パーカー兄貴、無言の槍磨き
「餓鬼が、よくも……おめおめとこの地に足を踏み入れおったな」
ジジイの皺くちゃな顔は硬質的な鱗に覆われ、横に広がった瞳孔が分厚いマブタによって細められる。
完全に人間とは乖離した造形にも関わらず、その顔は怒りに染まっていることを感じさせた。
いや、こっわ……。
なにが守り神だよ……文字通り化けモンじゃねぇか!
「キサマ……何が目的でクロックシティーに入り込んだ……」
「……」
「答えぬか……ならば」
答えぬか……じゃねぇよ。
幼女ちゃんの顔見ろや。電子レンジの中で卵が爆発したみたいな顔してんじゃねぇか。
アンタにドン引きしてんだよ。
「……亀……おちつけ……」
平坦な声で幼女ちゃんの顔面に向かっていたジジイの爬虫類的な腕を止めたのは、もう一人の守り神……ヒョロ長ネーチャンだ。
こっちもこっちで妙なヒョロ長さと、表情の変わらない顔が人間に擬態している化け物感を出している。
いや、間違いなく二人とも化け物なんだろうね。
幼女ちゃんの表情を見る限り、逆らうのはマズイと見える。
「イタチ……なぜ止める」
「まだ封印が解かれる時代じゃない……恐らくこの童は蛇に魅入られただけ……」
「ぬぅ。確かに、彼の地は今や遊所になっていると伝え聞く……たまたま唾を付けられたか」
「……自力で抜け出すにはまだ時間が掛かる」
そういってジジイはスゥと顔を人間に戻し、幼女ちゃんの頭に皺くちゃの手を乗せ言葉を続ける。
「童よ。すまんかったのぉ……昔クロックシティーを破壊し尽くした災厄の関係者と勘違いしてしもうたわ。キサマには預かり知らぬ事よの」
キサマて……形は謝罪してるけど幼女ちゃんの事が気に食わないのが漏れ出てるぜジーサン。
それとも守り神とか言うくらいだから、矮小な人間なんて本当は見下してるのかな?
「幼女ちゃん。困ったジジイだねぇ。変に歳をとると自分の間違いもまともに認められないんだよ」
「……こうはなりたくない」
「こ、この餓鬼どもがっ」
ムカつくからちょっと煽ったら、青筋立てて拳をプルプル震えさせてきたんですけど。
どうしました? そんなに手をプルプルさせちゃって……酒でも切らしました?
コンビニでお酒でも買って来たらどうです?
でも年齢確認ボタンで不満そうな顔するのはダメですよ。
「……亀……再度落ち着け……」
「ぬ、もうええわい。気勢が削がれた」
そういってジジイはプイッと外方を向いていじけてしまった。そうそう誰彼構わず噛み付くなら、反撃されるリスクを背負わなきゃ……。
世の中には喧嘩を買っただけで、自分の格が下がる存在っているからね?
無垢な子供とかね。
そこら辺の分別はあるみたいだから引き下がったようだけど……。
「……」
そうしたら今度はヒョロ長ネーチャンの方がこっちを見てきた。
いや、見て来たっていうか……胴体をグニャリとU字に曲げて無理やり私の目線に合わせてくる。
いやこっちもコワっ!
逆さまの顔が目の前に鎮座する。
にも関わらず、髪は重力の影響を受けていない。
そして瞬きもしない……まるで飾り物のような感情の分からない瞳で私達を見てくる。
「……童たちよ……キミたちの言う通り歳をとると間違いを認められないし……人間を見下しがちになる」
ん……ジジイより、やり辛いタイプか?
「……でも……だからこそ我らにも譲れない物がある……」
ヒョロ長女の顔は私達の目線より更に下降すると、地面スレスレでギュルリと回転して、そのまま私の背後にヌルリと移動した。
そして耳元で呟く……。
「……このクロックシティーに仇なす時は……童だろうが食い殺すよ」
あ〜、本当にこっちの方がやり辛そう。
いや、優先順位を教えてくれるだけ優しいか?
コイツらの一番はクロックシティーであって、その為には子供という免罪符は通用しない……と。
えへへ……こっわい……。
「ちょっとちょっと〜! なんで神様たちと子供たちが一触即発なんだ〜い!」
重苦しい重圧を放つヒョロ長女と、ブチ切れジジイの重圧を破ったのは我らが頼れる町長様だ。
「ふん、町長は気にせんでええわい。この童が昔の知り合いに似ていた物でな。町長が街の為に動いている内は我らも煩い事はいわん……その童どもは好きにするがいいわい」
そういってジジイとネーチャンは空気に消えるように去っていった。
「んーん、ちょっと胃が痛いかな〜」
「大丈夫ッスか? 胃薬飲みます?」
「アーハー! 君たちが口を閉じてくれるのが一番の薬かな〜?」
さて……冗談はさて置き……。
クロックシティーに仇なすなら容赦しないとか言ってたけど……別にそんなつもりはないから大丈夫だよね。
だって私達は街に仇なすほどの力なんてないしねぇ〜!
…………ヤベェか?
うん、気づいてるよ……。
だって、アイツらの言っていた『蛇』って心当たりしかねぇもんよ……。
アイツだろ? ハリウッドメガネに攫われた遊園地で守り神とか言われてた『ドレス女』
昔クロックシティーを破壊し尽くした厄災ってアイツの事じゃね?
そして『解き』ましたねぇ……。
はい、盛大に災厄の蛇を幼女ちゃんが解き放ってますねぇ!!
ごめん! 仇なしてたわ!
お前らの嫌いなドレス女、おもっくそ解放したのは幼女ちゃんです!
