路地裏運動会
「ほぉ、町長ねえ……」
「そうそう、ハイテンションでクソ騒がしいオッサンなんすけど、負け犬ニーサン知ってます?」
幼女ちゃんの蹴飛ばした宝箱の中身を覗きながら、目の下に濃いクマのある男『負け犬』が、肯定を示すように肩を竦める。
「まあ顔くらいはな。それがどうした?」
「いやまぁ、ちょっとねぇ……」
負け犬は、宝箱から出て来た汚いランプを手に取り、サラサラとメモを取りながら鼻で笑った。
「はっ、例えどんなに善人だろうが、相手は歴とした貴族だ。関わろうとするのは止めとけ……」
「う〜ん……」
ちょっとその忠告遅ぇかな……。
どーも私です。
五日後に町長の元に行くお約束をしてから、数日が経ちました。
町長は『私たちを追いかけない』という約束は一応守っているようで、あれから姿を見せない。本当のところはどうか知らんけどね。
まぁ、だから遠慮なく灯台拠点で過ごしていたワケなんだけどさぁ、その間何するって話だよね。
無駄にボーっと過ごすのも悪くないんだけど、どうせなら情報収集も兼ねて負け犬に付いて回ろうかなってさ。
小遣い稼ぎにもなるしね。
「ほんでぇ、負け犬ニーサンのお仕事の方はどうなんすか?」
そう言うと負け犬は少し考え込んで、難しそうな顔をした。
お、どした? もしかして新しい職場でパワハラでも受けてんのかい?
「他のメンバーと何話せばいいのか分からない」
あ〜、負け犬が入った冒険者パーティーって陽キャの巣窟だもんな。隠キャの負け犬にとっては、毒ガス充満する部屋に入れられたようなもんか。
「まぁまぁ、まだ入ったばっかりだから、打ち解けられないのも仕方ないッスよ」
「……男二人はともかく、女二人は俺のこと妙に警戒している感じあるんだよな……」
うん、女二人? もしかして一人増えた?
たしか三人組だった気がすんだけど。まぁいいや。
「小悪党ヅラって損ですね」
「え? お前がソレ言うの?」
こんな無垢な少女に対して小悪党とはなんだ。
靴下に画鋲とか虫の死骸入れられてぇか?
「あとは、全員……大雑把過ぎる……」
そういって負け犬は眉間を指で押さえる。
「ダンジョン探索の国家資格もってるから、補助が出るのに申請してねぇし。入って数日はずっと購入歴を漁ってたわ……」
よく分からんけど、申請とか面倒くさそうなのは分かる。
でも多分、お前その為に雇われたみたいなとこあると思うよ……リーダーらしき『主役ヅラ』がそんな事言ってたもん。
「んで、一人でダンジョン来てるんですか?」
「休みなんだよ……つか事務仕事ばっかりやってて一度もパーティーでダンジョン潜ってねえわ。今日は潜る予定のダンジョンの下調べだ」
ワーカーホリックかな?
「それこそパーティーで潜るのでは?」
「あー、ここは人工ダンジョンの表層だからな。無理をしなければ危険もねえよ。魔物も避けて通れるしな」
よく分からんけど、充実しているようでなにより。
「それより、お前たちは何してたんだ? まぁダンジョン探索には使えるから、付いて来てもいいけどよ」
お、気になっちゃう?
「首無し死体見つけたり、さっき言ってた町長様に追い回されたりしてましたね!」
「お前ら本当に何してたの……」
「そんで明日、その町長様に会いに行くんですよ。……付いて来ます?」
「イヤだ! ふざけんなよ! 俺が貴族苦手なの気づいて言ってるだろ!」
うん気づいてる。
苦手な物を克服させてあげようっていう親切心だよ。
嬉しいだろ?
「……負け犬、おまえを保護者として町長に紹介してやる」
「二度と目の前に現れるな悪魔ども! 聖職者に祓われちまえ!」
幼女ちゃんの言葉に、血管を浮かべて叫ぶ負け犬。
私、お前の反応がいいのも良くないと思うよ。
――――――――――――――――――――――
駅から出た私たちは、雪の降る路地裏を歩く。
「お〜寒……新しい服ちょっと薄くない?」
「……安売りしてた上着だからしょうがない」
前の上着、幼女ちゃんが海に投げ込んだもんね。
今日はハイテンション町長と約束した五日後……。
町長宅のある駅から降りて、早々に路地裏に入った。
町長宅までは駅から離れてるから、少し歩くんだよね。
もう日も落ちて暗くなっているから、足元に気をつけなきゃ。
ところで私たちって連続殺人犯の亡霊デュラハンに狙われてるかもしれないって話じゃん。
じゃあそんな状態で、人気のない路地裏歩いても大丈夫なん?って思うでしょ。
まぁ、大丈夫なんじゃない?
「結局、亡霊デュラハンに狙われたことなかったねぇ」
「……ぬ、たぶん私たちを狙っているとしても、見つけられなかったとかじゃない?」
そらそうか。
本来なら探してる子供二人を、ピンポイントで見つけるなんて難易度高いだろうからね。
ザリ……
「それより、気にし過ぎて行動が制限される方がストレスよね」
「……そう、気にしてもしょうがない。じっさいわたしたちは狙われなかった。だいじょうぶだいじょうぶ」
「「あっはっは」」
ザリ……
はは、うん!
いるわぁ……。
誤魔化すために幼女ちゃんとバカ笑いしてみても現実は変わらんね。
後ろから誰かに見られてる……。
え? マジで言ってる?
本当に殺しに来ちゃったよ亡霊デュラハン!!
