百点の答え
「アーハー? ……ほんっと硬いね〜」
自身から一直線に伸びる割れた海を見ながら、町長は長剣を振り上げた姿勢で呟く。
「んーん、逃げ足も速いときたもんだ。やっかいだね〜」
クルリと私達に向き直った町長は、剣を鞘に収めるとニッカリ笑った。
「ゴメンね〜、市民のみんな、逃げられちゃった〜」
そんな彼の背後では、割れた海が元に戻り打ち付けられた左右の波が、高々に山を作り上げていた。
いやいや、いやいやいやいや強すぎやろハイテンション町長……。
海割りおったぞこのバカ……。
「アーハー! 朝から生放送ゴメンね〜! 見ての通り、連続殺人犯『亡霊デュラハン』の捕縛劇を見せたかったんだけどね〜!」
町長は肩を竦めて大袈裟なポーズでガッカリ感を全身でアピールする。
「みんな顔は覚えたかな〜? 見かけても自分でなんとかしようとしちゃダメだからね。最寄りの警察に連絡だ。そうしたら僕と握手できる機会があるかもね〜?」
娘の持つカメラに向かってウインク一つ……。
いちいち行動が芝居がかっている町長様だね。
これが市民に人気の秘密かな? 圧倒的な強さを持っているにも関わらず、親しみやすく明るい。
見てる分には楽しいかもね……関わらなきゃな。
私から言わせれば、このオッサン……言うてハイテンションなだけのピエロじゃねぇぞ。
目的のためなら子供を囮にする強かさも持ってる。
まぁ、今回は助けられたから文句もないけどね。
「アーハー! 無事か〜い子供たち」
放送を切った町長が、私達の前で膝を着きながら目線を合わせてくる。
「デュラハンに狙われて怖かったよね〜?」
「どちらかと言えば今は町長様の方が怖いッスね」
「アーハー! ショック! 本当はこんな乱暴な姿見せたくなかったんだよ! 怖がらないでよ〜」
町長は眉毛をハの字に歪めて私達のご機嫌取りをしてきた。
悪いけど、目の前でアレほどの化け物具合を見せつけられて怖がんなってのが土台無理な話。
テレビの中のヒーローは現実にいちゃいけねぇのよ……。
「さて、本題……いいかな?」
そして、口は笑みのまま、瞳が真剣さを帯びる。
本題いいよ。
私達に有益な話してくれんだろうね?
じゃなきゃお前から全力で逃げる事になるよ。
悪いけどお前……強すぎるわ。
「亡霊デュラハン……彼は『殺人鬼』プレジール ヴィイと呼ばれる殺し屋だね。非常に危険な存在だよ」
危険な殺し屋なのは知ってるよ。前にも蹴り殺され掛けたし。言わんけど。
「僕は確実に彼を捕まえなければいけない。けど、被害を出さずに捕まえるのは難しそうなんだよね〜」
つまり被害を考えなければ可能……と。
「あ〜、安心していいよ。キミ達を利用する気はないから…………切羽詰まったら分からないけど」
おい、今最後にボソっと呟いたの聞こえたぞ。
「ウソウソ! 安心してよ。今回で亡霊デュラハンが相当危険な殺人鬼だと分かったからね。『勢力』を動かす言い訳ができるようになったんだ〜」
出たな『勢力』
頼むからマフィアと教会は止めろよ。
「ど、どちらの勢力で?」
「んー? 勢力のこと知ってるんだ? アッハッハ、あえて言うなら今回はセントロ区域の勢力だね」
セントロ区域……良かったぁ、因縁のある勢力じゃなくて……。
「セントロ区域の勢力……『町長派』。つまり僕が長を務める勢力さ。セッテ区域で活動するには理由が必要でね。ようやく人員を呼べそうだよ」
お前『勢力』かよ……。
いやまぁアレほどの力を持ってたら当たり前か?
それに街を統括する町長なんだから、力もないとやってけんのか……いや町長のお仕事とはいったいなんぞや……。
少なくともストリーマーや海割ることじゃねぇやろ。
それにしても人員か……町長派とやらは他にも強いヤツがいるようだね。
こりゃ変態殺人鬼も終わったか。
「そしてキミ達のことなんだけど……」
町長が私の目をみて真剣な顔を作る。
さて……どう出る?
