俺は負け犬野郎を追い出すために泥を被ったんだよ!」
「……さっき策略でとか言ってなかった?」
「まったく困ったもんだよなあ。アイツらと来たらすぐ誰かを信用しちまう。やっぱ俺がシッカリしねえとな」
「……あれやっぱり聞こえてねぇな?」
白髪幼女は、パーカー兄貴に妙なチグハグさを感じて血の流れる頭に触れる。
そして血塗れになった手のひらを見つめて考えるように呟いた。
「…………そうか。オバケ姉ちゃんがラインを見誤った理由がわかった……お前――」
目を赤く光らせ、ギョロリとパーカー兄貴を見つめる。
「…………『嘘』ついたな?」
「ああ?」
その視線を受けてパーカー兄貴は疑問の顔を浮かべる。
「……お前は騙してるんだ……『自分』を……」
「何言ってんだ嬢ちゃん?」
「……自分自身を騙して……都合のいい嘘を信じこませてるんだ」
「……」
「……町長に言い逃れ出来ない事実を突きつけられて……逃げ出して……自分に嘘ついて……心に武装を施したから……それを信じて復讐しにきたな……」
「……」
パーカー兄貴の顔から笑顔が消える。しかし、その表情は怒りではなく、無表情でもなく、まるで朝にコーヒーを飲む為カップを手に取るような『日常』の表情だ。
「……自分で自分を騙す……心を守るためによくやることだよ……でもお前やりすぎだ……自分を騙しすぎて、自分を捨ててる」
「……」
「……嫌いなタイプだ。だからオバケ姉ちゃんはイラついてラインを超えたんだ」
「……」
「……今からわたしが言うことも誤魔化す? ……オマエはアイツらとは違うよ……オマエは――」
「……」
パーカー兄貴の右足が上がる。
「…………『英雄』になれない……ヌギュ!」
蹴られた白髪幼女は壁にぶつかり……ドサリと倒れ込む。その光景をパーカー兄貴は無表情で見ていた。
「……」
「クヒヒヒヒ!」
そして倒れ込む白髪幼女とは別の場所から聞こえた笑い声にビクリと体を震わせる。
「あひゃひゃひゃ! パーカー兄貴さぁ……負け犬ニーサンのことイラつくでしょ?」
「……あぁ、イラつくな。あんな何にもできねえ……口だけ野郎の負け犬は、俺たちパーティーの邪魔だ。だから俺が排除してやるしかねえんだよ……俺たちは英雄になるんだからな」
「違うんだよなぁ、アンタが負け犬ニーサンを見てイラつくのはパーティーとかじゃないんだよ。あ、分かんないよね? だってパーカー兄貴はソレを考えないようにしてるんだから……でも本当は、心の奥底では分かってるんだよね?」
「……」
「……アンタ……負け犬ニーサンに自分を重ねてるんだよねぇ? そっくりだよ……『負け犬野郎』」
再び、パーカー兄貴の右足が振り抜かれた。
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「はぁ……疲れた……」
負け犬は倉庫のガキを施錠してため息を吐く。
首のコリを解すために回してみれば、周りには自分の閉めた倉庫と同じような、金属で出来た箱が並んでいる。
ここら一帯はこの倉庫区画だ。
移動できる部屋のような倉庫を、ただただ並べているだけの飾り気も人気もない無機質な場所。
「寒い……」
もちろん自分たちのパーティーも借りている。
この金属製の倉庫は便利で、車と接続すれば移動も楽に行える。
冒険者をやるなら便利な施設だ。
だが、こんな倉庫区画の真夜中に来る人間など、そんなに多くはない。
負け犬が真夜中にこんな場所にいるのは理由がある。パーティーの共有財産を着服していたエルロイドのせいだ。
あのあとパーティーで話し合いが続いた。何度も謝られた。
疑われたことについては別に腹を立てていない。
むしろよく、こんな胡散臭いヤツを引き入れたなとすら思う。
そんなこともあり、一度在庫を見直すことにした。
とは言っても、普段から在庫管理を行っていた負け犬だ。数日掛かりの作業でも数時間で行えるほど、倉庫は整理されていた。
まぁ夜中まで時間は掛かってしまったが……。
「列車は……動いてねぇよな」
帰る為の列車はもう動いていない。
いや、動いている列車はあるのだろうが、倉庫区画なんて寂れた場所にある、最寄りの駅なんて稼働していないだろう。
「球体ホテルでも泊まるか……」
そう思い、暗い倉庫区画を歩く。
「あぁ……今日はゴミの日か、倉庫のゴミ……出しときゃ良かったな……」