横目でチラリと幼女ちゃんを見てみれば、寒いのに冷や汗をダラダラ掻いて早歩きをしている。
あ〜、面倒くさがらずに大通り歩いとけば良かったね。
安心したところに現れるとか、シリアルキラーっぽくて恐ろしいわ。
さて、どうする?
どうするって決まってる……逃げるしかねぇわな。
目的地はハイテンション町長宅……。
ちと遠いが間に合うか?
幼女ちゃんとアイコンタクトを取る。
「さん……」
「……に」
何事もないように、歩きながら腰を落として溜めを作る……。
「いち……ってアレェエエエエ!?」
サクサクサクサクサクサク……
あの白髪ガキ!
私を置いて走りやがった!
「てめー! クソガキがぁ! 性懲りも無く私を囮にしようとしてやがんな!」
「……ごかい!! イチで走ると思っただけ!」
「ゴーだよ!! さんにーいちゴーだよ!」
「……そんなの知らないよ!」
サクサクサクサクサクサクサクサクッ!
細い路地裏を、雪を蹴飛ばしながら爆走する幼女二人。
クソッ、雪のせいでジェットブーツが使えん!
とにかく逃げるしかねぇ!
チン……
「「ッ!!」」
横に積んであった木箱が、真っ二つに切れる。
ひ、ひぇえええ!
首無し死体を作ろうとしてますねぇ!!
チン……チン……チン……
路地裏を斬撃が切り刻む。
金属の階段が落ちる。
壁に鋭い斬撃の跡を作り上げる。
うおおおお、あかんあかん!
化け物クラスが大好きな建物を壊すやつー!
ええっと次の曲がり角どっちだ!?
前を走る幼女ちゃんが左に曲がる。
私も左に曲がるか?
いや……右だ!
左に曲がるなら確かに町長宅に近づく……けど、ここは別れて向かった方が亡霊デュラハンを撹乱できる。
「レディセット! ゴー!」
私はジェットブーツを起動して路地裏の壁を走る。
壁なら雪が積もってないからジェットブーツも走行可能。
そのまま右に……。
チン……
私のすぐ真横を斬撃が飛んでいく。
その斬撃は、鉄製の非常階段を切り裂いて右の通路を塞いだ。
そして連続で飛んでくる斬撃が右の通路に降り注ぐ。
仕方なく私は幼女ちゃんの曲がった左に向かう事となった。
「ッ、これって……」
分かった……。
亡霊デュラハンは私たちがバラけないように誘導してるんだ……。そして……
私はジェットブーツを解除して地面を走る。
「壁を走ったら狙ってくるぅうう!」
そうだよね!
壁のほうは障害物が少ないからいい的だもんね!
「水滅玉!」
霧は払われる。
ダメだ。小手先の目眩しも通じない。
「「……とうっ!」」
地面に横たわっていた木箱を二人で飛び越える。
通路にゴミなんて置いてんじゃねぇ! 邪魔だろうが!
幼女ちゃんとジグザグに走って、路地裏の大運動会を繰り広げる。
競技が進むにつれ苛烈になる斬撃……。
そして……
「斬撃が止んだ?」
「……オバケ姉ちゃん」
立ち止まった幼女ちゃんの言葉に、口をヒクつかせた。
「おわぁ……誘い込まれたね」
そこは路地裏の行き止まり……。
壁に囲まれた袋小路だった。
ザリ……
ゆっくりと振り返ると、唯一の出口である背後に、フードを被った背の高い人影があった。
「ど、どーもぉ〜……亡霊デュラハンさんですかねぇ?」
背後の灯りに照らされたフード男の影が、私たちに向かって路地裏に伸びる……。
ザリ……
フード男が一歩……私たちに足を進める。
「あっはっはぁ……こんばんは。実は道に迷っちゃってぇ……」
フード男が胸元に手を入れる。
あ、ナイフ出そうとしてる? やめなよぉ〜。そんな血に塗れて汚なさそうなナイフ持ち歩くの。
不衛生だよ?
「仕方ないなぁ……」
逃げ道はない……。腹を括って横を通り抜けるしかないか。
ハッキリいって勝算は薄いねぇ。
でもまぁ、やるしかないでしょ……。
ため息を吐いて、亡霊デュラハンに向かって一歩踏み出そうとした瞬間……。
「ッ!!」
フード男は凄まじい勢いで飛び退く。そしてフードの奥から睨みつけるような目が向けられた気がした。
なんだ? この反応……。
どうしてそんなビビった猫みたいなポーズ取ってんの?
え? もしかしてお前……私たちに怯えてる?
視線恐怖症だったりすんのかね……。
いや、でも私たちを警戒してんのはいただけない。
油断してくんないと、困るんだよねぇ。
そもそも何でこんなガキどもに、お前警戒してんのよ?
警戒するくらいなら殺しにくんなよ。
亡霊デュラハンは、ギリギリと空気の軋むような気配を漂わせて睨みつけてくる……んだと思う。いや、フードに隠れてるから何となくだけど。
そして、張り詰めた風船が弾けたような音を立てて、フード男が私たちに飛びかかって来た。
ドッと爆発したかのような加速に、男の後方で雪が噴火のように巻き上がる。
あ、やべ……。
これ死んだか?
「ッ!!」
フード男のいた位置が、レーザービームのような閃光で薙ぎ払われた。
フード男は空中で体を翻すと、そのレーザービームの発射地点を警戒したようにナイフを向ける。
「アーハー……近所迷惑な亡霊デュラハンはここかな〜?」
サク……サク……と雪を踏みしめながら、悠々と歩いてきた男は、長剣を構えながら私たちの前に陣取る。
「んーん」
そして、緑の軍服の襟を正して両手を振り上げ、気取ったポーズを取った。
「ショーターイム!」