「頼まれていた貴族の情報……もっと集めておくから、しばらくしたら、また来ておくれ」
「ほ?」
「キミ達が、必要以上に関わりたくないのは分かっているよ。後は大丈夫……僕が亡霊デュラハンと決着をつけるからね」
ん〜、百点……。
はい素晴らしい答えです!
私達の目的は豚貴族の情報。
けど私達は町長とあんまり関わりたくない。
必要以上に関わらずに情報だけ貰えるという答えは最高に都合がいい。
ふむ……これは『用済み』ということかな?
町長は私達を囮にして亡霊デュラハンの正体を暴き、顔をクロックシティー全体にばら撒いた。
そのことで、私達を『利用』する必要がなくなったってことじゃないかな?
簡単に言えば……。
「町長様は、これから忙しそうなので私達は勝手にやってますね?」
「ブッ!」
私の言葉に町長は焦ったように吹き出す。
つまりそう言う事。
報酬は用意する。けどお前達に構ってる暇がないから好きにやってろ……って感じ?
いや〜助かる助かる。
私の言い方が悪かったけど、私達には願ったり叶ったりだ。
「じっさい感謝してますよ? 町長様は私達の本心や都合を読み取った上で最上の選択をしたんすよね」
「……」
町長がキョトンと目を丸くして呆然とした。
「んっふっふ。情報お待ちしてますよ……それではお仕事頑張って」
そういうと町長は目を瞑ると、困ったように笑って肩を竦めた。
「んーん……頑張るよ。だって僕……町長だもの」
――――――――――――――――――――――
「……これからどーする?」
「ま、町長の情報待ちだね」
立ち去る私達を町長は追っては来なかった。
きっと、これから始まる変態殺人鬼の捕物に大忙しなんだろ。
結局、路地裏で見つけた首無し死体からの騒動。
『亡霊デュラハン』事件の決着は付いたと見ていいかな?
まぁ変態殺人鬼は、まだ私の命を狙ってんでしょうけど、ソレはハイテンション町長に任せりゃええやろ。
もう関わる事もない。……ないよな?
「町長の情報収集が終わるまで、適当に過ごそうかね? 各々好きに行動しようか」
「……そうだね」
私がいなくても灯台拠点のスキマは幼女ちゃんも勝手に入ることができるからね。
私と幼女ちゃん、別々に行動しても問題はない。
「つーことで幼女ちゃん。お小遣いちょーだい!」
財布の管理は幼女ちゃんがしているから、別途資金が欲しければ幼女ちゃんに頼むしかない。
「……無駄づかいすんなよ」
幼女ちゃんから貰ったお札をポケットにしまう。
「ちなみに幼女ちゃんの予定は?」
「……ん〜負け犬についてダンジョンかな?」
ふむ、気が向いたら私も参加しようかな。
まぁそれよりも、そろそろアレやろうかな?
なんか久々な気がすんな……。
「新しいゲーム探そ」
――――――――――――――――――――――
「アーハー! 待ってたよミンナ! はるばるセッテ区域までゴメンね〜!」
セッテ区域のプライベート空港で町長は三人の男女を向い入れる。
「セッテの勢力とは話が付いているのですよね?」
「んーん、勿論さ! キミ達を理由もなく招き入れると警戒されちゃうからね!」
両手を開いて大袈裟に歓迎のポーズを取る町長は、満足そうに頷く。
彼らはセントロ区域の勢力『町長派』の人員。
町長派の最高戦力であり、化け物クラスの力を持つ町長の人材だ。
彼ら三人を理由もなくセッテ区域に呼び込むことは、勢力同士の戦争すら起きかねる。
だが……今回は違う。
名目がある。
「さぁて……デュラハン狩りのお時間だ」
そう言って歩く町長の背中を、三人の化け物クラス『副市長』たちが連れ立つ……。
「そういえば、亡霊デュラハンに狙われている少女たちはどうしているのですか?」
「んーん! …………逃げられちゃった?」
「何してんですかアンタ!」
「おい! 今すぐ探せ!」
「アーハー! アッハッハ!」
「笑ってんじゃねぇ!」