まぁ、ええやろ。だまってりゃバレん。
そもそも、あのドレス女も遊園地から移動するとは思えんしな。
そういや『ドレス女』も『ジジイ』も『ヒョロ長女』も雰囲気が似てんのよね。
化け物クラスの人間というよりは、化け物が人間のフリをしている感じ……。
そもそも、上手く化れてねぇから気持ち悪い造形に変身するんだろうけどさ。
んで……幼女ちゃんは、たぶん遊園地でドレス女に気に入られたかなんかして、それが守り神たちには分かるんだろう。
クッソ迷惑……。
ねぇ幼女ちゃんよぉ……この街を出る選択肢も考えとかない?
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「つーことで、今日って空いてます?」
「なにがと言う事なのかは知らんけど、手続きの書類を纏めるから少し待て。終わったらダンジョンに向かうから」
はい、どーも私です。
最近はやることがなくてダンジョンに行く事が多いです。
まぁその為には負け犬が必要ってんでね。
でも負け犬もお仕事あるから三回に二回は断られる。
それでも時間がある時にはダンジョンに連れていってくれるのは私たちの能力が有用だと思っているのか……それとも幼女ちゃんに殺されるのが怖いのか。
まぁそんなんで今日も、負け犬の住んでいる集合住宅の部屋にきたよ。
どうやらパーティーで借りることで安く済ましているようで、負け犬のパーティーも並びで部屋を借りてるらしい。
「ほ、手続きとな? 大変ですねぇ……」
「まぁな、といっても今日の手続きはリーダーの取材に対する相手さんとの時間調整だけどな」
「あ〜、随分な人気ですねぇ〜。負け犬ニーサンは大変そうですね」
「……そうだな」
負け犬パーティーといえば、あのマッチポンプ主役ヅラだよ。
町長の策略により一躍クロックシティーの英雄と化した主役ヅラ。連日取材の申し込みが絶えないらしい。
「断ればいいのでは?」
「人気がでるとな……スポンサーが付くんだよ……」
よく分からんけど金が貰えるから取材を受けるのも重要ってことらしいよ。
しかし……こいつ主役ヅラのマネージャーみたいになってんな……。
「お、嬢ちゃんたち来てたのか」
隣の部屋から出て来たのはパーカーを着た浅黒い肌の兄ちゃん。負け犬のパーティーの槍使いだ。
パーカー兄貴は爽やかな顔で私達に挨拶する。
「あ、エルロイドさん。今日は業者に頼んで武器の洗浄をするから預けて下さい」
「えー、だって明日はリードの取材でダンジョン行けねぇーんだろ? 今日くらいいいじゃねぇか」
「明日が取材だから時間がないんですよ」
「…………分かったよ」
仕方なさそうに持っている槍を負け犬に渡すと、残念そうに階段を降りていった。
「ん〜、負け犬ニーサン?」
降りていったパーカー兄貴を視線で追った後、私は槍を専用のバックに詰めている負け犬の背中に声を掛けた。
「……分かってるよ。伊達に他人の顔色うかがって生きてねぇからな」
「あ……そ、ならいいんですけどね」
あのパーカー兄貴……アンタの事嫌いだぜ。
「あのタイプの目はよく知ってる……『持ってるやつ』が『持ってないやつ』を見下す目だ」
「もってねぇ負け犬ニーサン的にはどうするんです?」
「どうしようもねぇよ……俺は『持って』ねえんだから……」
「ふぅ〜ん」
「ああ言うのはもっと持ってるやつに弱いんだ。リーダーが近くにいる以上は表立って悪意を向けてくることもねえ……はず」
よく分かってんじゃん。
人の目がある時は悪意を向けてこないんだろ?
よほどのことが無い限り、パーカー兄貴は英雄の一員として悪意を向けてくることはないんだろうね。
「あ、町長さん! なんでこんな所に! 俺いつも」
「アーハー、ごめんねちょっと通して」
そんなこと言ってたら、階段を降りていったパーカー兄貴が町長と一緒に上がってきた。
町長は急いでいるのか、パーカー兄貴の言葉に和かに笑いながらも階段を早歩きで登ってくる。
そして……
「良かった……無事だったんだね」
私と幼女ちゃんの顔を見てため息を吐く。
「え、町長と嬢ちゃんたちは知り合いなんですか?」
パーカー兄貴は困惑顔で私達と町長を見比べる。
「町長様どしたんです?」
「実は昨夜、また首無し死体が発見されてね。心配になってやってきたんだ」
「それはそれはご丁寧にどーも」
ありがとうございます。
ところでいい加減言うけど……お前私達の居場所分かってるようだね。
幼女ちゃんも諦めたみたいだけど、なんか私たちに仕込んでるだろ……。
「ん……あぁ、キミはオリバー君だね!」
「あ、え、え、なん、で俺……」
そして負け犬の顔を見てパァっと笑顔を向ける町長……。そして盛大に挙動不審に陥る負け犬……落ち着けよ。
「んっふっふ。子供達の保護者的な立ち位置だよね」
「え、いや、違っ……」
「アーハー! 羨ましいねえ、僕は全然信用してもらえないのに、彼女たちはキミには気を許してるフシがあるし……」
「それは違います」
否定はハッキリ口にする負け犬。
そりゃそうだ。私達の間にあるのは信用ではなく相互利益で、負け犬からしたら脅されてるに違い。
「キミのことは調べても何も出なかったけどね。オリバーの名前も偽名かな?」
「えっあの……その」
「あっはっは、冗談だよ。機会があったら子供に好かれるコツでも教えて欲しいね〜!」
そして再び挙動不審に陥る負け犬。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
えっと
……
ところで
お前の後ろで無言で槍を研ぎ始めた無表情のパーカー兄貴……どうする?
余程のことがなければ悪意を向けてこないって言ってたけど……余程だったみたいだよ?