倉庫区画の道端に、断続的に纏めて置いてあるゴミ袋を見て、負け犬はそう呟く。
一度戻って出してくるか? いや面倒くさいな……。
そんな事を考えていた時だった。
置かれたゴミ袋の山に、別のゴミがドサ……と放り込まれる。
「おわっ……なん――」
「うぃ〜ッス。負け犬ニーサンこんばんわ」
「……いい夜だな」
その放り込まれたゴミは二人の幼女だった。
「お、お前らいったい何の遊びだ? ……何だその怪我……」
「あ、そうそう」
長髪の幼女が手をシュタっとあげると、何でもないかのように語りかけてくる。
「逃げた方がいいッスよ」
「………………は?」
瞬間……伸ばそうとした負け犬の手のひらに槍が突き刺さり……。
「あ、アァァアアァァアア“!!」
壁に縫い付けられた……。
「よお……負け犬野郎。また倉庫で盗みでも働いてたのか?」
激痛をもたらした槍の柄を足で蹴りながら現れたのは、パーカー兄貴……エルロイド パペルだ。
「な、なんで……エルロイドさん!」
「なんでぇ? ネタは上がってんだよ。また盗みを働こうとしてんだろ。そうはいかねえな。俺は騙されねえぞ」
「い、いだッ! なにをッ! 盗みなんて俺は」
「うるせぇ!」
「ひぃっ!」
手のひらに刺さった槍を抜かれて激痛と恐怖に悲鳴をあげる。
ダクダクと手のひらから血液が流れ、雪に色をつける。
「おい負け犬野郎……オメーよくも俺を嵌めてくれたな……」
「え……なに……」
混乱する頭で、エルロイドをみる……そして恐怖した。
本気で……俺を憎んでいる……。
なぜ? どうして?
盗んだのを暴いたから?
違う……俺じゃない……。
俺は黙ってようとした……。
そもそも盗んだのは……。
違う違う違う……。
そして……エルロイドの顔を見て……ある仮説に全身が怖気を覚える。
俺が……犯人だと……思い込んでいる?
パーカー兄貴は、持っている槍で負け犬を殴る。
蹴る。
「ひっ、やめ! やめてっ! やめてください! 助けてっ!」
「おいおい、これだけの事やっといて許してくれって無理だろぉ……俺は騙されねえぞ。パーティーの為に泥を被ったんだ……パーティーを守るのは俺の役目だっ!」
「あ“あァァアア!! いだいいだい!」
穴の空いた手のひらを踏まれ、激痛に叫ぶ。
「チッ……情けねぇヤツだな。命だけは助けてやる。その代わり……ウチのパーティーには二度と近づくな負け犬野郎……」
「はっ……え?」
威圧的なパーカー兄貴の台詞に、負け犬が浮かべた表情は……。
「わ、わかりまじた……二度と近づかないと誓います……」
安堵の表情だった……。
「チッ……本当に情けねぇヤツだ……」
そして逆に……パーカー兄貴はイラついた表情を浮かべる。
なぜ自分がイラついているのかが『分からない』
なぜ、コイツを見ていると腹が立つのか……。
『……アンタ……負け犬ニーサンに自分を重ねてるんだよねぇ? そっくりだよ……『負け犬野郎』』
チラリとゴミ山に投げ込んだ幼女に視線をやれば……ニヤニヤと笑いながら見ていた。
「ッ!」
まるで隠している何かを見つけて笑っているようで……。
「ギャ!」
頭を地面に擦り付けている負け犬を蹴飛ばす。
違う……俺は……コイツじゃない……負け犬じゃない。
心の奥底にそんな考えを封じ込める……。
閉じ込める。考えないようにする。
そう、コイツは負け犬で情けなくて……持っていない……俺とは違う……。
そしてニャァと笑うと蹲る負け犬野郎に対して声を掛けた。
「いいぜ、見逃してやる……その代わり……テメーが面倒見ているガキ共……コイツらは殺すがな……どうする? 逃げるか?」
本当に殺すかなんてどうでもいい……コイツがどんな反応をするかが見たいだけだ。
そして保護者に裏切られたいけすかないガキ共に思い知らせてやるんだ……『裏切られた気持ちはどうだ?』……と。
どうする? 負け犬野郎……。
自分可愛さに面倒見ているガキ共を見捨てるか?
どうすんだよ負け犬野郎ぉ……?
「そうしまーす! ソイツらは好きにしてくださーい!」
「…………は?」
負け犬はダッシュで逃げ出した。
迷いすらしねぇんだけど……。
「…………え?」
「そらようよ」
「……わたしでもそうする」
逃げていく負け犬の後ろ姿を指さしながら幼女達に視線を向ければ、二人してうなずいていた。
「…………えぇ……」